私たちは今、ソフトウェアプロダクトにおける「機能性」と「エンターテインメント」の融合がまったく新しい形に生まれ変わる時代の入り口に立っています。それがAIの進歩によるものであることは、もはや驚きではないでしょう。AIによるパーソナライゼーションで顧客体験を本質的に変える新世代のソフトウェアが、今後は主流となっていく可能性があるのです。
AIはコンシューマー向けプロダクトの実用性を向上させるだけではありません。個々のユーザーのニーズや好みにきめ細やかに合わせた体験を提供することで、エンターテインメント性も新たなレベルに高めることになるでしょう。例えば、デジタルアシスタントがユーザーの指示や質問を聞いて理解するだけでなく、ユーザーの必要とすることを事前に予測しながらサポートできるようになるのです。パーソナル・スタイリングからファイナンシャル・アドバイザリーに至るまで、あらゆるインタラクションをAIの力で「自分だけの、特別な体験」にカスタマイズする次世代ソフトウェアが今後増えていくでしょう。
しかし、あらゆるインタラクションをパーソナライズするといっても、まだいくつか課題が残っています。例えば顧客の定着化における長年の障壁の1つに、オンボーディングの問題が挙げられます。ユーザーにアカウントの設定や好みのカテゴリーの選択をさせるなど、手間のかかるオンボーディングプロセスが使用継続を妨げ、カゴ落ち(ショッピングカートに商品を入れたまま放置)や登録画面での離脱などの原因となるのです。この問題に対し、NetflixやTikTokは早い段階で対策に気づきました。ユーザーの手を煩わせていろいろ選択させるよりも、視聴履歴をもとにアルゴリズムを調整したほうが、オンボーディングの成功率が上がることがわかったのです。データ収集プロセスをユーザーにとって「退屈な作業」から「エンターテインメントの一部」に昇華させることが、最も効果的なアプローチの1つであることが示されました。
このようにオンボーディングの改善にAIが活用されていますが、AIがその真価を発揮するには、まずは「データのポータビリティ」と「ユーザープライバシー」の問題を解決しなければなりません。理想的には、個人データをサービス間でシームレスに移動させることが可能になれば、AIを活用したより高度なアプリを実現できるようになるでしょう。一方で、その前提としてユーザーの信頼やプライバシーを優先するエコシステムが一般的になる必要があり、ブロックチェーンなどの技術による利便性とセキュリティの両立が求められます。
この未来の実現には、複数の要素が組み合わさる必要があります。具体的には、データポータビリティの向上に必要な技術やユーザーインターフェースの進化、大量のデータを管理・保有している既存企業に対する規制圧力、そしてデータの使い道を知った上でそれを求める消費者からの需要です。ここにAIが加われば、以前は自分のデータにアクセスできても良い使い道がなくて持て余していたのが、効果的に活用できるようになります。それに対応したアプリの数も飛躍的に増加していくでしょう。例えば私たちの日々のメールや、ウェブの閲覧、検索、スワイプ、取引などで蓄積されたデータを、自分専用の学習モデルに訓練させることができればどうなるか想像してみてください。ユーザーの最新情報を常に把握した状態のアプリが、楽しさや実用性、あるいはその両方を桁違いの速さで提供できるようになるかもしれないのです。
ここ数年のAIを活用したアプリの台頭は、このデータの収集や利活用に対する考え方がすでに大きく変わってきていることを示しています。Web 2.0の「広く浅く」というアプローチとは対照的に、これからは「深さ」を追求し、より日常的で、より楽しいインタラクションを通じてデータを収集する時代なのです。「コールドスタート問題」も、今後はソーシャルグラフではなく、データにより解決するものになるでしょう。この変化をここ最近で最も浮き彫りにしているのが、FacebookとTikTokの対照的なアプローチです。アプリ開発のトレンドとしても、これからは単に利用者数を増やすことよりも、ユーザーの日常に寄り添った、より深い体験やエンゲージメントが追求されるようになるでしょう。
Coral Capitalでは、段階的な改善よりも、飛躍的な進歩につながる機会への投資を常に重視してきました。パーソナライズドAIアプリの時代も、まさにそのような機会です。しかもその進歩はテクノロジーだけに留まらず、消費者とデジタルサービスのインタラクションそのものを再定義することになるでしょう。この未来を形作るスタートアップへの投資において、私たちが重視するポイントは明確です。ユーザーのニーズを深く理解し、データ統合における革新的なアプローチを追求していること、そしてユーザーデータのプライバシーやポータビリティを取り巻く環境の変化に先駆けて対応できるスタートアップを、今後も積極的に発掘して参ります。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital