スタートアップの人材獲得競争は激しさを増すばかりです。優秀な求職者に選ばれるためには、ただ応募を待つだけでは不十分。企業が求職者に対し能動的に働きかけ、認知を促さなければ、この苛烈な人材獲得競争を勝ち抜くことはできません。それこそが、近年「採用広報」に注力する企業が増えている要因です。
しかし、その一方で粗製濫造気味に量産される採用コンテンツを懐疑的な目で見る有識者もいます。株式会社9st(ナイン・エスティ)の加藤恭輔氏もそのひとり。加藤氏はかつて、医療ヘルスケアベンチャーの雄「メドレー」で、年間200名以上もの採用を実現させ、現在、株式会社9stで、採用市場における企業のブランディングやコンサルティングを手がけている人物です。今回は加藤氏に、シード期やアーリー期のスタートアップが採用広報を成功させるための条件や注意すべきポイントについて解説していただきました。
採用コンテンツを作る前にやるべきことがある
「採用広報に力を入れましょうと言うと、すぐに『社長と著名人の対談をセットしよう』『活躍している社員のインタビュー記事を出そう』『社員ブログを持ち回りで書こう』などと、コンテンツ作りを急ごうとする会社さんが数多くいらっしゃいます。しかし、そうやって手段から入ろうとする採用広報が成功することはほとんどありません。私はむしろ、そういったアプローチは避けるべきではないかと考えています。とりわけ、体力に乏しいシード期、アーリー期のスタートアップであればなおさらです」
採用市場において自社の存在をどう認知させたいのか、誰に何を伝えたいのかといった、基本的なスタンスを固めないうちに、コンテンツ作りに走るのは「なけなしのリソースとお金を浪費するばかりで効果は期待できない」と、加藤氏は指摘します。
「明確なゴールもマイルストーンもはっきりしない中で、思いつきのコンテンツを散発的に出しても、これだけコンテンツが飽和化している状態では見向きもされないどころか、場合によっては本来情報を届けるべき人に誤ったイメージを送ってしまうこともありえます。目指すべきは首尾一貫したメッセージをターゲットとしている人に届くよう、適切なコンテンツと媒体に乗せて届けること。そのためには事前の綿密な設計と準備が必要になってくるのです」
これから紹介する「9steps」は、加藤氏がメドレー社の採用広報をする中で実際に現場で活用してきたプロセスに加え、9st社で60社以上の採用広報のアドバイスをしていく中で洗練させていったプロセスを体系的にまとめたメソッドです。メソッドの内容は数カ月に1度、顧客と相対する中で得た気づきを反映させるとともに、急速に変化していくマーケットの動きに対応できるよう、細かく見直しをかけ、アップデートを続けていると言います。
「各項目は、実際に私が支援させていただく顧客の皆様に実践していただいているものです。社員数で5,000人を超えるような会社さんから、まだ5人にも満たないような会社さんも、規模を問わずみな一様にこのプロセスで進めていただいています。各項目の内容を踏まえて取り組めば、採用広報を成功させるために必要不可欠となる最低限のプロセスを網羅することができ、これから先、具体的な施策を打っていく際の正しいスタートラインに立てるようになります」
9stepsは本来、加藤氏のコンサルティングやサポートを前提に4〜6カ月間かけて一巡するパッケージです。今回は加藤氏にスタートアップ向けにアレンジしていただき、その基本的な考え方と取り組みを紹介します。
Step1:ゴールイメージの設定と課題の言語化
——「ゴールイメージの設定」とは、具体的に何を指すものですか?
