医療の場面でよく耳にする「インフォームド・コンセント」。ご存じの方が多いでしょうが、患者が医師から医療行為についての十分な説明を受け、理解、納得した上で医療行為に同意することです。
コントレア(Contrea)は動画を使ったインフォームド・コンセントの支援サービス『MediOS(メディオス)』を提供しています。医師から患者への病気や治療方法の説明をサポートすることで、医療現場の効率化と患者のエンゲージメントの向上を目指しています。
口頭の説明では伝わりきらない
病院で医師から説明を受ける際、ちょっとした怪我や病気なら口頭での説明で十分です。しかし、それが命や今後の人生に関わるような大病や難病だった場合、医師の話を聞いてすぐに状況を飲み込み、これから行う治療や手術について理解、納得するのは難しいかもしれません。
「頭が真っ白になって、医師の話を覚えていない患者さんも多くいらっしゃいます」と話すのはコントレアの代表取締役CEOを務める川端一広さん。以前は、がん研究会有明病院で診療放射線技師を務めていました。
川端さんは病院勤務時代、インフォームド・コンセントの課題を痛感する出来事がありました。院外の患者会に参加した際に、声帯を切除することを知らずに手術を受けたという70代の患者が、手術後に「声が出なくなるなら手術しなかった」と筆談で川端さんに伝えてきました。実際には医師が手術のリスクを説明していないとは考えられないものの、患者は理解していなかったわけです。この出来事から川端さんは、「患者と医療者のどちらにとっても、現状のインフォームド・コンセントには課題がある」と感じたと言います。
病気の説明は専門性が高く、患者は一度聞いただけでは理解しきれないことがあります。その場で質問が思い浮かばず家に帰ってから疑問が湧いてきたり、うまくコミュニケーションが取れなかったり、そもそも病気と向き合う心の準備ができていなかったりする場合もあります。
一方、医師側の課題としては、時間をかけて説明しても、患者に十分に伝わらないことが挙げられます。がんなどの大病の場合は1時間近くかけて説明するものの、その7割くらいは、病気に関する定型的な説明に終始し、残り3割でしか個別の説明や質疑応答に時間を割けないことが多いそうです。また、患者だけではなく患者の家族にも時間を取って説明することがあり、こうした説明対応が医師の時間外労働が長くなる一因になっていると川端さんは言います。
難しい病気の説明や手術内容を動画で予習
そこでメディオスでは医療者が説明する内容のうち、検査や入院、病気の概要といった定型的な内容を動画であらかじめ患者に見てもらうことで、より効率的で質の高いインフォームド・コンセントを医療現場にもたらすことを目指しています。
「病気の概要、治療方法、合併症などの個別性が少ない定型的な内容を患者さんに事前に動画で見ていただくことで、医師は患者さん個人と向き合う時間を増やせます。例えば、患者さん個別のリスクの話や社会背景を踏まえた意思決定の支援、不安や希望の傾聴など、患者さんとの信頼関係を築く上で重要な本質的な説明や対話です。患者さんが安心・納得して治療を受けるためには医師との対話が重要です。メディオスは効率化をしながら今まで以上に対話を豊かにする、医師・患者にとっても優しいプロダクトです」(川端さん)
具体的な使い方としては、医師がメディオスに用意された説明動画の中から、患者ごとに適切な内容の動画を組み合わせることで、初めて動画が完成します。例えばがんの説明であれば、検査や入院、病気概要、治療法などの説明動画を組み合わせ、患者に合わせてオリジナルの動画プレイリストを発行できるわけです。
患者は動画をスマートフォンやタブレット、パソコンなど好きなデバイスで、好きな時間、好きな場所から繰り返し視聴できます。「今まで病院内の一度きりだった医師の説明を自宅などでも再現することができ、診察室を拡張することができます」(川端さん)。
動画はすべてアニメーションを利用し、わかりやすさを重視。難しい専門用語にはナレーションやテキストで補足しています。例えば、手術方法については「どの部分を切って、どこにつなげるか」といった流れが、アニメーションで視覚的にわかりやすく説明されます。すべての動画は各分野を代表する専門医が監修しているため、患者・現場の医師が安心して利用できるのも特徴です。
患者は動画を見終えたら、内容の理解度を5段階で評価し、わからないことや医師に聞きたいことなどを登録します。「医師の前では緊張してしまう人もいるので、事前に質問を登録できるのは患者にとって安心感につながる」と川端さんは言います。また、医師にとってもどの部分がわからなかったのか、何が気になっているのを事前に把握できるので、患者への説明の際により効率的で漏れなく話ができるそう。言わば、説明をサポートするバーチャルな医師と、質問を事前に抽出するバーチャル秘書を抱えられるサービスです。
「今までの患者さんと医師とのタッチポイントは病院の中、対面でお会いするか電話しかありませんでした」と川端さん。「僕たちはデジタルで新しい患者さんと医師との架け橋を作ることで、より全体最適を図り、医療現場を効率化しながら、患者さんのエンゲージメントを高められるプロダクトにしていきたいと思っています」。
目指すは「医療のオペレーティングシステム」
メディオスは2021年1月にベータ版をリリースしました。現在は大学病院や市中病院など200床から700床の病院で導入が進んでいます。導入先の事例では、患者の理解度が5点中4.6点と高得点であり、1人あたり1時間かかっていた説明の時間が40分に、約33%短縮できたと言います。利用している医師からは「患者さんとの対話やコミュニケーションに割く時間が増えた」と評価する声が多いそうです。
コントレアは2021年11月、Coral Capital、千葉道場ファンド、個人投資家を引受先として総額1.4億円の資金調達を行いました。今後の展開としては動画コンテンツを拡充するとともに、医療者と患者を繋ぐプラットフォームになれるよう、説明記録やチャット、予約、文書管理などの機能開発を進めたいと川端さんは話します。
プロダクトの英語表記「MediOS」には、「医療のオペレーティングシステムになるという思いを込めた」と川端さん。「パソコンのOSのような縁の下の力持ちで、止まることなくずっと更新していくことができる、メディカルのためのOSになることを目指しています」。
Contributing Writer @ Coral Capital