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スタートアップの組織設計図の5類型と、その失敗率

最近でこそ「MVV」(ミッション・ビジョン・バリュー)ということが話題になることが増えて、スタートアップにおいて、比較的早期に組織のレーゾン・デートル(存在意義)を考えたり、言語化することが増えてきましたが、これは日本では比較的最近のトレンドのように思われます。

まだメルカリが社員10名程度だった頃、現在同社の取締役会長を務める小泉文明さんが経営陣4人とともに合宿をして、今では有名なメルカリのバリュー、「Go Bold」(大胆にやろう)、All for One (全ては成功のために)、Be Professional (プロフェッショナルであれ)を定めたのは日本のスタートアップ業界では良く知られた話です。2013年末から2014年にかけてのことで、当時、アーリーステージのスタートアップが、こうした言語化をするのは極めて珍しいことでした。すでにメルカリは最初の5か月で100万ダウンロードと成長スピードは速かったのですが、過去の組織運営の経験から、プロダクトの浮き沈みによらない、ぶれない軸をつくり、それを組織に定着させることの重要性を小泉さんは知っていたのだといいます。

米調査:コミットメント型はIPOに至る確率が3倍

1994年のインターネット勃興期から2002年までの8年間をかけてシリコンバレーのハイテクスタートアップ企業200社を追跡調査した興味深いレポートがあります。「Organizational Blueprints for Success in High-Tech Start-Ups: Lessons from the Stanford Project on Emerging Companies」(ハイテクスタートアップにおける成功する組織の設計図―、新興企業に関するスタンフォード・プロジェクトの教訓)と題されたものです(リンク)。著者のJames N. Baron(ジェームズ・N・バロン)とMichael T. Hannan(マイケル・T・ハナン)らは、調査対象となった200社の創業者らへのインタビューや、その後の業績推移データなどから、大変興味深い観察をレポートにまとめています。

著者らがまず驚いたというのは「理想の組織」ということについて、創業者たちが、きわめて多様な組織をイメージしていたということだそうです。同地域、同時代の似たような境遇に置かれたハイテク企業で、人脈的にも狭い世界の創業者たちの間ですら「組織かくあるべし」というモデルは大きく異なっていたというのです。

さらに興味深いのは、組織におけるメンバーの帰属理由、新規メンバーの採用基準、メンバーの管理や運営体制という3つの軸で200社を分類したとき、5つの類型があったという結論です。以下の表にある通りです(日本語訳は筆者)。

なぜ、その組織(会社)にいるのかとメンバーに問うたとき、仕事自体にやりがいを感じる人もいれば、その会社やチームが好きだからという人もいるでしょう。金銭的待遇で会社を選ぶ人もいるかもしれません。つまり上の表の左列にあるように、メンバーがその組織に帰属する理由は「仕事・好き・お金」と3つに分けて考えることができます。同様に、採用基準を3つ、管理・運営方法を4つで分類します。すると、3x3x4=36通りの「組織の設計図」ができるはずです。しかし、現実にはほとんどの企業が5つの類型のどれかに相当していて、上記の各軸の選択肢は互いに独立して選ぶようなものではないらしいということです。レポート内では類型が文章でも説明されていますので、ちょっと分かりやすく箇条書きにしてみます。

  • スター型:トップ人材だけを雇い、最高の待遇を用意する。彼らが仕事を遂行するのに必要なリソースと自由裁量を与える
  • エンジニア型:われわれは真剣で、熱量はきわめて高い。大組織におけるゲリラ的プロジェクト遂行のメンタリティーをもつ
  • コミットメント型:もし会社を辞めることがあるとしても、それは引退するとき。そんな会社をつくりたかった
  • 官僚型:ジョブ・ディスクリプションやプロジェクト文書があるなど、文書化を徹底し、厳格なプロジェクト・マネジメントの方法論を採用する
  • 独裁型:給料だすから、仕事しろ

もちろん折衷型や変異型もあって、レポートの中では、そうしたものは「類型なし」と独立した6つ目の分類として論じています。この記事でお伝えしたかったのは、どの類型のスタートアップが、どういう成長曲線を描いて、どう成功するのかという話です。

