日本人としてシリコンバレーで起業してM&Aによりイグジット―。グローバルで勝負をしてみたい日本人起業家であれば、1つの大きな目標となるようなことでも、「シリコンバレーで起業したのは、ここの天気が良かったからですよ(笑)」と明るく笑う――。
そんな冗談なのか本気なのか分からないノリで、テック系起業家としての半生を振り返ってCoral Insightsのインタビューに応えてくれたのは、米Drivemode共同創業者の古賀洋吉氏です。
古賀さんの経歴には不思議なほど振れ幅があります。
学歴で言えば、高校時代に偏差値30台だったところから明治大学に進学。後に明治大学卒業生初のハーバードMBA合格生となっています。職歴ではアクセンチュア勤務を経てMBA取得後、米大手VCのGlobespan Capital Partenersで1,300億円を運用するファンド・ディレクターを務めて、そこからカーシェアリングスタートアップのZipcar(2013年に老舗レンタカーのAvisグループに約500億円でM&A済み)の海外戦略をリードするなど、2013年にDrivemodeを創業する前に、投資家とスタートアップ経営の両方を経験されています。
そのDrivemodeは2019年にホンダに買収されています。創業70年のホンダにとって、初の買収案件でした。古賀さんは現在、ホンダにおいてデジタル化推進をミッションとして日々、活躍されています。
そんな古賀さんだからこそ見えている日米のスタートアップ・起業の話、投資家と起業家の違い、シリコンバレー文化のスタートアップ、そしてモビリティーの未来についての考えなどをお聞きしました。インタビューは3回に分けてお届けします(聞き手・Coral Capitalパートナー兼編集長 西村賢)
本記事は古賀氏へのインタビュー記事のうちの1本目です。
- シリコンバレー起業でイグジット、米Drivemode創業者の古賀氏に聞く(1)※本記事
- ホンダをシリコンバレーのスタートアップ化していく、米Drivemode創業者の古賀氏に聞く(2)
- 海外での起業はできない理由を潰すこと、米Drivemode創業者の古賀氏に聞く(3)
いじめられた経験が「信念を曲げない」という価値観に
――起業家としての古賀さんの人となりを知りたくて、少しさかのぼってお聞きします。子どもの頃から社長になりたかったタイプですか?
古賀:いえ、起業家になりたいとか、社長になりたいと考えたことはなかったですね。勉強もスポーツも普通だし、どちらかというとおとなしくて、結構いじめられやすいタイプでした。いじめられた経験が起業家の基礎になっている部分も実はあるかなと思います。
――えっ、身体は大きくなかったんですか? 今はめっちゃデカいし、てっきり子どものときからスマートで勉強もできたタイプかと思いました。
古賀:今は180cm、73kgなので日本人としては大きいですね。でも子どものときは、すごく小さかったんです。中学校に入る前までは、めちゃめちゃチビだったんです。おっとりしていたこともあって、結構いじめられやすかったんですね。それほどひどかったわけではないと思うんですけど、つらかったのはつらかったんですよね。
ただ、小さいときから、いじめっ子に対して「この子はいじめることでしか人間関係の構築方法を知らないんだな」と思っていました。いじめってグループで加担してくる子たちもいるじゃないですか。でも、いじめに加担しないという決断を子どものときにするには信念が必要ですよね。子どもにそういう信念を求めるのも酷だよね、とか、そういうことに怒っても仕方がないんだっていうことを小学校のときから思っていたんです。人の弱さを責めても仕方がないから許さなきゃいけないんだって。
――小学生で、その達観はすごい。
古賀:一方で、それだといろいろ矛盾するので、人の弱さを許さなきゃという気持ちと、自分が強くなって自分をいじめる人をも守るのが僕の復讐なんだという考え方を持つようになったんです。
――どういうことですか?
