Excel依存がDXを遅らせる3つのワケ
Excelはきわめて優れたツールです。「卓上電卓」という言葉がなくなった今でも、電卓の誕生が人類の生産性向上に果たした大きな役割は誰にでも分かります。それと同様に、Excelが果たした企業の生産性向上は非常に大きなものだったと思います。
PCの普及と歩調を合わせるかのように表計算ソフトは、経理・財務・会計だけにとどまらず、統計処理やデータの管理・可視化、プロジェクト管理、名簿管理など、本当に幅広い用途で使われてきました。ちょっとしたマクロを組むという利用形態まで考えたとき、これは現在の「ノーコード」のトレンドの源流にありますし、「Excelは世界で最も使われている開発環境」だとすら言えるかもしれません。
ツールとして30年以上にわたって進化を繰り返してきたExcelは、きわめて多機能な万能文房具です。
その一方で、過去10年でクラウド移行が進む中で、いまは逆にDXを阻む要因になっていることもあるように思えます。その理由を以下の3つにまとめて書いてみたいと思います。
- 「ファイル」という単位はコラボに向かない
- データと表現形式が切り離されていない
- アプリエコシステムのデータベースにはなれない
Excelが最も象徴的な存在であるものの、「ファイル」という存在自体がボトルネックになりつつあります。
「ファイル」という単位はコラボに向かない
かつてパソコンは、特定企業や事務所の中にあった数字を集約・処理する機器として、ほぼ単独で役割を果たしました。ネットワーク以前には、処理したものは単一の機械の中にとどまり、必要なときにはディスクに入れたり、印字して持ち運ぶだけでした。
ネットが普及してクラウドの時代になった今は、データが生まれて管理されるライフサイクルが大きく変わりました。Excelはクラウド対応が進んでいますが、基底にあるモデルは残っていて、今も同じ使われ方が続いています。それはファイル(xlsやxlsx)という単位を使ってデータを保存したり、交換したりする使い方です。
OSが提供する「ファイル」という単位でデータを扱うことの問題点は3つあります。1つはリアルタイム共同編集がネイティブにできないこと。2つ目は同一データの複数バージョンが生まれてしまいがちであること。3つめは検索性が悪いことです。
リアルタイム共同編集についてはSharePointサーバーやOffice Online、OneDriveといったOffice向け共有編集機能を提供するサービスで、ブラウザアプリとしてのExcelを使えば可能です。Microsoftと提携しているDropboxでも同様の共同編集機能を提供しています。しかし、従来型のファイルサーバーでは、特別な設定をしないと共同編集はできず、誰かが開いているファイルは、他ユーザーの編集作業が終わるまで待たなければいけません。
リアルタイム共同作業を可能とするクラウドサービスは何年も前から存在していますが、実際には、かなり多くの利用者が「ファイル」のモデルにとどまっているのではないでしょうか。少なくともExcel文書がメールで飛び交い、政府関連組織などでファイルダウンロードにExcelファイルへのリンクがあるのを見ると、クラウド移行が遅れていると考えざるを得ません。
ファイルという単位で扱っていると「作業用、バックアップ用、古いバージョンを残す」といった理由で、本来は単一の存在であるべき同一データ(文書)に複数バージョンが生まれてしまうという問題もあります。メールでファイル交換をするスタイルでは、受け取った側が開いたものが最新版であるとは限らないということになるのも、これが背景にあります。
ファイルは共有フォルダや誰かのPCのフォルダに存在していますから、今となっては大変に見つけにくく、探しづらい存在となっています。クラウド上に存在しているデータや文書は、必ずブラウザ・アプリで引き出せますし、上手に使っていると「探す」という感覚は消えているものではないでしょうか。
データと表現形式が切り離されていない
同じデジタルデータでも「扱いやすさ」には違いがあります。例えば、紙の印刷物に近いPDFファイルはプログラムによる処理が難しく、人間には見やすい一方で、まとめて処理をする用途には向きません。むしろデータの墓場だと言っていいくらい、PDFはデータ形式と呼ぶのにふさわしくありません。
これは、PDFではレイアウトが優先されているからです。人間が読みやすいことと、機械が読みやすいことは大きく異なります。例えば表で示されたデータを、プログラムから読み込んで処理するときには、どこからどこまでが何のデータであるか判別する必要がありますが、PDFでそうした判定をするのは極めて難しく、今も多くのエンジニアを泣かせています。
Excelも同様です。シンプルなカラムでデータをまとめただけのものであれば問題ないのですが、見やすさのためにセルが結合されていたりします。以下のようなデータが典型です。(A)を人間が見れば、これは2019年と2020年の月別データと簡単に分かりますが、より機械に優しい形式は(B)です。
最も良いのは内部的に(B)の形式でデータを持ち、表示するときに人間のために(A)のように表示することです。ITの世界では人間向けにどう表示するかという処理層のことを「プレゼンテーション」「フロントエンド」などと呼んでデータと分けることが多く、大成功しているHTMLは、その典型例です。
一方、Excel形式で共有される企業や行政のデータを開くと、その多くが、こうした発想になっていません。そのため紙に印刷してしまったデータ同様に、その後の活用が難しいものが多く見られます。
これはExcelの問題ではなく、使い方の問題だと思うかもしれませんが、人間に見やすくする機能を入れれば入れるほど当然それを使いますから、自然と機械では処理しづらくなる関係というのはあると思います。
アプリエコシステムのデータベースにはなれない
クラウド時代に機械処理なじむデータ保存をしているのはSaaS企業です。モバイルにしろウェブにしろ背後にはデータベースがあります。データベースには特性によって多くの種類がありますが、それを扱っているエンジニアは、データの再利用性や一貫性、処理速度などを勘案して、特定業界やアプリの目的に最適な設計をしているものです。
最初のデータベースの設計が良ければ、ユーザーが入力するデータは再利用性が高まります。複数ユーザーによるリアルタイム共同編集も多くの場合は問題になりません。蓄積されていく情報はさまざまで、企業財務や人事情報、マーケ情報など多様です。
こうした情報は、今は蓄積フェーズだと個人的には思います。クラウドにどんどんデータが溜まっています。いったん蓄積してしまえば、今後は機械学習を使った高度な処理が始まるはずです。例えばクラウドに経理情報があれば、そこに対して税理士のような節税アドバイスをするサービスが出てきます。リーガルテックの世界であれば、企業買収の契約ストラクチャーを提案してくれるようなサービスも可能になってくると思います。それが可能なのは、SaaSというクラウド上には、バラバラで機械に読みづらいファイルという形でデータが存在しているのではなく、統一された構造と機械が読みやすい形でデータが蓄積していっているからです。
一方、Excel文書(あるいはPDFやWord)に閉じ込められたデータは、構造が一定せず、機械的な読み取りも困難です。SaaSなどクラウドで利用可能なサービスやアプリの世界とも分断されています。
過度にExcel依存を続けるとDXが遅れるのではないでしょうか。API接続による複数サービスの連携というところまで視野に入れると、単に「ファイルの置き場としてのクラウド」ではなく、再利用性の高い形のSaaSというクラウド上にデータを蓄積していかない限り、豊かなデジタル・エコシステムは生まれてこないのではないかと思うのです。
※(訂正)記事初出時、Google Driveや従来型ファイルサーバーにあるExcel文書のリアルタイム共同編集はできないとしていましたが、これは誤りでした。デフォルトで対応していませんが、設定によって可能です。
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