レポートにおける重要な発見の1つに、この設計図というのは、最初に類型を選ぶと途中で容易には変えられないということがあります。組織の成長後に類型を変えることは、業績へのダメージ(創業者の離脱、コアメンバーの離職やモチベーション低下)が、きわめて大きく、長く影響が残るということが調査で分かったそうです。ちなみに、最近は日本でもPMI(Post Merger Integration:M&A後の企業統合)が話題になることが多いですが、バロンとハナンによれば、買収完了後に「後はうまく統合してね」と人事に丸投げするのは悪手で、それは組織設計の類型を途中から異なるものに変えられないから、というのと同じ理由だと指摘しています。

途中で変えられないとしたら、創業期のスタートアップは、どの類型を選ぶべきでしょうか? 以下のグラフはスタートアップが失敗する確率です。シリコンバレーのデフォルトは「エンジニア型」だからという理由で、この類型を0とした場合に、どのくらい失敗するかというのを示しています。

独裁型(いちばん下)が組織崩壊で消滅する確率が最大である一方、コミットメント型は失敗の確率が半分程度となっています。全く同条件で比較した場合、組織設計について特に何も類型を選ばなかった企業は、コミットメント型を選んだ企業に比べてIPOまでたどり着く確率が16%に過ぎない、という数字もレポートに書かれています。トップ人材を集めたスター型より、コミットメント型のほうが高いのも注目ポイントです。

その企業のカルチャーやチームが好きだから、という理由で帰属意識を感じる人が多く、採用のときにもカルチャーフィットを重視する「コミットメント型」が、もっとも失敗の確率が低いというのです。組織カルチャーを決定づけるために初期メンバーが腹落ちするミッション・ビジョン・バリューを言語化する重要性が、データで裏付けられているように思うのは私だけでしょうか。

GAFAのような最近のテックジャイアントは、私にはスター型に思えますが、このスター型は実はIPO前に崩壊する確率が、コミットメント型より少し高くなっています。レポートの中では、スター型はホームランを放つ強打者であるものの三振も多い大リーガーのようなものだと書かれています。以下がIPOにたどり着く企業の確率をエンジニア型と比較したチャートです。

上場後のパフォーマンスが良いのはスター型

ここまで読まれた方はコミットメント型が最強だと思うかもしれません。しかし、上場後の業績で見ると実は違っています。以下のようにスター型が圧倒的にパフォーマンスが良い、というのです。スター型はIPOに至る率がコミットメント型に比べて大幅に低く、またその期間も長めであるものの、いったん軌道に乗るとパフォーマンスが良いということかと思います。

スケールする組織はまた別

コミットメント型もスター型も組織の規模を追うのに向いていないと書かれているのも、大変に示唆的だなと個人的には思います。スター型はやがて必然的に離職率が高くなるとか、エンジニア以外の職種の人たちが不公平を感じて辞めていくといった課題がレポートで指摘されています。どこかの段階で仕組みと制度で動く官僚型組織にしないとスケールしない、というのは現実の観測に合っている感じがしませんか?

「ハイテク企業」と呼ばれた2000年前後のシリコンバレー企業と現在の日本のスタートアップ企業の違い、そもそもの日米の企業文化の違いなど、どこまで参考になるデータであるかは分かりません。ただ、独裁型も官僚型もスタートアップに向かないということは言えそうです。独裁型が崩壊しやすいのは説明不要でしょう。官僚型はマネジメントコスト(レポートでは組織規模に対する管理職の人数の比率で測っています)が大きくてスタートアップに向きません。

最後にもう1つ。コミットメント型には他にない大きな特徴が書いてありました。第1号社員を採用するのが、ほかの類型の創業者に比べてきわめて遅いそうです。ミッションや人事・組織・文化について十分に考えていて慎重なためです。一方、シリコンバレーの典型であるエンジニア型組織のスタートアップの創業者たち(調査対象200社の約3分の1)では、誰ひとりとしてミッションや組織文化のことを、最初のローンチ時点で考えていた人はいなかったそうです。

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Partner @ Coral Capital

Ken Nishimura

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