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破壊的イノベーションは誤解されている―クリステンセン氏逝去を悼んで

著書『イノベーションのジレンマ』で知られるクレイトン・クリステンセン氏が1月23日、67歳で亡くなりました。週末、早すぎる逝去を悼む声が私の周囲でもたくさん聞こえてきました。個人的にはイノベーションの理論もそうですが、人が不幸になる不可避のメカニズムについてユーモアを交えて語る氏にも心を動かされました。

Coral Capitalのブログを読もうという人なら、1997年に出版されてビジネス界を席巻した著書を読んだ人が多いのではないかと思います。少なくとも主張の骨子はご存じでしょう。スタートアップというのは、多くの場合、限られたリソースで既存マーケットを獲得したり、今までになかったやり方で大手企業と戦うという意味で、起業家にとっても、きわめて重要な示唆が含まれている本だと思います。

とはいえ、「ベストセラーの本というのは、誰もが本棚に置いておく本のことであって、実際に読まれているかどうかは別」というのもまた真実です。これは新卒で出版社に入った私に営業部長が言った言葉なのですが、クリステンセンの本に関しても同様のようです。

DesertNewsの訃報記事によれば、近年クリステンセン氏は「破壊的」(disruptive)という言葉が一人歩きしていたことを憂いていたようです。記事では、ベンチャーキャピタリストという人種が「本を読まずに用語を使う人たち」と名指しで揶揄されています。早とちりな人に誤解されないためにも、単に「破壊的イノベーション」という代わりに、行動経済学者のダニエル・カーネマンが『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』で人間の思考様式を「タイプ1」「タイプ2」と抽象的な番号で区別したように、「タイプ1イノベーション」「タイプ2イノベーション」と名付けるべきだった、と言っていたそうです。これなら「2つの違いは何だろう?」と詳しく耳を傾けざるを得ませんから。

ブレイクスルーをもたらす技術ではない

例えば、2020年が明けてますます「5G」という文字をニュースなどで見ることが増えましたが、これはクリステンセン氏が指摘した「破壊的イノベーション」ではないと思います。むしろ真逆であるように私には思われます。

以下の動画インタビューで本人の言葉を聞くと、破壊的イノベーションとは「ブレイクスルー技術」のことでは「ない」とハッキリと述べています。

人類の歴史上、発明や技術革新は常に起こっています。クリステンセンは、そのことを指摘したのではありません。クリステンセンが過去の事例とともに鮮やかに描き出したのは、最初はオモチャのように見える新興企業のプロダクトが、やがて主流の大手企業の市場を徐々に下から侵食する。このとき市場を侵食される側の既存大手企業は、新興企業に対抗するのが構造上むずかしいという、そのメカニズムでした。

それまで高価だったり、複雑だったりして、資金やスキルのあるごく少数の人だけがアクセスできたものが広く使えるようになるとき、こうした破壊的イノベーションは起こります。

クリステンセンが指摘した事例は鉄鋼や自動車など多くの産業にわたりますが、上記の動画の中では、コンピューター産業について述べています。産業勃興期に「コンピューター」といえば、それはメインフレームのことでした。1台数億円で、利用するにも数年の実務経験がある専門家が必要でした。それが「ミニコン→オフコン→PC→ラップトップ→スマホ」と民主化し、そのたびにユーザー数が10倍になってきたのがコンピューター産業の歴史です。このとき、単価も収益性も低い新興勢力のプロダクトや市場は、既存大手企業にはオモチャのように見えたのです。すでに持っている顧客はより良いプロダクトを求めるため、わざわざ「劣ったプロダクト」を作るインセンティブが既存企業にはなく、新興勢力がつけ入る隙があるのでです。GMやフォードに対して低価格な自動車で北米市場参入を果たしたトヨタも、クリステンセンは事例に挙げています。

クリステンセンを呼びつけて10分間のレクチャーを受けたインテルCEOの故アンディー・グローブ氏が、このジレンマの意味するところをその場で悟り、当時「インテル互換」と呼ばれたチップメーカーに対抗するために廉価版チップ「Celeron」シリーズを発売して「ディスラプトされないこと」に成功したのは有名な話でもあります。

5Gそのものは破壊的イノベーションではない

5Gは低遅延や高速なバースト転送といった謳い文句で新しいアプリケーションを生み出すことが期待されています。ただ、5G対応は基地局側も端末側も高価で複雑。カバーエリアが十分意味があるものになるまで相当な時間がかかりそうです。

通信業界が意図的に誤解を放置しているように思えるのが、基地局と端末の1対1通信の最大転送速度を喧伝していることです。無線通信は同じ基地局のカバー範囲にいる人たちが空間を共有していることから、利用可能な帯域というのは基地局密度を上げないことには劇的には増えません。同じ部屋で一斉に大人数でしゃべることができないのと同じ理屈です。利用周波数帯の問題から端末側もアンテナ容積や発熱の点で当初は使い勝手の悪いものになりそうだ、ということもあります。5Gは、国威発揚や国際的産業競争の先行投資という政治的文脈で「5G一番乗り」を競う大手企業(や国)が取り組んでいるものの、ユーザーアプリケーションは置き去りにされている印象がぬぐえません。その要素技術を見てみても、Massive MIMOや電波のビームフォーミングなど既存技術を組み合わせたもので、これは漸進的技術革新ではあっても、破壊的イノベーションと呼ぶべきものではないように思えます。考えてみれば、4G登場時も映像サービスが注目されましたが、当時起こったのはハイビジョン(4K)テレビが売れずに、小さな画面で低画質で再生が止まりがちなYouTubeがモバイルで台頭したことだったのでした。

スタートアップという文脈で本当に問うべきなのは、数年後にやってくる低遅延や高速転送によって、これまで専門的なサービスでしかできなかったことが数万円のモバイル端末で1億人に届けられる応用は何だろうか、ということではないでしょうか。オモチャのような代替品ではあるものの、5Gによって初めて可能になること。それは官公庁や通信キャリアのレポートを見て書かれていることではないように思われるのです。なぜなら、ピカピカの通信技術で可能になる応用がオモチャのようであってはならないからです。「5Gで可能になる世界」を関係者が描くとき、そこにも想像力のジレンマと呼ぶべきものがあるではないでしょうか。早すぎるクリステンセン氏の訃報に触れて、そんなことを考えていたりしたのでした。

イノベーション
西村 賢

西村 賢

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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