「もう受託は嫌、自社SaaSをやりたい」という相談が増えるワケ

「もう受託は嫌なんです、自社でSaaSをやりたい」という相談を受けることが増えてきました。比較的小規模なソフトウェア開発会社を経営して数年とか10年という経営者の方からの相談で、ベンチャーキャピタルから資金調達をして自社SaaSプロダクトを主軸に転換したいという内容です。

そのほとんどは数人から十数人いる社員と、その家族が十分に幸せに暮らしていけるような、うまく行っている開発会社です。過去の社歴の中でキャッシュアウトや組織上の修羅場もありつつ、現状ではうまく行っていることがほとんど。それでも「モチベーション的につらい」と言う経営者の方が少なくありません。顧客の課題に耳を傾けて開発・納品しても、継続的に価値を生み続けるようメンテナンスを続けることが難しく、結果として数年で使われなくなるシステムを作り続けることがあるから、と言います。

受託からSaaSへの転換の背景にあるもの

受託開発で納品したシステムが、想定通りに価値を生まないことがあるというのは、今に始まったことではありません。残念ながら、一定割合でそうした不幸が起こることは織り込み済みかと思います。大手金融機関や政府系のシステムでも驚くような開発資金が無駄になることがあります。

ただ、近年急速に受託よりSaaSのほうが自分たちにも顧客にも良いのではないかと考える人が増えているのだと思います。以下では「受託からSaaSへ」という流れの背景にあるトレンドをいくつか挙げ、さらに転換の難しさとアドバンテージについて書いてみたいと思います。

1点モノよりマルチテナントの経済合理性

時代背景として受託開発から「パッケージソフトウェア、SaaS」への移行というトレンドがあります。個別開発の1点モノから、汎用性が高いソフトウェアを複数(=多数)の企業が利用するという流れです。富士キメラ総研の「ソフトウェアビジネス新市場 2020年版」によれば、パッケージ・SaaSの市場規模は2020年に約1.5兆円から2025年には約2兆円への年平均成長率約10%の伸びとなる見込みです。SaaSだけで見れば成長率は13%、市場規模は約1.2兆円という予想になっています。

これは受託開発の市場の伸びを上回るスピードです。調査対象が異なるため直接的な比較はできませんが、総務省が毎年行っている「情報通信業基本調査」の最新版(2019年版。調査対象は2018年度)を見てみると、情報サービス業の2018年度売上高18兆5,334億円のうち46.3%にあたる8兆5,768億円を受託開発ソフトウェア業が占めていて、足元の2018年の数字で見れば年率5.9%の伸びです。

引き続き成長するソフトウェアビジネスの中でも特にSaaSが受託開発の2倍以上という高い伸び率であるのは、マクロに見た経済合理性があるからです。当たり前ですが、1度の開発で1社しか使わないより、1000社、1万社、10万社となれば、開発単価は安くなります。運用局面でも自社オンプレミスの場合には情報システム部などの運用コストがかかります。

開発・運用者と利用者に利益相反がない

受託開発では顧客の要望を聞いて開発しますが、売上の発生が納品・検品時であるため、そのシステムを利用して得られる利用価値の多寡については、開発側は直接影響力を持ちません。一方、SaaSの場合には利用開始から利用終了まで、常に顧客の利用価値が発生するため、その価値を上げていくインセンティブがSaaS提供企業にはあります。ある年にサインアップしたユーザーを見たとき、純粋なユーザー数は年々微減していても、より価値のあるオプションが売れるアップセルによってトータルの収益がプラスになる「ネガティブチャーン」が良いとされるのがSaaSの世界です。

SaaSは最終受益者の課題を解決しないことには継続して利益が上がらないどころか、サービス存続ができません。一方、受託開発では顧客と約束した要件さえ満たせば案件終了です。もちろん受託開発でも保守契約もあれば、長期的関係性の中で請け負うこともあるので、これほど話は単純ではありませんが、より開発側と顧客のインセンティブが一致しているのがSaaSモデルであることは間違いないと思います。

「使い勝手」は、SaaSでは必須要件である

業務システムには使いづらいものが多くあります。システムの存在意義は何らかの課題を解決することですが、使い勝手という視点は二の次です。しかし、SaaSは類似サービスへのスイッチングコストが非常に低いため、使い勝手が悪いとユーザーが離れて行ってしまいます。コンシューマー向けアプリやサービスに慣れたユーザーは、良いUIUXに日々触れていて、業務で使うシステムに対しても、ますます同等の使い勝手を期待するようになっています。

もともと使い勝手の良さは、すべてのソフトウェアが実装すべきものであったのだと思いますし、心ある開発者であれば、使いやすいものを作りたいと思うのは当然です。ただ、使い勝手はいわゆる「機能要件」に入らないため、無駄な開発コストとして受託開発では切り捨てられてきた面があるのではないでしょうか。

今や時代は変わりました。使い勝手の良さは実装が必須で、それが開発側にとっても経済合理性のある形で継続開発できるのがSaaSというモデルです。最初の経済合理性の話とも通じることですが、何かの操作完了時間を30秒から5秒に縮める開発コストは1社だけが使う社内システムでは正当化できないかもしれませんが、SaaSなら10秒を1秒に縮めることが有効な場合があるでしょう。C向けであれば、競争は数百ミリ秒単位ということもあります。

メトリクスに基づく継続的改善というモダンな開発

上記の話とも似ていますが、ネット経由でソフトウェアを利用するSaaSという形態では、直接エンドユーザーの利用状況をモニターできます。さらに、SaaSではメトリクスが標準化されていて、各種KPIを見ながら近代的な継続改善ができるところが従来の納品型の受託開発と大きく異なるところです。

KPIによる客観評価により、異業種や異国・異文化のSaaSであっても一定の比較ができるフレームワークが整備されています。そのことから先行投資開発の大型ファイナンスとも相性が良いという特徴があります。マルチテナントで桁違いに多くのユーザーへ価値を届けられるのはコスト構造だけの話ではありません。また、同業の事業者が多く相乗りするプラットフォームであれば、そこに集積するデータにも価値が出ます。

開発者のモチベーション

この記事のタイトルとなっている「もう嫌なんです」という言葉に象徴されているのは、やり甲斐の話ではないかと思います。上記に挙げたさまざまな理由から、SaaSを横目にみながら受託開発を続けることに、かつてほどやり甲斐を感じられなくなっている開発者や経営者の方が増えているのだと思います。

余談ですが、1点だけ逆の話をすると、技術的な探究心や向上心が強い場合にSaaSより受託が良いこともあるかもしれません。5年前の開発フレームワークを使い続けるよりも、納品という明確な終わりがあり、次々に新しいプロジェクトに取り組むほうが性に合うというエンジニアも少なくないからです。

受託ビジネスから自社SaaSへの転換の難しさ

受託開発ビジネスがSaaSへ移行していく流れは変わらないと思います。一方で難しいのは、受託開発をしてきた企業が、あるとき自社SaaSへ移行したいと考えたときに、それがどのくらい可能であるのか、ということです。以下に、受託開発会社のアドバンテージと、転換の難しさを挙げてみます。

当該業界のドメイン知識は有利

特定業界向けで受託開発をしてきた企業であれば、すでに解くべき課題の解像度が高く、まさに自社SaaSに切り替えるべき時期が来ているのかもしれません。SaaSスタートアップを立ち上げる場合でも、当初は個別の受託開発を請負って業界知識やユーザーの声を集めることもあるくらいです。受託開発経験は、明らかにSaaS参入の入り口の1つです。

個別課題から業界の課題への転換

業界課題の切り出し方をゼロベースで考え直して、より大きなTAMを狙うような切り替えや覚悟ができるか、ということも想像以上に大きなチャレンジになりやすいと思います。案件ごとに黒字が出れば受託は規模によらず成功ですが、エクイティーによるファイナンスを前提とするのであれば一定の市場規模が見込めなければモデルとして成立しません。これまで個々の顧客の課題に向き合ってきたところ、よりマクロな視点で市場や業界全体を捉えて大きな事業計画を描けるかというところが問われることになります。場合によっては現在見えている市場自体は入り口で、そこを抑えた先により大きな潜在市場があるといったストーリーを解像度高く組み立てる必要も出てくると思います。

組織カルチャーの転換の難しさ

経営方針や組織カルチャーの転換も大きなチャレンジとなり得ます。個別案件の採算性を追ったり、案件数を求めたりするマインドセットから、より中長期での開発に経営や組織、個々の社員としてコミットできるか、という課題です。すでに動いている受託ビジネスの経営の時間軸やリズム、組織のロジックの転換が乗り越えるべきハードルとなることも少なくないように思います。売上が立ったり黒字化するまで開発やマーケティングにリソースを大きく張っていくマインドセットへの切り替えも簡単なことではありません。営利企業の企業活動として黒字は圧倒的な正義ですが、スタートアップの場合には「黒字化の魔力に抗う」という局面もあります。すでに関係性のあるクライアントや、やろうと思えば継続して期待できる売上を断ち切り、どの時点からSaaSに全振りするのかというタイミングについても非常に難しい決断が求められるかと思います。


「もう受託は嫌なんです、自社でSaaSをやりたい」と、私たちのようなVCに相談してこられる経営者の方が増えています。すでに特定業界で深い知見や経験をお持ちであれば、時代の変わり目において明らかにチャンスですし、すでにプロダクトを作れる技術力やチームがあることもアドバンテージになり得ます。転換の難しさはありますが、過去に成功している事例もありますし、今後も成功事例は出てくるのではないかと考えています。

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Partner, Chief Editor @ Coral Capital

Ken Nishimura

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