今年も残すところあとわずか。そこで今回の記事は2021年にスタートアップ業界で起こった出来事をピックアップし、Coral Capitalの澤山陽平(写真左)と西村賢(写真右)がVCの視点で解説します。
1:Clubhouseが爆発的流行→急速にブーム沈静化
1月末に爆発的に流行ったのが音声SNSの「Clubhouse」。ユーザーが自由に「ルーム」を作り、そこで複数人が音声で会話するアプリです。当時は既存ユーザーからの招待がなければ利用できず、Clubhouseの招待枠がメルカリで売買されるほどの人気でしたが、一時に比べるとブームは沈静化したように見えます。
西村:スタートアップ界隈でも瞬間的に流行りましたよね。普通では会えない人の話が聞けたり、久しぶりの人と話せたり、初めて知り合って仲良くなったりするのが楽しかったです。アンテナ感度の高い人やテクノロジー系の業界人も集まっていて、スタートアップ向けのリアルイベントのような熱量の高さでした。
ブームが沈静化したのは時間の投資対効果が低いというか、「もっと仕事しなきゃ」ってみんな気づいたからかもしれません。そうなるとネットワーク効果の逆で、あっという間にすたれてしまった。Clubhouseへの期待を込めた記事を書いたんですけど……。
ただ、音声コミュニティとして、何らかのPMF(プロダクトマーケットフィット)を見つけて成長する可能性もあると思いますし、ときどき覗くと小さなコミュニティーは無数に生まれてるようですね。
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2:日本でも100億円以上のメガラウンドが増加
昨年に引き続きスタートアップの大型資金調達が目立ち、1度の調達額が100億円を超える「メガラウンド」が続出しました。
フォースタートアップスの調査によれば、国内の資金調達最高額は人工タンパク質素材を開発するSpiberで394億円。そのほかにも、SmartNews(251億円)やhey(162億円)、SmartHR(156億円)など、今年だけで8社が100億円以上を調達しました。
澤山:メガラウンドが増えた要因としては、海外のマネーが日本に流入するようになったことと、大企業やメガベンチャーなどの優秀な人材がスタートアップに入るようになったからですよね。世界ではユニコーンが激増していますが、その流れにようやく日本も追随しはじめたということだと思います。
西村:世界のスタートアップの資金調達額を見ると、まだ日本は置いていかれてるぐらいですよね。海外マネーが流入している理由としては、日本にもユニコーンがあることが知られてきたこと、米国と中国のバリュエーションが高騰したことから日本のスタートアップが「お買い得」に見えていること、などさまざまな理由があります。
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3:海外投資家比率の高いIPOが増える。一方で国内投資家への揺り戻しも
海外機関投資家による引受比率が高いIPOが多かったのも今年の特徴でした。4月に上場したビジョナルは、海外投資家比率が86.6%と高いことが話題になりました。
これらの海外投資家は「ロングオンリー」と呼ばれる機関投資家が中心です。その一方で、海外のロングオンリー投資家が株を長期保有することで、株の流動性が低くなってしまう問題も指摘されています。
社名 | 募集総額(億円) | 海外比率 | 上場日 |
ビジョナル | 682 | 86.6% | 2021年4月 |
プレイド | 241 | 77.4% | 2020年12月 |
セーフィー | 252 | 63.6% | 2021年9月 |
ココナラ | 167 | 60.4% | 2021年3月 |
フリー | 371 | 58.9% | 2019年12月 |
ウェルスナビ | 197 | 58.5% | 2020年12月 |
ヤプリ | 176 | 53.3% | 2020年12月 |
Kaizen Platform | 66 | 48.5% | 2020年12月 |
ラクスル | 189 | 40.3% | 2018年5月 |
Sansan | 389 | 40.1% | 2019年6月 |
メドレー | 206 | 32.7% | 2019年12月 |
メルカリ | 1,307 | 31.1% | 2018年6月 |
Photosynth | 109 | 30.7% | 2021年11月 |
