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SaaS事業者が顧客の要望を断る2つの理由

改めてSaaSというビジネスモデルが、既存のソフトウェアビジネスより優れている面があるなと感じたことが最近ありました。先週開催されたあるオンラインセミナーで、自治体と組んで行政のDXを推進しているグラファー創業者の石井大地さんが話していた、顧客の要望を聞き入れない2つのケースが、SaaSというビジネスモデルの本質を良く示しているように思えたので少し書いてみたいと思います。

1つめは、自治体などの長がトップダウンでDXをしよう鶴の一声を発するようなとき、そのトップの声に対して現場の熱量が十分に高くない場合には、あえてサービスの導入をお断りするケースがあるという話です。

自治体が提供する行政サービスの業務フローは、個別性が高く、また十分に標準化や文書化がされていないケースがあります。例外フローも非常に多い。だから現場がDXに本気で協力してくれない限り、使いやすいシステムにはならないといいます。現場に使われないシステムを税金を浪費してつくることは、一人の納税者としても容認できるものではないというのが石井さんのスタンスだそうです。

既存パッケージソフトウェアの導入にせよ、顧客ニーズのヒアリングをしてシステム開発を受託して納品するにせよ、企業の販売活動としていちばん重要な局面は受注です。売上を立てることが営利企業の目的なので当然ですが、既存ソフトウェアビジネスでは、その売上は受注して納品するまでが最大で、その後の保守はあくまで付属サービスです。

一方、SaaSの利用開始は「オンボーディング」(搭乗)と呼ばれるくらいで、そこで初めて顧客となります。実際の売上は顧客が利用を続ける限り発生します。逆に利用を続けてもらわないと売上が立たない構造になっています。もう少し言えば、12か月から24か月程度は利用継続してもらわないとコスト(主にユーザー獲得費用)が回収できないことが一般的です。

既存ソフトウェアビジネスでも、使いづらいものや、使われなくなるシステムを納品しようなどという事業者はいないと思います。ただ、どこかの組織がトップダウンでDXをやるという話を聞けば、営業担当者は喜んで技術者やプロジェクト・マネージャー、ITコンサルを引き連れて現場にヒアリングに飛んでいくはずです。トップがやるというのにあえて受注をしない選択肢はありません。

もう1つ、顧客の要望を断る例として石井さんが挙げたのが、個別の機能や仕様についてのリクエストです。現在は神戸市や横浜市といった限られた数の各自治体と取り組みを進めているフェーズで、そうした取り組みの中で出てくる個別機能のリクエストについては実装しないことがあるという話です。そうではなく「何が課題で、何を実現したいですか?」という問いに対する顧客の声に耳を傾け、それを他の自治体との共通項・差分を検討するなかで、どう機能に落とし込んで実装すべきかを判断しながらサービスを磨いてる、という話でした。

グラファーでは、「要求」には応えるが「要件」は自分たちが決めるという言い方をしているそうです。要求とは「顧客が解決したい課題や期待」のことで、要件とは「仕様やシステムが満たすべきふるまい」のこと。

石井さんは、こう続けます。

「SaaSの特徴は製品の最終責任が開発側にあるということで、そうなると必然、要件は開発側が決めないとまずい。権利を開発側が持つ形になると、開発サイドの利害はPLからBSにシフトします。自分たちが所有するソフトウェアという資産を磨くことが非常に重要。一方、受託開発ではPL中心になりがちで、このことから案件単価、人月いくら、という話になりやすいのだと思います」

「PL的な発想だと『とりあえず単価が大きい案件だから要望を聞こう』となりがちである一方、BS的な発想では『そんなことをしたら製品価値が下がってしまう』となることがあります」

株式会社グラファー 代表取締役CEO 石井大地さん(写真提供:グラファー)

SaaSは全ユーザーが、クラウド上の同じソフトウェアを使うところに開発・運用コストの圧倒的な削減効果があります。実際、グラファーの自治体・官公庁向けソリューションのコストは個別開発に比べて1桁低いレベルと言いいます。このようなグラファーのプロダクトは、すでに19の政府機関で案件実績があります。

石井さんの話で私が初耳だったのは、地方自治体という行政組織は法令上は総務省の管轄下になどになく、いかなる形でもつながりがない文字通りの「自治体」なのだということです。そんなこともあり、国が関わる行政手続きにこそ一定のガイドラインがあるものの、実は多くの行政手続きの業務が自治体によってバラバラだということです。これは私企業でも全く同じことが言えますが、DXと同時に業務の標準化を進めて、減らせる個別対応や例外処理を洗い出すことで、より効率的な社会を実現していくことが重要ではないでしょうか。

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西村 賢

西村 賢

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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