数十年にわたり、経済や企業の成長モデルは「労働力の拡大」と密接に結びついてきました。従業員が増えれば増えるほど、生産量や消費、そしてGDPが拡大するという考え方です。企業レベルでも、営業担当、カスタマーサービス担当、エンジニアといった人員を増やせば、そのまま成果も向上すると信じられてきました。しかし現在、AIやロボット技術の進歩により、この常識は崩れつつあります。自動化が進行する中で、従来の採用における前提や経済理論、さらにはスタートアップの成長モデルさえも再検討が必要です。人口減少が長らく危機と考えられてきた日本こそ、この変化が最も顕著に現れている国ですが、AIがその認識を大きく変えつつあります。
日本の人口減少と生産性向上
日本の労働人口が減少していることは、もはや誰にとっても目新しい話ではありません。従来の常識では、労働力が減れば経済が衰退すると考えられてきましたが、AIの時代においては必ずしもそうとは限らない可能性が出てきています。
小売店やホテル、レストランなどでは、タブレット端末を使った注文システムやAIを活用した顧客対応など、自動化の取り組みが急速に広がっています。工場では、世界の産業用ロボットの約半数を生産するなど、日本は依然としてロボティクス分野のリーダー的存在です。ソフトバンクの人型ロボット「Pepper」はメディア的な話題性が注目されましたが、実際にはロボットが職場で活躍する未来への大きな期待を示すものでした。現在では、大手コンビニチェーンがレジ無人化店舗を続々と導入し、トヨタやホンダといった企業はAIを活用した物流や組立ラインの開発を進めています。これは、これから訪れる大きな変化のほんの入り口に過ぎません。
AIやロボット工学の急速な進歩により、あらゆる分野での自動化は今後さらに加速すると考えられます。これに伴い、「人口が増えなければ経済成長は望めない」という長年の常識が根本的に揺らぎ始めているのです。将来的にはデジタル・物理の両領域において、ロボットが人間をはるかに上回る働きを担う可能性が高まっています。そうした背景から新たな疑問が生まれます。もしAIとロボットによる自動化が生産性を維持できるのであれば、従来のように人口減少を重大な問題と考える必要は本当にあるのでしょうか。
AIがもたらす採用と組織構造への衝撃
再考すべきなのは国だけではありません。企業も同様です。従業員を増やすことで企業規模を拡大するという従来の方法は、AI時代においては時代遅れになりつつあります。AIを活用した自動化は、より少ない人員でも高い収益を生み出すことを可能にし、企業は組織体制を根本から見直さざるを得なくなってきているのです。
AIによる人員削減が進む企業
すでに多くの企業が対応を始めています。2023年、IBMはAIで自動化可能な業務に対する採用停止を発表し、バックオフィス部門を中心に推定700〜800人の雇用が影響を受けると見込まれました。同社CEOのアーヴィンド・クリシュナ氏は、人事や経理などの管理業務がますますAIに置き換わると述べています。さらに2025年1月には、人事ソフトウェアを提供するWorkdayが約1,750名、つまり全従業員の約8.5%に相当するレイオフを発表しました。CEOのカール・エッシェンバック氏によれば、これらのリストラはAIへの成長投資に集中するために必要だったとしています。大企業における同様の事例は、Google検索やChatGPTで調べればいくらでも見つかるでしょう。
特にスタートアップでは、より小規模・高効率な経営が一層進んでいます。たとえばコーディングソフトウェア「Cursor」を開発するAnysphereは、わずか20名の社員で2年足らずの間にARR 1億ドルを達成しました。また、AI音声スタートアップのElevenLabsも、約50名の社員で同等の成果を上げています。OpenAIのCEOサム・アルトマン氏は、いずれ1人だけで運営される企業が10億ドル規模に成長する可能性すらあると予測しています。
スタートアップの定石が崩壊する時
採用計画だけではなく、AIはスタートアップのオペレーションそのものを塗り替えています。特にSaaS企業はこれまで、「営業担当がX人いればYの収益が得られる、顧客数に応じてZ人のカスタマーサクセスを配置する、ユーザー数の拡大に合わせてサポートスタッフも増やす」――といった標準化された定石に依存してきました。しかしAIの進化により、これらの前提は根本から崩れつつあります。
変わりゆく営業・顧客サポートの定石
従来、ビジネスディベロップメント担当(BDR)は、月あたりに設定できた商談数で評価されてきました。しかし今では、ApolloやOutreachのようなAIを活用したセールスオートメーションツール、あるいは新たに登場しているエージェント型のセールスツールを使うことで、追加の人員をほぼ増やすことなく大幅にリードを増やすことが可能になっています。
顧客サポートの分野では、チャットボットやAI対応のチケッティングシステムによって、応答時間は数時間から数秒へと劇的に短縮されました。かつては1人のサポート担当が1,000人の顧客を見ていた体制でも、AIが基本的な問い合わせの大部分を処理することで、1人で5,000人、あるいはそれ以上の顧客に対応できるようになりつつあります。AIを活用した顧客メッセージングのリーダーであるIntercomによると、同社のチャットボットは現在、サポート依頼の50%を即時解決しており、人間の手を必要としない領域が急速に拡大しています。最終的には、完全に人の介在が不要になるかもしれません。
AIファースト:新時代のビジネス必須戦略
先進的な企業は、AIを前提に採用計画を再構築し始めています。従来型の発想でまず人員を増やすのではなく、「AIで対応できるかどうか」を先に検討し、AIでは対処できないと明確に判断できる場合のみ人を採用するという方向にシフトしているのです。こうした変革には大きな意味があります。
- スリム化されたオペレーション: スタートアップは、より少ない人数でより早く事業を拡大し、市場投入までの時間を短縮しながら効率を高められます。
- 指標の変化: セールスの効率やサポート体制、従業員一人当たりの収益といったKPIがリアルタイムで再定義されつつあります。
- 投資家の視点: ベンチャーキャピタルは、スタートアップが想定する人員計画を厳しく見直し、本当にそこまでの人手が必要なのかを問いただすようになるでしょう。
既成概念の終焉
AIは、企業や投資家、そして政府に対して、深く根付いた前提を改めて問い直すよう迫っています。日本のように人口が減少する国であっても、徹底した自動化によって経済活動を維持できることが証明されるかもしれません。AIとロボットは、大規模な労働力を代替しながら業務を継続する可能性を秘めています。スタートアップもまた、これまでの固定的な採用比率を捨て、AIがもたらす効率性に適応していかなければなりません。
AI時代で成功を収める企業とは、自らの前提を見直し、人員構成をオートメーションに適した形に評価し直し、AIファーストの戦略を徹底する企業でしょう。従来のルールはもはや通用しません。変化に応じて柔軟に対応する者だけが、この新時代で繁栄を築くことができるのです。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital