Coral Capitalは2020年11月26日、「GovTech」をテーマに、行政サービスのデジタル化を推進するスタートアップと地方自治体の職員が登壇する記者向け勉強会を開催。行政のDXに現場で取り組んでいるからこそできるトークが繰り広げられました。
セミナーでは、まずスタートアップ3社がプレゼンをして、その後にパネル・ディスカッションを行いました。この記事では、登壇した各社のプレゼン内容と、神戸市職員でスタートアップとの協業に取り組んできた多名部重則氏を迎えたパネルの内容をお伝えします。
GovTech分野のスタートアップ3社がプレゼン
行政サービスのデジタル化に取り組むグラファー
1人目にプレゼンしたのは、行政サービスのデジタル化を進めるグラファー代表取締役CEO 石井大地氏。同社のサービスは、2020年11月現在で36自治体、1,324万人に向け提供中。今後は導入数をさらに伸ばす見込みです。一番導入ペースが早いのはスマートフォンでオンライン申請ができる「Grafferスマート申請」。本人確認から決済までスマホで完結します。北九州市などが導入しています。「Graffer手続きガイド」のほうは、質問に答えるだけで自分にどの手続きが必要なのかを確認できる情報サービスで、鎌倉市、神戸市などが導入しています。
グラファーのサービスの特徴は、法令調査や運用開始後のUX改善、業務改善まで踏み込んで、自治体と二人三脚で開発・導入を進めていること。横浜市は新型コロナ関連の融資手続きをオンライン化し、押印中止もいち早く取り入れました。神戸市は補助金申請業務のデジタルアウトソーシングを行いましたが、その際にはグラファーが業務設計にまで関与しました。
KYC/本人確認プロバイダーのTRUSTDOCK
2人目は、デジタルのKYC/本人確認プロバイダーを目指すTRUSTDOCKの代表取締役千葉孝浩氏。「本人確認(KYC)」には身元確認と当人認証の2つの概念があり、それぞれ多様な手法があります。これらを組み合わせてデジタルの本人確認をする仕組みがeKYC。狭義のeKYCは法規制で細部まで規定されている一方で、広義のeKYCは自主規制ベース。TRUSTDOCKの特徴は、ツールの提供だけでなく、24時間365日の本人確認の確認業務を自社で運営、提供すること。現時点のサービスとしては、スマートフォン上のデジタル身分証アプリTRUSTDOCKと、多種多様なWebサイトに手軽にeKYCを組み込む「TRUSTDOCKアップローダー」があります。
契約マネジメントシステムを提供するHolmes
3人目は、契約マネジメントシステム(CLM)『ホームズクラウド』を提供する株式会社Holmesの代表取締役CEO笹原健太氏。CLMは「米国では電子署名より市場規模が3倍大きい」と言います。DXをめぐりハンコの廃止がよく話題になりますが、それだけでは本質的な課題は解決しません。Holmesは、契約プロセスの構築と最適な契約管理を実現するソリューションの提供を通して、最適な契約業務の仕組みを築き、企業の業務効率化と生産性向上を支援します。
神戸市は協業を目指してスタートアップ支援に取り組む
パネル・ディスカッションでは、神戸市広報戦略部長兼広報官 多名部重則氏と、グラファー代表取締役CEO・石井大地氏が登壇。モデレーターはCoral Capital創業パートナー澤山陽平が務めました。
多名部氏は神戸市のスタートアップ支援の取り組みに関わってきました。その原点は、2014年に神戸市がオープンデータを推進をめざしていたことから、米サンフランシスコ、米ニューヨーク、英ロンドンとオープンガバナンスの先進地域を視察したこと。
「そこで分かったことは、オープンデータの推進はオープンガバナンスの一環であるということ。そしてアプリを作っているのは大手ベンダーではなく、スタートアップ企業が中心であることでした」と多名部氏は語ります。スタートアップとの協業へ神戸市の向けた取り組みが、ここから始まりました。
多名部氏によれば、GovTech、ガバメント×スタートアップの取り組みは当初から念頭にあったそうです。ただし、最初からスタートアップとの協業の話をしても、市役所の多くの職員から見ればスタートアップは知名度が低い新興企業であり、理解されません。そこで、スタートアップ支援から入ることに。2015年にスタートアップ育成を軸にしたイノベーション施策を立ち上げ、米国シリコンバレーの世界的に著名なシード投資ファンド「500 Startups」をパートナーに迎えたスタートアップ育成プログラムを開催しました。
やがて神戸市はスタートアップ支援に積極的だというブランディングが成功してきました。「ここだ」と思ったタイミングで、2018年に「Urban Innovation KOBE」と呼ぶ神戸市の職員とスタートアップがコラボレーションして新しいサービスを作り出す取り組み開始。「そこが転換点でした」と振り返ります。
神戸市はスタートアップ支援の取り組みを、その後も続けています。「Urban Innovation KOBE」を発展させ、スタートアップと行政が共同開発を進めるプロジェクト「Urban Innovation JAPAN」を推進。さらに、UNOPS(国連プロジェクトサービス機関)のアジア初となるイノベーション拠点(GIC Japan)の神戸誘致を実現しました。
行政での取り組みでは少数派のキーパーソンが重要な役割を果たす
グラファーの石井氏は、神戸市での取り組みについて「庁内を回って話を聞くところから始めた」と振り返ります。一足飛びにサービスを導入するのではなく、段階的に実績を積んでいきました。神戸市の多名部氏によれば、グラファーのような取り組みを進めるのに大事なのは「最初に誰と話をするか」でした。
