SaaS市場拡大で伸びる「SaaS for SaaS」という新領域

SaaS市場の拡大が続いています。2020年11月のGartnerのレポートによれば、2020年のワールドワイドのクラウド市場全体の規模は3兆8,600億円。このうち最大セグメントであるSaaSが占めるのは1兆4,700億円と約38%とかなり大きい割合になっていますが、それでも2019年から2022年でみればCAGRは10.7%と年率2桁の成長を続けていることが分かります。しかし、従来のSaaSと異なるジャンルとして「SaaS for SaaS」と呼ぶべき領域の市場が、SaaSそのものの2倍の速度で伸びています。この記事では、その背景と具体例を海外、国内のスタートアップでご紹介します。

SaaSの2倍の速さで成長するPaaS市場

このGartnerのレポートでは日本でいうSaaSが、より細かくセグメント化されています。例えば、ビジネスプロセスをまるごと載せるクラウドという意味でBPaaSや、アプリ構築のインフラとしてIaaSより抽象度の高いPaaSも別セグメントで集計されています。PaaSはさらに細かく、aPaaS(application)、iPaaS(intergration)、fPaaS/FaaS(function)、dbPaaS(database)などに分類することもあります。PaaSはエンドユーザーが直接触れるSaaSと異なり、開発者やIT部門が使うケースが多いものです。
そのPaaSはクラウド市場全体から見ると19%とSaaSの約半分を占めているに過ぎません。でも実はCAGRが22.5%とピュアなSaaSの倍以上の成長率となっている市場でもあります。

Source: Gartner (November 2020)

ソフトウェア市場全体のクラウド化で出てきた新領域

日本ではエンジニア以外ではIaaSやPaaSという言葉を使うことは多くないかもしれません。しかし、Gartnerの定義に従えば、すでに国内にも多くのPaaS事業者は立ち上がっています。例えば、Coral Capital投資先のAnyflowは複数のSaaSを接続して有機的に運用できるiPaaS(integration)です。
先ほどのPaaSのセグメント分類を見ていただければ分かると思いますが、結局のところ伸びているのはIaaSのようにサーバーを仮想化したものではなく、サーバー保守などに気を取られずにビジネスに使えるモジュールや機能を提供するクラウドサービスということです。
PaaSが出てきている背景には、そもそもの話としてソフトウェア全体がクラウドへ移行していることがあります。Bessemer Venture PartnersがCapIQのデータを元にまとめた以下のグラフにあるとおり、ソフトウェアビジネスに占めるクラウド市場の割合は、2010年代前半は10%以下でした。それが2025年に50%を超えて、今から10年ほどでソフトウェア市場はほぼ全てクラウドへ移行すると予想されています。

Source:State of the Cloud 2020(Bessemer Venture Partners)


日本ではSaaSスタートアップが成功を収めて上場が続いていることから、ビジネス系クラウドとSaaSがほぼ同義に使われているように思います。ですから、SaaSの伸びにより、グローバルで新領域のPaaSが急速に立ち上がっているというのは、日本では「SaaSのためのSaaS」が興隆しているという言い方をして良いのかもしれません。

SaaS時代に企業が抱える課題

富士キメラ総研の「ソフトウェアビジネス新市場 2020年版」によれば、国内SaaS市場も成長が続いていて、2024年には1兆1,200億円になると予想されています。
SaaSが広く普及したときに出てくる企業の課題にはどういうものがあるでしょうか。ユーザー企業として考えた場合(下図左側)と、SaaSなどサービス提供側で見た場合(右)で考えてみましょう。

SaaS利用企業向け

第1に出てくる課題は導入したSaaSの管理が難しくなることです。SaaSの利点の1つに導入が容易であることがあります。導入のリードタイムが小さく、部門単位や、下手すると企業内の個人が使い始めているということが起こります。企業の情報システム部門の管理下にないITソリューションを「シャドーIT」などと呼びますが、SaaS時代にはシャドーITが問題となり得ます。
例えば、Coral CapitalがANOBAKAなどと先日投資を発表したLBVのSaaS管理プラットフォーム「NiceCloud」は、まさにこの問題を解決するSaaSです。NiceCloudはアカウントの一元管理、部署ごとの利用料を可視化するダッシュボード、入退社時のSaaSアカウントの発行・削除といったことを自動化します。
同領域で海外に目を向けると、2016年創業のZyloがSaaS管理が2019年までに約3,500万ドル(約37億円)を調達していて注目されています。

SaaS管理プラットフォーム「NiceCloud


導入SaaSが増えてくると異なるSaaS間を連携させるニーズが出てきます。このiPaaSの分野では、国内ではAnyflowBiztex Connectなどがあります。日本ではSaaSに限らず、RPAと対の文脈で捉えられることがあります。RPAが画面操作を人間に代わって行うのに対して、APIによる自動化をバックエンドで行うのがiPaaSとも言えるからで、特にBiztexはRPAプロバイダーとしてスタートしています。Anyflowを使えば、APIによるSaaS間連携をノーコードで設定することができます。
Anyflowのプレゼン動画はこちらから見られます。
このジャンルで海外にはZapierTray.ioがあります。Zapierは、例えば特定のアドレスにメールが届いたというイベントをトリガーとして、それをSlackのチャンネルに転送するといったことが、設定画面上のクリックだけで簡単にできます。Tray.ioのほうは、ビジュアルにワークフローを作れるようになっているほか、レガシーシステムとはCSVによる連携ができるなどエンタープライズ連携の幅をSaaS以上のところに広げています。
新しくて興味深い試みだと、2020年10月にステルスから脱したイスラエル発のSaltoもあります。SalesforceやNetSuite、HubSpotといった機能豊富なSaaSの設定をコードで行うためのオープンソースで提供しています。こうしたSaaSは複雑で設定項目も多いため、正しく設定や管理をするのは骨の折れる仕事です。ちょうどクラウドのインフラをコードで管理し、何度でもゼロから同じサーバー環境やインフラ設定をコードで自動実行で再現できるInfrastructure as Codeというコンセプトが出てきたように、コードを使ってSaaS設定・管理をしようというアプローチです。手順書などなしに、何度でも自動でSaaSの設定ができ、ポリシーや運用変更の履歴もGitHubでのコード管理で残ります。
SaaS増加によってユーザー側で顕在化したニーズとしてアカウント管理や、新たなセキュリティー領域もあります。海外では、例えばOktaはクラウドベースでSSO(シングルサインオン)などを実現したスタートアップとして成功し、2017年にIPO。現在は時価総額が3兆6,000億円となっています。また、組織内のメンバーによるクラウド利用のアクセス制御などを行うセキュリティサービスのBitglassも1,500万ドル(約160億円)ほど資金調達をしています。

SaaS提供企業向け

SaaSを開発・運営する会社が増えたことで水平分業が起こりつつあります。例えば国内で急速に人気が高まったClubhouseで音声のリアルタイム配信に使われているのは、APIベースで音声・動画通話、ライブ通信、録画、暗号化機能をAPIで提供するAgora.ioです。2014年上海創業のAgora.ioは2020年6月にNASDAQに上場。Clubhouse報道の加熱もあって2022年2月半ばには一時、時価総額が1兆円を超えるなど注目されています。
決済機能をAPIで提供するPayPalやStripe同様に、こうした特定機能を他のSaaS事業者に提供するfPaaS/FaaSは、まだ伸びしろがありそうです。2015年ニュージーランド創業のPredictHQは需要予測プラットフォームです。サービス料を需給に合わせて変動させるダイナミックプライシ ングを提供しています。各国の祝日やコンサー トなどのイベントに関連した情報を収 集してデータとしてまとめ、機械学習を利用した分析を施したものをAPIとして企業に提供しています。導入企業にはUberやBooking.com、Domino’sなどがあります。国内では、ハイウェイバスドットコム(京王電鉄バス運営)に対して、高速バスの座席予約でダイナミックプライシングの導入支援を2020年12月に開始したの例もあります。
開発者の視点でみれば、こうした動きは、かつて言語・フレームワークに対してライブラリを使うようなところで、高い専門性を持つ他事業者のサービスをAPI経由で利用するということで、餅は餅屋という分業が始まっていると言えるかと思います。

SaaS事業者が共通して必要とする基盤を提供するSaaS

SaaS事業者が運営上必要とする、サブスクリプション管理や顧客情報ダッシュボード、カスタマーサクセス管理ツールなども出てきています。
2018年にIPOしたZuoraはサブスクリプション管理、具体的には請求、料金の徴収、継続的な売上管理などの仕組みを提供しています。顧客情報ダッシュボードを提供するGainsightは、エンゲージメントを数値で把握するなどカスタマーサクセスのための顧客利用実績の履歴などを可視化してくれます。国内ではBIツールやCRM、チャットツールに点在している、利用状況、コミュニケーション履歴、売上、契約情報など顧客に関する情報を集約するSaaS向けカスタマーサクセス管理ツールのHiCustomerがあります。
これらは、SaaS黎明期であれば、それぞれのSaaS運用事業者の開発者が社内向けのダッシュボードを作ったり、データベースに対してクエリーを叩いてやっていたことです。十分にSaaS市場が大きくなったことで、共通課題をくくりだす市場が出てきているということと思います。
HiCustomerのプレゼン動画はこちらから見られます。
以上述べてきたように、SaaS市場の拡大に合わせて、それを補完するSaaS for SaaSとも言うべき領域が広がっています。この領域での起業を考えていたり、すでに取り組まれている起業家の方は、ぜひお気軽にCoral Capitalにご連絡ください

Ken Nishimura

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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