スタートアップ企業の上場時の海外機関投資家の引受比率(INDBをもとにCoral Capital作成)
澤山:シリーズC以降の大型調達で海外機関投資家のプレゼンスが増しているのは、その規模のエクイティー出資による資金の出し手が日本に少ないことが背景にありました。特にSaaSのような新しいビジネスモデルを正当に評価してもらうには、海外に調達に行くしかなかったという時期もありました。
海外投資家比率が増えた要因のひとつには、海外の投資家と英語で交渉できる人材が増えたことが挙げられます。CFOのポジションに外資系投資銀行出身者や上場企業でIRを担当していたような人材が就任し、上場時に海外投資家を迎え入れたスタートアップは、その後も高い時価総額をキープし続けています。
その一方で、海外のロングオンリー投資家にあまりに寄せ過ぎると、上場後に株の流動性が低くなることを問題視する声も出てきました。トレンドの変化で海外の投資家が日本から投資を引き上げるタイミングで一気に株が売られ、株価が大幅に下がるケースもありました。こうしたことから「とにかく海外ロングオンリーに売ればOK」みたいな時代から、国内投資家を含めた株主の多様性を重視するような揺り戻しが起こっているようにも感じます。
4:日本でもSPAC解禁を検討
米国の資本市場ではIPOに代わる上場手段として、「SPAC」(特別買収目的会社)を使うスタートアップ企業が急速に増えています。
先に受け皿となる「企業買収を目的とする企業(SPAC)」を上場させて資金を集めておき、2、3年以内にターゲット企業を選定。その企業を買収する形で、事実上IPOを回避して上場企業とする方法です。6月には、日本政府がSPAC解禁に向けて検討を始めたことが報じられました。
西村:米国では2020年からSPACが急激に増えましたよね。短期間で上場できるメリットがある反面、SPACを通して上場したスタートアップの株価が急落し、投資家が損失を被るケースが問題視されています。
澤山:日本のスタートアップの合併を目的とするSPACも登場しましたね。2月には「Evoアクイジション」が、8月には個人投資家の千葉功太郎さんが社外取締役を務める「ポノ・キャピタル」がナスダック市場に上場しました。
米国では一時、「何でもかんでもSPACで上場だ!」というほどの過熱ぶりでしたが、今は少し落ち着いてきました。長期の見通しを語れるメリットが大きいディープテック系との相性がいいんじゃないかといったように、選別が始まったフェイズに見えます。日本でSPACが導入された場合、米国と同じような混乱が1〜2年遅れでやってきそうです。
5:海外テックによる日本スタートアップの大型買収
PayPalが9月、後払い決済の「Paidy」を約3,000億円で買収すると発表。日本のスタートアップ界隈の今までの基準からすると、桁違いに大きなイグジットでした。7月には、Googleが決済サービスの「pring」を買収することが明らかに。買収金額は200億円程度と見られています。
これまでの国内スタートアップのM&Aとしては、KDDIがソラコムを買収した200億円(推定額)が最大級でした。
西村:⽶国ではスタートアップのイグジットの9割がM&Aなんですが、日本のイグジットはIPOに偏っているのが現状です。米国では比較的大型のM&Aが多く、そのことでVC投資が活発化した面もあります。
一方、M&Aの金額が小さかった日本では、M&AよりもIPOを優先する傾向がありました。今回のような大型買収が相次げば、日本でもM&Aによるイグジットが増えて、エコシステムがさらに活性化しそうです。
6:規制産業でスタートアップが躍進
街で「Luup」の電動キックボードを目にする機会が増えました。同社は政府の特例措置を受けて4月、都内の一部エリアでヘルメットを付けずに運転できる実証実験を開始。その後、横浜や京都でもサービスを開始しています。
西村:今回の実証実験では電動キックボードを原付ではなく、「特殊小型自動車」として扱うことで、ヘルメットの着用が任意となりました。実証実験を始めるにあたっては、安全面や法的な問題点をクリアにするために、自治体や警察と協議を重ねていました。
こうした一連の動きは、スタートアップが国や自治体の規制産業を変えた出来事として印象に残っています。2013年にUberが日本に進出した際は、政府や業界団体との調整をほとんどしなかったことで、大きな反発を受けたのとは対照的です。
