本記事は豊田菜保子さんによる寄稿です。豊田さんは、楽天をはじめ、国内外の企業で人材育成やダイバーシティ推進を専門としてきました。現在は、スタートアップや起業家人材の支援プログラムを主に自治体と協力して企画・運営する傍ら、スタートアップやテック企業向けに「人」「チーム」「コミュニケーション」に注目した研修やアドバイザリーを提供しています。
本記事は「メンバーのモチベーション低下に向き合う(前編):不満や反対意見は、強い組織を作る機会になる」の続編です。
前編記事では、スタートアップにおいてモチベーションが低下している社員との向き合い方について、Why(なぜやるのか)を中心にお話ししました。今回、後編記事では、How(どんなふうに)とWhat(何をするのか)がよく分からない方のために、社員と向き合う際に効果的なフォーマットを1つご紹介します。
このフォーマットは、私が企業人事として働き始めた頃に、社内の対立を2日間のワークショップで魔法のように解消してしまった外部コンサルタントの方にお勧めされた『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法』という本の内容をもとにしています。NVC自体はエビデンスベースというより、心理学者で紛争の調停役としても活躍した著者の知見に基づいた方法論のようですが、私は個人的にこれまで色々な国で日本語を含めた多言語環境で働く中で、不満や対立を仲裁する際の基本の考え方として使ってきました。
もちろん前編でもお伝えしたとおり、「このフォーマットが絶対的な正解」と言うつもりは全くありません。もし「起業して初めてマネジメントする立場になって戸惑っている」「今までのやり方が上手くいっていない」という方がいれば、自分なりの方法論を見つける第一歩として参考になれば幸いです。
(1) 準備をして話し合いに臨む
「向き合う」というのは、相手側と自分側の両方のニーズを満たす方法を一緒に探すことです。どちらか一方でもニーズを妥協すると、お互いの関係性において将来的な負債になってしまいます。あなた自身や会社側のニーズは、事前に考えて、言語化しておきましょう。
例えば、とあるメンバーのモチベーションが下がっているように感じるとします。まだ仕事のパフォーマンスに影響が出ていなければ、話し合いに向けたあなたのニーズとしては「XXさんの状況を理解し、不満があるなら解消したい」「XXさんに長く活躍してもらうために、どんなキャリアを描いているか知りたい」などが考えられます。もしすでに業務上の影響が出ていれば、「XXがいつまでに完了するか確認したい」「XXさんへの質問には24時間以内に回答が欲しい」など、追加でより具体的なニーズがあるかもしれません。
言語化のポイントは、2つあります。
- 主語は相手ではなく、あなた自身や会社にする
- 「XXでありたい」といった状態・性質ではなく「XXしたい」という行動で定義する
前者について、相手を主語にして「あなたにXXしてほしい」と表現してしまうと、すでに解決策は決まっていることになり、相手の返事はYes/Noしかありません。一方、「私/会社はXXしたい」と一人称で伝えると、それを満たすような解決策を柔軟に考えることができます。後者に関しては、例えば「弊社はエンジニア中心主義でありたい」のようにニーズを状態・性質の形で伝えると、それが具体的にどんな行動を意味するのか、人によって解釈がバラついてしまいます。解決策の焦点がズレたりぼやけたりする可能性があるため、避けた方がベターです。
その他の準備として、あなた自身が睡眠不足やストレスで精神的に良くない状態である場合は、メンタルケアをしてから臨むか、誰か他に適切な人がいれば代理を頼むのも1つの手です。話し合う相手に対しても、疲れている様子であれば1日ゆっくり休んでもらった翌日に打ち合わせを設定するなど、メンタルヘルスに配慮した方が生産的に話し合える可能性が高まります。
特にセンシティブな内容を話し合うことが予想される場合は、中立性やエビデンスを確保するための対応を取っておくと安心です。相手の不満の原因があなた自身にあると感じる場合や、本人同士が感情的になってしまいそうなときには、中立的な第三者に同席してもらい、議論内容に関するメモの作成や、いざという時の仲裁を依頼しておくことができます。また訴訟などに発展する可能性がある場合は、会話の録音を検討しましょう。
(2) 行動観察→仮説→オープン質問で会話を始める
ミーティングが始まったら、まずは期待値として、お互いの求めていること(ニーズ)を理解しあって、一緒に着地点を見つけたい旨を伝えます。そして、あなたが実際に目にした相手の行動(例:定例会議で以前は積極的に意見を出していたが、最近はほとんど黙っている)と、それを見てあなたが立てた仮説(例:仕事に対するモチベーションを失っているのでは?)を共有するところから会話をスタートしましょう。あなたの仮説はあくまで推測なので、観察した行動から切り離して話すことが大切です。
このとき心理的安全性を高めるために、相手を無知/無能/ネガティブ/邪魔と思っているように受け取られかねない表現は避け、「どう思う?」などオープンエンドな質問で始めることをお勧めします。そして、お互いの話す量のバランスが取れるように、なるべく早く相手に会話のバトンを渡します。相手に主導権を譲ることで、核心の部分に近い話題から始めることができるので、結果的に効率的な話し合いができます。
(3) 相手のニーズに注目して話を聞く
次にあなた自身のニーズを明確にしたのと同じ要領で、相手のニーズを全て言語化して合意します。例えば相手から「会社はもっとXXするべきだ」というような発言があったとします。主語を一人称(そのメンバー自身)に変えるために、会社がそうなっていない事実が相手の仕事や感情にどう影響しているのか聞いた上で、「XXさんは〇〇したい、ということかな?」と言葉にして確認します。相手が合意するまで、話を聞く→確認を繰り返します。