まず最初に、自社が採用したいターゲットを経歴や経験、スキル、年収、人物像など、できるだけ解像度が高い形で言語化します。言語化する際、要件だけでなく、必ず「なぜそういう人が絶対に必要なのか?」という理由や背景を明確にすることがポイントです。そこがないと、なんでもできるスーパーマンを書いてしまいがちですし、そういう人にとって「なぜ自分が必要なのか?」という切実さが伝わらなければ、採用することも難しくなってしまうからです。
アドバイザリーを重ねる中で、ここの塩梅やなぜ必要なのかという背景の説明が、思ったよりも社長以下、採用に関わる方々の間でズレがあるケースが多いことに気づきました。そこで、コンサルティングに入る際には、Step1の段階でしっかりと関係者の中でここのゴールイメージを揃えられるよう、丁寧にファシリテーションを行うように心がけています。
次に、採用市場全体およびその会社が属する業界において、いつまでにどういう存在になりたいか、どう見られたいかを言語化します。
「採用市場全体では、2年以内に、A社・B社と並んで注目される存在になっている」
「スタートアップ界隈で、ダイバーシティーといえば、C社か当社と言われる存在になっている」
「1年以内に、◯◯業界xITのリーディングカンパニーという枕詞で取材記事が出るようになる」
「◯◯業界で、D社と比肩し、ターゲットに合った候補者を取り合う存在になっている」
といったようなフレーズが一例にあたりますが、こういった表現に限りません。あくまでも、会社ごとにオリジナルな表現を研ぎ澄ませ、しっかりとチームで腹落ちをさせることが大切です。
特に強化したい職種がある場合は、その職種を採用するマーケットの中でどういう存在になりたいか、どう見られたいかを言語化することも重要です。
ゴールイメージは、Step2以降のすべてのプロセスの指針であり判断基準です。経営者以下、採用の実務にかかわるマネジャー、担当者間で腹落ちするまで議論し、それぞれの意識に浸透させる必要があります。
——課題の言語化とは?
上記で設定したゴールイメージを阻害している課題を言語化することを指します。特にスタートアップのリソースは限られている一方、克服すべき課題は少なくないはずです。理想的な人材採用の実現を阻んでいる、「経営の課題」「組織の課題」「採用プロセスの課題」「情報発信の課題」をそれぞれリストアップした上で、自社が置かれている現状の課題を関係者の共通認識として、Step2につなげます。
課題の設定は、クライアントさんだけで行うと主観的な要素しか入ってこないため、「採用市場の中では今どういう立ち位置にいるのか」「その課題はどのくらい深刻なのか」「競合しているE社やF社と比べると優位性があるのか、ないのか」といったマーケット感覚や客観性、他社との比較感を入れ込むよう心がけています。
Step2:会社の現状整理と魅力の言語化
——Step2の注意点は?
Step1でゴールイメージや課題を明らかにしたら、次は、自社のミッションやパーパス(存在意義)、ビジネスを通じて成し遂げたいビジョン、他社とは際立って異なる特徴点を抽出しながら、「会社の概要」「解決したい課題と解決する効果」「市場環境」「私たちのアプローチ」「事業の概要」「カルチャー」「働く環境」といった項目ごとに、会社の特徴や魅力、ここで働く意義を言語化します。
「9steps」ではこれらの項目ごとに、さらに分解した5〜10個ずつの質問項目を用意することで、各項目について正しく深掘りして理解できるようなフォーマットを提供しています。このStepでありがちな失敗は「それっぽい文章」を書いて満足してしまうこと。特に箇条書きでまとめるのはよくありません。
——「箇条書き」の何がいけないのですか?
短い文章はイメージを端的に共有するのに都合がいいように思うでしょう。しかし、その簡潔さがかえって、本質的な問題を隠してしまう危険性があるからです。
例えばどんな課題を解決しているかを言語化する際、箇条書きで「業界全体の人材不足」「平均給料の低下」「慢性的な長時間労働」といった項目を挙げたとします。本来、これらの課題にはそれぞれ因果関係があるはずです。「業界はこういう構造になっているから、こういう状態になっており、その結果としてこういう課題が生じている」という因果関係を伝えなければ、その業界についてあまり馴染みがない候補者に理解してもらうのは難しいでしょう。
もちろん、箇条書きでも因果関係をきちんと丁寧に説明できていればよいのかもしれません。しかし、箇条書きに適した文字量は限られていますし、耳馴染みのいいありきたりな表現を選びがちになります。長い文章であれば、各項目の間で論理破綻、因果関係にほころびがあればすぐに気づけても、箇条書きではそうはいきません。それが長めの文章で表現することをおすすめする1つめの理由です。
