本記事は豊田菜保子さんによる寄稿です。豊田さんは、楽天をはじめ、国内外の企業で人材育成やダイバーシティ推進を専門としてきました。現在は、スタートアップや起業家人材の支援プログラムを主に自治体と協力して企画・運営する傍ら、スタートアップやテック企業向けに「人」「チーム」「コミュニケーション」に注目した研修やアドバイザリーを提供しています。
先日、『【調査】コロナ前後で「24%→0%」、完全オフィス勤務をやめるスタートアップ』でCoral Capitalが出資するスタートアップの計29社のうち、リモート勤務を導入していない企業は0社、リモート主流が過半数という結果が出ていました。記事では、大幅なリモートを認めることで、外国在住の人材を採用している企業も紹介されています。
日本のスタートアップにとって、採用は大きな課題です。コロナを機にリモートワークや副業意識が加速したことで、国内でも柔軟な人員拡充が可能になってきました。とはいえ、視野を海外に広げれば、人材プールの大きさは比べ物になりませんし、日本であればパートタイムで新人を雇う程度の給料で、経験を積んだフルタイムのメンバーを雇える可能性もあります。
もちろん「外国語できないし」「マネジメント大変そうだし」「どこで採用できるか分からないし」という心配はごもっとも。でも、こうしたデメリットを上回るメリットがあるからこそ、実際に海外在住の人材を採用している企業があるわけです。
この記事を読んでメリットを理解し、一度本気で検討してみてはいかがでしょうか。
メリット(1)給与相場の違いで「ウィン・ウィン」に
スタートアップ起業家の方と話していると、大企業と比較して「給与・待遇面で負けている」という意識が強く、相手に断られる以前に、なかなか自分が本当に欲しい人材にアプローチできていないケースがあります。この課題に関して、日本という労働市場にフォーカスして考えると、給与面で勝負しづらいスタートアップができることは確かに限られています。
1つの方法として、人事用語でいう『トータルリワード』を最大化・言語化することには、一定の効果があります。『トータルリワード』は基本給だけでなく、賞与・インセンティブ・福利厚生など、報酬を総合的に捉える考え方ですが、スタートアップの場合、得られる経験や使えるスキルなども含めて、報酬(労働の見返りに得られるもの)としてどうアピールできるか考えていきます。
例えば、大企業ではまだ使っていないようなFlutterやDartなど比較的新しいプログラミング言語やフレームワークで開発経験が積めたり、大企業では競争の激しい肩書きやポジションに挑戦できたり、給与・待遇面では敵わない代わりに、他の切り口で自社で働くことの総合的な魅力を高める方法です。ただし、家族がいるなどの理由で給与のベースラインが明確な候補者にはなかなか通用しません。
これに対して、根本的に異なるアプローチが、『給与・待遇面で勝てる労働市場を見つける』という考え方です。日本のような先進国の場合、国内相場で高いとはいえない給与でも、他国では十分に魅力的な給与レンジに入っているケースは多々あります(ちなみに私は大学卒業後メキシコで就職して現地生活に十分な給与をもらっていましたが、日本帰国後の転職活動で換算したところ前職の年収は200万円程度だったため、どの企業の給与も魅力的に感じました)。物価の低い国で暮らしながら、物価の高い国の企業に勤められるリモートワークの場合、こうしたウィン・ウィンの給与設定が可能です。
このように、国境を外して考えると、自社が提供できる給与や待遇自体を魅力的だと感じてくれるモチベーションの高い人材と出会える可能性が広がります。
メリット(2)柔軟な雇用形態に対応
スタートアップの人材ニーズとして、「フルタイムでなくてもいいから、特定の分野で優秀な人にスポット的に手伝ってほしい」という声はよく耳にします。開発系であれば母国語は問いませんし、マーケティングやビジネス系の職種であれば海外在住の日本人人材も候補に入るでしょう。同じ時間帯に働きたいならアジアやオセアニアの人材を、自分が寝ている間に進めてほしいなら、時差が大きな地域の人材を選ぶこともできます。例えば、自分が書いたコードを寝ている間に地球の裏側でQAしてくれる、といったことも夢ではありません。
