「日本で最近IPOしたSaaS企業の約半数は代理店販売をしていますし、国内でZoomの販売額の約70%は代理店経由です。直販が主体と思われがちなSaaSですが、そんなことはありません。特に純粋なSaaS企業ほど代理店販売をうまく使えていないので、実は伸びしろが大きいのです」
こう話すのは代理店販売のあり方をDXするスタートアップ、パートナーサクセスでCOOを務める秋國史裕さんです。組織として系統立てて販売代理店経由で自社製品を販売していくこと、いわゆる「パートナービジネス」に関して、現状では奇妙なねじれ現象のようなことが起きていると指摘しています。ねじれというのは、SaaS企業の多くが代理店販売をうまく使えていない状況です。
外資IT系企業には「パートナーサクセス本部」も
SaaS以前の「IT企業」ではパートナービジネスは商習慣として広く認知されていて、ソフトウェアでもハードウェアでも、当たり前の存在でした。例えば、SB C&S、ダイワボウ情報システム、ネットワールド、シネックスジャパンといった大手は「ITディストリビューター」と呼ばれ、全国各地の販売店とともに、日本のITビジネスエコシステムを支えてきたプレイヤーです。一方で、最近のSaaSスタートアップなどテック系創業者は、こうした「IT業界」と無縁だった人が少なくありません。ITとは異なる業界を、その内側からDXするミッションを掲げて起業しているケースです。
「新興のSaaSスタートアップは販売代理店の重要性をあまり認識されていないケースが多くあります。しかし、国内で営業活動をしている外資IT系企業、例えば、GoogleやMicrosoft、AWSなどは、どこもパートナービジネスに組織的に取り組んでいて、組織ではパートナーサクセス本部、役職ではパートナーサクセスマネージャーもあるくらいです」(パートナーサクセスの秋國史裕COO)
冒頭に挙げたZoomに似た例として、今年春に日本法人が立ち上がったMiro Japanのような組織には、MicrosoftやDropboxといった外資IT日本法人で販売実績を挙げたビジネスパーソンがいて、すでに野村総合研究所、日立ソリューションズ、CTCエスピー、Tooの4社が販売代理店として稼働しています。
SaaSの世界ではプロダクトの作り方や事業立ち上げ関連のプラクティスがシリコンバレーから輸入されてきた面が強いこともあって、日本の商習慣に関して案外すっぽり抜けているケースがあるのかもしれません。
「自社直販にはMAやSFAといったツールがあり、The Model(ザ・モデル)といった方法論も浸透してきています。でも、パートナービジネスには特定の型やノウハウがありません」(秋國さん)
The Modelで輸入された組織編成を含む営業プロセスの合理化はSaaSビジネスでは常識となりつつあります。一方で、その方法論を使ってSalesforceなどで社内システムを構築すると、その流れにはまらない代理店販売のパートナーの管理だけが属人的だったり、Excel依存になりがちだといいます。
ここの溝を埋めるべく、パートナーサクセスでは代理店販売のベストプラクティスについて全227ページ全8部の資料を無償公開するなど啓蒙・コンサルティング活動を行うと同時に、ベンダーと販売パートナーをつなぐPRM(パートナー連携クラウド)「PartnerSucces」の企画・開発を行なっています。
本来SMB市場で売れる可能性のあるSaaSのプロダクトでも、地方の潜在顧客に届いていないことが多く、そうしたところは代理店販売ネットワークを構築することで開拓できる可能性があります。提案力やサポート体制が整っている代理店は、すでに別製品で顧客となっている企業に対して、新たに登場したSaaSを顧客に提案することができるからです。逆に、従来からIT製品を販売してきた代理店の方々からは、「SaaSベンダーの人たちとの付き合いが分からない」という嘆きも聞こえてくる、と秋國さんは言います。IT業界では一般的な「ベンダー」という呼び方も、もしかしたらスタートアップ・SaaS界隈の方々にはあまり馴染みがないかもしれません。
SaaS企業でも成長株は代理店販売の比率が高い
特に新興のSaaSベンダーと販売代理店の間には埋めるべき溝がある一方で、すでに成長株として大きな売上を作ってるSaaSスタートアップの多くでは、代理店販売を取り入れているのも事実です。
例えば「監視カメラ+SaaS」のビジネスで2021年9月に上場したセーフィーは、「決算説明資料のいたるところに代理店のことが書かれていますし、資金調達についても販売代理店から行っていました」(秋國さん)と言います。直近2021年12月期の決算説明資料によれば、売上の6割をパートナー経由の販売が占めていることがわかります。パートナー営業本部の人員数もセールス&マーケティング本部の99人に対して19人となって、かなり大きくなっています。2019年に上場したカオナビも「販売パートナー」「紹介パートナー」の2種類で、代理店販売を推進。最近、パートナーセールスチームという組織名をパートナーサクセスチームに変えたと言います。
士業を営む方や、代理店による紹介で新規顧客獲得に至った場合に紹介フィーをベンダーから支払う紹介パートナー制については、マネーフォワードやSmartHRなども取り組んでいます。また、PayPayが典型ですが、出前館やWoltといったフードデリバリーなど加盟店開拓が必要なビジネスでは、代理店とパートナー契約をして面を押さえていくのも一般的です。
「ゴーストパートナー」を増やさないために
では、SaaS企業はどのように販売代理店ネットワークを構築していくのが良いでしょうか? まずタイミングに関して秋國さんは、インバウンドで大手代理店から問い合わせが来る頃に始めるのが良いと言います。
「直販だとアーリーアダプターの顧客しか取れません。保守的な層への営業は代理店を活用するわけですが、この代理店販売の体制を作るには2、3年かかります。将来に向けた投資という意味では、大手どころからオファーが来るところで代理店販売の取り組みを本格化すると良いと思います。逆に、まだ認知が広がっていない段階でアウトバウンドで代理店開拓するのは大変です。売上が上がって認知が取れてくると、インバウンドでリコー・ジャパンやキヤノンといった大手代理店から問い合わせが来るようになります。Coral Capitalの出資先だとカミナシさんが、そういうフェーズです」(秋國さん)
SaaSビジネスにおいて、かつて属人的だったセールスは、プロセスの分解と専門化、各プロセスにおけるKPIの改善という合理的なモデルに取って代わりました。受注後も継続して顧客満足度や提供価値を上げることでNRRを高めて行くようになり、その要となる組織の呼び方も「カスタマーサポート」から「カスタマーサクセス」になりました。
それと同様に、代理店販売についても属人的な今のあり方から、KPI管理によるシステマティックなアプローチによる合理化を進めるタイミングが訪れているのかもしれません。契約している代理店の数だけが増えて、実際には販売に前向きでない「ゴーストパートナー」を増やしても、誰の得にもなりません。パートナーとなる各代理店のビジネスとしての成功を一緒に作っていくサイクルを回すことが大切だと秋國さんは言います。その意味でも、カスタマーサクセス同様に、SaaSビジネスでも今後は「パートナーサクセス」がキーワードになってくるのでしょう。
具体的なパートナーサクセス体制構築の要点については別記事でご紹介します。
※パートナーサクセスはCoral Capitalの投資先企業です。
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