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筋トレに逃げてはいけない、という忠告

数年前、上場したばかりのあるスタートアップの創業者とイタリアンを食べていたとき、とても興味深い忠告の話を聞きました。忠告というのは、その「上場企業経営者」となったばかりの起業家に対して、メンターの立場である先輩起業家が言ったことだそうです。それは「上場したくらいの経営者がやってはいけないことは何かありますか?」という質問に対する回答だった、といいます。

2つのアドバイスのうち1つは常識的なものでしたが、もう1つは「筋トレをやるな」という意外な忠告だったというのです。理由は、筋トレは自分が時間を決めて淡々と取り組めば、誰の協力を得ることもなく、ほぼ理論通りの結果が出る一方で、人を動かしたり、組織や文化をつくったり、事業をつくるというのは、自分だけが頑張れば結果がでるというほど簡単ではないから、だそうです。

筋トレは自分がやればいいだけなので、やればすぐに目に見える成果が出ます。特に未経験者の男性なら1〜3か月という短期で身体が変わります。一方、組織や事業はそうではありません。筋トレで手軽に成果が出てしまうと、本当にほしい「成果」から目をそらすことになるからダメだというのです。

なかなかに厳しい意見だと思いませんか? リーダーとして大局的な戦略を考えることをせず、やれば終わると分かっているタスクに逃げるな、というのとも似ているかもしれません。

真剣に筋トレに取り組んでいる人の中には、気分を害した人もいるかもしれません。もちろん、筋トレだって簡単な話ではありません。ボディービルの大会に出るとか、自分の体重の2倍の重さのバーベルを持ち上げたいとか、そうした筋トレ・エリートを目指すなら、毎回吐き気がするほど力を出し切る精神力や、緻密にトレーニングメニューや栄養管理をする計画性と時間管理も必要です。しかし、自他ともに認める「成果」を手に入れる程度であれば簡単。週に1度か2度、標準的な方法に従って、日常生活で出さないような大きな力を出すだけのことです。そこでハマって、その先の筋トレ・エリートの道を歩むとしても、それでもまだ経営より簡単、もしくは種類が違う難しさだから、ほどほどにして経営に全身全霊を注げというのが忠告の要点だったのかもしれません。

あるいは、これは筋トレに限りませんが、「興味関心が自分に向かっている」ということに対してネガティブな印象をもつ経営者や投資家の話はときどき耳にします。社会や周囲、ビジネスに関心のベクトルが向いているのではなく、必要以上に自分の身体のことを気にしているとすると、確かに内向きの自意識の過剰を感じなくもありません。

個人的にはジムの筋トレを5、6年ほどやっていてプラスが多いと感じています。上記の忠告と表裏の話ですが、自己効力感が得やすく、うまく行かないことも多い仕事や人生において、せめて自分の身体ぐらいは自分で思い通りに管理できていると思えるのは気分が良いものです。それに、良い意思決定をするために必要な「ウィルパワー」(意志の力)は、脳内の前頭葉前皮質のグルコース残量で決まっていて、よい睡眠や定期的な運動によって補充されるということが研究で分かっているという話もあります。加えて、日常的に自分の限界を少しずつ超えていく無理を自分に強いるという経験は仕事にも繋がると思います。できることだけをやっていても力は伸びません。そのことを筋トレは直接的に教えてくれます。

過去10年ほどでAmazon創業者のジェフ・ベゾスが、写真で分かるほど急にムキムキしてきたのを見ていると、優れた経営者で、かつ筋トレをしているという例はいくらでもありそうです(リンク先にはマーク・ザッカーバーグやイーロン・マスクの変貌の写真もあります)。今年上場した日本のスタートアップで、業界内でも筋トレで知られている人物が2人もいたりします。1年後継続率が10%前後と言われるジムに通い続けるくらいの自己規律を持った人は、社会的にも成功しやすいと考えられますから「筋トレ=逃げ」という見方は、だいぶレベルの高い話なのかもしれません。そういう意味で、自分ひとりが奮闘するだけでは組織や事業は一筋縄にはいかないのだよ、というベテラン経営者の言葉としては、「筋トレに逃げてはダメ」というのは、とても深みがある忠告だなと思ったのでした。

結局なにごともバランス。仕事で最大のパフォーマンスを出すために有効かつ好きであれば、十分な睡眠と同じでジム通いもするべきでしょう。ただ、それが過度になったり、入れ込みすぎることには落とし穴があるということかもしれません。

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Partner @ Coral Capital

Ken Nishimura

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