ボタン操作に高齢者で男女差、チカクが見つけたシニアに本当に使えるデジタル

「おじいちゃんは電源を押してから待てる方が多い。黒物家電と呼ばれるパソコンなどに慣れていて、起動に時間がかかるものを使ったことがあるから。一方で、おばあちゃんは、スイッチを入れるとすぐに動く掃除機とかエアコンなどの白物家電を使い慣れてきたので、『何も起こらない』電源ボタンを理解するのが難しい場合が多いです」

高齢者に使いやすデジタル家電では、一般に思われてる以上に超えるべきハードルがある―、そう説明するのは、高齢者向けサービスを開発するスタートアップ、チカク共同創業者でCEOの梶原健司さんです。

2014年創業のチカクは、家庭のテレビに孫の写真や動画が映る専用のチャンネルができる「まごチャンネル」を開発しています。この記事では梶原さんがまごチャンネルを開発・提供する中で考えてきたこと、そしてAgeTechスタートアップの可能性についてお伝えします。

【情報開示】チカクはCoral Capitalの出資先です。本記事はAgeTechをテーマとした4月開催の記者向け勉強会の内容をまとめたものです。

アップル退職からの起業で実感した「自分たちを前提」にしたデジタル

1999年、大学卒業後にアップルの日本法人に入社した梶原さんは、12年間のアップル在籍期間でマーケや新規事業を担当し、iPodビジネスの責任者も務めました。

アップルのデバイスはコンピューターの初心者にも使いやすい優れたユーザー体験で長らく知られていますが、それでもアップル退社後に始めた「まごチャンネル」の開発で実感したのは、「サービスやプロダクトを作るとき、意識せずに自分たちをユーザーだと前提して作ってしまいがち」(梶原さん)ということだそう。

「開発初期には、高齢者が集まる喫茶店に行って『ちょっとスミマセン』と声をかけてユーザーテストをしていたりしました。そうしたら、こんなところでつまずくのかというポイントがいっぱい出てくるんです。まごチャンネルは、デバイスをケーブルでテレビに繋ぐだけなのですが、HDMIの上下が分からなかったり」

記事冒頭に引用した通り、それまで使ってきた家電の違いから高齢者の男女で差があると気づいたのも、こうしたユーザーテストをくり返し行っていたからだった、と言います。

まごチャンネルの利用者最高齢は100歳のおばあちゃん

多くの高齢者世帯にはWi-Fiはなく、テレビを見ている

「シニア層でも使える」というとユーザーインターフェイスのことを考えがちですが、事情はそれだけではありません。

「高齢世帯のWi-Fiの普及率は17%程度。だから『まごチャンネル』のデバイスにはSIMカードを入れてあって、セットアップはケーブルを挿すだけで良いようにしています」(梶原さん)

ネット利用動向調査の数字だけを見ていると、高齢者の間でもスマホが普及しているように見えますが、実態はまた別。

「ある調査では、60代以上の方のスマホ普及率は2020年で77%です。普及率は高いとはいえ、ネット利用の比率は3割以下。これに対してテレビはほぼ100%の利用率に加えて毎日の視聴時間は4時間以上。ファーストスクリーンは圧倒的にテレビなんです」(梶原さん)

スマホで使っているのはメールなど基本的なツールを必要なときに開くときだけ。これが、実証実験で高齢者世帯向けにタブレットを配布しても結局使われなかった理由の1つと言います。

※スマホ普及率に関するデータの出典:「2020年シニアのスマートフォン・フィーチャーフォンの利用に関する調査」(MMD研究所)

※ネット利用比率と視聴時間の出典:「国民生活時間調査」(NHK)

「デジタルバリアフリー」の難しさ

起業当初から“シニアファースト”を掲げてきたチカクでは、「今後は『デジタルバリアフリー』という概念が必要」(梶原さん)と考えているそうです。例えば一口に「高齢者」といっても年齢で大きな開きがあります。

「80代以上になると視力、聴力、学習能力などの身体的衰えがやってきます。やはりデジタルの恩恵を受けられてないんじゃないかと思うのです。高齢者のITリテラシーが上がっていくといっても、今から10年後にも、80代以降の方々は1,500万人もいます。そこには『デジタルバリアフリー』という考え方が大事です」(梶原さん)

社会的つながりがあれば認知症は半減

まごチャンネルは、文字通り「孫のチャンネル」。リモコン操作だけでテレビに孫の写真や動画が現れます。「(テレビの大画面により)孫が遊びに来たようで、実際に会ってるような感じになる」というユーザーの声は、それだけで価値がありますが、これは現在進行系の日本社会の課題に対する解決にもつながりそうです。

日本は人口減少社会ですが、高齢者世帯は増え続けています。特に高齢者のみの世帯が増えていて、高齢者夫婦のみが800万世帯、高齢者単身が700万世帯と合計1,500万世帯もあります。こうした世帯で問題となるのは、社会的なつながりが失われること。

「社会との多様なつながりがある人は認知症発症リスクが半減することが分かっています。一方『まごチャンネル』を使うことで家族・友人との会話が増えたという利用者は97%にのぼります。高齢者の健康や生活の質向上につながるのかどうか。国立長寿医療研究センターとの共同研究として、高齢者における孤独感や抑うつなどの低減効果の検証を行っています」(梶原さん)

ディスプレイ的なものは家の中で割合が大きくなっていく

高齢者世帯の家庭内で大きな存在であり続けているテレビ。そのディスプレイに対して、ネットの世界との接続に成功したチカクは、AgeTechの文脈では、今後どんな展開があるでしょうか?

「今後も60代、70代の方のITリテラシーが上がっていくのは間違いありません。でも、家の中でディスプレイ的なものが占める割合は、まだまだ大きくなっていくと思います。そうしたときに日常の共有から一歩進んで、見守りサービスを提供したり、孫の写真のようにコンテンツを見ながらテレビ電話ができる機能、あるいは自治体から行政情報を配信する基盤となる機能など開発を進めています」(梶原さん)

まごチャンネルには拡張性があり、現在すでに環境センサーを追加したデバイスで、セコムと共同で見守りサービスを提供しています。

「在宅へルスケア、EC、高齢者向けSNSなど幅広い展開が考えられることから、提携企業も募集しています。日本は高齢化先進国だからこそ、他国より先に世界に貢献できるものが作れるはず。AgeTechでいろいろなスタートアップが出て盛り上がって、日本が世界のリーダーシップをとって行けたら素敵だなと思います」(梶原さん)

Ken Nishimura

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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