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「神戸市は実験都市であるべき」スタートアップ×行政に挑む、神戸市の胸の内

GovTech(ガブテック)という領域をご存知でしょうか。これは、政府がテクノロジーを活用し、行政に潜む課題をテクノロジーで解決する取り組みです。政府とスタートアップが協力し、「市民」というターゲットの生活をより良くする目的があります。

海外だけでなく、国内でも盛り上がりを見せ始めているGovTech。なかでも、いち早くGovTechに興味を示し、取り入れているのが神戸市です。神戸市は、Coral Capital(以下、Coral)の前身である500 Startups Japanの米国本体、500 Startupsと連携したグローバルアクセラレーションプログラム「500 KOBE ACCELERATOR」を2016年からスタート。それ以来、神戸市の“肝いりプロジェクト”として、毎年開催されています。

スタートアップ支援に積極的な姿勢を見せ続けている神戸市ですが、日本でもあまり例がないGovTechをどのように取り入れ、市民へ届けようとしているのでしょうか。そして、スタートアップと行政という一見相反する性質の垣根を乗り越えるために意識していることとは、一体どういったものでしょうか。久元喜造神戸市長と、多名部重則新産業課長に伺いました。聞き手は、Coralの創業パートナー澤山陽平です。

きっかけは、久元市長がサンフランシスコで見た光景

澤山:さっそくですが、まずは神戸市がスタートアップに注目するようになったきっかけを教えてください。

久元:きっかけは2015年、シリコンバレーでの視察でした。なかでも驚いたのは、サンフランシスコ市庁舎で交わされていた職員とスタートアップの方々のやりとりでした。「市ではこういったことが課題だ」「ならば、このアプローチが可能だ」と活発に議論していたんです。それも、とても生き生きとした雰囲気だったのです。正直に言ってしまうと、神戸市役所とはぜんぜん違っていました(笑)。

澤山:なるほど(笑)。

久元:500 Startupsと連携して500 KOBE ACCELERATORをスタートさせたのは、その翌年です。一方で気になり続けていたのが、やはりサンフランシスコ市庁舎で見かけたやりとりでした。あの生き生きとした雰囲気を、神戸市役所にも取り入れたい。しかし、従来のやり方だと「発注者×受注者」という関係性になってしまいます。そこで「Urban Innovation Kobe」を始めました。これは職員とスタートアップがともに地域課題に挑むプロジェクトです。

澤山:まさに、サンフランシスコで見たような活発な光景を目指したわけですね。

久元:そうです。このプロジェクトではスタートアップと神戸市役所の職員がコンビとなり、すでに顕在化している地域課題に対して解決策をストレートに投げ込んでいきます。これまでにも何度か行政の課題解決につながる知恵を公募することはありました。しかし、何と言いますか、星空に向かってボールを投げているような気分だったんです。

つまり、優れたアイデアやテクノロジーを揃えたとしても、宛てがないと意味がない。神戸市には500 Startupsとともに培ってきたスタートアップとのつながりがすでにあります。「これを活かさない手はない」ということで、サンフランシスコで実施されていた「Startup in Residence」をベースにスタートしました。

澤山:現在、どのような動きがあるのでしょうか?

多名部:初回は6つのテーマで公募をスタートさせました。そのうち4つが、2019年度の予算を使って導入することが決まっています。特に、長田区まちづくり課との協働実証実験「子育てイベント参加アプリの実証開発」では、参加者が40%増えるなど、いい手応えが得られているように感じていますね。

「ちゃんとビジネスができるか?」「正直なやりとりができるか?」

澤山:Urban Innovation Kobeでは、スタートアップと職員がコンビになると話されていました。スタートアップ側に対して、特にチェックしているポイントなどはありますか?

