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負け続けた3年―、あるスタートアップのピボットから学ぶ3つの教訓

「食品工場で働く人達ににサース(SaaS)なんて言っても全然相手にされません。これまで3年間で1度たりとも『DXしたい』などという言葉を聞いたことはありません。正直、彼らはソフトウェアによる効率化など『大きなお世話だ』と思ってるんです」

2016年にカミナシを創業した諸岡裕人さんは、起業してから今日までの試行錯誤についてそう話します。

諸岡さんは父親が創業した会社で、自ら食品工場の現場に立った経験からIT化の遅れてる食品工場などの現場で働く「ノンデスクワーカー」に使いやすいSaaSを提供するというビジョンを持って起業しました。起業の背中を押したのは実はCoral Capital創業パートナーの澤山陽平です。東京・神田でカジュアルに行っていた起業相談会のオフィス・アワーで澤山が、その経験やバックグランドは貴重だとアドバイス。1年後には出資を決めたという背景があります。

しかし。

上記の言葉にある通り、苦労の連続。3年間で300以上の現場を見て1,000人以上に話を聞いてきたものの、本人の言葉によれば「負け続けた」と言います。月の問い合わせ件数が5件以下で、それすらも商談化しないといった時期が続いたことも。目指す方向性の違いから初期創業メンバーも退任するなどつらい日々が続きます。

そんな苦労の中から見えてきた勝ち筋で2019年11月にピボットを決断。2020年6月末にローンチしたサービスは毎月100件近い問い合わせがあり、先月も創業以来の最大の月間新規受注額を記録するなど、確かな手応えを感じていると言います。

そんなターニングポイントに立つ諸岡さんですが、これまでの3年間を振り返ってみると、後続の起業家に伝えられる教訓があると言います。この記事では諸岡さんが指摘する「3つの教訓」をお伝えします。

資金調達のために尖りすぎると後で苦しむ

1つめは市場選択の話です。諸岡さんは、以下のように指摘します。

「ここ数年、B2CもB2Bも余白がどんどんなくなってきているように思います。その結果、シード期の起業家はニッチなビジネスを構想しないと、そもそも投資家などから認知されなくなっています。初期には目立ったほうが得なので、あまり知られていないニッチ市場を選ぶことに一定の合理性があります。ところが、そういう市場選定のアプローチでは事業を作っていく中でTAM(潜在市場規模)が足りないという問題にぶつかります。

まずは小さな池で圧倒的ナンバーワンになってから、次の市場へという言説は言うほど簡単ではありません。課題で尖りすぎると、後からしっぺ返しを食らいます」(諸岡さん)

この指摘は興味深いものがあります。確かに日々多くの起業家と面談し、多数の事業計画を見ている投資家は、全く知らない市場・業界の話に関心を示しやすいと思います。「隠れた巨大ニッチ市場があるに違いない」というバイアスがあるのかもしれません。

「例えばC向けサービスでは投資家のほうが起業家より情報を多く持っていることもあります。過去にこういうサービスがあったけど失敗して、いま海外ではこういう切り口がうまく行っている、その理由は……、といったことです。ところがニッチなB向けだと、投資家も市場の知見がありませんからブルーオーシャンに見えるんですね」(諸岡さん)

カミナシは食品工場の衛生管理の1点に絞ることが成功確率を上げると取り組みましたが、結果的にはピボット。食品工場だけでなく、飲食チェーンや運輸、設備管理などノンデスクワーカーの現場で使われている「紙のチェックリスト」をDXするという産業・業界を問わずに利用できるホリゾンタルなソリューションに転換したのでした。

これから起業しようとしているシード期の起業家には、自分のように課題で尖りすぎた結果、事業成長のアップサイドに限界を感じて悩む可能性もあるということを伝えたい、といいます。これが諸岡さんが伝えたいという1つ目のメッセージです。

課題で尖りすぎず、取り組む市場規模は大きい方がいい。課題は普遍的で大きなものに取り組み、ソリューションで尖るのがいい。

スタートアップ投資では長らく言われていることですが、資金調達時に特定産業への切り込みアングルを尖らせすぎる罠がある、というのがポイントでしょう。

組織に時間を割けていないのはピボットすべきサイン

カミナシの諸岡さんが3年を振り返って指摘するアドバイスの2つめは、ピボットの判断についてです。

「最初のサービスのときには、自分のリソースの99%を市場選定やプロダクトコンセプトに注ぎ込んでいました。逆に、権限移譲したり組織やカルチャーを作ることには一切時間が使えていませんでした。つまりこれは、いつまでも市場やプロダクトに確信が持てずにいる証拠。もし事業が順調に立ち上がっていれば経営者の時間の使い方が変わるはずなんです。だから、経営者の時間の使い方はリトマス紙のようなものです」(諸岡さん)

事業がうまく行っていないのは日々の数字を見れば分かりそうなものと思うかもしれませんが、別のバイアスがあります。諸岡さんは「偽のモメンタム」によって起業家は現実を直視できないことがあると言います。例えば展示会で2,000枚の名刺が獲得できたとか、誰もが知る大手企業に導入が決まったというようなことです。

うまく行かないことが多いスタートアップでは、小さな成功をチームで喜ぶことは必要でしょう。しかし、難しいのは成功した事業の立ち上げ現場にいた人たちでない限り、それが「偽のモメンタム」が続いているだけなのか、それとも立ち上げ初期にある試行錯誤なのか見分けが付きづらいことかもしれません。

実は成功体験のある連続起業家のほうが、突然ある瞬間に「これはうまく行かない」と見定めてピボットすることが多いようにも思われます。

諸岡さんが起業家予備軍や、今まさに戦っている起業家仲間に伝えたいというメッセージの2つ目は、これです。

経営者の時間の使い方はリトマス紙、ピボットすべきか判断材料になる

ピボットは危機ではなく、チャンス

3つめの教訓は、ピボットは危機よりもチャンスのほうが多い前向きなイベントだという話です。

「当然の話ですが、事業をやっていると解像度がどんどん上がります。カミナシでも、2年前に事業を始めたときよりも、市場規模や売れるプロダクトの仕様が明確になっています。すでにチームもあるわけです。であれば、もう一度事業を作り直したら、前よりうまくできるに決まっているわけです」(諸岡さん)

「ピボットに後ろ向きなイメージを持つ起業家もいるかも知れません。でも、もしすでに具体的なピボットのイメージがあるなら、まずはメンバーの前で口にしてみるのが良いと思います。今よりも成功確率が高い事業をつくれるかもしれません」(諸岡さん)

ピボットについて口にするのは、トップとしては言い出しづらいかもしれません。確信がない中で走り出している中、トップ自らが弱気になったり、否定したりするのは勇気がいることです。実際、カミナシの場合は共同創業者が冗談ぽく言った一言が、ピボットのキッカケになったといいます。

ここには、また別の教訓と実践的アドバイスがあります。

ピボットしたほうがいいかもしれないと言い出せなかった背景には、そもそもぶつかり合いを恐れて話しづらい空気があったのだと言います。これには組織運営上の一般的な解決策があって、最近カミナシではデロリアン(映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」に出てくるタイムマシンのスーパーカー」)を使っているそうです。

良かれと思って議論を持ち出したときに感情的な対立が起こるのは、議論している対象と当事者を切り分けて話せていないから。だから、議論の対象を客観視するために「自分たちはデロリアンのエンジンの話をしている」という前提を、リアルなオモチャとともに会議の場に持ち込んだそうです。すると、「ちょっと営業の出力が弱いんじゃないの?」といった具合に、営業チームがダメという叱責や詰問にならなずに、どうすれば解決できるかという議論になりやすいのだそうです。

事業が伸び悩むスタートアップの起業家仲間に対して、諸岡さんが提案する3つ目のアドバイスは、これです。

事業の解像度が上がった後なら、ピボットは前向きに捉えるべき

カミナシも、まだ成功したと言えるほど先を行くスタートアップではないかもしれませんが、これから起業を考えていたり、シードからシリーズAで迷いがある起業家の方には参考になるのではないでしょうか。


ピボットを経て新たな地平が見えたばかりのカミナシですが、現在CROやマーケのVPクラスの役職で新メンバーを募集しているそうです。カミナシが取り組むノンデスクワーカー市場は日本の労働者6,600万人のうち半数近い3,100万人を占めているにも関わらず、仕事場にパソコンがなく、ITによる効率化の恩恵に預かれていません。そうした領域で「紙をなくすのは、きわめて難しいこと」と諸岡さん自身も話していますが、日本経済の課題である生産性向上という大きなチャレンジです。興味のある人は、同社に連絡してみてはいかがでしょうか。

※情報開示:Coral Capitalはカミナシに出資している株主です。

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西村 賢

西村 賢

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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