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インドに牛のSaaSがあるように―、デスクレスSaaSの未来をVC・起業家が議論

Coral CapitalとALL STAR SAAS FUNDは2021年3月22日、「デスクレスSaaS」をテーマにオンラインイベントを開催。店舗や工場、倉庫などの現場で、ノンデスクワーカー向けにソリューションを提供するSaaS企業の現在地や、日本国外の動向などについて、トークを繰り広げました。

イベントでは、ALL STAR SAAS FUNDの前田ヒロ氏とCoral CapitalのJames Rineyが登壇し、カミナシCEOの諸岡裕人氏がモデレータを務めました。この記事では、投資家の視点から見るデスクレスSaaSを取り巻く環境や現在の課題、そして今後の動向についての考察をお伝えします。

※情報開示:Coral Capitalはカミナシの株主です。

デスクレスSaaSで重要な「Founder-Market Fit」

最初のテーマはデスクレスSaaSへの投資について。

カミナシは3月4日に、総額約11億円の資金調達を発表。続くように、前田氏率いるALL STAR SAAS FUNDが、フィットネスクラブ・スクールなどの月謝制店舗向けの会員管理・予約・決済システムを開発するhacomonoへ、5億円投資したニュースも公開されました。デスクレスSaaSの資金調達ニュースが続く今、カミナシに投資した2人がデスクレスSaaSを評価する視点について、それぞれ話します。

現在6社のデスクレスSaaSに投資するCoral Capital。Jamesは、投資の際に考えることの1つに、創業者とマーケットがフィットしているかという「Founder-Market Fit」という視点を挙げました。デスクレスSaaSへの投資においては、この視点が重要だと指摘します。「デスクレスSaaSにおいて、特に重要なのは、現場のことをきちんと把握し、共感できるかという点です。IT業界は、デスクワーカーの事情しか知らない人が多く、現場の課題や感覚を、肌感を持って理解している人が少ない。諸岡さんは、航空関連のアウトソーシング業を行うお父さんの会社で働いた経験もあり、現場の文化やリアルな課題感を理解していたので、投資を決めました」(James)

Coral Capitalは6社(左)、ALL STAR SAAS FUNDは4社(右)のデスクレスSaaSスタートアップに出資

加えて、これまでデスクレスSaaSが生まれづらかった要因の1つとして、「ITと現場の双方を理解し、融合させる人材が少なかったことが挙げられる」とも考察を述べました。また、前田氏は「先日のIVSでも5社ほどのデスクレスSaaS企業があり、デスクレスSaaSが注目されるようになってきたと感じています」と言います。

また、現在4社のデスクレスSaaSに投資するALL STAR SAAS FUND の前田氏は、評価する視点について、2つのポイントを挙げます。

「まず、現場についての解像度が高いか。工場や倉庫、店舗などの現場ではあらゆる環境が想定されます。暑かったり、手袋を着けたまま操作したり、雑音が大きいなどです。現場の環境や作業状況について、解像度高く理解していなければ、適正なプロダクト設計ができません。そのため、解像度の高さは1つの判断基準です。加えて、現場の環境やそこで働く人に合った適切なプロダクトが作れるかという点も重要視しています。普段、LINEやメルカリのようなプロダクトを使っている人たちがメインユーザーとなるため、C向けプロダクトを作るくらいのチームで、誰にでもわかるUIが求められるからです」(前田氏)

また、「現場経験のない起業家でも、素晴らしいアイデアを持ってきたとしたら、投資しますか?」というイベント参加者からの質問に対して、前田氏は「現場経験は必ずしも必要ではない」と話します。前田氏が投資する現場経験のないデスクレスSaaSの起業家の例を挙げ、質問に答えました。「投資した理由は、起業家の方の現場理解度が高いと感じたからです。現場でアルバイトをして、環境を把握しながら、解像度を高めていました。もし、現場経験がないとすれば、アルバイトとして、現場を知る努力をするなどの覚悟を持って挑まないと難しいと思います」(前田氏)

左上から時計回りにカミナシ創業者の諸岡裕人氏、ALL STAR SAAS FUNDの前田ヒロ氏、Coral CapitalのJames Riney

日本特有の環境は追い風にもなる

続けて、デスクレスSaaSを取り巻く環境に関する国内と国外の比較について、話題が移行しました。

Coral CapitalのJamesは、米国発デスクレスSaaSでは、実際の現場の人に適切に使ってもらえず失敗した事例を紹介しました。その上で、「日本では説明の時間を設けると、ほとんどの人が説明通りに使える」とし、この特徴は、日本のデスクレスSaaSが速度感をもって普及する要因になると話しました。