古賀:周囲に流されて人と一緒に誰かをいじめたりしないように、他人に何と言われても自分の信念は曲げないぞ、と。本来やるべきことではないことを絶対にしないぞ、と。そういう強い価値観が生まれたんですね。
自分が信念を貫くためには強くなり続けるしかない。だから、強くなることに集中して単細胞で生きていくと決めることで、たぶん自分の中の矛盾を解決していたんだと、振り返ってみて思うんです。多くの人が他人をいじめるのは仕方ないけど、仕方ないから僕がやっていいわけではない、と考えるようになったんです。
中学、高校と上がって身体も大きくなって強くなったら、自分をいじめていた子が逆にいじめられたときに、あえて僕は守ってあげました。「強さとは力を他の人のために使うことだ」と見せることで復讐し、そうやって自分なりの価値観を貫いてきた感じがありますね。そういう意味では社長になりたかったということではなく、自分が信じていることのために、自分が強くなることが僕には最も大事なんだと思っていました。
自分の意見や価値観に異常にこだわりを持つ。自分の信念のために強くなるんだと考えるようになったのは結構若いときなんですよね。
――それは起業家っぽい考えですよね。
古賀:起業というと成功する確率がそもそも低いので、合理的に考えたらやめたほうがいい理由ばかりなんですね。周囲の「やめたほうがいい」という合理的な意見を無視して、自分の信念のために突っ走る。単細胞な考え方が若いときに根本にインストールされた感じはありましたね。
冒険に出て強くなれという「ドラクエ人生論」
――なるほど。それは、かつて古賀さんが書いた有名なブログエントリ、ドラクエ人生論にもつながっていますね。レベル1の町を出て強くなれ、冒険して、そして戦えと。
- 古賀洋吉のドラクエ人生論(抜粋)
・レベル1のときから住んでいる町から出ないで良いのか?
・その町から出られないのは、ふつうは仕事や家族の問題ではなく、自分のレベルが低いからだ。
・快適な生活を送ってるのは、スライムばっかり倒してるからだろ。
・悪い魔物を倒して町を救ったら、ヒーローになってちやほやされるかもしれない。しかし、その町を去れ。
・レベル20になったら転職するだろ。レベル1に落ちるのが怖くて魔法戦士になれるか。
・もし強い敵にやられても、教会からやり直すだけだ。お金はなくなるが、経験は残っている。
・悪い奴がやってきて、悪に支配された世の中を作った。でも、環境が悪いから何だ?戦いながら、こつこつレベルを上げて強くなる以外に、何ができると言うのか。
・子供の頃のワクワク感を忘れないで。強くなろう。旅に出よう。冒険しよう。戦って、負けて、やり直して、また戦おう。
古賀:そうそう、ドラクエの話。強くなって難しいことに挑戦するというのも、やっぱり自分が信念を持っているから戦えるのですよね。だから、強くならなきゃいけない。最終的に魔王を倒して人の役に立つと決めたんだったら、敵が魔王でも戦える。いじめられている友だちをかばうとか、そういうことは、すごく難しいことじゃないですか。
――確かに。
古賀:それが自分の倫理観だったら、たとえ自分が巻き込まれていじめられるとしても友だちをかばう。一方で、周りの子たちが、そうできないのは許す。
――自分の倫理や正義を人には強要しない、と。
身長は伸び、学歴も最高峰のハーバードに
――子どもだと身体の大きさは大事ですよね。中学に入ってから身長で周囲を一気にぶち抜いたんですね。
古賀:伸びましたね。
――その後は学歴でも、ぶち抜いた感じですよね(笑)
古賀:大学受験のときはほんとに面白くなくてね。大学のために勉強しなきゃいけないんだ、という気にあまりならなかったんですよね。「これは普通やらなきゃいけません」という話だけだと僕は全く動かないんですよね。
――ますます起業家っぽい(笑)
古賀:ほんとは東大とかに入ればいいでしょうという話だったのでしょうけど、全然やる気にならなくて、ずっとバスケをしていました。高校はそんな感じだったので偏差値は30台。模試を受けても入れる大学はありません、という感じでした。ほんとに何にも勉強してなかったんです(笑)。それでも明治大学に入れてラッキーでしたけどね。
――でも、その後はハーバード大学のMBAに……。明治大学卒業生から初のハーバードMBAだったんですよね?
古賀:そのときはやる気がちょっと出たんでしょうね(笑) ただ、学歴の話をするのなら、ちょっと別に思うところがあります。日本だと「学歴がないとダメ」というのがありますよね。学歴がないから何かをさせてもらえないとか、学歴がないから自分はここまでしかできない、というような天井を設定して自分にも呪いをかけちゃっているところがありますよね。
日本の人って、人生のスケールを学歴に合わせがちです。自分はここまでって勝手に思ってしまってリスクを取って挑戦しないというところはあるかなという気がします。でも、ほんとはすごく実力がある人がもっといっぱいいて、そういう人が起業家として花開くことは、たくさんあると思うんですよね。
――それは大前研一さんが言っていました。偏差値教育の弊害で、オレ(わたし)は60ぐらいだから、このくらいと思っちゃうみたいな。でも、それって学校の勉強のことだけなのに。
古賀:そうそう。特に日本の教育って記憶系じゃないですか。あれでやる気を出せないけど、別にバカなわけじゃないというケースもあると思うんですよね。自分が信念を持ったり、やりたいと思ったら、それに関してはできるけど、学校の勉強では、それほどでもなかったという人。
コンピューターサイエンスを学ぶために米国に留学
――その後、コンピューターサイエンスを勉強するためオレゴン大学に留学したのも「やりたいと思った」ということでしょうか。
古賀:ええ、1996年頃に英語の文献を見たり、日経ビジネスとかいろんな雑誌を読んでいると、インターネットは、すごいシステムだな、これからビジネスを変えていくだろうと確信していたんですね。僕は信念派だから、自分がそう考えているなら、必ずそうなると思っているわけですよ。
ただ、僕が通っていた大学では大学のネット環境があまり整っていなかったり、誰も教えてくれる人がいなかったんです。大学にはネットが使えるコンピューターが1台しか置いてなかったですし。
――隔世の感がありますね。
古賀:ほかの大学の理系でも似たような感じで、消去法的に日本では無理だと分かったんです。それで交換留学で行けるオレゴン大学に行ってコンピューターサイエンスを専攻したんです。日本では経済学専攻なのにコンピューターサイエンスで留学したんですね。
ネットエイジマフィアの中に身を置く
――その後、2000年頃にはスタートアップの走りとも言える伝説の企業、ネットエイジ(現ユナイテッド)にインターンとして身を置いていたんですよね? 当時はすごい人がいたんじゃないですか?
古賀:すごい人たちがいましたよ。周りはネットエイジマフィア(※)ばかりで、若いときに日本のインターネットビジネスを担うリーダーたちが一緒に協働しているという感じでした。それが僕の価値観を大きく変えましたね。僕にとっていちばんインパクトがあったのは、有り体に言うと「起業家精神」です。起業家って、みんなちょっと頭がおかしいじゃないですか(笑)
※1998年頃のネットエイジには後にIT/スタートアップ界隈で成功する人材が多く在籍していました。グリー創業者で代表の田中良和氏、ミクシィ創業者で会長の笠原健治氏、SmartNews執行役員の川崎裕一氏、VOYAGE GROUP代表の宇佐美進典氏、East Venturesのキャピタリスト、松山太河氏などです。詳しくは、「ネットエイジマフィアを調べてみたけど凄かった」をご覧ください。
普通のビジネスパーソンは、リスクを目の前にしてすごく慎重になったり、回避したいという感じで怒りとか恐怖を見せるんですけど、起業家ってずっとリスクの中にいるから「何それ、ウケる」みたいな感じで笑い飛ばしているわけですよ。「またこれトラブっちゃった」みたいに、いつもトラブっているから全然それが日常という感じで笑い飛ばしているんですね。
起業家精神って僕は文化だと思うんです。文化というのは、論理的に説明できるものとか本で学べるものじゃなくて、どういうときに泣いたり笑ったりするのかという、感情を動かすシステムの話をしていると思うんですね。それがほかの人と違うときに、そういう文化があるという感じだと思うんですね。
――なるほど。
古賀:そこにいる人と一緒に笑っていたり、怒っていたり、泣いたりしていると、それが僕らにもうつるんですよね。これは努力の問題ではなくて、一緒に感情を共にしているとうつる、ウイルス的なところがあると思うんですね(笑)。ギリギリの戦いを楽しんじゃおうみたいな、変なウイルスに冒されているわけです。それが楽しい、という。
ネットエイジには学生時代のインターンで入っていたので、その時点で僕も変なウイルスに冒された感じはします。コンサバに生きていきたいんだったら、ネットエイジマフィアのような人と、つき合っちゃダメですよというのが若い人へのメッセージです(笑)。起業したくなっちゃうし、リスクを取りたくなっちゃうからね。
起業をするとか、つぶれるかもしれないことを積極的にやってみるということは、それ自体がエンターテインメント性がありますよね。夢もあるし、楽しいし、恐れるようなものじゃない、という感覚が若いときにありました。どんどん周囲の人が成功して大金持ちになっていったりするのが当たり前に見えてくるんですよね。学生の僕からすると、同級生の友だちがどんどん事業を大きくしたり、というのが普通になってくると、逆にそっちの世界が普通と思えるようになってくるんですね。
例えばミクシィ創業者で現会長の笠原くんとは一緒に300円のラーメンを食べに行ったりして、楽しかったですねぇ。まだmixiを始める前でしたけど。どこまでをネットエイジマフィアと呼ぶかというのは結構難しいラインですけど、そのときにいたメンバーとはよく一緒に遊んでいましたね。そんなこともあって、僕が起業するときには別にこちらからお願いしなくても、お金が出てくる感じでした。友だちだからという理由で(笑)
――Drivemodeへの出資?
古賀:ええ、Drivemode創業のとき、僕から何も言わなくても、当時お世話になってい方たちから、「何かやるんだったら、助けてあげるよ」みたいな感じで言ってくれて。
――さすが……。皆さん、大きく成功していることもありますよね。成功の度合いからすると、笠原さんにとってはエンジェル投資といっても、普通の人が300円のラーメンをおごるような……、というと言いすぎでしょうか(笑)
古賀:いや、300円のラーメン感覚で投資してくれたんじゃないですかね(笑)。Drivemodeのイグジットでそれを増やしてお返ししたのでいいと思いますけど。起業時にはネットエイジ創業者の西川潔さんにも投資してもらったり、そのときのネットワークがあったから最初の資金調達は全然苦労がなかったんですよね。
行儀の悪かったアクセンチュア時代
――アクセンチュアには5年ぐらいいらっしゃったと思うんですけど、どんな感じだったんですか?
古賀:楽しくやっていましたね。客先の会議室のホワイトボードにめちゃくちゃ失礼な落書きを残して去るとか。ふざけてますよね(笑)
――よく分かりませんが、楽しそうです(笑)
古賀:いや、僕はめちゃくちゃ働いてもいたんです。所属してた戦略コンサルティンググループって最も長時間労働なんですけど、その長時間労働の中でも、労働時間で良くトップになっていました。週の労働時間を5で割って1日の平均労働時間を提出するんですけど、20時間を超えていましたから、めちゃくちゃ働いていましたね。週末も働いていたので数字的には1日12時間残業という感じでした。
だから、寝不足で体が良く震えたりしていましたね。結構ストレスが多いプロジェクトに放り込まれることが多かったです。でも不幸にも、僕って倒れないんですよ。みんながストレスで体調不良になって倒れるのに、僕は最後の最後で手を抜けばいいやと思っているところがあるせいか。みんな倒れていいな、なんで僕は倒れられないんだろうって、そのときは自分を呪いましたね(笑)
――ストレス耐性もあったのかも?
古賀:そうですね。上司に問題がある人がいても、過去にいじめられた経験があるので、「この人が『お前はバカだ』と言っているのは自分に自信がないからで、しようがないんだ、だからそれを育ててあげないとダメだよね」という感じでしたから、打たれ強かったんでしょうね。
MBAは起業の役に立ちますか?
――その後にMBAに行かれましたが、起業に対してはプラスでしたか? MBAは役立つかというのは良く議論になりますが、古賀さんはどういうご意見ですか?
古賀:総論でいえばプラスで、特に海外のMBAはプラスですね。
MBAが目指しているところは、意思決定者を育てるところだと思うんですね。そして、スタートアップは意思決定の連続なので、役に立つ部分は多いと思います。
そもそも、日本でMBAが役に立つ・立たない議論が盛り上がってしまうのは、日本の大企業で役に立たないことが多いからでしょうね。普通の日本の大企業のプロセスは、個人の意思決定力ではなく、プロセスやポリシーによる決定と、合意形成による決定を重視しているので、意思決定力が求められていない。それはMBAホルダーたち個々人の問題ではなくて組織的な問題なので、環境戦略のほうが大事になってくるというアドバイスをすることがあります。
コンサルティングとか投資銀行とかだけでなく、少人数で意思決定を回していくというタイプの仕事だったら、当然MBAも役に立つと思います。
――なるほど。少数精鋭で日々自分たちで意思決定するスタートアップならMBAの訓練は役立つと言えるでしょうか。
古賀:総論では、MBAで鍛える意思決定力というのは、基本的に経営の基礎体力なので、当然、役に立つと思います。
一方、アメリカのスタートアップ業界ではMBAを持つ人が起業することに反対派の人もいっぱいいます。実際、ネガティブサイドもあるんですよね。意思決定力とかセオリーよりも、勇気とか、対応力とか、精神力とか、リカバリーの速さとか、そういうセオリーから来ない部分が起業家にはとても求められているということだと思うんです。無難にMBAを取ろうというマインドセットが起業家に必要なマインドセットと反比例しているところは実際にあるでしょうね。起業家のあるべき姿と反比例している。
――なるほど。
古賀:無難にMBAを取ってから起業しようという人が起業に向いていないという観点は僕も結構同意なんですけど、僕がいつも評価しているのが、海外のMBAを取りに行く人たちなんですね。それは全然無難じゃないですからね(笑)。その時点で日本の王道キャリアから外れちゃうし、2年もあったら昇進パスを失ったりしながら、自分の強みが通じない世界で戦おうという姿勢は起業家的にはプラスですよね。
留学する人には後先考えないでチャレンジしちゃおうぜ、というある種のバカさが必要だと思うんです。そういう勇気と計画性のなさ。戦略的に動かないで突発的に動くような、そういうマインドセットが留学生には求められるわけです。
だって、いきなり知らない国に行ったら不確実性の塊ですよ。その中で授業を受けてちゃんと卒業するというのは精神的にはかなりきつい作業で、日本人が日本のMBAに行くとか、アメリカ人がアメリカのMBAに行くのとはわけが違うんですね。つらさのレベルが違うし、失うものとか、得られるもののスケールも違うと思うんです。ある意味、そこにあるのは、プライドを捨ててもハングリーに学びにいくというマインドセットで、これは起業家にすごく向いていると思うんですね。自分が全く分からない世界、不確実性の中で戦う根性と勇気は、すごくプラスになる起業家教育だと思います。日本人でもアメリカのMBAを取りましたという人で成功している人は、いっぱいいるじゃないですか。
――めっちゃいますね。
古賀:めっちゃいますよね。逆に、割合でいうとアメリカではMBAホルダーが、そんなに成功していないと思うんです。シリコンバレーでは、外国人のファウンダーで成功している人は多いですけど。レイターステージだったらトップMBAの人を入れたらいいと思いますけど、最初に起業する起業家としての評価としては、がんがんリスクを取れるように、失うものがない人のほうがいいというのは僕自身の投資家目線からしても分かる。その観点からMBAホルダーはダメですよね、と言っている人の気持ちはむちゃくちゃ分かるんです。国内のMBAに行っているやつなんて何もリスクを取っていないじゃん、ということですよね。
1,300億円を運用するVCのディレクターでも気持ちは起業家
――2006年から2008年の2年間でハーバードでMBAを取得して、その後、Drivemodeを起業する前の2009年から米国VCのGlobalspan Capital Partnersで1,300億円を運用するファンド・ディレクターをされていたのですよね。VCと起業家の両方をやった経験についてお話をいただければと思いますが、VCはいかがでしたか? アプリを使うカーシェアリングのスタートアップのZipcarで仕事をされてたんですよね?
古賀:そうですね、後半では、ハーフタイムで投資家、ハーフタイムでZipcarの仕事をしていましたね。
――日本でいう社外取締役のようなボードメンバーだったのですか?