これまでの経験上、端的に書いてくる人ほど、その課題の因果関係や、なぜその課題が生じているのかという背景の深い理解が足りない人が多いのです。表面的な現象に対して、表面的な理解をして、そのままそれをアウトプットしたり話したりしてしまうと、候補者の方にはその課題に取り組む意義が薄く感じてしまうのです。
もう1つの理由として、箇条書きで端的に書かれているものは、話し手によって解釈に差が出てしまう傾向にあることが挙げられます。実際、社内の複数の方に個別で「ではこの内容について説明してみてください」と言うと、往々にして異なるトーンの説明がなされることが多いのです。全然違うストーリーで話す人も実はたくさんいます。これを読んでいただいている会社も、試しに相互で会社紹介のプレゼンをしあってみてください。おそらくストーリーや構成、事象の解釈や効果的な事例の使い方が自分と違うなぁということに気づくことでしょう。きちんと文章にして、前後関係や補完する事例などを揃えておけば、論理破綻することもなく、一貫したストーリーを採用に関わるすべての人が話せるようになるのです。
このプロセスにおいては、とにかく「なぜ?」「なぜ?」を繰り返し問いかけることを心がけています。クライアントさんの中では自明であったり、所与として考えているような前提の話は、思ったよりも言語化されていなかったり、候補者の方やエージェントさんに伝わっていなかったりします。しかし、そもそもその会社やその業界にあまり詳しくなかったり、日常的に触れていない人にとっては、そういう前提の話や背景の話が重要だったりもするのです。
普段、こういう深い掘り下げに慣れていない会社さんが多いこともあり、「なぜ?」を繰り返すと困惑されたり、悩みこんでしまったりするクライアントさんも多くいらっしゃいます。しかし、ここでめげずに食らいついて禅問答のようなやり取りを繰り返すことで、その先に深みのあるストーリーを生み出すことができる、というプロセスを私は幾度もなく体験してきました。トヨタさんが提唱されている「5回のなぜ」のように、私も少なくとも5回までは、「なぜ?」を繰り返してもよいと考えています(笑)
また最近のトレンドとして、BtoBのSaaS企業を中心に、自社に関連する業界の情報をわかりやすく解説する「オープンファクトブック」(※)を作成するケースが増えています。
C向けの企業と違い、実際にサービスに触れてもらう機会が少ないことから、まずは業界に興味を持ってもらおう、という動きが出てきているようです。Step2で残した成果は、オープンファクトブックにアレンジ可能なもの。さまざまなケースにおける情報の有効活用を念頭に、じっくり時間をかけて取り組むのも有効です。
※オープンファクトブックの参考記事
オープンファクトブックとは?作成するメリット・流れ・ポイントを解説(PR TIMES)
労働力不足にまつわる言葉の定義と実態「オープンファクトブック#1」(株式会社うるる)
Step3:関係者へのヒアリングを通じた課題や魅力の深掘り
——ここで言う「関係者」とは誰を指しますか?
ここで言う「関係者」とは、社内と社外両方の方のことを指します。具体的には、採用ターゲットに近いロールモデルとなるような社内のメンバーと、社外から関わる人材エージェントの方をイメージしています。
「社内のロールモデル」というと、古くからいる社員の方を挙げてくる会社さんが多いのですが、その社員の方が今のフェーズでフラットに入社してくる可能性は実はあまり高くないと考えられます。そのため、なるべく2年以内に入社した方など、直近に入社した人を中心にピックアップすることをおすすめします。というのも、急成長している会社の場合、数人ないしは数十人の規模だから入社したものの、今の規模の会社に今から入るイメージはないという人が多いためです。
人材エージェントの方には、ただ「うちの会社どう見えてますか?」「どうすればもっと紹介してくれますか?」といった漠然とした、表面的な質問だけでなく、「今一番紹介したい会社、紹介している会社はどこですか?」「なぜそこに紹介しているのですか?」「そことうちの違いはどんなところですか?」「もしうちが紹介したい会社ランキングNo.3以上に入れるとしたら、具体的に何がどう変わることが必要ですか?」「うちを紹介する時に詰まるポイントってどこですか?」など、具体的に踏み込んで、より解像度が高くなるような質問ができると良いと思います。良質な質問は良質なフィードバックにつながり、良質なフィードバックは良質な戦略策定につながります。
アドバイザリーの現場では、関係者の方々へのヒアリング結果についても、Step2と同様に、それぞれの回答ごとに細かく、深く掘り下げた質問を行っていきます。「その人はなぜこう言っているのか」「ここの回答とここの回答は厳密には矛盾しているのではないか」「こうは言っているけど、本音は実はこうなのではないだろうか」など、いただいた回答をこれでもかというくらいに精査して議論を深めるように心がけています。
——Step3の目的は?
Step1やStep2は、経営者や採用に関わる方の間で練り上げたものです。それに対してStep3は、これまでまとめてきた内容が、客観的な視点からも整合しているかどうかを確認するプロセスとなっています。
これまでの経験上、Step2までの工程を丁寧に行っていれば、Step3の段階で大きな齟齬が見つかるケースはほとんどありません。ただ「当初想定していたほど、環境や待遇が魅力的ではない」「ビジョンや解決すべき課題についてもっと掘り下げるべき」「Step2で定義した強みや当社で働く魅力がStep3の中で一つも出てこない」など、重みづけや優先順位の違い、伝わっている粒度の違いが見えてくることはよくあります。ここでの意見を踏まえてStep1、Step2を見直してみると、より精度の高いメッセージの抽出や、訴求ポイントの重みづけができるはずです。
Step4:会社の魅力を伝えるストーリーの作成
——Step4の目的とポイントは?
Step3までに抽出したキーワードやメッセージを以下に示す項目に落とし込み、改めて文章化していきます。Step4は、Step3までに行った言語化を採用コンテンツの骨子に転換するプロセスであると同時に、実際に候補者の方やエージェントさんに採用ピッチ資料をプレゼンする際、この通りに話すと魅力がしっかりと伝わるよ、というシナリオを作るプロセスとなります。
1:会社概要
2:解決したい課題と解決する効果
3:市場の概要
4:私たちのアプローチ
5:取り組みの状況
6:カルチャー
7:働く環境
8:募集概要
ただし、業界や企業の特質によって、項目の重要度や伝えるべき内容は変わります。そのため、どのような構成や順序で伝えれば、ストーリーとしてわかりやすく、採用ターゲットに伝わるか、当事者目線で各項目を再検討してもよいでしょう。
——注意すべき点があれば教えてください。
このStepは非常に難易度が高いため、アドバイザリーを行う際の初動部分は私も手を動かしながら進めています。特に難しいのが「構成・伝え方」です。どの情報をどこに持っていけば良いのか、どの順序で伝えると最も魅力が伝わるか、という構成がものすごく重要だと思っていて、そこに特に注力しています。「A→B→Cという伝え方では伝わらないかもしれない」「Dという要素を追加してA→D→C→Bと伝えてはどうか」といった伝え方や要素の整理と再構成が必要不可欠です。
たまに採用資料の制作会社さんが作成されている資料を見ると、どの会社にも同じようなフォーマット、同じような順序で構成されているものを目にしますが、見た目こそ綺麗なれどやはり魅力が半減しているなと感じます。丁寧に、自社にとって最適な構成・最適な伝え方の順序を模索していっていただきたいです。
もう1点、Step2でも申し上げた通り、ここでも意味が通らない部分、多義的で曖昧な表現、矛盾する内容がないか改めてチェックしてください。よくあるのが「解決したい課題と解決する効果」と「私たちのアプローチ」が、スムーズにつながっておらず、第三者の目から見たときに矛盾や疑問を感じさせてしまうケースです。本来伝えるべき情報が欠落している可能性もありますし、伝えようとしている情報の内容が期待値よりも薄い可能性もあります。もしかするとその魅力は個人的な経験に基づいたものであり、業界の事情を知らない人にはその背景や体験の中身、その時の感情に至るまで含めてきちんと伝えないと、伝わりにくいものかもしれません。自分にとって耳触りの良い論理展開で押し切ろうとせず、「伝えたい相手の心の奥に伝わる」ことに重きを置き、ストーリーを醸成させていってください。
Step5:採用目的に特化した会社紹介資料の作成
——ようやくコンテンツ制作のフェーズです。Step1から4までのプロセスを踏まず、いきなりStep5に取り組むとどんな失敗が起きますか?
ここまでお読みいただければご理解いただけると思うのですが、Step1から4まで、丁寧に掘り下げることが大切です。これらのプロセスを丁寧に踏んだ上で資料を制作することと、これがない状態でいきなり資料を制作し始めることと、その差が歴然になることは明白であると言えるでしょう。
あえて改めてご説明すると、まずStep1で「ゴールイメージは、すべてのプロセスの指針であり判断基準」と申し上げた通り、関係者と議論を尽くさず、イメージの共有を怠ったまま採用コンテンツの作成に入ると、一貫性の乏しい場当たり的なコンテンツを量産する失敗を招きます。明確な指針と判断基準を作り共有すれば、見当外れな採用施策が議論の俎上に載る機会は減り、効果の見込めない採用コンテンツに予算や時間を注ぎ込むことはなくなるでしょう。
次に、各Stepで迷いのない明確な文章で表現すべきと再三にわたって申し上げているのは、経営者と採用マネジャー、採用担当者では、認識している課題、その課題の重要度の捉え方に差があることを前提としているからです。言語化するプロセスでその理解や解釈の差があることを認識した上で、掘り下げることでその理解を深く共有することができます。そこまで深く掘り下げたシナリオと構成があれば、あとはそれを資料に落としていくだけです。それぞれの文章と図に、伝えたいメッセージをこめることで、見た目が良いというだけでない本質的な会社紹介資料を作成することができると考えています。
——具体的な取り組み内容は?
Step5は、Step4までに積み上げてきた構成要素とストーリーを忠実にビジュアライズするプロセスです。グラフィックデザイナーやUIデザイナーの協力を仰ぎ、適切な配色やフォント、文字の太さや色などを吟味し、伝えたい内容をわかりやすく表現できているか、一つひとつ確認しながらデザインを固めていきます。
社内にデザイナーの方がいない場合や、制作リソースがない場合は、弊社で制作代行を請け負うこともありますが、個人的には「ノンデザイナーズ・デザインブック」という本を読み込んでデザインの基礎の基礎を学び実践することで、社内にデザイナーの方がいなくても、採用担当の方が見やすい資料を制作することはできると考えています。私も自分しか採用担当がいなかった時から、社員数が3、400名くらいになるまでは、自分で資料を制作し続けていました。
実際、採用担当の方が自分で見やすい資料を作れるようになった方が機動性を確保できると思いますし、ちょっとしたLTやイベントを企画したいと思った時にでも、すぐ資料を作れるようになれば、採用広報活動の幅も広がると思うので、まずは自分で作ってみることをおすすめしています。
Step6:募集要項の作成とポジション毎の魅力整理
——Step6でやるべきことは?
ゴールイメージと採用すべき人材像を踏まえて、募集要項やスカウトメールの文面を考えるのがStep6です。
おそらくこの時点までに多くのスタートアップが、すでに何らかの募集要項を用意しているかと思います。しかしターゲット像が明確でない状態で作成した募集要項には、おそらく候補者の方を惹きつけるだけの魅力はありません。このStepで目指すべきは、採用ターゲットが「さらに詳しい内容を聞いてみたい」もしくは「応募を検討したい」と思えるような募集要項を作成することにあります。
チェックすべきは、作成した募集要項がStep1から5で整理した内容を踏まえたものになっているか、採用ターゲットが抱いているであろう疑問や懸念を解消し、入社に前向きな気持ちを引き出せるかという点です。採用ターゲットがポジティブなイメージを膨らませられるよう、応募条件や待遇を羅列するだけでなく、歓迎するスキル、求める人物像、募集の背景や待遇、ポジションごとの魅力、キャリアプランのイメージなどにも言及すべきです。
採用ターゲットごとに作成された募集要項は、候補者を惹きつけるだけでなく、採用に協力してくれる人材エージェントの方や社内で採用に携わるメンバーの意識を揃えるメリットも見込めます。各項目が適切な内容になっているか、確認しながら文章にまとめてください。
Step7:採用媒体の選定と運用方針の策定
——採用媒体の選定とは?
手間暇をかけて作成した採用コンテンツの効果を最大化するには、獲得したいターゲットの利用が見込める採用媒体選びが重要です。媒体資料をもとに主要媒体の特質やユーザー層を調査するなどして、適切な媒体を選びましょう。アドバイザリーの現場では、クライアントさんごとのゴールイメージやターゲットに沿った媒体選定をご提案しています。
——運用方針の策定とは?
現状の採用プロセスの課題を洗い出し、応募管理ツールの選定や利用方法のチェック、採用に携わる各人の役割、スケジュール管理に改善の余地がないか改善策を探ります。特にスタートアップは人が少なく本業に時間を取られがちで、採用に時間を割けないと言われることがあります。しかし本当にそうでしょうか。採用プロセス以外にも無駄な会議や優先度が低いにもかかわらず惰性で続けてしまっている業務はあるはずです。
実際にこのStepでクライアントさんの日報を確認したり、何にどれくらいの時間がかかっているかを確認させていただくことがありますが、無駄や非効率、今やっても投資対効果が低いものに時間をかけているケースなどがほんとうに数多く見受けられます。それらを適性な時間、適切な投資配分にアップデートすることで、採用活動に必要な時間は捻出できるケースがとても多いのです。スカウト文面の作成や面談など、応募者対応に費やす時間を捻出するよう最大限の努力を払ってください。
また、サスティナブルな採用体制を確立するには以下の取り組みも欠かせません。PDCAを回しながら精度の向上に努めましょう。
KPIの設定と運用フローの確立
・採用計画を達成するために必要となるKPIの設定
・採用の進捗状況を確認するダッシュボードの設計
・人材エージェント定例会の整備
・関係者採用定例の整備
・採用関連者での1on1の整備
採用媒体ごとの対応
・採用媒体の特性に合わせた募集要項やスカウト文面の作成
・媒体と連携した運用の最適化
採用ルートの開拓
・社員や知人が候補者を紹介したくなる雰囲気の醸成
・インセンティブ制度の導入や説明資料の配付など、紹介しやすい仕組みの構築
時間をかけてでも採用したい候補者とのリードの形成
・クローズドミートアップの企画
・定期的な情報交換ができる仕組みの整備
Step8:エージェント向け説明会の開催
——エージェント向けの説明でのポイントは?
