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コーディングを不要にする「ノーコード・スタートアップ」が注目される理由

プログラミングをする人なら1度や2度は「コーディングを不要にする」という宣伝文句にイラッと来たことがあるのではないでしょうか。Coral Capital創業パートナーの澤山陽平も、そんな1人です。「最近シリコンバレーで話題の No code startups について何か書こうと思う。ハイプ気味ではあるものの注目のトレンド」と、私が伝えると、一気に顔が曇りました。

またか、というところかと思います。澤山は日本では珍しいScalaという玄人好みのプログラミング言語を使いこなすベンチャーキャピタリストです。過去10年、20年と、どれほど「コーディング不要」というマーケティングコピーが派手に宣伝されてきたかを思えば、澤山の反応は、当然かと思います。

それでも私には、いまノーコーディングと呼ばれるムーブメントから、優れたサービスや企業が出てきつつあるように思えます。

全てのコーディングが不要になるのは遠い将来

AI関連用語では、人間のように多様な状況に応じて知性を示すことができる「AGI」(汎用人工知能)と、現在利活用の進む、特定の認知タスクを人間と同等以上にこなすAIを分けて考えるのが一般的かと思います。それと同様で、人間のプログラマーが行うプログラミングを全てマシンに任せるような「コーディングを不要にする」ことができるのは、ずっと遠い未来のことに思えます。産業用途のソフトウェアづくりは現在、特定業界の人間が専門家である人間のプログラマに依頼していることが多いですが、専門性の乖離や曖昧性のために、膨大な手戻りや訴訟沙汰すら起こっています。何をつくりたいのか、どうつくるべきなのかということは、つくりたい側ですら言語化するのが困難なのです。そもそも、何千もの意思決定を盛り込むのが普通であるソフトウェアの挙動を、明瞭に言語化することは難しいのだと思います。もし仕様の言語化が可能なのだとしたら、それを書き下すのに最も適した言語は、日本語や英語ではなく、プログラミング言語でしょうから、ここに根本的な問題があるように思えます。コーディング不要というのは幻想で、つくりたいものを指示することがコーディングそのものであるはずです。

コーディングを直接的、汎用的に支援する方向性では、Microsoftの最新の開発環境でソースコードを1行単位で提案してくれる機能が登場して話題となっている、というのが2019年末の状況です。これはすごいことですが、あくまでも「エンジニアが次に書きそうな1行」を提示するにすぎず、コーディングなしにソフトウェアをつくるというのは夢物語に思えます。

しかし、特定領域のコーディングを不要とする流れは、ここ数年で勢いを増しているように見えるのです。

ちょうど、人工知能が指すものが汎用人工知能ではなく、画像認識や囲碁など特定タスクをこなす機械学習で、もはや誰もその有用性を疑わないのと同じで、ここでいうノーコーディングは、特定分野における類似課題の解決に、コーディングを不要する応用・サービスです。その多くは、かつてプログラマーがいなければ享受できなかった価値が、非プログラマーにも民主化され、開放されるというトレンドです。

出版もECもコーディング不要になり民主化された

個人的には、ノーコーディングの最大の成功事例は、データベースにアクセスするための「SQL」ではないかと思います。今でこそSQLはエンジニアにとっても熟達に時間のかかる専門スキルと見なされていると思いますが、マーケターやセールス担当者がインサイトを得るために、エンジニアに依頼せずとも「コーディング不要」で使えるツールでもあります。SQLがなければ、データ構造やディスク、メモリ、最近ならネットワークのアクセス特性を考慮しつつ、データにアクセスするプログラミングが必要になります。

SQLはデータの利用を大幅に民主化しました。同様に、WordPressやブログプラットフォームは出版やネットメディアの運用を民主化しました。印刷所へのアクセスや、雑誌・書籍の流通に必要とされる資本のことを考えると、HTMLの登場だけでも民主化のインパクトは大きかったと思います。さらに、今やWordPressは全ウェブサイトの34.9%で利用されているほど普及しています。HTMLを書いたり、それを生成するプログラムを不要としたのです。同類のプラットフォームとしてWixもあります。より古くは、HTMLを書かなくて良い、Dreamweaverというオーサリングツールもありました。

ECに特化したCMSとしては、Shopifyや、先日上場承認が降りた国内のスタートアップ BASEがあります。これらは、ECサイトの立ち上げを「コーディング不要」として民主化し、大きく成長しました。

2019年に続いたノーコードスタートアップの大型調達

2019年にはノーコードスタートアップの大型の資金調達が相次ぎました。

Webflowは2013年のスタートアップで、レスポンシブデザインサイトがつくれるデザインツール、CMS、ホスティングを提供しています。2019年8月にAccel Partnersをリードとする7200万ドルのシリーズA資金調達をするなど注目を集めました。

同様に、「Webエンジニア不要。コーディングなしにWebアプリがつくれる」とうたうBubbleは、7年間のブートストラップの末に2019年6月に630万ドルの資金調達を発表しました。Bubbleはマウス操作で要素を画面に並べていくビジュアル開発環境をブラウザ上で提供しています。例えば、トップページにサインアップのテキストフォームを置く場合、ビジュアルな開発環境で表示されるチェックリストから、そのフォームの見た目や挙動を指定でき、その入力結果を入れるデータベースへのフローもコーディングなしで設定できます。すでにBubble上では23万のアプリが製作され、中には立ち上げ6か月でMRRで3万ドルを叩き出したBubble上のアプリ(Followup Edge)もあるといいます。彼らは、Bubbleを使えば、AirbnbやTwitter、Facebookのようなアプリがつくれる、とまで言っています(さすがに言いすぎだとは思いますが)。

2019年4月にシリーズAで1500万ドルを調達したAppSheetは、スプレッドシートからアプリを生成するサービスを提供しています。Google Sheets上にデータを展開しておけば、1行目にかかれたデータの「name、address、age」などのラベルから、それぞれどういう挙動をするべきかを推定して、モバイルアプリを逆生成してくれます。例えば、不動産情報を表示するアプリであれば、住所や物件画像を扱うでしょうが、その挙動は、何となく想像の範囲内ではないでしょうか? AppSheetは「こんな機能を提供するボタンがほしくありませんか?」といった提案もしてくれます。

2017年のY Combinatorバッチに参加していたRetoolは社内業務アプリ向けに特化したダッシュボード作成サービスを提供しています。ブラウザ上のビジュアルな開発環境で、データベースにクエリを投げてみて、それをテーブルに表示するといったアプリ画面が容易つくれるサービスです。一般論として顧客へ提供するアプリに比べて、社内で利用する業務アプリのほうがデザインや完成度の点で要件が厳しくない思いますから、一定の需要が見込めそうです。

2019年3月にAppleが買収したと報じられたStamplayはローマ発のスタートアップで、決済やメール、アナリティクスなど各種APIをブロックのように組みあせてバックエンド(BaaS)をつくる抽象度の高いAPIプログラミング環境だったようです。開発者が80%の時間を割いている開発プロセスを1%にまで時間短縮すると言っていたことからも分かるように、どんなアプリでもつくれる汎用の「ノーコード」ではありません。アプリの完成物をつくる「ノーコード」でもありません。しかし、最も多くの工数がかかる部分、しかも世界中のエンジニアが同じコーディングを繰り返しているところを「ノーコード」にするというのがポイントのように思えます。これは実はブログプラットフォーム登場時も同じでした。90年代後半には世界中でサーバー管理者がPerlのスクリプトを書いていたのです。今やブログの立ち上げのために自分でコードを書こうという人はいません。

2012年創業のAirtableは、AppSheetとも少し似た「スマート・スプレッドシート」というべきクラウドサービスです。シート上では画像が扱えるだけでも応用が広そうに思えますが、Airtableが興味深いのは、それぞれのカラムに対応するUIをアプリ画面のように扱える点です。また、最近のクラウド上のコラボツール(例えばTrelloやSlack、Notion)ように誰か特定のユーザーをメンションすることによって、シート上のデータで直接共同作業ができます。Airtableは今のところ名付けようがないジャンルのサービスですが、2018年11月に約1200億円のバリュエーションで108億円を調達するなど、ノーコード・スタートアップの象徴的事例の1つとなっています。進化したクラウド上のExcelといった印象があるAirtableは、かなりの範囲の業務を落とし込めるという意味で、ノーコードなのだと思います。

AirtableのようなUI付きデータベースとでも呼ぶべきツールは、例えば、Zapierと組み合わせることで、さらに威力が増します。Zapierは最近iPaaSと呼ばれることもある複数SaaSを連携して定型作業を自動化するサービスを提供するすスタートアップです。Zapierは2011年の創業以来、130万ドルを1度資金調達しただけで、すでにARRは3500万ドルとなっている成長株。最近のSaaS(Webアプリ)はどれもAPIが開放されていて、プログラマであれば、複数SaaSを連携させることは容易です。しかし、それでもコーディングが不可欠でした。Zapierを使うとAPIを通した複数アプリの連携が数クリックだけで完了します。

エンジニアであっても、これは朗報です。2つのWebアプリを連携するにはAPI利用の鍵やトークンを発行し、それぞれのアプリ対応のライブラリを検索し、初期化方法のマニュアルを読み、最低限のコードを書くというだけで1時間はかかるでしょう。コードをどこでどう動かすのかという問題もあります。そして半年後にAPIのバージョンアップがあがって動作が停止していたりするものです。Zapierのようなツールを使えば、こうした面倒がなくなりますし、非エンジニアでも業務フローを自動化できます。この領域は日本国内でも成長が見込まれるため、Coral Capitalは日本で同様のサービスを提供するAnyflowに2019年9月に出資しています

エンジニアがコードを書いていところを不要にするという観点では、2019年10月に2.6億円の資金調達を発表したAutifyもノーコードスタートアップと呼んで良いかと思います。Autifyはアプリの挙動を外部からテストし、設計通りに動くことを確かめる、いわゆるブラックボックステストを自動化するサービスです。ここは人間が実際にアプリをチクチクとクリックして動かすような労働集約的なことも行われているほか、それを自動化する自動テストのコードを書くケースもあります。いずれにしても、そのコストは高く、ここを省力化できれば大きなビジネス価値が生まれるでしょう。

以上、いくつか「ノーコード」で総称されるスタートアップを見てきましたが、共通している特徴があるように思えます。それは、世界中のエンジニアが繰り返し似たようなコードを書いていること、そしてその付加価値が無視できないくらい大きくなるタイミングで新サービスが出てくること、そしてデプロイと呼ばれるコードを稼働させる環境へコードを置く作業を不要としてホスティングすることです。職業プログラマーは明らかに足りていませんし、教育が追いついているようにも見えません。だから、「ノーコードスタートアップ」と呼ばれるトレンドは、一過性のブームではなく、ソフトウェアが世界を食い尽くすまで、常に拡大し続けるのだろうと思うのです。

AnyflowSaaS

西村 賢

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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