30年前の暗号通貨とタブレット―、早すぎて普及しなかったプロダクトとその教訓

ビジネスの世界では「半歩先」の時代の先取りが良いと言われます。あまり時代の変化に先駆けて何かをやっても事業は立ち上がらないし、遅れてしまうと、競合に勝てないからです。最近、知人と暗号通貨の話をしていて、1990年代後半の暗号通貨の熱狂を思い出しました。

この記事では登場が早すぎて普及せずに消えていったプロダクトを2種類、紹介したいと思います。程度の差こそあれ、それぞれ登場時には普及が期待され、熱狂があったものです。

ビットコイン誕生の20年前、1989年の暗号通貨

2010年代初頭に始まったブロックチェーンをベースとした暗号通貨技術の急速な発展を見て、突然彗星のように現れた技術だと感じている人もいるかと思います。コロンブスの卵のような発想で既存の暗号技術とゲーム理論を組み合わせて「ビザンチン将軍問題」を現実的に解決したブロックチェーンは、大きなブレークスルーです。しかし「暗号通貨」というくくりで見てみると、必ずしも最初の発明というわけではなく、1990年代にも暗号通貨を含む電子マネーのブームがあったのでした。

例えば、インターネット普及前夜の1989年に創設されたDigiCash社は1996年頃には非常に注目を集めていました。社会が新しい技術を受け入れて変容していくのには時間がかかる、ということを理解していなかった若かった私は、ネットの世界は暗号通貨によってマイクロペイメントが普及して新しい時代が始まると思ったものでした。

暗号通貨の元になるアイデアは1982年、DigiCashの創業は1994年(デビット・チャウム博士のサイトより引用)

DigiCashはゼロ知識証明という暗号学のアイデアに基づいて、貨幣や紙幣など実際の通貨に似た匿名性や転々流通性といった好ましい性質を備えていました。ブロックチェーンに比べると中央集権的ではあったものの、いったん流通したDigiCashの通貨であるeCashは仲介者を必要とせずユーザーからユーザーへと、任意の細かさに分割して決済することができました。発行者側は決済を保証しつつも、その中身が分からないという匿名性がありました。これは全て中央集権で処理する現在の交通系のような電子マネーとは異なる性質で、きわめてインターネット的でした。1990年代半ばから後半にかけて、ネットが普及していくのに符合するように、DigiCash同様にMondexやCybercashなど多くの電子マネーが登場しました。

DigiCash社の暗号通貨を受け入れるサイトの例。バナーデザインが時代を感じさせます(デビット・チャウム博士のサイトより引用)

インターネットは暗号技術を使った電子マネーとマイクロペイメントの世界になる――、そう思ったのは当然私だけではなく、国や大手企業もこぞって取り組みました。1997年にはNRIがDigiCashの国内販売ライセンスを取得してもいました。しかし、実際にはその代表格とも言えるDigiCashは1998年に倒産。その後のネット決済は、12桁のクレジットカード番号を暗号化された通信経路で送受信するというオールドテクノロジーにセキュリティーを持たせた形で普及していったのでした。ブラウザにセキュリティー層を実装するほうが現実的で、それで十分だったのだと思います。DigiCashを創業したデビッド・チャウム博士は後に、EC普及前だったこともあり早すぎたと回想しています。

失敗に終わった1980〜90年代のタブレット

バーティカル市場向け以外で、最初に一般に広く普及したタブレットコンピューターは、2010年登場のiPadでしょう。しかし、タブレットコンピューター開発と商品化の歴史は古く、すでに1980年代にはタブレットとペンを使った商品が登場しています。歴史上存在したタブレット製品をリストしたWikipediaエントリには、非常に多くの製品が挙げられています。手書きの薄型コンピューターというプロトタイプは1950年代から存在しています。

話題性や開発リソース投入の点で特筆すべきは、1993年から1998年まで販売されていたApple Newtonや、2000年初頭に各社から発売されたMicrosoft Tablet PC搭載製品でしょう。特にApple Newtonは洗練されたデザインから当時を知らない人でも見たことがあるかもしれません。Apple NewtonこそiPhoneの祖先だという指摘ももっともです。

iOSの元となったOSは、スティーブ・ジョブズがAppleを追放されている時代に創業して作り上げた次世代コンピューターのNEXTSTEP(今もiOSのAPI名にある接頭辞のNSはその名残)なので、iPhoneは2007年に突如登場したというよりも、時代を先取りしすぎたハードウェアとソフトウェア(OS)が失敗に終わっていた歴史が、その前にあったと見るのが自然だと思います。

Apple NewtonとiPhone(Photo By Blake Patterson)

鳴り物入りで登場したGoというタブレットスタートアップ

タブレットコンピューターには、もっと華々しくデビューして名だたるVCとシリコンバレーの名経営者が関わった失敗例もあります。名門KPCBのベンチャーキャピタリストで、 Google、Amazon、Netscape、Compaq、Symantec、Sun Microsystemsなどへの投資で知られるジョン・ドーア氏は、2013年のインタビューの中で、自分の最大の失敗はGoという会社だと話しています。Goというスタートアップで「ペンを使って操作する」というコンセプトに取り憑かれ、それをPenPoint OSというプロダクトにして大失敗に終わったと語っています。