「自治体は保守的な考え方の人が大量に所属している組織。その中でごく一部に、『面白いことがないか』と探している職員がいます。そういうところに話を持っていき、彼/彼女が媒介となって動かすべき組織に影響を与え始める。核になる職員をまずつかまえることが大事です」と多名部氏は言います。
一度「型」ができれば、他の自治体への導入も速くなります。
「自治体は、『神戸市ではこれを使っている』と言われたら、『じゃあ使おうか』と思うのが普通の感覚。だから一番最初が一番大変なんです」(多名部氏)
新型コロナ禍がデジタル化を加速
神戸市がグラファーと取り組んだサービスは、補助金のオンライン申請です。2020年4月から5月の緊急事態宣言で、神戸市内の小売店や飲食店は売上が減少。そこで家賃補助および新ビジネスへのチャレンジのための資金を支援する取り組みを開始しました。
「緊急事態宣言では『区役所に来ないでください』と言っていました。そこで申請をどうやるかといえば、オンラインしかありません。申請書の様式を事業者に届けることすらままならない状況でした」(多名部氏)。蓋を開けてみれば、家賃の補助金では8,482件の申請があり、そのうち84%はオンライン申請。「評判は良かったです。Twitterでも『UIがやさしくて紙より楽に申請できた』という感想がありました」と振り返ります。「コロナがなければ、進んでいなかったと思います。激しく背中を押されました」(多名部氏)
「役所でなぜオンライン申請が進まないかといえば、大きな理由があるんです。職員の側が『紙の方がいい』と思っているからです。本人を確認し、証拠書類を確認しとやっていると、本人に来てもらって机の上に書類を広げてやった方がいいという認識がある。それをくつがえしたのがグラファーのサービスでした」(多名部氏)
紙の書類は記入漏れを職員がチェックして指摘します。一方、グラファーが提供するサービスでは記入漏れがあれば、そもそも申請できません。「紙の書類以上の利便性を実現した」と神戸市の職員が驚いたという。
グラファー側の取り組みも、単にサービスを提供するというだけではありませんでした。
「システムを渡して『使ってください』では成立しません。オンライン前提で業務設計から手がけるように心がけています。今回の神戸市の補助金申請に関しては、業務設計、業務のアウトソーシングも引き受けました。また申請で不備が多いと分かると、ホームページの文言をいじるなど、システム自体の変更も繰り返しました」(石井氏)
「どういう制度で、どういう要件でということを理解し、それに合わせてシステムを用意し、業務フローもそれに合わせて作り、『この部分で5分削減できる』といった細かな改善を積み重ねました。単にサービスが売れればいい、では効果が出たことになりません。サービスを導入するなら、どれだけ効果が出たかが大事です」と石井氏は言います。
調達の手続きをはじめ、改善余地はまだまだ多い
パネル・ディスカッションで出た話題の1つは、行政の予算が年度単位であることに伴う問題に関してでした。
多名部氏は、次のように言います。「行政の予算は年度単位なので『失敗したら駄目』との感覚があるんです。だからしっかり仕様書を作り、入札をかけ、事業者を決めるというプロセスになります。こうした従来型の制度では、例えば新型コロナ対応のような緊急事態では限界があります。自由なディスカッションで出てきた答えを、契約に結びつける方法はないのかと始めたのが神戸市による『Urban Innovation KOBE』の取り組みでした」。
一方、今回グラファーと神戸市が組んだ補助金申請の取り組みでは、「地方自治法施行令167条の2の『随意契約』の規定の中で、災害時など緊急に契約しなければならないときと、新しい商品を開発した会社を市長が認定したときには、入札なしで契約できるとの条文があります。今回は前者を活用しました」(多名部氏)
関連して、石井氏は「自治体が仕様書を書いて委託するスタイルは、委託する側が全部を理解している必要があります。一方、私たちがやっているのはサービス利用契約。すでにあるサービスを契約して使う形です。総務省でもSaaSやASPの契約ガイドラインを出しています。それを使うと比較的やりやすいです」と語った。
日本政府はいま「デジタル庁」を設立する準備を進めていますが、グラファーの石井氏は「総論としては歓迎する。ただし各論としては、数か月で新しい役所を作り法律を作り予算を集め自治体のシステムを標準化する取り組みが本当にできるのか、疑問符がつきます」と言います。
多名部氏は「コロナの影響がデジタルを加速させます。対面ではない方法が実は将来は主流になっていくのだと思います。そういうことにコロナの影響で気がついてきました。自治体のデジタル対応は今後かなり差が出てくる可能性があります」と見ている。
パネルディスカッションの最後を、石井氏は次のように結んだ。
「役所と市民の関係を変えたいと思って創業しました。オンライン申請では、アンケートで『この調子でどんどんデジタル化を進めてくれ』という励ましの声が一日に何件も届く一方で、『高齢の私にはスマホは分からない』といった意見も頂きました。そうした声を受けて行政サービスを改善できるようになってきました。インターネット上でダイレクトにやりとりすると、住民もカジュアルに意見を言えますし、それを受けて行政の意識も変わります。つまり、本来あるべき民主的な構造が実現しやすくなるんです。住民の意見を集約して良い行政を実現するとか、住民からも行政のデータが見えるとか、そういう回路を作ることを展望しています」(石井氏)
Editorial Team / 編集部