【新刊紹介】「ダブルハーベスト――勝ち続ける仕組みをつくるAI時代の戦略デザイン」
先週出た新刊書籍『ダブルハーベスト――勝ち続ける仕組みをつくるAI時代の戦略デザイン』(堀田創、尾原和啓著(ダイヤモンド社、2021年4月)は、AIを事業に適用して継続的に利益を生む、1つのモデルを示した興味深い1冊です。
数年前には「データはAI時代の石油」というアナロジーがありました。GAFAに代表されるようにデータを持っているところがデジタルによる産業革命の覇者となる、という含意からです。ただ、石油のたとえだと、まず鉱脈があって、それを掘り当てるというイメージがあります。実際、大手テックジャイアンですら当初からAI適用を想定してデータを集めたというよりも、大量に集まったデータで一気にAIでレバレッジをかけつつあるという流れかもしれません。GoogleがAIファーストと言いだしたのは2017年。創業19年目のことです。
「ダブルハーベスト」という書名にある「ハーベスト」(収穫)には同じ土地から常に収穫ができる農耕民のようなモデルを示唆しています。著者らはデータを「狩る時代」から「育てて収穫する時代」になりつつあるとしています。AIを活用する企業は、持続的に競争力を生み続けるために、データが集まり続け、そこからユーザーや提供企業の利益と便益が生まれる「ループ」を作れと説いています。人工知能研究の先端技術が次々と驚きの成果を上げる一方で、コモディティー化した機械学習などは、技術より戦略デザインによって差別化するべきだと。
面白いのは企業が利益を刈り取るループだけでなく、データを集めるループを組み合わせよう、という二重(もしくは多重)ループの構造をモデルとして提唱している点です。例えばインテルが2017年に1兆7,000億円もの巨額で買収したイスラエルの自動運転向け車載カメラのスタートアップ、Mobileye(モービルアイ)は、そうした多重のハーベストループを持っていたとして、著者らはシンプルな二重のループを図示しています。1つ目は走行試験によって路面状況の画像データを集めるループ。画像処理AIの精度を高めつつ、路面画像が蓄積されていきます。すると、これを位置情報に紐付けることで地図にない道路標識や車線の色、交差点の形状、横断歩道の有無などの詳細情報を付加していくことができます。これが2つ目のループです。さらに人間のドライバーとの車線割り込みの間合いや譲り合いのタイミングを学習するという3つ目のループもあります。これらを同時に回すことで、1つのループの精度が上がると別のデータがより多く取れるという持続的に競争優位を生み出すモデルとなる、と言います。
このほか本書では、契約書レビューを提供するLegalTechスタートアップの「LawGeex」が、AIの精度が高まるほどに優秀な弁護士が採用できるという相互補完的なループの事例や、東南アジアのペイメントアプリ「Fave」が利用者には精度の高い店舗のリコメンドを提供する一方で、店舗の信用スコアを集めて銀行と提携することでSMB向け融資という別のループを回すことで加入店舗数を増やしたという事例などを紹介しています。
こうした既存の事例の解説に加えて、では、これからAIを活用したビジネスモデルをどう構築するのかというところで、本書ではAIの精度を上げていくループに人間(専門家など)がどの程度関与するのか、最終収益は何によって生まれるのか、実際にKPIをどう置くのかといった軸で整理していきます。
このダブルハーベストという考え方は、「moat」(競合から自社事業の強み守る「堀(moat)」のようなもの)を築きつつ事業を立ち上げるスタートアップにとって重要な示唆と共通言語を与えてくれるものになるかもしれません。ビジネスにおいて正のフィードバックが働くループを作るというのはAI時代に始まったことではないですが、ネットビジネスの多くでネットワーク効果が長らくmoatの代表だったように、AI時代のmoatとしてダブルハーベストのようにループを組み合わせるという考えは重要になってくるのかもしれません。
(紹介者:Coral Capital 西村賢)
Editorial Team / 編集部