2週間ほど前からスイスやロンドンに出張して現地のLP投資家たちと面談し、投資先企業のさらなる支援のために潜在的投資家の方々ともお会いしてきました。こうした出張では普段の環境から引き離され、まったく新しい見解や視点に触れることができるので今回も非常に楽しみにしていました。もちろん、出張の主な目的は日本のスタートアップエコシステムの魅力を伝えることです。しかしそうは言っても情報の流れは双方向ですので、会う人それぞれから多くのことを学ぶ機会があるのです。例えば、他のスタートアップエコシステムはこの景気低迷をどのように乗り切っているのか。以前は「ホット」だと言われていたスタートアップやVCファームの中で、どこが今も勢いを保っていて、どこがそうでないのか。そして特に気になるのが、世界の起業家や投資家が今の日本をどのように見ているのかという点です。
海外のスタートアップがこの景気低迷をどのように乗り切っているかという点に関しては、端的にまとめると「持つ者と持たざる者」で二極化しているようです。「潮が引いて初めて、誰が裸で泳いでいたかわかる」という投資家ウォーレン・バフェットの名言がありますが、潮が引いた今、まさにそのような状況が浮き彫りになっています。過剰に持ち上げられ、高騰した評価額で多額の軍資金を獲得した企業は数多く、VCの帳簿上のリターンも押し上げていました。しかしその多くは評価額に見合う指標に到達していなかったり、中にはプロダクト・マーケット・フィット(PMF)すら達成していない企業もあったのです。
PMFをすでに達成していた企業にとっても、次の資金調達が必要になる前にその高い評価額にまで成長できるのかという点が大きな課題となっています。中には多額の資金を調達できたおかげで、バーンレートを抑えれば何年も持ちこたえられる余力のある企業もあります。そうした企業ならこの景気低迷もそのまま乗り越えられるかもしれません。一方で、そのような余力のない多くの企業は、評価額を下げたダウンラウンドか、もしくは既存株主にとって大きなリターンがほぼ期待できなくなるような不利な条件を盛り込んだラウンドでの調達をせざるを得なくなっています。もっと深刻なケースでは、すでに解散してしまった企業もあり、今後も同じ結末を迎える企業が出てくるでしょう。
ダウンラウンドで調達するか、不利な条件で同じ評価額(フラットラウンド)もしくは高い評価額(アップラウンド)で調達するかという選択であれば、個人的には通常のシンプルな条件でダウンラウンドの資金調達をしたほうが良いと考えています。倍率2x以上の残余財産分配優先権をつけるなど、条件を複雑にしないほうが良いということです。例えば、ここ数年で突出した成長を見せながらも過大評価されていたRampというスタートアップは、通常の条件をつけたダウンラウンドで3億ドル(約440億円)を調達したと最近発表しています。投資家から聞いたところによると、起業家も投資家もこの厳しい現実に順応しつつあり、このような発表が今後数カ月で増えていくことが予想されています。実際、直近でもInstacartとKlaviyoがIPOの申請を提出したとの報告があり、新たな水準のバリュエーションが受け入れられつつあることを示しています。
一方で、PMFを達成していないのに、何年も持ちこたえられるくらい過剰な額の資金を調達できた企業もあります。これらの企業は倒産のリスクこそありませんが、当面の成長の見込みもありません。シードステージの企業が山のように資金を蓄えている状況とも言えます。個人的には、多くのチームにとってこのような場合は投資家に資金を返して次に進んだほうが良いと考えています。起業家たちも次の新しい目標に専念できるようになり、誠実な選択を取ったことで周りからの評価も格段に上がるでしょう。
このようなややこしい状況に加え、上場市場と未上場市場の差異から生じる問題にもLP投資家は直面しています。上場市場では時価で株価が急落する中、それに対する未上場市場はその性質上、再評価に時間がかかっているのです。これがLP投資家にどう影響するかというと、未上場市場と比べて上場市場の価格調整が急速に進むことでポートフォリオにいわゆる「分母効果」が起こるため、各アセットクラスへの配分のバランスが崩れてしまいます。そのため、数字だけ見ればベンチャーキャピタルに過剰に配分されているように見えますが、実際には保有するベンチャーキャピタルの持分の再評価が遅れているだけなのです。さらに状況を複雑にしているのが、上に挙げたような様々なケースの企業に対する評価額を決めるのが困難である点です。例えば、5年は持ちこたえられる資金はあっても、PMFが微妙な企業はどのように評価するべきでしょうか。明確な答えが出せない、全体的に非常に複雑な状況なのです。同じ「ホット」なスタートアップを組み入れている複数のファンドに投資しているLP投資家であれば、VCによって評価額が異なる点についても悩まされるかもしれません。どこの評価額が正しいのかは、結局のところそのスタートアップがイグジットするまでは確実に言えないのが現状です。
他にもLP投資家から聞いた話の中で特に興味深かったのが、一部のVCファームがスタートアップの「モメンタム」そのものを実績として多額の運用資産(AUM)を集めているという話です。それらのVCの投資先は、毎回アップラウンドで多くの資金を調達してきたスタートアップが多いため、ファンドの数字も魅力的に見えます。一方で、ティア1のLP投資家の中にはそれらのVCのファンドに対する投資額を減らすか、次ファンドを見送る動きも見られるそうです。とは言え、勢いのある「ホット」なスタートアップに関わっているおかげでまだネームバリューを保てているVCファームもあり、調達先をティア1からティア2のLP投資家にシフトすることで現時点では資金を確保できています。そしてそのティア2のLP投資家は、著名ファンドの出資枠を確保できた(もしくは持分比率を増やせた)と投資委員会に自慢げに報告するという流れです。VCファームとの強力な関係構築のおかげだと理由付けするかもしれませんが、実際は単にティア1のLP投資家が持分を大量に放出しただけなのです。
また、日本への投資については、確かに以前より関心を持っているものの、まだブラックボックスのように感じられるという意見が共通していました。言葉や文化の違いがどうしても壁になってしまうのでしょう。Coralの投資先の1社と実際に話したLP投資家からは、魅力的なスタートアップではあるが「日本的すぎる」ためグローバルな競争は難しいと指摘がありました。また別のLP投資家も、日本への投資に魅力を感じるものの、スタートアップが日本で成功してもグローバルではまったく注目されないため、まずは広く話題になる成功事例がいくつか出てこないことには投資委員会を説得しにくいと話していました。
このように、海外への出張は様々な発見や気づきを得る機会となっています。個人的なレベルでも、今回の出張で「日本と世界の架け橋になること」こそが私にとって最もインパクトをもたらせる役割であると実感し、起業家のパートナーとしてもそれが究極の差別化ポイントになり得ることに気づけました。今後も国境を超えたネットワークや情報、ビジネスチャンスの流動化に向けて、引き続き投資家とのつながりの強化に取り組んでいければと考えています。
P.S. トップ画像は週末にアルプス山脈をハイキングしたときのものです。私が今まで行った中で、間違いなく最も美しい場所の1つでした。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital