ITが社会に浸透し、難しい領域に挑戦するスタートアップが増えています。しかし、ひとくちに「スタートアップ」と言えど、その領域はさまざま。なかでも、より技術的なブレイクスルーを必要とする領域は「ハードテック」と呼ばれ、ソフトウェア系とは経営や事業の考え方が異なる部分も多いのです。
Coral Capital(以下、Coral)では、ハードテック系スタートアップにも積極的に投資しています。そこで今回は、Coralの澤山陽平が、投資先企業であるコネクテッドロボティクス株式会社代表の沢登哲也さんと、株式会社インフォステラの共同創業者・取締役COOの石亀一郎さんにインタビュー。ソフトウェア系とハードウェア系の異なる部分とは?また、ハードテック系ならではの難しさとは何か?彼ら特有の「ハードシングス」についてうかがいました。
飲食業界と宇宙産業に挑む、2つのスタートアップ
澤山:沢登さんは「飲食」、石亀さんは「宇宙」という、とてもおもしろいけれど簡単にはいかない場面も多そうな領域に挑戦されていますよね。まず、お2人それぞれがこの事業に挑もうと思ったきっかけを教えてください。
沢登:コネクテッドロボティクスは「調理をロボットで革新する」をミッションに、飲食店や公共施設だけでなく、家庭内でもロボットが活用される世界を実現するために日々開発しています。その代表作が、たこ焼き調理ロボット「OctoChef」です。
澤山:僕がOctoChefを初めて目にしたのは、2017年に開催されていた「Maker Faire Tokyo」。子どもも大人もたくさん集まっていて、ロボットがたこ焼きをひっくり返そうとするたびに「がんばれ!」と声援を送っていたのが印象的でした(笑)。
沢登:そうでしたね(笑)。OctoChef自体、友人家族とのたこ焼きパーティーがアイデアのきっかけでした。当時は調理ロボットをやりたいという思いはあれど、いいアイディアが浮かばずにいたんです。たこ焼きパーティーで子どもたちが夢中になっている姿を見て「これだ!」と思ってしまったんですよね。
澤山:石亀さんは?
石亀:僕はもともと子どもの頃から宇宙開発に関わりたいと思っていたので、宇宙系の研究室がある大学を選び、勉強してきました。
澤山:宇宙開発にずっと興味があったんですね。では、すぐにインフォステラを創業?
石亀:いえ、ちょうどイーロン・マスクが民間で初めて国際宇宙ステーションに補給船を送るプロジェクトをライブ配信で見て「これからの宇宙開発はベンチャー企業を中心に進む」と確信したんです。そこからイーロン・マスクの後追いを始め、ITベンチャーに興味を持つようになりました。大学在学中にフリマアプリを開発している会社に3人目としてジョインし、気づいたら執行役員COOになっていました。そこで2年半ほど勤務し、事業売却を経験した後「そろそろ宇宙ベンチャーをやりたい」と思っていたところで、共同創業者である倉原と出会い、インフォステラを起業することになったのです。
必要なのは「総合的な技術力」だけじゃない!
澤山:普通のスタートアップとは違って、ハードテック系スタートアップはプロダクト誕生までに時間がかかるもの。そのため、資金調達面に関しても苦労することが多いのではないかと感じています。特に石亀さんの場合は先ほどお話しいただいたように、フリマアプリのスタートアップで働いていた経験もありますが、当時に比べて今の領域をどう感じていますか?
石亀:ロングショットであることは、澤山さんのおっしゃるとおりですね。誤解を恐れずに言うと、ソフトウェアはエンジニアさえいればすぐにリリースできます。しかしハードウェアは、そうはいきません。インフォステラの場合は、共同創業者に手を動かせるエンジニアがいなかったこともありますが、リリースまでに2年半以上かかっています。加えて、ハードテック系で求められるシステムエンジニアリングの領域は、ハードウェアとソフトウェア技術の組み合わせによる芸術のようなところがあります。開発の文化も違えば、必要となる人材も多様になります。
沢登:そのとおりですね。ロボットづくりでも、総合的な技術力が必要。また、我々ハードテック系スタートアップで求められるのは、そういった技術力だけではありません。
澤山:というと?
沢登:確かに、ロボットなどをつくりあげるには時間がかかります。しかし、ぶっちゃけていうと、ロボットをつくって動かすまでは、それほど難しいことではないのです。大事なのは、それをどういったシーンで活用できるようにするか。そこをクリアしないと、どの業界でも導入してくれません。それに、ロボットを働かそうとしたら、それを活かすための環境やオペレーション、設備などをすり合わせなければならないのです。
澤山:まさに「なぜそれをつくるのか」があるからこその難しさですね。
沢登:我々はハードウェアを通じて、その業界の課題を解決したり、価値観を変えようとしたりしています。そうすると、ただ純粋に「ハードウェアが正常に動けばいい」では終わらない。コネクテッドロボティクスがやりたいのは、人をロボットに置き換えるのではなく、オペレーション業務をロボットに置き換えること。そして、飲食業界の業態を革新できないかと考えています。導入先ごとにシステム原価をおさえる必要があるため、ソフトウェアは自分たちでつくるようにしたりしていますが、「どうやって工夫するか」はいつも悩みますね。
石亀:さらにお話しさせてもらうと、参入領域によってはすでにある規制の調整も必要です。インフォステラは宇宙事業。この領域が、とても規制の多いところでして。宇宙基本活動法から始まり、リモートセンシング法案、資金決済法、そしてITAR(アイター)と呼ばれる武器輸出規制の1つに深く関わっていたり。そのほか電波法など、さまざまな規制をクリアしなくちゃいけないんです。そしてそれらすべてについて、日本だけでなくグローバルに対応しなければなりません。
澤山:世界中で同時に進めないといけないことが多いんですね。
石亀:そうなんです。日本でのリモートセンシング法や宇宙基本活動法も、内閣府との話し合いを進めていくなかで決めたものでした。ハードテック系スタートアップについては、レガシーなルールが立ちはだかるパターンはよくあります。うちもそうでしたし(笑)。なので、ものづくりができるかどうかはもちろん、一方でロビイングに一定のリソースを投下するための体力も持っている必要があるんです。
沢登:飲食店でのロボットに対する規制は今のところないので、僕らの場合は切り込み隊長として、ルールをつくっていくメリットがありますね。しかし、そこで失敗しても閉じてしまわないよう、慎重にやらなければならない責任もあります。我々が変な事故を起こしたせいで、この分野に参入しようとする他のスタートアップの障壁になってはいけないと思っています。
創業当初からグローバル人材を求める理由
澤山:気になるのは、資金調達面と人材採用面です。このあたりは、どのようにクリアしてきたのでしょうか?
沢登:ハードテック系の事業は、プロダクトができたとしても、売上がすぐに上げられる保証も難しいところがあります。でも、僕は運良く澤山さんを含めさまざまなVCと出会えたので、スムーズに進めることができました。
石亀:ハードテック系の場合、長期的に叶えたいビジョンを理解してもらえるかどうかが資金調達を大きく左右しますね。僕の場合は幸い、前職でもスタートアップのCOOをやっていて、資金調達の経験がありました。インフォステラでの調達は「これはけっこう難しいな」と感じていたのですが、いろいろやりとりはありつつ、想定していたよりは比較的スムーズだった印象があります。
澤山:採用面はどうでしたか?
沢登:苦労、していますね(笑)。チームとしても、やはりトップクラスのエンジニアが欲しい。そうなると、国内でも大企業レベルと競うことになるので、なかなか一筋縄ではいきません。
澤山:ロボット開発では、どういったエンジニアが求められているのでしょうか?
沢登:先ほど少しお話ししましたが、ロボットは総合技術。そのため、欲しいのはフルスタックです。しかし、そういった人材はあまりいないので、育成を視野に入れています。一方で、海外採用も強化しています。ヨーロッパも東南アジアも、ロボット関係の仕事をしたくても(求人の)母数が少ないんです。日本にはロボット関係の仕事がたくさんありますので、働きたいというフルスタック系エンジニアは多いですね。
澤山:では、当初からグローバルなチームづくりを意識していた?
沢登:僕は前職が外資系だったこともあり、今の事業をやると考えたときに日本人だけではまずいなと思っていました。そして、最初に入社してくれたのがフランスとカナダの2人。それをきっかけに、海外メンバーを増やしていきました。最近だと、特にダイバーシティー面を意識していますね。なるべく性別や年齢が偏らないようにするなどのこだわりもあります。
澤山:そして今、2社とも、グローバルなチームができつつあるのではないかと感じます。インフォステラも、海外から来たメンバーが何人かいますよね?
