エンジニアのキャリア戦略を考えるうえで、大手企業とスタートアップの違いはどこにあるのか。そして、スタートアップへの転職を検討するエンジニアが知っておくべきことは何なのか——。そんなテーマを深堀りするオンラインイベントが10月12日に開かれました。
登壇したのは、東大卒業後にNECでAI研究者として従事した後、産業廃棄物の回収業務をAIで効率化するSaaS「配車頭」を提供する「ファンファーレ」のCTOに就任した矢部顕大さん。大企業に所属しているエンジニアや研究者に向けて、自身の経験を踏まえたキャリア戦略を語りました。
聞き手を務めたのは、25歳の時にシリコンバレーでTreasure Dataを創業し、2018年に大手半導体設計のArmに約6億ドル(約660億円)で売却した太田一樹さんです。
1:大企業の研究環境は恵まれている。でも、技術を社会実装するのは難しい
NECには研究職として5年間在籍し、ビッグデータに関する研究をしていた矢部さん。NECは多くの会社と取り引きしていることから、「とにかくいろんなデータが集まってきたのが魅力だった」と振り返ります。会社からも「ビッグデータのことなら何でも研究していい」とお墨付きをもらうなど、恵まれた環境で研究していました。
その反面、研究で培った技術を社会実装することに難しさを感じたそうです。
「自分が作ったアルゴリズムが売れないと、『技術力が足りないんじゃないんですか?』と言われることがありました。でも、社会実装に必要なのはアルゴリズム単体の力だけでなく、会社全体としてサービスを提供する体制が整っているかどうか、に左右される部分も大きいと思います。これは研究者だけではなく、新規事業立ち上げなどに関わるエンジニアの方にもあてはまることです」
この発言には、太田さんも「プロダクトは技術力があるから売れるのではない。宣伝や販売、サポートもひっくるめたものがプロダクトの価値になる」と深く同意。このような視点は大企業に所属していると気づきにくく、なおかつ、スタートアップでプロダクトを作るからこそ感じられる面白さでもあると指摘します。
2:大企業の研究者に「経営者目線」を求める矛盾
NEC在籍時に矢部さんが戸惑ったのが、「経営者マインドを持て」という言葉でした。
「経営者は企業価値の向上を目指しますが、雇われのサラリーマンは給与をインセンティブに働いています。そんなサラリーマンに『経営者マインドで考えろ』というのは都合の良い話です。その歪みに耐えられなくなったときに、経営者目線で働けるスタートアップが選択肢として上がってきました。スタートアップは、ストックオプションという、会社の成長と報酬が連動する制度のおかげで、否が応でも経営者目線を意識することになります」
3:ゼネラリストになることでバリューを発揮できる
ファンファーレに転職した当初は専門分野を生かし、AIのアルゴリズムの性能向上に注力していた矢部さん。前職と変わらず、AIのスペシャリストとして会社に貢献するつもりでしたが、会社の規模が拡大するとともに「ゼネラリスト」としての役割を意識するようになったと言います。
「転職したのは創業期で、その頃はひたすらアルゴリズムを書くのが仕事でした。今は人が増え、仕事をメンバーに振れるようになったことで、ゼネラリストの要素が求められるようになりました。研究者やエンジニアはシード期に0から1を生み出す働き方もありますが、会社が成長するにつれて、ゼネラリストとしての役割を求められてしまうことが多いです」
25歳のときにシリコンバレーで起業し、CTOとしてTreasure Dataを牽引してきた太田さんも、スペシャリストからゼネラリストに方向転換するタイミングがあったそうです。
「Treasure Data共同創業者の古橋貞之に出会い、彼が自分の5倍以上の速度でコードを書いていたのを見て『自分はもう書かなくていいや』と思ったんです。スペシャリストとしてエンジニアのキャリアパスを追求することもできましたが、このままでは自分のバリューを出せないと痛感したので、ゼネラリストになろうと決めました」
4:「経営の話をかじれるエンジニア」が求められる
エンジニアのキャリアパス談義で盛り上がった後の話題は、「ファンファーレが求めるエンジニア像」に。「どんなエンジニアを雇いたいか?」という直球の質問に矢部さんは、次のように答えました。
「ちゃんとエンジニアリングができるのに加えて、経営の話も嫌がらずに楽しめる人を探しています。別に経営者になれという話ではありませんし、スペシャリストであって欲しいとも思います。自分の殻に閉じこもってひたすらに手を動かすのではく、お客様の話が流れてくるのを横目で意識するような感覚でいられれば十分です。そういった環境で手を動かすエンジニアは、自然とゼネラリスト的な素養も身につき、会社の成長とともにに成長して、長い付き合いができるのではないかと思っています」
5:転職が怖ければ副業から始めるのがおすすめ
ファンファーレは会社とエンジニア候補者の相互理解を深めるために、副業経由の採用に力を入れています。仕事に興味を持ちつつも「大企業からスタートアップに転職するのはちょっと……」と二の足を踏んでいるエンジニアに対して矢部さんは、「ちょっとタスクをやってみようかな」というレベルでも副業に応募してほしいと呼びかけます。
「3カ月程度の副業期間を設けることで、お互いの期待値が合うかどうかだけでなく、入社いただいた場合もすぐに活躍してもらえるのは、スタートアップにとってのメリットも大きいです」
6:給与やストックオプションはスタートアップのフェイズによって異なる
対談の最後のお題は「お金」について。
Treasure Dataを創業するにあたって年収が3分の1になったという太田さんは、「スタートアップは会社の規模が変わるごとに、出せる給与も変わってくる」と指摘します。
「スタートアップには数人、10人、100人、1000人と規模によってフェイズが変わってきます。結婚して子供がいるので思い切った転職ができない……という人でも、スタートアップに身を置きたいのであれば、従業員が100〜200人規模でスケールしているスタートアップに転職する選択肢もあると思います」
太田さんは続けて「スタートアップに入るときは、資金調達の直後がストックオプションも給与も出しやすい」と、転職するタイミングも重要だと持論を展開しました。
会社のフェイズによって提示する給与が変わるという太田さんの発言には、矢部さんも同意します。
「今年9月の資金調達前は、サーバーサイドのシニアクラスのエンジニアだと600万円〜という条件でしたね。1年前はもっと低い金額でした。会社に残っているお金によって提示できる給与は変わります。出せる給与が少ないということは、その分ストックオプションの量を交渉できるということなので、受け取り手にとっても一概に悪いことではありません。スタートアップにはいろんな関わり方があるので、自分の感覚に合った関わり方をしてみるのが良いと思います」
Content Lead @ Coral Capital