多名部:CoralのようなVCに例えると、投資判断に近いところがあるかもしれません。我々も、基本的には「ちゃんとビジネスができるかどうか」をCEOや組織カルチャーの観点から必ずチェックしています。同時に「正直なやりとりができるかどうか」も見ています。というのも、市役所にはピュアな職員が多いんです。そこでスタートアップ側が妙にひねていたり、隠し事があったりすると、必ず不信感が生まれます。職員とスタートアップの組み合わせを考えるうえで、その点はかなり重要視していますね。

澤山:確かに、相性はかなり重要です。

多名部:そうなんです。もちろん、スタートアップの生態をちゃんと理解し、マッチングしています。また、マッチング後も「あとはご自由に」とせず、双方のコミュニケーションをサポートするために、民間から神戸市で採用した外部人材が、プロジェクトマネージャーとして間に立っているんです。そのプロジェクトがうまくいく・いかないに関わらず、双方がハッピーな結果になるように心がけていますね。

澤山:カルチャーの違いも、プロジェクトマネージャーに入ってもらうことで解決しているのですね。

久元:しかし、まだ課題は残っています。そのなかでも変えたいと考えていることが2つあります。1つは、入札契約手続きです。そもそも自治体では外部にアイデアや取り組みを求める際、一般公募するというルールがあります。そうすると、どうしても「発注者×受注者」の関係になってしまう。今のところは小規模な取り組みがほとんどなので大目に見ているところはありますが、大規模な取り組みに挑むとなるとそうはいきません。職員とスタートアップが同じテーブルを囲んで意見を交わした結果を次につなげるかたちで、運用面をスムーズにしなければならないのです。

澤山:もう1つは?

久元:もう1つは、解決策の規模感です。Urban Innovation Kobeではすでに具体的な課題解決策がいくつか生まれていますが、はっきり言って神戸市が抱えている課題を解決できるほどのボリュームあるものではありません。つまり、神戸市全域に展開するレベルに至っていない。

澤山:しかし、スタートアップ的な観点では「小さく始める」という発想があります。そうすると、相反するところもあるかと思うのですが。

多名部:そうですね。それに「すべての人が使っているサービス」自体がこの世に存在しません。先ほどお話しした「子育てイベント参加アプリの実証開発」では、子育て世代のほぼ100%がスマホを持っているから実現できました。しかし、ターゲットが高齢者の場合はスマホでなく通話を想定した仕組みを考えるべきです。このように、ターゲットを設定すればメインとなる世代はカバーできます。しかし、どうしても漏れてしまう方々もいらっしゃいます。我々は行政ですので、その点のフォローも考える必要があるのです。

澤山:「ターゲットから漏れてしまった部分」は、メディアなどでもクローズアップされやすい部分です。しかし、そこに注目しすぎていると…。

多名部:そうです、アプローチできるはずの9割に届かないサービスになってしまいます。GovTechに関しては、メインとなる世代をおさえつつ、別サポートも考えなければならない。しかし、それでもトライし続けることで職員も市民も「とりあえずやってみよう」と考えられる文化が根付くのではないかと考えていたりします。

神戸市がGovTechに込めた、スタートアップと職員への好循環

澤山:スタートアップにとって、神戸市と組むことで得られるメリットとは何でしょうか?

久元:やはり、500 KOBE ACCELERATORで、スタートアップを支援する土壌がすでにあること。そして、神戸市は「開かれた都市」として、開発されたサービスやアプリを1箇所にとどめるつもりはなく、ほかの自治体でも展開してもらうべく後押しもしています。そこは、神戸市と組むことのメリットと言っていいかもしれません。

澤山:500 KOBE ACCELERATORも、スタートアップ界隈などで認知され始めています。これをフェーズ1として、今度はGovTechで具体化し、広めていこうとしているのですね?

久元:そうです。市民のみなさんの税金を使っているので、神戸市で根付かせるべきという意見もありますが、私はむしろ世界に羽ばたいてほしいんです。神戸市を舞台にしてもらえることは嬉しいけれど、そこがゴールじゃない。一見、外向きに思われますが、このサイクルができれば神戸市役所内でもいい影響になると考えています。

澤山:というと?

久元:1995年に阪神・淡路大震災がありました。当時は東日本大震災のときに比べて国からの財政支援が少なかったため、神戸市は財政危機に遭っていたんです。行政改革はどの自治体でも行われていますが、神戸市はこの20年間で職員数を33%減らしました。全地方公務員の削減が16%ですので、倍以上ということになります。そうするとどうなるのか。人は減れども仕事は減らないため、職員が疲弊するんです。そこへ「新しいことをやろう!」と言っても、職員にとっては「勘弁してください!」となる。

澤山:そのような状況だったのですね。そこへ、スタートアップとコラボレーションすることで、どのような効果を期待しているのですか?

