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AI創薬や外科手術ロボなど、AI適用が進む世界のヘルスケア・医療スタートアップ最前線【後編】

先週ご紹介した前編に続き、今回も世界のヘルスケアAIスタートアップのトレンドをご紹介したいと思います。ヘルスケアAIの領域のトレンドを紐解くために、ペイシェントジャーニーにごとに、以下のように4フェーズに区切りました。

  1. 予防
  2. 診断
  3. 治療
  4. 予後

前回は、1と2の予防、診断までをご紹介したので、後編の今回は、3と4の治療、予後についてご紹介したいと思います。

3.治療:AI創薬は競争激化、外科ロボットにソフトウェア技術企業が参入

治療場面におけるAIの活用方法としては、⑴医師に対する、膨大な文献や過去データからの情報抽出やそれに基づく最適な治療方針の提案、⑵新たな治療方法をAIで創出する創薬プロセスの効率化、⑶診療業務の効率化、⑷処置・外科ロボットの大きく4つに分けられます。

(1) 膨大なデータを扱う先端医療で期待される治療方針の決定支援

患者のデータや記録と、医学論文といった情報を元に、最適な治療法を医師に提案するAIは、業務効率化及び治療の質を改善できるほか、膨大なデータを取り扱うゲノム医療やプレシジョン・メディシン(Precision Medicine:細胞を遺伝子レベルで分析し、その結果に合わせて適切な薬を投与し治療を行う、より個別化されたオーダーメイドな治療方法。精密医療とも訳される)といった先端医療の実現に期待が集まっています。

治療法を提案するAIの開発には、スタートアップだけでなく、すでに大手テクノロジー企業が参入しています。Google DeepMind(Googleの研究セクター)は2016年、University College London Hospitalと提携を発表しました。DeepMindは同病院の放射線科と共同で、頭頸部がんに対する放射線治療の方針策定を迅速化するAIを開発しています。これまで放射線科医が頭頸部がんの放射線治療を行う際には、CTやMRI画像を目視と手動によって病変箇所と健常部位を分類し、放射線の照射部位をマッピングする作業を行なっており、この作業には約4時間かかっていたと言います。この作業にかかる時間を大幅に削減することが、この提携の狙いです。また、IBMはがん患者の電子カルテを元に、最適な治療方針を提案するWatson for Oncologyを提供しており、米国や中国、日本を含む10以上の国で実用化が進んでいます。日本でも東京大学医科学研究所との共同研究を2015年に開始しています。しかし、日本では電子カルテの普及率が38.3%(2018年)と、米国の67%(2017年)に比べ非常に低いことに鑑みると、AIによるカルテの解析を通じた治療支援が普及するにはかなりの時間がかかると考えられます。

データを活用した治療を実現するための、医療機関向けソフトウェアインフラも普及しつつあります。例えば、プレシジョン・メディシンの臨床での実用化を支援するための、医療機関向けのソリューションを提供するスタートアップが注目を集めています。

サンフランシスコのSyapseは、このプレシジョン・メディシンが実際の臨床現場で活用できるよう、ゲノムデータの統合や患者の意思決定支援、ケアコーディネートといった包括的なサービスをプラットフォームとして提供しており、Amgen Ventures(ロスの製薬企業)やGE Ventures(医療機器・航空機等のメーカー)、Merck Global Health Innovation Fund(ニュージャージー州の製薬企業)、Roche Venture Fund(スイスの製薬企業)などから3,000万ドルを調達しています。San Francisco Business Timesによると、Syapseはすでに12の医療システムで導入され、腫瘍の専門医1,000人以上が使用していると報じられています。

また、がんのプレシジョン・メディシン(精密医療やがんゲノム治療)を支援する、医療データ収集・データ変換・データ分析のプラットフォーム、Tempusが、2019年5月に31億ドルのバリュエーションで2億ドルを調達しました。今回のラウンドは既存投資家であるBaillie Giffordがリードし、New Enterprise Associatesらも参加しました。同社はGrouponの共同創業者であり連続起業家のEric Lefkofsky氏によって2015年に創業された、シカゴのスタートアップです。ゲノムデータ及び非構造的な臨床データ、放射線画像データを活用することで、がん治療に取り組む医師の、患者ごとに最適な治療法を決定できるよう臨床判断を支援しています。