澤山:ITの範囲内だけでスタートアップがイノベーションを起こすのが難しくなってきたとも言えますよね。世の中を変えるには、今まで以上に実社会や規制と関わるところまで踏み出していかなければならなくなった、というか。
西村:一昔前であれば、電動キックボードのようなサービスはヤマハ発動機のようなオートバイメーカーが始めていますよね。でも、Luupのようなソフトウェアをコアにしているスタートアップが開始したのも象徴的ですね。
澤山:米国の著名VCのマーク・アンドリーセンは2011年に「Software is eating the world」(ソフトウェアが世界を飲み込みつつある)という論考を発表しましたが、そのトレンドがついに日本にも来たか、と感じます。
7:ソフトバンク・ビジョン・ファンドが国内投資を開始
10月にはソフトバンクグループ傘下の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」(SVF)が国内投資をスタートしたことが話題になりました。投資先にはスニーカーのフリマアプリ「スニーカーダンク」を運営するSodaなどがあります。
澤山:日本は100億円以上のメガラウンドに参加するプレーヤーが限られていましたが、ソフトバンクの名前を冠した日本発のファンドが参入するのはワクワクしますよね。
西村:かつてソフトバンクは1件あたりの投資サイズが小さいからという理由で国内に投資してきませんでした。SVFが日本での活動を開始したのは、投資に値する規模にまで成長するスタートアップが日本にも出てきて、これからさらに増える見通しがあるからなんだと思います。
8:有力スタートアップの待遇が上場企業並みに
日本経済新聞社が12月に公表した「NEXTユニコーン調査」によれば、2020年度のスタートアップの平均年収は601万円で、上場企業の平均とほぼ同等。2021年度は630万円と5%増える見通しだそうです。
澤山:このニュースはスタートアップ界隈のSNSで話題になりましたね。Twitterでは、上場企業の平均年齢はスタートアップよりも10歳近く高いにもかかわらず、年収がほぼ同等であることを指摘する声も見られました。さらにいえば、記事で書かれているスタートアップの平均年収にはストック・オプション(SO)は含まれていないですよね。
西村:VCのポジショントークのように聞こえるかもしれませんが、世の中のお金がスタートアップに流れるようになってきたから、とも言えますよね。投資を受けたスタートアップが結果を出し、投資家へのリターンが出て、そのお金がまたスタートアップに流れるサイクルが回り始めたというか。
澤山:スタートアップに優秀な人材が入るようになったことも、給料が上がった要因のひとつですよね。より多くのVCマネーが流れるようになったことで、未上場でありながらも高い評価額のスタートアップが増えてきました。その結果、未上場でも数十億円を調達し、大企業やメガベンチャーと同じような水準の給与を出せるようになったのだと思います。
高い給与を払えなかったスタートアップはこれまで、給与の代わりにSOを提示することがありました。それが今では優秀な人材を獲得するために、大企業と同じ水準の給与で、さらにSOを提示するスタートアップも出てきています。優秀な人材が給与面を気にせずにスタートアップに移籍できる流れが来ていますよね。
9:SmartHR社長交代
12月にはSmartHRのCEOの宮田昇始さんが退任を発表し、2022年1月1日付けで現CTOの芹澤雅人さんがCEOに就任することが明らかになりました。
関連記事:SmartHR創業CEO宮田さんと新CEOになる芹澤CTOにバトンタッチの舞台裏を聞いた
西村:CTOである芹澤さんが新たにCEOに就任するというのは、プロダクトをリードしてきた人が会社を引っ張るということ。ソフトウェアイノベーションの本場、シリコンバレーっぽさも出てきて、今後のSmartHRがさらに楽しみですね。
澤山:宮田さんは起業から半年でプロダクト開発に関わるほぼすべてを権限移譲し、COOの倉橋(隆文)さんが入社して少ししたタイミングで事業のほぼすべてを手放したと言っています。SmartHRローンチから6年で社長の役割まで芹澤さんに任せるわけですが、うまく権限移譲できているからこそ、SmartHRはここまで大きく成長できたと思っています。また、新規事業に集中するという宮田さんの今後も楽しみで仕方ないですね。
(語り:澤山陽平、西村賢/構成:増田覚)