Unixコマンドはネット企業になり、OSSはSaaSになった

全てのUnixコマンドはいずれネット企業になる、grepはGoogleになり、rsyncはDropboxに、manはStackOverflow、cronはIFTTT――。

この予言めいた言葉を、私は米国VCのAndreessen Horowitzパートナー、クリス・ディクソン氏のツイートで知りました。2014年のツイートですが、これがディクソン氏のオリジナルなのか、それとも良く言われていることなのか、ちょっと分かりません。ただ、UnixやLinuxを触ったことがある人であれば、この法則が驚くほど良く成り立っているように思えるのではないでしょうか(最近の若手ソフトウェア・エンジニアはあまりコマンドラインに触れないそうですが)。

この予言がすごいのは、30〜40年の隔たりがあっても類似性が成立していることです。Unixコマンドの多くは1980年〜1990年代には多くのシステムで実装され、利用されていました。現在ネット上で便利だと思っているサービスの多くは、ユーザー数や洗練度が桁違いではあるものの、それに対応するUnixコマンドが存在していて、ほとんど同じユーザーニーズに応えていたのです。

ディクソン氏が書いている例に加えて、私が相似形だと思うものを付け足して列挙すると以下の通りです。

lsコマンド(ファイルの一覧表示)→Yahoo!のようなネット初期のディレクトリサービス
grepコマンド(ファイルの中身の検索)→Googleなどのネット検索
rsyncコマンド(リモートファイルを同期)→Dropbox
manコマンド(コマンドの使い方表示)→StackOverflow
cronコマンド(コマンドのスケジュール自動実行)→IFTTT、iPaaS
talkコマンド(他のユーザーとチャット)→Messenger、LINE、Slack、Chatwork
fingerコマンド(他のユーザーの情報を表示)→LinkedIn、Sansan、カオナビ
sshコマンド(他のコンピューターへの安全な接続)→1Password、iCloudキーチェーン、Okta
rcsコマンド(バージョン管理)→GitHub、Google Docs
gnuplotコマンド(汎用作図コマンド)→Tableau、Domo
Usenet(ネット上の掲示板)→Twitter、Reddit、Airbnb、eBay、PornHub

例えば、fingerというのは、同一システム上(企業や大学など)で、他のユーザーのプロフィール情報を表示するコマンドです。プロフィールは各ユーザーが自分でテキストファイルを用意して設定・更新します。例えば現在取り組み中のプロジェクトも書いておく、というものだったそうです。最初のMacユーザーであればターミナルを開いてfingerと叩いてみてください。macOSは中身がUnixなのでfingerコマンドは今も有効です。ただ誰にも気づかれず、誰にも利用されず、古い地層の化石のように残っているのです。このfingerコマンドは、私にはLinkedInやカオナビに思えます。

Usenetは1980年頃にスタートしたテキストベースの掲示板ですが、取り扱うトピックは多様で、「売ります、買います」のクラシファイド広告もありました。すでに1983年にはインターネット用語として「炎上」(flaming)が使われ出していて、1990年代に起こった有名な炎上は良く記録もされています。2000年頃のUsenetのジャンル分類のツリーマップを見ると、現在のPornHubに相当する一大ジャンル(erotica)すら見つかります。

人間社会は1世代や2世代ではそう大きく変わらず、やっていることが似たようなものだから当然と言えば当然ですが、それにしても冒頭の予言を初めて聞いたときには本当にハッとしたものです。

人気OSSはSaaSになる

Unixコマンドがネットサービスになるのと似て、人気OSS(オープンソースのソフトウェア)がSaaSになるという現象もあるのではないかと思います。

例えば、Evernoteの元CEO、フィル・リービン氏が2020年7月7日に発表した「mmhmm」(ンーフーと発音する)は、すでにゲーム動画配信ユーザーの間では広く使われていた「OBS Studio」のようなオープンソースのソフトウェアをシンプルで使いやすくしたものと考えられます。OBS Studioはきわめて高機能ですが、ソフトウェアの導入と設定が、かなり面倒です。また合成して作成した動画を誰かに見せたい場合も面倒です。特に非同期で見せたい場合は、ローカルに動画ファイルを書き出して、Dropboxなどにアップロードし、共有設定をいじって、そのURLをメッセやメールで投げるということになります。mmhmmは作成した動画のホスティングも行ってくれるため、こうした手間がありません。mmhmmはOBS Studioのようなソフトウェアを、一気に民主化して広める可能性を感じさせるのに十分です。

人気OSSがSaaSのブランドとなった例としてはWordPressやToDo系サービスもあるでしょう。昨年IPOしたAsanaなどは、かつては多数のOSSがあったToDoアプリのSaaS化です。IP-PBX(構内電話)やIVR(自動音声応答システム)をオープンソースで実装したasteriskという2000年代始めに出てきた人気OSSがありますが、今ではTwilioがこれに相当することやってくれています。今ではSalesforceがCRMの代名詞という感じもありますが、かつてはSugarCRMというオープンソースのCRM実装が人気でした。これを読んでいる多くの人には信じられないかもしれませんが、Gmailのように「ブラウザでメールを読む」というのを実現するOSSも多くありました。また、Microsoftが75億ドルの巨額買収をしたオープンソース開発コミュニティーのGitHubは、gitというすでに成功しつつあったオープンソースのバージョン管理コマンドをベースに、UIとコミュニティー機能を付け加えたものです。Googleがブラウザベースで提供しているデータ処理や機械学習の開発環境、Colaboratoryも、OSSであるJupyterのSaaS化にほかなりません。

上記に共通するものは何でしょうか?

設定やメンテナンス(バージョンアップやセキュリティー対策)が面倒なもの、データをクラウド上に置いて複数人でコラボしたほうがメリットが大きいもの、そのソフトウェア以外で役に立たない普遍性のない規格や仕様に精通する労力が大きいものといったあたりでしょうか。

ゲーム配信の世界で何年も先行してクロマキー合成の動画配信が普通に使われていたように、特定領域では、今もOSS実装が先行していることが他にもあるのかもしれません。OSSには、(1) どういう機能があると良いかをユーザーがそれぞれ考えて足していく(ときに混沌としてしまうものの機能は豊富)、(2) 開発リソースを割いてでも何かを実現したい人が十分にいる証明になる、という2つの点で、商業的なSaaSが出てくる1つの先行指標と言えるのかもしれません。もっとも、今から何か新しくアプリを作るとしたら最初からSaaSにするでしょうから、この法則が今後当てはまる場面は多くなさそうですが。

Ken Nishimura

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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