石亀:僕、英語がダメで……。
澤山:そんなことはないでしょう!(笑)
石亀:いやいや、英語は好きなんです(笑)。でも、創業当時は海外の人と話した経験もほとんどありませんでした。インフォステラを立ち上げてすぐ採用担当になったのですが、最初に必要だと思って探し求めたのは「日本国籍ではないが、日本語ができる英語ネイティブ」。そこから徐々に日本語ができないメンバーも採用し、自分も英語力を伸ばしつつ、結果として今のような第一言語が英語で、日本人比率が50%を切る国際的なチームになりました。
ユニークな事業は重厚長大
澤山:資金調達面から見ても、シリーズAが大きく成長しているなかで、コネクテッドロボティクスやインフォステラのようなスタートアップはもっと増えるんじゃないかと考えているんです。もしも未来の後輩たちにアドバイスをするなら、どういったことを伝えたいですか?
石亀:ソフトウェア系スタートアップも経験したからこそ、1点だけすごく感じることがありまして。ソフトウェア系とは違って、ハードテック系は規制産業とやりとりする可能性もあるため、ちゃんと知識や経験があるシニアを、創業初期から採用したほうがいいと思います。その見極めは、けっこう大事です。
澤山:ハードテック系スタートアップならではですね。沢登さんはどうですか?
沢登:僕個人としては、これからの時代の起業家に求められるのは生き様なんじゃないかと思っているんですよね。投資家も、そこを見ている人は多いです。そして、ユニークな事業は重厚長大。当然ながら「流行っているから」という理由だけで続けられるものではありません。本物の青天井な未来をつくるには、流行りなどに流されず、いかに自分がやりたいことを思いっきりやれるかどうかも重要ですね。
石亀:そうですよね。これはソフトウェア系やハードテック系関係なく、起業家であるならば未来のことだけを考えているべきなんですよね。そのうえで、正しいと思う判断を続けていけばいい。そこから必要なものを柔軟に取り入れていくようにしたほうが良いんじゃないかなと思います。
インフォステラとコネクテッドロボティクスでは、一緒に宇宙産業や飲食業界に取り組む新たなメンバーを募集しています。ご興味ある方は、インフォステラの採用ページ、コネクテッドロボティクスの採用ページをご覧ください。
■プロフィール
沢登哲也・・・東京大学工学部を卒業後、京都大学大学院情報学研究科を修了。2006年にロンドンのスタートアップでインターンを経験するも、大学卒業後は飲食業界に飛び込み、新規店舗を手がける。退職後、ソフトサーボシステムズ株式会社へエンジニアとして入社。産業用ロボットの専用コントローラーの開発などを手がける。2011年10月に退職し、株式会社ポロックを創業。モバイル用の通信アプリを手がける。そして2017年にコネクテッドロボティクス株式会社を創業。代表取締役を務める。
石亀一郎・・・2013年よりセブンバイツ株式会社にて、執行役員COOとしてバックオフィス、アライアンス、採用、カスタマーサポートセンターの立ち上げを中心に担当し、2年間従事。2015年にアニメイトグループへサービスの事業譲渡を終えた後、2016年1月、近年急増する小型人工衛星に向けた通信インフラの整備を目的として株式会社インフォステラを共同創業。取締役COOに就任。ファイナンス、人事採用、事業推進全般を管掌する。2018年度Forbes 30 Under 30 Asia Enterpise Tech部門トップに選出。
澤山 陽平・・・Coral Capital 創業パートナー。2015年より500 Startups Japan マネージングパートナー。シードステージ企業へ40社以上に投資し、総額約100億円を運用。500 Startups Japan以前は、野村證券の未上場企業調査部門である野村リサーチ・アンド・アドバイザリー(NR&A)にて IT セクターの未上場企業の調査/評価/支援業務に従事し多くのテックIPOを手がけた。さらに以前はJ.P. Morganの投資銀行部門でTMTセクターをカバレッジし、数千億円のクロスボーダーM&Aのアドバイザリーなどに携わった。東京大学大学院 工学系研究科 原子力国際専攻修了。修士(工学)。
Editorial Team / 編集部