本記事は法律事務所amaneku代表弁護士の山本飛翔(つばさ)さんによる寄稿です。山本さんは2020年に「スタートアップの知財戦略」を出版、同年には特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門で奨励賞を受賞し、2022年には週刊東洋経済の法務部員が選ぶ弁護士ランキングの知的財産部門で1位を獲得しました。
また、大手企業とスタートアップの両方をサポートしてきた経験を生かし、特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」(いわゆるモデル契約)に事務局として関与しています。本連載では「事業成長を目指す上で、スタートアップはいかに知財を活用すべきか」という点をご紹介していきます。
大企業のようにマス広告を展開する資金力がないスタートアップにとっては、オウンドメディアやSNSなどで自社のプロダクトの魅力を発信していくことも重要となります。その際には、法規制への違反や第三者の権利侵害が発生しないよう留意しなければなりません。そこで今回は、第三者の商標権や著作権の侵害リスク軽減のための対応策をご紹介します。
基本的な考え方:「第三者からの警告リスク」はゼロにできない
まず念頭に置かなければいけないことは、権利者と主張する第三者から権利侵害の警告を受けるリスクをゼロにすることはできないということです。すなわち、権利者と主張する第三者が自らの権利侵害を主張し、場合によっては訴訟提起することは、その主張の当否はさておき自由であるからです。
そのため、第三者の権利侵害の回避を考える際には、①第三者の権利侵害の発生リスクを極力小さくするために具体的な対応策を講じることのみならず、②対応策への取り組みの状況を記録し、万が一に権利侵害が発生してしまった場合に、「そのフェーズにおける自社としてのやるべきことはやっていた」ことを説明可能な状況にしておくことが重要となります。
以上を踏まえ、各種プロモーション活動や自社コンテンツの制作(社外の者に作成を依頼した場合の原稿のチェック作業も含む)にあたっては、他社の商標権や著作権を侵害しないようマニュアルなどを作成し、これを業務フローの中に組み込み、運用実績を記録していくことが望ましいでしょう。以下では、著作権の問題と商標権の問題のそれぞれについて、特に重要と思われるポイントを紹介します。
スタートアップが勘違いしがちの【引用】の解釈
著作権はその権利の発生に登録が不要であることから、特許権などと比較して、権利の有無および内容が不明確です。そのため、著作権侵害の有無を調査することに困難を伴う場合も少なくありません。
もっとも、自社で創作するものに関する著作権侵害のリスクについていえば、例えば著作権の支分権の1つである複製権の侵害には依拠(既存の著作物を利用して創作すること)が必要と過去の裁判で解釈されています。このことから、著作権侵害のリスクをヘッジする上では、他人の創作物に依拠しないように留意していくことは有効な対応策の1つといえるでしょう。例えば、コンテンツなどを制作する場合の社内規定を作成し、社内で周知していくことや、社内研修を行うことなどが考えられます。
なお、複製したことが疑われる著作物に接する機会があったことで依拠が推認される場合もあるので(東京地判平成19年8月30日(平成18年(ワ)5752号)【営業成績増進セミナー事件】)、これらに適切に反証し得るよう、少なくともタイムスタンプなどを活用して作成日時を確定し、その証拠は確保しておくことが望ましいでしょう。
また、第三者の著作権侵害の回避を考える際には、著作権法上の「引用」(著作権法32条1項)にあたると主張できる状態を作ることも重要です。ただし、この「引用」は、一般に許容されるかもしれないとイメージされるものと、著作権法における「引用」の解釈の間には、若干ズレがあるように思われます。例えば、以下のような事例において、適法に引用できると考えているスタートアップも少なくないかもしれません。
- 引用元を示しつつ、引用しているものの、引用する文章の量が、引用先の著作物に比して膨大な量となる場合
- ウェブなどで公開されている、商用利用が明示的に許諾されていない画像を、引用元を示さずにオウンドメディアなどで商用利用する場合
しかし、これらの例は、著作権法32条1項における「引用」がなされたといえず、引用元の著作物の著作権を侵害するおそれがあります。そこで、以下、著作権法32条1項における「引用」がなされたといえる(すなわち、著作権者の許諾なしに著作物を使用する)ための要件について検討します。
同要件については、実務上争いがあるところでありますが、著作権法32条1項の文言に照らして整理すると、以下のようになります。
- 公表された著作物であること
- 引用であること
- 公正な慣行に合致すること(※引用の際に、引用元の出典を明示すべきとされているのはこの要件に基づくものである)
- 報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内であること
もっとも、裁判例においては、以下の2要件で「引用」にあたるか否かを判断するものや、この2要件に触れることなく、さまざまな考慮要素を挙げて「引用」該当性を判断するものもあり、定説は存在しないといえる状況です。
- 自他の著作物が明瞭に区別されること(明瞭区分性)
- 自他の著作物の間に主従関係が認められること(主従関係性)
ただし、2要件説を採用する裁判例においても、主従関係性の要件の判断の中で、実質的に総合考慮して判断してきたと評価できるため、以下では、代表的な裁判例において総合考慮の際に挙げられた考慮要素を紹介します。この考慮要素(および各裁判例において、いかなるあてはめがなされているのか)並びに明瞭区分性要件および主従関係性要件を踏まえ、「引用」にあてはまるか否かを検討するべくマニュアルを作成することも有用かもしれません。
知財高判平成22年10月13日判タ1340号257頁【絵画鑑定書事件】
- 他人の著作物を利用する側の利用の目的、利用の方法や態様
- 利用される著作物の種類や性質
- 当該著作物の著作権者に影響を及ぼす影響の有無・程度
自社コンテンツで他社の登録商標を掲載する際の注意点は?
自社コンテンツを作成する際に、他社の登録商標が出てくる場合も少なくありません(例えば、メルカリのウェブサイトには、出品された商品に関する多数のブランドネームが出てくる)。
自社コンテンツで他社の登録商標を、その指定商品・役務と同一または類似の商品・役務に使用する場合には、商標権者からライセンスを受けない限りは、商標的使用に該当しない形で使用する必要があります。商標的使用とは、商標権侵害が成立するためには、被疑侵害者による標章の使用が、形式的に商標法2条3項各号が定める行為であることだけでは足りず、その使用態様が、自他商品・役務識別機能を有する使用(商標的使用)であることが必要とする考えです。
この商標的使用にあたるか否かの基準について、次の場合には、当該標識の使用が自他商品・役務識別機能を有しないため、商標的使用にあたらないといわれています。
- 普通名称として使用される場合
- 単に内容物の表示としてのみ使用される場合
- 単に商品などの内容、品質の表示としてのみ使用される場合
- 説明的、記述的に使用される場合
- 単にキャッチフレーズ、スローガンとしてのみ使用される場合
- 題号、タイトルとして使用される場合
- 単に意匠的、デザイン的にのみ使用される場合
- 商品について使用されていない場合
- 単に商品などの用途表示としてのみ使用される場合
また、裁判例において、商標的使用にあたるか否かの判断にあたって考慮されている要素は、以下のとおりです。
① 当該標章の使用目的など
- 商品などの内容・品質・用途の説明か
- 説明的・記述的な使用か
- キャッチフレーズ・スローガンとしての使用か
- 題号・タイトルとしての使用か
- 意匠的・デザイン的な使用か否か
- 当該標章が付された商品・役務の性質・種類
- 当該商品・役務の性質・種類と当該標章の観念の関連性の強弱
② 当該標章の使用態様
- 文字の書体(大文字か小文字か、字体、文字サイズ、色、特徴的なデザインなど)
- 当該標章が単独の語句かあるいは複数の語句ないし文章の一部として表記されているか
- 当該標章の商品における配置
③ 問題となる標章の他に標章が付されているかどうか
- 別の標章が問題となる使用標章の近くに表示されている、あるいは、別の標章が問題となる使用標章よりも大きな字で強調されて表示されている、といった事情があれば、需要者は別の標章の方から出所を理解することになりやすく、相対的に問題となる標章の使用については自他商品・役務識別機能を有する使用とはされにくくなる。
④ 本来的な識別力があるか否か、著名であるか
- 本来的な識別力が弱い標章(普通名称、一般名称、記述的な商品等標章)を使用する場合は、出所表示機能を果たす態様での使用とはならないことが多い。
- 本来的な識別力が高い標章(独創的な標章)、著名な標章を使用する場合は、出所表示機能を果たす態様での使用となりやすい。
以上も踏まえ、他社の商標を利用する際の注意点をマニュアルに落とし込み、これに基づいた業務フローの確立・運用実績の記録化にチャレンジしていただくことも有用かもしれません。
今回は、アーリー期におけるスタートアップと知財の関係のうち、ブランド戦略に関する留意点、特に他社の商標・著作物の使用についてのマニュアルの策定についてご紹介しました。次回も、ブランド戦略に関する留意点の続き部分をご紹介いたします。
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Contributing Writer @ Coral Capital