創業間もないスタートアップはやることが山積みです。プロダクトや資金調達、営業、採用とよく話題になることだけではありません。もっと手前に地味ながらも必ずやらなければならない労務や経理といったこともあります。
会社の代表や創業メンバーが、こうした「バックオフィス」の業務をやってしまうことが最初期には多いでしょう。では、いつ、どういうタイミングで何をやっていけばいいのか、どのタイミングで何を外部に委託したり、専任者を採用するべきなのか、またその場合には正社員で採用するのか委託なのかなど、非常に多くの論点と注意点があります。
本記事では立ち上げ期のスタートアップが押さえておくべきバックオフィス業務に関して、現場で多くの実務を経験してきた株式会社hokanの安田ともこさんに話を聞きました。hokanは保険営業のためのクラウド型顧客・契約管理サービスを提供するInsureTechスタートアップです。
「できる人がいない!」、SBO勉強会を立ち上げた理由
――安田さんは、スタートアップバックオフィス(SBO:以下SBO)のためのコミュニティー「SBO勉強会」の運営としても活躍されています。これまでのキャリアについて教えてください。
2018年から、hokanでSBOとして働いています。それまでは、保険会社での商品開発、専業主婦を一時期経て、スタートアップのバックオフィスにたどり着きました。スタートアップに参画しはじめたのは、2016年です。第2子を妊娠したころに、はじめてのひとりバックオフィス業務で右も左もわからない状態でしたが、経理・労務・総務・人事・広報・秘書などを担当しました。関連書籍を読んだり、行政機関に問い合わせたりしながら働きました。
前職で2年間ほど働いたのち、hokanに転職しました。入社して半年後、私が広報・採用の仕事にも注力していくようになった状況で、新たなバックオフィスの採用を始めることになりましたが、SBOの仕事を網羅的にできる人が少ないと気づいたのです。
「SBO」として採用できる人が少ないのであれば、これから育てていくのみです。SBOの仕事について情報が集まっている場所がまずは必要だと思い、SBO勉強会をはじめました。実は、2020年9月18日に無料イベント「【SBO勉強会】なんでも聞いていいですよ!バックオフィス相談室2020」というのも予定しています。
何からはじめる? バックオフィス
――労務・財務・総務・法務・広報……など、仕事が無限にある状態の中で、スタートアップ初期のバックオフィスは何から始めると良いですか。
労務です。社員が入ったらすぐに労務の制度を整えはじめましょう。給与の振り込み作業と入社手続きが整備されているかどうかは大事です。また、創業時からCEOを中心に就業規則づくりに取り組みはじめると良いと思います。
就業規則は企業文化の礎になります。法律上、何がホワイトでブラックなのか、具体的にどのような部分がグレーなのかという肌感を創業時から理解しておくと良いと思います。社員が10名以上になった時点で、労働基準監督署に届出を提出する義務が課せられます。社員が10名になる計画が見えたら、スタートアップの就業規則づくりに携わったことのある社労士や労務経験者に相談しながら形を整えていくことをおすすめします。カルチャーに合ったルールを見つけるために作成期間は2~3か月と長めに取ってもらいたいです。
経理も優先的に構築しましょう。事業を行う上では必ずお金の動きがあります。お金が動いている以上、きちんと管理しなければいけません。経理周りの仕事も優先的にバックオフィスが体制を整えていく必要があります。
採用や広報もアーリースタートアップとして、重要な仕事です。これらの仕事については、とにかくCEOに頑張っていただくのが最善だと思います。初期スタートアップの採用に関しては、CEOを中心とした会社の「ビジョン」への共感が強く求められるからです。
エンジニア・CS・営業などの職種の方を必要とするかは、プロダクトや業界によっても大きく異なります。優先的に採用するポジションの選定など、コアな採用戦略についてはCEOが考え、その戦略を軸に、バックオフィスが実務的な部分を担うのがベストだと思います。
また、シリーズAから遡って1年前には採用責任者の採用に着手するのがおすすめです。なぜかというと、シリーズAの調達はニュース性もありますし、候補者側にも興味を持ってもらえて、企業側も調達資金で人件費を確保できるいいタイミングだからです。そこで採用を加速させるには少し手前から社内のことをしっかりキャッチアップして進めてくれる採用責任者が必要です。職種柄、転職意向を公にする方が少ないこともあり採用にはアプローチから1年ほどかかるイメージです。
――安田さんが今から再びスタートアップに参画するとしたら、どのようなところからはじめますか?
そうですね……。まずは、私が参画する時点でのバックオフィス業務の確認からはじめると思います。実際にhokanにジョインしたときも状況把握から取り組みました。hokanでの採用が決まる前の面談では、「キャビネの中と給与・経理システムを見せてください」とお願いしましたね(笑)
以下の2点は、必ず確認すべき事項です。
- 定款が原本で保管されているか
- 社会保険・雇用保険に加入すべき人が正しく手続きされているか
従業員の信頼を損なうのは一番苦しいです。大切な従業員からの信頼を損なわないためにも、初期から労務周りについてしっかり確認し、抜け漏れがない状態にする必要があります。
株式会社hokan・SBOの安田ともこさん
アーリースタートアップの三種の神器
――会社を設立したら、どのようなツールを導入すれば良いでしょう?
