Coral Capitalでは先日、投資先スタートアップ企業、33社から得たアンケート調査を1枚のGoogleスプレッドシートにまとめて公開しました。アンケートは各スタートアップ企業の開発環境やエンジニア向け情報に関するもので、開発環境、仕事環境、採用情報などを会社概要と併せて30項目以上をお聞きしています。下のスクリーンショットをご覧いただければ分かるとおり、かなり大きく詳細な一覧表になっています。
本記事公開より先に、Coral Capital公式ツイッターアカウントで一覧表をシェアしたところ、非常に多くの反響を頂きました。公開直後はアクセスが殺到して表示に不具合が出るほどでした。
この記事では一覧表の見どころや、読み取れるポイントなどを7つの論点で整理したいと思います。これは2020年のアーリーからミドルステージの日本のスタートアップの「今どきの開発体制」のスナップショットとして見ることができるでしょうし、これからスタートアップへの転職を考えてらっしゃる大手企業やSIerの方などには参考になるのではないかと思います。
※本企画にはjustInCaseのエンジニア 小笠原寛明さん(@hiroga_cc)と、空CTOの田仲紘典さん(@hirotan__)のご協力を頂きました。
注目その1:スタートアップには意外とCTOがいない
エンジニアの組織に関して、まず意外だったのは、CTOというポジションがあるのは33社中17社と、ちょうど半数だったことです。残り半分はCTOが不在ということです。
CTOに続いて多かったのは「VP of Product」や「開発部長」、「VP of Engineering」といった肩書きです。プロダクトや開発チームのマネージャーや責任者という意味である肩書きを「開発責任者」としてまとめると、これは全体の24.2%にもなります。以下の通りです。
CTOとVP of Engineeringの違いを論じるブログ記事を以前掲載したことがありますが、この2つは異なる職責で、組織に両方とも設置するというトレンドが米国のスタートアップであります。CTOは最も優秀な技術者で、採用すべきアーキテクチャーを決めたりする一方で、VPoEはエンジニア組織を機能させる役割を担う、という違いがあります。こうした違いを意識するスタートアップが日本でも増えているのかもしれません。
もう1つのトレンドとして、特に初期のスタートアップにおいて、CxOというポジションを用意するのを急ぎすぎない、ということもあるかもしれません。これはCFOでも同じです。アプリ開発や経理事務はスタート当初から発生しますが、最初にそれを担う人物がCxOとなるべきかというと、それは分かりません。成長するスタートアップに対して個人の成長が追いつかないことがあるというのは、良くある話です。アンケートに回答しているのはシードからミドルステージのスタートアップであることも、意外にCTOが少ないという結果に影響しているかもしれません。一方、絶対数は少ないですが、ステージ別で見るとシリーズB以降の3社には全てCTOがいました。
初期メンバーに高い役職を割り振らず、事業が成長したときに外部から優秀な人材を引き入れやすくするのだと明確に公言しているスタートアップもあります。
似た意見として実力派が集まる初期スタートアップにおいて、特定エンジニアが別のエンジニアよりも「上」であるという建て付けは難しいのではないかという意見もありました。「なぜ自分がCTOじゃないのか?」と、開発メンバーがそれぞれに思うからだということです。
ソフトウェア・エンジニアリングの用語いえば、CTOとなるべき人物について、少なからず「遅延評価」を採用しているスタートアップが多いということではないかと思います。
注目その2:目立つTypeScriptの採用
開発に使っているプログラミング言語について尋ねたところ、以下のグラフのようになりました(Reactは正確には言語ではなくフレームワーク)。
1位は僅差でTypeScriptとなりました。JavaScriptの欠点を補う言語として近年人気が増しているTypeScriptですが、フロントエンドで使う場合、特にチームでの中規模以上の開発において、静的型付け言語が好まれる傾向があることを反映しているのかもしれません。
また、B向けスタートアップの場合には、API課金や他社との連携においてAPIのみ提供することが増えてきたため、バックエンドと疎結合の設計とすることが多く、そのこともWebアプリケーションフレームワークが生成するJavaScriptを直接使わなくなってきている理由かもしれない、とjustInCaseの小笠原さんは指摘しています。GraphQLの利用が4社となっているのもAPI提供を前提としていることをうかがわせます。
Python、Ruby、Golangで言うと、最近のGolang人気もうかがえます。PythonがRubyより多くなっているのは、データ処理や機械学習ライブラリ利用のためもあるでしょうか。なお、より利用社数の少ない言語としては、ScalaとC#(それぞれ2社)のほかにRust、Dart、R(それぞれ1社)などもありました。
今回、集計したスタートアップは比較的B向けが多く(B向け60%、C向けB向け両方21.2%)、そのためリッチなモバイルアプリ開発のためのSwiftやKotlinが少めになっている、という事情もありそうです。
比較のためにエンジニア転職の専門サイトであるレバテックの2019年12月のデータを示すと以下のようになっています。
注目その3:社員に占めるエンジニア比率は4〜6割、アーリーステージほど高い
社員数に占めるエンジニアの割合は44%が平均でした。回答した企業の半数以上(52%)において、エンジニアの割合が40%を超えていました。やはり一般的な事業会社と比較するとエンジニアの比率が高いと言えるのではないでしょうか。
また、ステージが進むとエンジニアの比率が下がる傾向も見られます。回収した回答数のNが大きくないので参考値ですが、シリーズBで27%、シリーズCで19%となっていて、特にB向けではセールスやカスタマーサクセス、Bizdevなどの割合が増えるのかもしれません。
参考までに、IT系メガベンチャーで数字を見てみると、全社員に占めるエンジニアの割合はサイバーエージェントで23.3%、ビジョナルで21.2%となっています。少しデータは古いですが、2017年3月の資料によればリクルートグループの従業員4万5700人のうちエンジニアは1,700人と3.7%となっています。さらに参考値ですが、東京都の職員に占めるICT部門の職員は0.3%にすぎないそうです(ニューヨーク市は1.2%、パリは1.0%、シンガポールは7%)。
注目その4:アーリーステージほど「フルスタックエンジニア」が求められる
開発環境マップの一覧表には採用情報も掲載されています。サーバサイド、フロントエンド、データサイエンティスト、iOSエンジニア、SREといった区分です。初期段階のシードやプレシリーズAにおいて「フルスタック」もしくは「フルスタックがのぞましい」と応募としている会社の割合は40%以上にのぼるのに対して、シリーズAでは27.3%となり、シリーズB以降ではゼロとなっています。
初期には何でもできるエンジニアが求められるのに対して、ステージが進むと専門化が進む様子がわかります。シリーズCのSmartHRで見るとQA(Quality Assurance)エンジニアやセキュリティーエンジニアなどのポジションの応募も見られます。
どんどん新しい技術に触れてゼロイチで作っていきたいのか、じっくりと専門性の高い部分で経験を活かしたいのかということは、転職先のスタートアップ選びで重要な観点かもしれません。
注目その5: 開発手法は、ほぼアジャイル
開発手法に「アジャイル」を採用していると回答したのは33社中32社にのぼりました。このうちウォーターフォールを併用しているのが3社。ほかに興味深い回答としては、Authleteの「特に意識している開発手法なし」というものもあります。「進捗管理や納期設定もなく、気が向いたときに各人のペースで開発しています。しかし、新仕様実装は業界内で常に一、二を争うほど早いです」との回答でした。
カンバンやスクラムなどを、アジャイルの具体的な方法論を上げる会社が多いのですが、エンジニアの数が50人を超えているSmartHRの1社だけ「LeSS」(Large-Scale Scrum)を挙げています。これはスクラムが主に1チームの話であるのに対して、複数チームにスケールするためのフレームワークだそうです。
注目その6:ピュアGCPが2割超え
スタートアップといえば、AWSという時代が長く続いていましたが、最近はGCPを併用するケースも増えているようです。特にBigQueryを使うためとか、Firebaseを使いたいなど個別機能を理由にマルチクラウドという選択肢を取るところもあります。HerokuやAzureを併用する会社も、それぞれ2社ありました。
GCPを併用するスタートアップは多く、33社中13社と4割にのぼりました。
さらに「GCPのみ」と回答したスタートアップは33社中7社ありました。これは全体の21%に相当し、5社に1社がAWSを使わずGCPを利用していることが分かりました。さらにシード期に限っていえば、10社中4社がGCPのみと回答していて、その割合は40%になります。
GCPを選択する理由として良く聞くのは、どうせBigQueryを使うのであればGCPに統一したいとか、新しいテクノロジーへの興味がある、AWSは利用者が欲しいものを作るので機能が多すぎて把握しきれないといったものがあります。
注目その7:GitHubが90.9%で圧勝
ソースコード管理では、GitHubという回答が全体の90.9%を占めました。GitHubのオープンソース実装とも言えるGitLabを併用しているケースをのぞいて、GitLabだけを使っている会社も2社ありました。また、Bitbucketが1社ありました。
かつてGitHubはプライベートリポジトリが有料プランのみで、そのことから数年前の初期スタートアップでは「JIRA+Bitbucket」という組み合わせも一定の人気がありました。それが、GitHubでもプライベートレポジトリが無料となったことが影響しているのかもしれません。
また、スピードが命のスタートアップでは開発・運用の方法論としてアジャイルに加えてCI(Continuous Integration:継続的インテグレーション)やCD(Continuous Delivery:継続的デリバリー)を実践するところが多いかと思います。ソースコードを改変したら、その都度バグや不具合がないかを自動で検査してクラウドへ展開するところを自動化する、ということです。2019年11月から「GitHub Actions」という機能が利用可能となり、標準機能としてGitHubでCI/CDが利用できるようになりました。こうしたことからも、GitHubの一強時代は当面変わることがなさそうです。
さて、以上、スタートアップの開発環境を数字で見てきましたが、アンケート結果にはこの他にも、リモートワークや副業の可否、エンジニアが気になる機材・書籍購入の補助といった仕事環境についても詳しい情報があるほか、エンジニアとして働く魅力についても自由記入として詳細にご回答いただいています。また今週、新たな追加質問により「開発環境マップver2」にパワーアップしています。各社エンジニア社員のプロフィール(GitHubやTwitterアカウント)、各社エンジニアの出身企業、各社おすすめ書籍やツールなども会社ごとのタブにより追加されています。
募集中のポジションや選考を受けたい方向けの連絡先もありますので、スタートアップでエンジニアとして働くことに興味のある方は、ぜひ「スタートアップ開発環境マップver2 by Coral Capital」を、ご覧くださいませ。
Partner @ Coral Capital