(2) 競争の激化する創薬AI、多くのデータを持つスタートアップが高評価

創薬は多くのプロセスを経る必要がある、とても時間のかかる分野です。具体的には、ターゲット探索、リード化合物探索・最適化、生物学的毒性試験、前臨床試験、臨床試験、承認と道のりが長く、新薬開発には10年以上かかります。加えて、医薬品の研究開発費用は年々増大する一方で、医薬品開発の成功率は年々減少しており、現在では2.5万分の1となっています(日本製薬工業協会調べ、2010年度~2017年度)。このため、創薬プロセスの効率化やコスト削減は喫緊の課題となっています。

こうした医薬品開発を取り巻く環境を踏まえ、PfizerやNovartis、Merckといった名だたる製薬大手は創薬AIスタートアップとの業務提携や出資、買収に取り組んでいます。

大手製薬企業によるAI創薬スタートアップへの出資件数推移(出典:CB Insights )

製薬企業だけでなく大手テクノロジー企業もAI創薬に着手しています。競争激化による価格競争の結果、大手IT企業の関連事業縮小やスタートアップのダウンラウンドの資金調達などが起こっています。

2015年から2016年にかけて4社のヘルスケアAIスタートアップを買収し、Watson Healthを展開するIBMは、2019年4月にはAIで創薬を支援するプログラムの売上不振を受けて創薬プログラムの新規顧客への提供を停止しています。広報担当者によると、今後は製薬企業向けサービスの中でも、臨床試験におけるデータ管理に重点を置き、展開していくとのことです。Watson Healthの従業員の解雇や同部署のトップの辞任(他部署へ移動)も2018年以降報道されており、この背景には、スタートアップとの競争に対する敗退(買収時150あったPhytelの顧客はは80まで減少、その理由として元従業員はスタートアップの低価格・高品質なサービスの発展があると発言している)が原因であったと報道されています。また、前回の記事で紹介したイギリスの創薬AIのユニコーン企業BenevoloentAIのダウンラウンドの報道が出た際にも、データサイエンティストなどの人件費の高騰と価格競争の激化が原因として推察されており、これらの事例から、すでに欧米ではAI創薬における価格競争が起きている可能性が十分に考えられます。

すでに価格競争が起きているAI創薬スタートアップの中で、高く評価されているスタートアップはアルゴリズムだけでなく独自の充実したデータベースを保持しています。

2006年にAnne Wojcicki(アン・ウォイッキ)氏が立ち上げた23andMeはこれまでに累計1,000万人の遺伝子データを収集し、(うち8割のデータ提供に同意した)ユーザーの遺伝子データを、研究開発を行う民間企業や大学などの機関へ提供しています。2018年にはグラクソ・スミスクラインと資本業務提携を締結し、3億ドルの出資と合わせて、新薬開発事業において提携しました。

2013年創業のRecursion Pharmaceuticalsは、疾患モデル培養細胞/正常細胞画像の世界最大規模のデータベースを構築し、このデータベースを元にターゲットやリード化合物を探索しています。他の多くの創薬スタートアップは大手製薬企業と提携したり、製薬企業を顧客として創薬を支援していますが、Recursionは自社でも希少疾患のための創薬に取り組んでいます。同社は今年7月に1億2,100万ドルのシリーズCラウンドを行い、これまでに総額で2億2,640万ドルを調達しています。

(3) 音声によるカルテ記録や院内患者モニタリングによる診療業務支援

治療において医師の医療行為を取り巻く諸業務をAIで効率化するアプローチも、記録業務や監視業務の効率化において注目を集めています。

医師の診察中の記録業務の効率化に取り組むNotable Healthは、Apple Watchを利用し、診察中の医師と患者の相互のやりとりを音声認識と自然言語処理を活用することで自動で記録し、業務を支援します。 Notable Healthは2017年の創業で、Greylock Partnersなどから総額1,920万ドル調達しています。また、Googleの人工知能研究所のGoogle Brainのヘルスケアグループも、スタンフォード病院と共同で、クリニックでの音声認識による電子カルテの記録業務効率化に取り組んでいます

また院内の患者のモニタリングの効率化においても、AIの活用が期待されています。Gauss Surgicalは、周手術期(手術の前後の過程も含めた入院から術後の退院まで含む期間全体を指す言葉)に注力し、患者のモニタリングをAIを活用することでより正確に効率よく行うためのソリューションを提供しています。手術中の患者の出血量を正確に自動でモニタリングできるTriton ORと、周産期の出血に特化したTriton L&Dを提供し、スポンジと専用の容器で状況を把握し、血液以外の体液を区別して計測が可能です。同社は2018年10月にシリーズCで2,000万円で調達しました。このシリーズCには、Softbank Ventures Koreaが参加しています。