最低限、以下の3つさえ導入すれば問題ないでしょう。
- 会計・給与ツール
- 電子契約ツール
- タスク管理ツール
現在のhokanでは、会計・給与にマネーフォワードを、電子契約にクラウドサインを、タスク管理ツールとしてAsanaを使用しています。どのサービスに関しても、とにかく「慣れること」が一番大事です。早めに導入して、組織でツールを活用することをおすすめします。本当は勤怠管理ツールも入れてほしいところですが、ここでは割愛します。
――会計・給与システムを選ぶ際のポイントについても教えてください。
「賃金台帳が出せるか」という点は重要です。賃金台帳は法定三帳簿(労働者名簿・賃金台帳・出勤簿)の1つでもあり、企業での保管が労働基準法でも義務付けられています。
労基署の調査が入ると必ず提出を求められますし、雇用保険関係の給付金を申請する際や、万一過去の労務手続きが誤っていた場合のやり直しなどの際にも賃金台帳の提出が必要なので、注意してください。
初心者でも使いやすい会計ソフトは、マネーフォワードだと思います。給与や勤怠、経費精算もパッケージとしてあるので便利です。仮に会計ソフトをfreeeに変更する場合も、マネーフォワードからであればデータの移行も比較的簡単です。
「あの資料どこ?」をなくす仕組みづくりとは
めまぐるしく変化するスタートアップでは、重要な資料の行方が「誰も」わからないということがよく発生します。「定款を作った記憶はあるけれども、どこにあるのかわからない」などと言われることも少なくありません。
特に資金調達の時期は、様々な資料の提出を投資家から求められがちなため資料整理の重要性を痛感します。契約書管理とフォルダ整理は、スタートアップの初期から取り組みましょう。
Google Driveは、検索機能が優れています。タイトル名のルール設定を初期段階から構築していれば、業務がより効率的になるでしょう。加えて、契約書関連についてはスプレッドシートでまとめるのもおすすめです。大切なのは、とにかく紙の文書は全てスキャンしてクラウドに保存するようにする、ということです。
hokanでは、以下の画面のように契約関連の書類はスプレッドシートで管理しています。
契約書管理のための項目として次のようなものを入力しています。担当部門、取引先の会社名/個人名、契約締結日、契約書の種類、格納しているフォルダのリンク、ステータス管理、その他メモなどの項目です。
このような仕組みを作ることで、バックオフィスに問い合わせずとも、社員が自分で書類を見つけられます。
契約書関連は時間が経つと、締結の有無や内容を思い出すのが難しくなります。そのような非効率に備えるためにも、まずは電子で保存しておくことが大事です。また、株主総会の議事録と投資契約書に関しては必ず全て揃えておきましょう。
どんな人をSBOとして採用すべきか?
――どのような人がSBOに向いていると思いますか?
抽象的ではありますが、細かいところに気がついて先回りできる人だと思います。スタートアップはスピード感が求められるからこそ、ひとりの発言や行動からこれから発生するタスクを察知して、すぐに動ける能力は必要でしょう。
――アーリーステージからバックオフィスを採用したい場合、どのような人が良いでしょうか。
はじめは業務委託、もしくはパートタイムでジョインしてくださる方も良いかもしれません。私もバックオフィスのスタートはパートタイムでした。SBOの仕事の内容は起業初期の何でも屋ですが、アーリーでは業務量が確立していないためフルタイムほどではないといったケースも多いと思います。
さらに、会社が成長していくと、バックオフィスのひとつひとつの業務はより深くなり、経理、人事、広報など、領域ごとに細分化し、経験者を採用していくことになります。そのあと初期に入ったSBOはどの領域を担っていくのでしょうか。採用した人のキャリアをどう考えていくのか? という課題に直面しやすいポジションかもしれません。
労務や経理などの管理畑の経験を持っている方に、しばらくの間あらゆるバックオフィス業務を担ってもらうのがベストかなと思います。それが難しくても未経験でもとにかく1人は、細かい作業が泥臭くできる方は採用して欲しいです。SBOの役割は、ブラックボックスを作らないこと。経理や労務を外注するにしても社内の事情を把握しているディレクションの役割が必要です。
――なるほど。ちなみに、バックオフィスはいつから採用すべきだと思いますか。
会社を設立した瞬間からバックオフィス業務自体は発生します。バックオフィスを早めに採用するという経営陣の勇気がまず必要だと思います。私はエンジニア、営業に続いて3人目の正社員として創業12か月目に入社しました。
起業初期だと、バックオフィス的業務を経営陣で済ませてしまうケースが少なくありません。依頼するほどの内容ではないと判断してしまったり、バックオフィスに「指示をする」という手間を避けたいと思うのが一因です。
その習慣が会社に浸透した結果、経営陣が事務作業を担当し続けてしまうと、バックオフィスを採用するタイミングがわからなくなります。会社の成長と効率性を見据えるのであれば、早めにバックオフィスを採用し、経営陣の手作業は譲渡する。ひとつひとつ業務内容が浅いうちから経営陣と伴走して企業体制を整えていくことをおすすめしたいです。個別に見れば細かい作業のように思えるかもしれませんが、経営陣のマインドシェアが奪われるのは非常にもったいないことです。
(構成:馬本 寛子)
Editorial Team / 編集部