久元:やはり、スタートアップはおもしろいですし、ワクワクします。その雰囲気のなかで地域社会の課題を目に見えるかたちで解決することは、職員のやりがいにもつながります。そして、スタートアップとともに進化する。さらにその情報をどんどん発信し、優秀な人材を呼び込む。そういった好ましい循環を、神戸を舞台につくりあげたいですね。

多名部:すでにUrban Innovation Kobeには「どうやって運営しているのですか?」と問い合わせがあり、40自治体ほどが視察に来ています。関心は高く、なかには2019年度の予算に組み込んだ自治体もあるようです。

澤山:40自治体も! 流れが来ていますね!

多名部:おそらく「スタートアップ」という言葉が一般にも認知されるようになり、自治体内のアーリーアダプターに広まったことが大きな要因かと思います。市長は外への展開について話していますが、私としては他の自治体との連携もトライできるのではないかと模索しています。

市民と職員、スタートアップにとっての「実験都市」へ

澤山:神戸市のGovTechですが、次はどのようなフェーズへ進もうとしているのでしょうか?

久元:私は、まだ試行錯誤でいいと思っています。スタートアップの方々ときちんと議論しつつも、思いつきから始まったアイデアも取り入れて地域の課題解決につなげていきたいですね。それに、これはすべて実験なんです。なぜなら、やってみないとわからないことだらけなんですから。関わっている人たちはみんな、責任感を持って挑んでいます。うまくいかないこともありますが、私としてはそういった方々にできるかぎり多く実験してもらいたい。神戸市こそ、そういったことができる「実験都市」でありたいですね。

多名部:そうですね。Urban Innovation Kobeでは第2弾としていろいろ仕込んでいるところですが、どれがうまくいくかは僕らにもわかりません。ですが、うまくいけばそれこそ神戸市全域の課題解決につながります。そうなったときにリソースを投入できるよう、市役所内でも調整しているところなんです。

澤山:そんなにも機敏に動けるものなのですか?

多名部:行政の予算編成は年に1回。Urban Innovation Kobeでも、予算を確保するのは大変でした。しかし、各役職の判断を仰ぎつつ、組織内で予算を調整することは可能です。これは、他の自治体でもやろうと思えばできるはず。そういったスタートアップ的な思考で行政の動きを意識しつつ、コントロールしていくことが求められますね。

久元:このあたりは、我々にとっての挑戦です。昨年、神戸市は開港150年を迎えました。まさにその字の通り、開かれた都市として、市民や職員、そしてスタートアップにとって実験ができる都市を目指すつもりです。


■プロフィール
久元喜造氏・・・神戸市兵庫区生まれ。東京大学法学部卒業後、自治省へ入省。総務省自治行政局長や神戸市副市長を経て、2013年に神戸市長選挙で当選。2017年に再選。「地域貢献応援制度」や既存の考え方にとらわれず、500 Startupsと連携したグローバルアクセラレーションプログラム「500 KOBE ACCELERATOR」、地域課題解決プロジェクト「Urban Innovation Kobe」など、神戸市をよりよくするための施策を多く打ち出している。

多名部重則氏・・・1997年神戸市採用。2015年に新規施策であるスタートアップ育成事業を立ち上げる。同年に久元喜造市長とともにサンフランシスコの世界的に著名なシード投資ファンド「500 Startups」を訪問。それをきっかけに同団体と神戸市がパートナーとなり起業家プログラムを2016年から実施。また、国内で初となるスタートアップと行政が共同開発を進めるプロジェクト「Urban Innovation KOBE」を企画立案。アフリカ・ルワンダ共和国とのICT分野を中心とした連携・交流事業も立ち上げた。博士(情報学)。

澤山 陽平・・・Coral Capital 創業パートナー。2015年より500 Startups Japan マネージングパートナー。シードステージ企業へ40社以上に投資し、総額約100億円を運用。500 Startups Japan以前は、野村證券の未上場企業調査部門である野村リサーチ・アンド・アドバイザリー(NR&A)にて IT セクターの未上場企業の調査/評価/支援業務に従事し多くのテックIPOを手がけた。さらに以前はJ.P. Morganの投資銀行部門でTMTセクターをカバレッジし、数千億円のクロスボーダーM&Aのアドバイザリーなどに携わった。東京大学大学院 工学系研究科 原子力国際専攻修了。修士(工学)。

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Editorial Team / 編集部

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