(4) 遠隔地の外科手術も可能になった処置・外科ロボット

AIの活用以前に、2000年に初の腹腔鏡手術の補助ロボットとしてFDA承認を取得したda Vinciは、すでに世界の病院に3,800台以上導入されています。da Vinciは外科医がカメラモニターを見ながらロボットアームを操縦することで、開腹せずに手術が可能になり、患者と医師の負担を大幅に削減できるようになりました。また、医師が遠隔地の患者の外科手術も実施できるようになり、医療資源の偏在に対するアプローチとしてもロボットアームによる外科手術補助ロボットは活躍しています。国内では2009年に医療機器として認可を受け、2012年には前立腺がんに対する手術が保険診療として認められ、2018年の診療報酬改定により保険診療として認められる手術の数が新たに12件増えました

年間で100万件もの手術を行うda Vinciですが、今年その特許の大部分が切れることを受けて、外科手術ロボットの開発が加速しています。国内メーカーではシスメックスと川崎重工業の共同出資会社のメディカロイドや国立がん研究センター発スタートアップのA-Tractionらが開発に取り組んでいます。

加熱する外科手術ロボット開発に対し、ハードウェアだけでなく圧倒的なソフトウェア技術を持つ会社の参入が世界中から注目を集めています。例えば、Googleのライフサイエンス部門の子会社Verilyです。VerilyはGoogleがAlphabetによる持ち株制に移行した際にスピンアウトしたヘルスケア企業で、これまでスマートコンタクトレンズや病気の早期発見のためのナノ粒子などを発表しています。VerilyはJohnson & Johnsonの医療機器子会社Ethiconは2015年に合同会社Verb Surgicalを設立し、AIを活用した外科手術支援技術の開発に取り組んでいることを明らかにしました。もともとJohnson & Johnsonは2012年よりスタンフォードのロボティクス研究所と共同で手術用ロボットの開発に着手していましたが、その技術の詳細については非公開でした。2018年に一部明らかになったVerbが開発する手術プラットフォームは、ロボット技術や強化された視覚化技術、接続技術、高度な精密機器技術、データ分析技術の5つの技術で構成されています。Johnson & Johnsonの医療機器グループのGary Pruden(ゲイリー・プルーデン)氏は、既存の外科手術ロボットよりもより小型で、200万ドル以上かかっていたコストを削減できると語っています

4.予後:慢性期患者モニタリングが広がる一方、普及の遅れる介護領域はB向けシフト

AIを活用した医療の支援は医療機関の中だけではなく、在宅で療養する慢性期患者や高齢者のケアの領域においても、AIの活用が期待されています。特に先進国においては、生活習慣病を持つ壮年期の成人の重症化予防や、在宅で療養する高齢者とそのケアを行う家族の経済的及び社会的負担の軽減において、テクノロジーを活用したアプローチの積極的な導入が社会全体で求められています。

その多くが長期に渡る慢性期患者や高齢者の在宅療養支援のソリューションです。この領域は大きく⑴慢性疾患のマネジメントと、⑵介護支援の2つに分類できます。

(1) 慢性期患者のモニタリング

生活習慣病やメンタルヘルス、整形外科疾患、神経疾患といった様々な慢性期患者を在宅でモニタリングするためのプラットフォームやスマートデバイスの提供においても、多くのスタートアップが参入し、ソリューションの提供に取り組んでいます。オンラインソリューションの活用により、これまで通院時しか患者の状態を把握できなかった医療従事者が、在宅で療養する患者の状況をモニタリングし、必要に応じたタイミングで介入できるようになりました。

AIは主に、この継続的に取得される患者のデータの解析や、患者とのコミュニケーションの円滑化において活用されています。特にデータの収集は単にその患者個人のケアの質を向上するだけでなく、これまで取得されていなかった多くの患者の自宅でのデータを集めることで、パーキンソン病など原因の解明が進んでいない疾患に対しては貴重な研究データの取得を可能としている面でも大変意義深く、注目されています。