さらに、少子高齢化社会によって、現場の人手不足が加速している状況も追い風になると言います。「人手不足により、業務のさらなる効率化が求められるでしょう。それだけでなく、国外からも現場で働く人を採用する動きもあります。現場にSaaSを導入することで、翻訳も容易になり、ミスコミュニケーションを減らすことができるため、より管理しやすくなると思います」(James)

東南アジアやインドのスタートアップ企業にも投資するALL STAR SAAS FUNDの前田氏は、新興国におけるデスクレスSaaSの普及について述べました。新興国では、国民が持つデジタルデバイスはスマートフォンを中心に広がっている背景があるとし、飲食店や工事現場から、教育機関までスマートフォンを利用したSaaSが普及していると言います。

1億9,000万頭いるインドの牛、牛乳サプライチェーン管理もSaaS

前田氏は、投資するデスクレスSaaSの一例として、stellapps(インド)を挙げました。

「牛の管理や牛乳のサプライチェーンに関するプロダクトを提供するstellappsという会社が面白いです。インドには1億9,000万頭の牛がいます。牛や牛から絞り出す牛乳の器にIoTデバイスを付けて、スマホで牛の活動量や牛乳の絞り時期などを把握しています。インドには牛乳を水で割る文化があるのですが、こうしたデバイスやソフトを使うことで『牛乳を水で割っていない』という監査機能としても機能しているそうです」(前田氏)

インドの事例のように、デスクレスSaaSは各国の文化や事情にも大きく影響されるとし、日本も特有のニーズや現場独自の習慣などがあると指摘。そうした背景から、海外からの参入は難しいだろうと前田氏は見解を述べました。

しかし、多くのデスクレスSaaSは、PMF達成までに時間を要するため、「チャンスがある領域だと思う一方で、難易度が高い分野だとも思っている」とも前田氏は話します。

この話題に、カミナシの諸岡氏も共感し、次のように続けました。「オフィスワーカー向けSaaSと比較すると、作らないといけない機能も多いこともあり、PMFするまで3年以上かかりました。それでも、諦めずに泥臭く続けるのが重要だと思います」

これに関連してイベント参加者から「PMFしたと感じた瞬間とは?」という質問に諸岡氏が答えます。

「昨年の6月にプロダクトローンチしましたが、同年の4月頃、パワーポイントのみで契約が取れ、売れたのです。前のプロダクトでは、そうした動きが全くなかったので、1社契約が取れた瞬間はPMFしたと感じました。続けてその後、100社ほどリードを取れた月があり、大規模な市場にPMFしたと実感しました」(諸岡氏)

これからデスクレスSaaSで働く面白さとは?

イベントの後半では、デスクレスSaaSのこれからについて、それぞれの投資先の事例をもとにした考察が述べられました。

前田氏は、hacomonoを事例に挙げ、店舗向けのSaaSの発展について語りました。今後は、カスタマーのライフサイクルやニーズを店舗が理解できるような提案が必要だと言います。

続けて、Coral CapitalのJamesは、投資先のファンファーレを例に挙げ、次のように話しました。「ファンファーレが対象とする、産廃業界は非常に巨大な市場であるものの、非効率的な部分がある。デスクレスSaaSとして介入する余地が大いにある」(James)

最後は、「デスクレスSaaSで働く面白さや、求められる資質とは?」というイベント参加者からの質問でイベントが締めくくられました。

諸岡氏は、次のように回答します。「デスクレスSaaSで働く上で求められる資質は、時間がかかっても諦めないこと」と言い、カミナシでのリアルな仕事内容についても触れました。「遠方の工場や倉庫などに行くことも多いです。そのため、移動も多く体力的に過酷だと感じることもあるかと思います。その他、工場の機械音などがある中、ユーザーと話したり現場をずっと観察したりすることもあります。このような仕事に面白さを感じつつ、自分ごとにできるかどうかも、資質の1つかもしれません。例えばカスタマーサクセスのあるメンバーは、お客様先でメンマの製造工程にとても詳しくなりました。社内の人は、そうした過程を楽しんでいる人が多いです」。

この回答に加え、前田氏も「実は、普段の生活で使うものやサービスにカミナシが繋がっているかもしれない。社会の裏側を支えている感覚を感じることができるのも、面白さの1つとして挙げられるのではないか」と話しました。

(構成:馬本寛子)

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Editorial Team / 編集部

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