このプロセスで相手が語る話の中には、行動観察(実際に目にした誰かの具体的な行動)と仮説(その人が立てた推測)が入り混じっています。あなたの認識と違う情報が語られたときには、「いつそれが起こったの?」「実際にそう言われたってこと?」など、簡単な質問で行動観察か仮説か判断します。仮説であれば、多少自分の認識と違っても「なるほど……、そう思ったんですね」など事実を肯定しないで共感だけ示し、話の焦点を相手のニーズ理解に戻します。
社員との話し合いに取れる時間は1〜2時間が限界でしょうから、仮説(相手の認識)まで正そうとすると時間切れになってしまいます。不満が解消されて信頼が回復すれば、同じ行動を目にしてもポジティブな仮説につながるようになるケースが多いため、どうしても釈明が必要な点でなければある程度は流す勇気を持ちましょう。相手のニーズを言語化して合意できたら、正直に話してくれたことに感謝の気持ちを伝えると心理的安全性をさらに高められます。
(4) 自分/会社のニーズを伝えて解決策を見つける
今度はあなたや会社側のニーズを伝えて、相手に理解してもらう番です。このときに大切なのは、あなたが話していることよりも、相手に聞こえていることに注目することです。というのも、あなたが一人称の主語で「私/会社はXXしたい」とニーズを伝えたつもりでも、相手は頭の中で主語を相手自身に置き換えて聞いていることがほとんどです。すると、何かを要求されているプレッシャーを感じたり、責められていると感じて防御反応を示したりします。
例えば、エンジニアのメンバーと話し合っていて「会社として、この機能は3月までにリリースしたい」と伝えたとします。ところが相手には、「あなたがもっと長時間働いて、締め切りに間に合わせてください」という要求に聞こえたり、「あなたの努力が足りないせいで進捗が遅れてますよ」と責められているような感覚を与えることがあります。
こうした誤解を防ぐため、一度相手に自分の言葉でニーズを伝えたら、「うまく伝えられていないかもしれないけど、XXさんなりに今の話をどう理解したか繰り返してもらってもいい?」など、相手がどう理解したかを確認します。もしズレがあれば、「ありがとう。XXさんのことを責めているわけではないので、解決策は後から一緒に考えたいです。今は会社として必要なことを率直に共有したくて、その必要なことというのが……」といったふうに、あなたのニーズが文字通りの形で相手の耳に届くまで、一人称で粘り強く伝えましょう。
こうしてお互いが抱えていた満たされていないニーズを、「私はXXしたい」という一人称で相手を責めることなく表現して共有できれば、あとは課題解決モードに切り替えて解決策を出し合い、最終的な着地点を見つけます。この過程に関しては、1対1の個別ミーティングの場合も、グループ間でのワークショップにしても、あまり難航するケースは見かけません。ここまでくれば、解決策は少し頭を柔らかくして考えれば自明なことがほとんどだからです。
(5) 即答しないという選択肢を持つ
ニーズが言語化されると解決策は自明なことが多いとはいえ、昇給・昇進・異動など、組織的な影響を慎重に検討すべきニーズに対しては、その場で決定を下すのは避けることをお勧めします。シリコンバレーの元起業家で著名な投資家であるBen Horowitzは、“How to Manage(マネジメントの方法)”という講演で下記のように述べています。
“重要な決断をするときは、それがあらゆる視点からどう解釈されるかを理解する必要があります。自分の視点だけでなく、話している相手だけでなく、その部屋にいない人たち、他のすべての人の視点も。つまり、重要な決断をするときには、会社全体を通してその決断を見ることができなければならないのです。”
時間をかけて考えたり他のメンバーに相談したりする必要がある場合は、いつまでに返事をするか約束して、結論は後日に持ち越しましょう。フォローアップの形式について、また対面で話し合うのか、結果だけメールで連絡するのかなど、具体的に決めておくと「あれだけ率直に話したのにメールひとつで片付けられた」といった期待値のズレによる不満の再燃・悪化を防ぐことができます。
世界を変えるために日々のコミュニケーションを大切に
スタートアップは、大きなビジョンに向かって、独自の切り口から世界を変えたい人たちが集まる組織です。多くのスタートアップ起業家はマネージャーになりたかったわけではありませんし、そこで働くメンバーにしても会社への不満や愚痴を言うような存在になりたかったのではありません。しかし現実問題として、人を雇えば起業家もマネージャーですし、ビジョンだけで人間のモチベーションを維持することはできません。どれだけ瑣末に見えても、世界を変えるためには日々のコミュニケーションによる調整が不可欠です。
この記事で扱った内容は、あらゆる組織や人間関係に応用できるスキルですが、特にスタートアップの方にお伝えしたいのには理由があります。大企業であれば1人の社員が不満を抱えても全体に及ぼす影響は微々たるものですが、1人1部署も珍しくないスタートアップの場合はそうはいきません。本来なら日本や世界を変えるはずだったスタートアップが、人や組織の問題で大気圏を抜ける前に墜落したり、スタートアップで活躍するはずだった人材が、コミュニケーションの機能不全で辞めてしまうのは、社会的な損失であり残念なことです。
上述の会話の流れを試してみると、最初はぎこちない感じがするかもしれませんが、何度か挑戦すれば着実に慣れていきます。またこのやり方に限らず、経験豊富な先輩起業家が周りにいれば、何かの本や資料を参考にしたり試行錯誤を重ねたりして、その人なりのスタイルやコツを確立しているはずです。起業家同士の学び合いの一環として、社内でのコミュニケーションに関するノウハウを質問してみると発見があるかもしれません。
この記事を読んでいて、もし誰かの顔が思い浮かんだとしたら、これを機にその人と向き合う時間を取ってみてはいかがでしょうか?
Contributing Writer @ Coral Capital