この領域においてもGoogleは着手しており、ライフサイエンス子会社のVerilyは、フランスの製薬大手Sanofiと合同会社のOnduoを2016年に設立しました。Onduoが開発するのは糖尿病患者のための疾患管理のトータルソリューションで、ハードウェアやソフトウェア、及びコーチングを組み合わせて糖尿病患者の体調管理を支援しています。AIはリスクの高い患者を特定し、コーチングをパーソナライズする際に使用されています。糖尿病患者向けにAIを活用したソリューションを提供する会社は多く、2014年の創業以来すでに総調達金額が2億4,800万ドルを超えるLivongoも、糖尿病のオンラインマネジメントに取り組んでいます。血糖値を計測するスマートデバイスやオンラインプラットフォームといったテクノロジーと、医療従事者によるコーチングを組み合わせることで、患者の心身の健康を支援しています。Livongoの介入により患者の病状を含めた検査値の改善し、かつ医療費を削減できるとのことで、300以上の雇用主やヘルスプラン、医療機関が導入しています。同社はまた、米国の複数の州で200万人以上にBlue Cross Blue Shieldの健康保険を提供している、Cambia Health Solutionsとの新たなパートナーシップを発表しています。また、温度センサーにより炎症や傷害をモニタリングするスマートソックスを開発するSiren Careといった会社も出てきています。

メンタルヘルス領域においては、2011年創業のサンフランシスコのスタートアップで、今月新たに3,500万ドル調達したGingerが、AIを活用しています。同社は鬱やストレスなどのメンタルヘルスの課題を抱えるユーザーが、24時間いつでもアクセスできるコーチングツールを提供しており、医療従事者(コーチ)によるオンラインのコーチングだけでなく、ユーザーが1人でも活用できるセルフコーチングコンテンツを提供しています。GingerのAIは、コーチの業務負担の軽減とユーザー体験の向上のために、コーチがより迅速に対応できるめに活用されています

整形外科疾患の領域においては、ポルトガルのスタートアップSWORD HEALTHが、オンラインのリハビリプラットフォームを提供しています。同社のプラットフォームでは、実際の人の理学療法や医師士の医療チームと、AIによるデジタル理学療法士(PT)を組み合わせることで、自宅でのリハビリを実現しています。ユーザーは専用のモーショントラッカーを装着してリハビリを行うことで、デジタルPTがリアルタイムにフィードバックを行い、必要に応じて医療従事者が介入を行うため、自宅にいながら高品質のリハビリプログラムを受けることができるようになります。直近の今年4月の資金調達では、米国のVCであるKhosla Venturesが参加しており、今後米国参入を計画しているとのことです。

これらの他に、慢性腎疾患の管理においてAIを活用するCricket Healthが昨年2,400万ドルを調達しました。日本でもその医療費や患者の身体的・社会的負担が深刻な問題になっている、人工透析の導入をなるべく遅らせるための疾病管理をオンラインでサポートしています。

(2) 高齢者C向けより、B向けで立ち上がる介護向けソリューション

高齢化が深刻な社会問題となる先進各国は、介護の領域においてもAIの活用が期待されています。その一方で、サービスの普及が進まない理由として、エンドユーザーである高齢者がオンラインソリューションを使えるようになるのに障壁があるということが挙げられます。日本においては介護保険が諸外国と比べて未だ充足していることから、高齢者向けのC向けビジネスより先に、介護業務SaaSといった高齢者施設などの、現場の人手不足や従事者の負担軽減を改善するB向けソリューションが出てきています。日本以外では、一人っ子政策で子供の負担が大きい中国や、将来的に社会の高齢化問題に直面する韓国やシンガポール、欧州などでもAIを使った介護の取り組みが始まっています。介護におけるAI導入の大きな方針としては、a) ケアプランの最適化支援、b)介護業務支援のソフトウェアやロボット、b) 独居高齢者などのコミュニケーション支援の大きく3つに分類できます。

AivaHealthはAmazon AlexaやGoogle Homeといったスマートスピーカーを介して、在宅療養している高齢者や施設に入居している高齢者と介護者をつなげるプラットフォームを開発しています。2018年には、Google Assistant Investment Program及びAmazonのAlexa Fund(どちらも、音声技術のイノベーションを促進ためのファンド)から相次いで出資を受けました。

以上、2回にわたって世界のヘルスケアAIスタートアップの動向を、ペイシェントジャーニーごとにご紹介しました。ヘルスケア領域での起業にご関心がある方は、こちらのフォームよりご気軽にご連絡ください

AIHealthtech

吉澤 美弥子

Senior Associate @ Coral Capital

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