1993年発売のAT&TのEO 440。GoのPenPoint OS搭載(出典

 

NCRから1991年に発売されたPenPoint OS搭載のNCR 3125(出典

1987年に創業したGoには、ジョン・ドーア氏のほかビノッド・コースラ氏(元Sun Microsystemsの共同創業者でKhosla Ventures創業者)といった著名VCだけでなく、日本でも最近訳書が出版された『1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え 』で知られるビル・キャンベル氏を社長に迎えるなど、投資でも布陣の面でも大きな注目を集めたようです。以下の1991年のテレビの特集では、ペン入力こそ最も自然なユーザーインタフェースで、これがコンピューターの使い方を変えるのだと話しています。

 

Goのタブレットコンピューターは売れませんでした。AppleやMicrosoftといった競合が現れたからというだけでなく、時代が早すぎたことから、7年で終わった短いGoの歴史の中で意味のある売上は1度も立たなかったと言います。


以上、「早すぎたイノベーション」のプロダクトを大きく2種類、紹介しました。その失敗の当事者たちは、こうした失敗から、いくつかの教訓を学んだとしています。ここでは私見を交えて、4つ書いてみたいと思います。

教訓1:タイミングは大事

これは、この記事の冒頭に書いたことですが、技術イノベーションの製品化はタイミングが大事だということです。10年とか20年単位で早すぎるということもあるのだと思います。暗号通貨の例で分かるのは、単に技術が未熟というケースだけでなく、それを受け入れるECの普及という素地がなかったこともクリティカルだったことです。Apple Newtonも本当に必要なのは携帯通信網の発達だったのだと思います。

教訓2:優れていても不要なものはオーバーエンジニアリング

DigiCashについて、私自身は別の見方もしています。オーバーエンジニアリングだった可能性もあるのではないかと思います。HTTPに暗号通信レイヤーを付け加えるだけ、つまりブラウザを機能拡張するだけで一気に広められたのです。実際、1996年頃にはクレジットカード番号を安全に送受信できるようになっていました。一方、一定程度ECが普及した後でもモバイル市場が立ち上がるまで時間がありましたから、ユーザー同士の決済のニーズというのは、まだ顕在化していませんでした。

Goというタブレットの失敗について、コースラ氏は市場ニーズを読み間違えていたとも回想しています。ペンなどどうでも良くて、ユーザーにとって大事だったのは持ち運びが容易なメール端末だった、と。確かにスマホ前夜に大きく成功したのはBlackBerryというシンプル極まりないメール端末だったのでした。Goはオブジェクト指向OSを搭載していたり、MacやPCとのペンジェスチャー操作による通信機能を備えるなどオーバーエンジニアリングだったように見えます。

教訓3:失敗は次につながっている

iPhoneには、その祖先というべきApple NewtonやNEXTSTEPがあると書きました。現在の暗号通貨を見ても、ゼロ知識証明を使う匿名性の高いZcashがあるなど、やはり連続性はあります。というよりも、ビットコインは、これまでに研究・発明されてきた、今となってはありふれたアルゴリズムを組み合わて作られているという意味で、長年に渡る研究や失敗の積み重ねの先に出てきた成果と言えるかと思います。

Goの例でジョン・ドーア氏が語っていることも、非常に興味深いものがあります。Goがいよいよ失敗だと明白になったとき、友人として会社に引き入れた人物も含めて、ボードメンバーの転職先探しを必死にやったそうです。その5人のうち3人がCEOとして転籍したスタートアップ企業にKPCBとして投資することになり、その後は成功につながったというのです。その3社はIntuit、VeriSign、LucasArtsだと言いますから、どれも素晴らしい成功です。ドーア氏は、賢い失敗はどんどんするべきだが、時間を無駄にせずに、次へ進めと言っています。

教訓4:誰もあなたの失敗など覚えていない

Goのペンコンピューターを含めて、自分の失敗事例を話すベンチャーキャピタリストのビノッド・コースラ氏は、別の教訓をいつもインタビューなどで話しています。それは「誰もあなたの失敗のことなど覚えていない」ということです。あなたという人間は、あなたの成功によってのみ人々の記憶に残るのだと。

この記事をここまで読んでくださった方の多くは、かつて業界で大騒ぎされた上記プロダクトについて聞いたことがなかったかもしれません。立ち上がらなかった事業、普及しなかったプロダクトのことは、業界人ですら10年も経てば記憶は薄れます。一般の人は1度も耳にしないままですし、誰も知らないものです。

コースラ氏は、Sun Microsystemsというコンピュター史に残る偉大な会社の共同創業者、また多くの偉大な会社に投資したベンチャーキャピタリスト(ついでに書くとインド系移民のビリオネア)として人々に知られています。だからこそ、起業家、投資家として大成功した66歳になるコースラ氏は、事あるたびに若くて才能のある人々に向かって自分の失敗を話すのだと思います。

「でも皆さん、Goなんて聞いたことないでしょう?」

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Partner, Chief Editor @ Coral Capital

Ken Nishimura

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