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血液クレンジング、瀉血、20世紀マーケティングの3つの共通点

芸能人・著名人が「血液クレンジング」というニセ医療を拡散してるというので騒ぎになっています。血液クレンジングとは、数百ミリリットルの血液を採取し、これをオゾンガスで浄化。再び体内に戻すことで、さまざまな疾患の改善や健康増進に効果があるとする施術です。詳しくはBuzzFeedのまとめ記事(芸能人が拡散する「血液クレンジング」に批判殺到 「ニセ医学」「誇大宣伝」指摘も)などを見ていただければと思いますが、医療関係者から科学的根拠を疑問視する声があがっています。高額な施術を受けた人の中に効果がなかったとする苦情があったり、これをSNSで拡散した著名人たちの倫理を問う声も広がっています。

ぶら下がった輸血パックの写真を見て、なるほどなと思いました。一方でどす黒い血液が、他方で真っ赤に変色しているのです。これは、いかにも効果がありそうに見えます。科学的根拠があるかどうかは別として「効果がありそう」と感じる人がいても全くおかしくないなと思います。酸素バーに健康や精神面での効能があると信じたくなるのと似ています(WebMDの解説によれば、酸素バーには効能なしというのが医療関係者のコンセンサス)。

効果がないのに2000年間も実践された「瀉血」という治療

血液クレンジングで思い出したのは、全く効果がないのに人類が2000年間も続けた「瀉血」(しゃけつ:bloodletting )という大量に患者の血を抜く治療法です。米国初代大統領のジョージ・ワシントンは瀉血で死んだとされています。瀉血は少なくとも200年前まで実践されていた医療行為だったのです。

1860年頃の瀉血の様子を伝える貴重な写真(出典:The Burns Archive

患者やその家族にとって重要なのは分かりやすい「効果」があることです。重病人が運び込まれて「先生なんとかしてください」と言われたら、とりあえず大量に血を抜いたのです。すると患者は失神しておとなしくなる。劇的な効果です。「さすが先生!」となるわけです。ただ、その効果が快方に向かうものか、悪化させるものなのかは別の話でした。

世界中、いつの時代を切り出しても最も教育レベルが高く科学的態度を持った人たちだったはずの医師たちですら、なぜ人が死んでしまうことすらある非科学的な施術を続けたのか。これは、とても示唆的な話だと思います。問題の本質が分かっていない領域で、ソリューションが死ぬほど求められている場合には、たとえ効果が不明でも、分かりやすい結果が現れる実践が盲目的に続けられることがある、ということなのだと思います。

私が瀉血の話を知ったのは『ブランディングの科学―誰も知らないマーケテイングの法則11』という2010年に書かれた本からです。著者で南オーストラリア大学のマーケティング科学教授のバイロン・シャープは、従来王道とされてきたマーケティング施策の中には、統計的な分析によって得られた知見に基づくベストプラクティスではなく、瀉血同様に「効果あり」と関係者が信じ、実践されている神話がたくさんあると指摘しています。

例えば、洗剤や歯磨き粉などの消費財のマーケティング施策で、既存顧客にフォーカスしてロイヤリティーを上げてもらうキャンペーン(キャッシュバックなど)を打つのはROIが高いと信じられていたものの、データを統計的に分析してみると、これは全く逆。他社ブランドの利用者にもリーチせよ、というのがデータ分析から導かれる結論だそうです。また「カスタマーロイヤリティー」と言いますが、実際には消費者は大してロイヤルではない。個々人で見ると、シェア上位の製品を買っている人たちも気まぐれにブランドをスイッチしますし、購買頻度もシェア1位から5位までほとんど変わりません。クロスセルについても、ロイヤリティーが高いと同ブランドのオプションや別商品をより多く購入すると信じられていたものの、実際にはほぼ幻想に過ぎないということをデータで示しています。

効果があるように見えても効果があるかは要検証

血液クレンジングと瀉血、20世紀マーケティング(の一部の神話)の共通点は、「効果がありそう」に見えて、実際には検証がなかったというというところです。今も実施されているマーケティング施策には神話が含まれていそうです。ネット以前の時代にはマーケティングキャンペーンの効果測定が難しかった、という事情もあるでしょう。一方で、現代のデジタルマーケティングの最先端は、個々のユーザーがどこで何を見て、それがどの程度コンバージョンに影響を与えたのかを機械学習で分析し、広告露出を自動調整するようなところまで進化しています。

スタートアップは生き残らないと死にます……。というとトートロジーですが、リソースに余裕のある大手企業とは違います。比較的余裕のある大手であれば、神話的施策を何となくやって仕事をした気になり、効果測定やROIの検証もそこそこで社内がなんとなく納得しているということがあるかもしれません。でも、スタートアップは神話を見極めないと死にます。

今の時代は、いろいろな面で効果測定がやりやすくなりました。当然の話かもしれませんが、効果があるように見える施策であっても、特にコストがかかるものについて、それが「現代の瀉血」でないかどうかは常に気に留めたほうが良いのだろうと思います。典型的なのは大型の自社開催イベントなどです。イベントは熱気があって大成功、たくさん人が来たけれど、どれだけリードが獲得できたのか、その費用対効果はどうだったのか。そのリードをどれだけナーチャリングできて、1年後にどれだけコンバートしたのか。そうした効果測定が重要です。

血液クレンジングの流行をみて瀉血のことを思い出し、「効果がありそう」という理由だけで検証せずに長年やっていることはないでしょうか。自戒の意味も込めて、これを書きました。

 

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Partner @ Coral Capital

Ken Nishimura

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