エージェントさん向けの説明会は、Step3でエージェントの方からヒアリングした内容に基づいて取り組んだ改善ポイント、Step4〜6を通じて再定義した会社の魅力や採用ターゲット像を伝えるための場です。
優秀な人材が各社で取り合いになるのは必至です。真っ先に担当者の方の頭に浮かぶ企業のトップ3に食い込めなければ、本当に良い方は紹介すらしてもらえないでしょう。明確に言語化された採用基準と人物像、体系化され整理されたアピールポイントとともに、採用に注力する熱意を人材エージェントの方に印象付け、紹介の優先度を高めるよう地道なコミュニケーションを続けていくことが大切です。
——その後のコミュニケーションのポイントは?
可能であれば、時間が短くても良いので定例ミーティングを設けさせてもらうなど、継続的に人材エージェントの方とコミュニケーションを取るよう心がけるのが常道だと思います。それに加えて、週に1度程度の頻度で、前週までに入社した方のある程度マスクした形でのプロフィールや評価ポイント、採用プロセスの進捗経営やビジネスの動向をメルマガ形式で送るなど、タッチポイントを増やす手立てはたくさんあります。Twitterで発信し続けることも効果的でしょう。たった1度の説明会で満足せず、継続的な接触を維持することで情報の鮮度を保ち、担当してくださる方が優秀な人材を紹介したくなるような関係構築に努めましょう。
Step9:PRロードマップの作成と運用
——Step9のポイントは?
このStepでは、半年から1年スパンで採用広報をどう進めていくか整理してロードマップに落とし込みます。採用イベントでの登壇、外部媒体に掲載される取材記事や募集広告の露出イメージ、ブログ記事掲載のタイミングなど、採用にまつわるコンテンツの大まかな計画を立て、ここから計画の実現のためのリソースや予算の確保に入るイメージです。
各社さんごとに、発信するスタイルの得意・不得意があります。社長の方のキャラや、役員の方・採用チームの方のキャラを見つつ、どういう手法を誰が担当するか、どういう人をどのプロジェクトに巻き込むか、といったことを話し合いながら整理していきます。このプロセスは、最初からドキュメントに落として整理するというよりも、議論やブレストを重ねながら作り上げていくことが多い点が特徴的です。
なお、「9steps」で行っているのはあくまで採用市場におけるブランディングに特化したものになっており、大まかなレベルでの整理です。しかし、このおおまかなレベルでのイメージを作ることで、その後の具体的なアクションを取りやすくするという効果を見込んでいます。
より具体的なPR計画を策定したり、事業広報も含めた運用サポートを希望される会社さんには、提携しているPR会社さんや連携しているフリーランスのPRコンサルタントの方をお繋ぎするようにしています。
Step1から3をいかに丁寧にやるか。それが勝負を分けるポイント
Step1から9まで駆け足で説明しましたが、これらのプロセスを丁寧に実施していけば、「採用活動に必要となるベースの戦略や採用の体制、採用広報の計画が揃い、正しいスタートラインに立つことができる」と、加藤氏は言いきります。
「採用環境は刻一刻と変化しますし、競合各社の動きも気になるでしょう。しかし表面をなぞっただけの内容の薄い採用施策や採用コンテンツを量産しても、実績に跳ね返ることはありません。手間がかかるから、頭に汗をかくから、と言って、今回紹介した取り組みを決して疎かにしないで欲しいなと思っています。特にStep1から3は重要です。本質を捉えた活動こそが、スタートアップの採用を成功に導く唯一の道と言えます」
予算や人的リソースに乏しいスタートアップの採用ブランディングこそ「急がば回れ」。明確な指針と論理的で具体的なストーリーの構築という基礎を整えてこそ、はじめて費用対効果の高い採用を実現できるのです。