『ギグ・エコノミー』と呼ばれるフリーランス文化は、米国をはじめ多くの国で拡大しています。日本では、まだ副業を禁止している企業も多く、正社員やフルタイム雇用を前提とする風潮がありますが、グローバルに見れば柔軟な雇用形態に対応している人材は急速に増えています。税務面から見ても、外国のフリーランサーは源泉徴収税や消費税などを計算する手間がなくシンプルに雇用できます。
ギグ・エコノミーの拡大にしたがって、海外在住のフリーランサーとつながることができるプラットフォームも増えています。LinkedInやTwitterのようなSNSの他には、Upwork、Freelancer、Fiverrあたりが人気です。最終的には長期的に貢献してもらえる1人と契約を結びたい場合でも、最初は数人のフリーランサーを選んで短期案件をいくつか依頼してみて、最もスキルと信頼性が高い人と本格的な契約を結ぶケースが多いようです。
また、先に述べたような国ごとの給与水準の違いに注目し、さらにギグ・エコノミーにおけるスキルや信頼性の確認プロセスに関して、雇用者側の手間を出来るだけ省くことで急成長しているHR Tech企業の例が、シンガポールに拠点を置くGlintsです。Techstarsや500 Startupsとも連携して、台湾・インドネシア・ベトナム他、東南アジアのテック人材を世界各国のスタートアップとマッチングし、人材マネジメントを支援する役割を果たしています。最近の資金調達で日本の人材会社大手であるパーソルが主要株主となったことを機に、本格的に日本のスタートアップにもソリューションを提供しようとしています。
メリット(3)日本ブランドで超優秀人材を引き込める
最後に挙げるのは、私もまだ再現性が高い方法論は見つけられていないのですが、これが継続的にできれば日本のスタートアップ業界がさらに活性化されるはず、と感じている点です。
スタートアップビザ、という制度について聞いたことがあるでしょうか? 経済産業省が推進する外国人起業家向けの特別なビザで、北は北海道から、首都圏の渋谷区・横浜市、関西では神戸市・大阪市・京都府、九州でも福岡市・大分県など、日本全国13の自治体で導入されています。私は渋谷区のスタートアップビザに関して、情報発信や来日後の事業構築支援に携わっています。
この制度に関心を示す世界中の人たちと触れ合っていると、まだ世界には日本に強い関心を持つ人たちが一定数いて、その中には高い技術的スキルやスタートアップ経験を持つ人たちがいることを実感します。そして、こうした人材を日本のスタートアップが巻き込めていないのは、大きな機会損失だと感じます。
海外のスタートアップで働いているようなテック系およびクリエイティブ系人材は、(不本意ではありますが)官僚主義のイメージが強い伝統的な日本企業で働こうとは思いません。それでも日本に興味があるので、日本のテック系スタートアップ企業の求人情報を探すけれども、英語ではうまく見つけられない(日本語で会話ができても文章の読み書きが苦手な人は多い)。そこで、自分は本来プロダクト開発が好きで、特に経営者になりたいわけではないけれど、日本で起業に挑戦してみるか……、といった思考回路の問い合わせも少なくないようです。
アメリカや欧州など、世界トップレベルのスタートアップ都市で高給を得て働く一流エンジニアのなかで、日本に関心があって、面白そうな日本のスタートアップがあれば副業的に関わってみたいと感じている人たち。そうした層にとっては、金銭的な報酬よりも、日本との関わりが重要な見返りになり、ウィン・ウィンな関係性が築ける可能性は大いにあります。
相手の日本語レベルがそこまで高くなかったり、外国語主体のコミュニケーションだったりして、不安を感じる方もいると思いますが、私が見てきた限り、スキルの高いエンジニアや異なる視点を提供してくれる人材と仕事ができるメリットを一度実感すると、言語の壁はお互いの歩み寄りでなんとかなるものです。AI翻訳ソフトなどを使って、成果物の仕様や知的財産権の面だけ書面でしっかりと合意しておけば、マネジメントの手間も進捗確認程度でほとんどかからないことが多いようです。
あなたのスタートアップでは、海外在住人材を採用していますか?ここに挙げている他にも感じているメリットがあれば、ぜひ教えてください。
リモートワークが加速する時代だからこそ、広い世界を見渡して、リソースを最適に配置したグローバルチームを構築してはいかがでしょうか。
Contributing Writer @ Coral Capital