古賀:ボードは当時の僕のボスのジョナサンというパートナーがやっていました。彼は以前Zipcarのチェアマンをやっていて、ZipcarのCEOを連れてきたのも彼なので、彼がボードメンバーだったんです。僕はZipcarのCEOと一緒に資料を作って、それを社長経由で僕が投資家であるVC側の上司に報告するという謎の入れ子状態になっていたんです。
――なるほど(笑)、出向状態ですね。
古賀:僕はもともと自分は投資家に向いていると思っていなくて、起業家のほうが楽しいと思っていたタイプなので、上司に頼んでZipcarにハーフタイムで入れてもらったんです。Zipcarからも来てほしいと言ってもらっていたし、僕もどちらかというと実業をやりたかった。それでZipcarの海外戦略をやることになったんです。海外のM&Aとかパートナーシップのオポチュニティーを評価したり、分析するために、いろんな国に行っていろんな人と話す、ということをやっていましたね。
――国はどこらへんが多かったんですか?
古賀:僕はアジアが多かったですね。ヨーロッパ側は、イギリスで買収した会社をベースに展開しようという狙いだったので。いろんな国を飛び回って、すごくおもしろかったです。カーシェアリングというのは産業自体として確立していなかったので、政府との話し合いもときどきあったり、新しい法律を作らないとできないということもありました。そうすると「環境にもこれぐらい良い影響があるんですよ」という説明をしたり、結果として役人へのロビーイングもやってましたね。
――M&A先を探すのは投資家っぽいようにも思いますが、あくまで実業に興味が?
古賀:僕は自分のことを投資家だとあまり思わないんですね。思いたくない、というか。ボードメンバーをやったり、投資のデューデリをやったりもするんですけど、あまりそういう話をしたくないんです。僕は投資先のサポートをさせてもらえるということを重視してGlobespanに入ったくらいです。投資家って、すごくいい仕事で楽しいんですけど、単に僕には向いていないというか、僕があまりにも起業家寄りなんでしょうね(笑)
いつも起業家が気になってしょうがないわけです。いつも起業家と電話で「あそこの戦略はどうする?」みたいな話をしている感じで。
米国本社、開発は国外というイスラエル式を真似る
古賀:起業家として動くほうが全然おもしろいし、実業からの学びはめちゃくちゃおもしろかったんですよね。例えば、Drivemodeを立ち上げるときに、日本にエンジニア・オフィスを作ったんですけど、これは前例から学んだものだったんです。
僕が一緒に仕事をさせてもらっていた会社の中には、アメリカの会社なんだけど、エンジニアリングはイスラエルというパターンが良くあったんですね。エンジニアもCEOもイスラエル人だけど、ビジネスオフィスはアメリカにある。どう見てもアメリカの会社なんだけど、中身は大体イスラエル人で、イスラエルでコーディングしているというパターンが、すごくいっぱいあったんです。
それってコスト的にもいいし、優秀なエンジニアが採用できるんですね。採用競争が激しい中でも、アメリカの会社ということで募集すると、ストックオプションを狙って入りたい人がいっぱいいて採用力が高くなるんですね。
いろんな会社と一緒に仕事する中で、そういうやり方を見ていて「これは僕でもできるはずだ」と思ったんです。イスラエル人にできて、日本人の僕にできない理由はないはずだ、と。単にそういうことをする日本人の起業家がアメリカに少ないだけで、モデルとしては成立するでしょうと思ってね。どういうふうにやっているのかなと一緒にやりながら学ばせていただいたりしました。そういう学びが僕は楽しくてしようがないんですよ、投資家サイドよりも(笑)
僕は東海岸のオフィスにいたから、そういうイスラエルの会社とのつき合いが多かったんです。シリコンバレーにいるとその辺はあまり見えないんですけど、ボストンとかニューヨークにいると、良く見えるんです。ニューヨークの会社ですといってるけど、中身を良く見てみるとイスラエルというパターン。ブランディング上、イスラエルだと言わないし、買収になったときもアメリカの会社なので、誰もそういう話は言わないわけです。
――最近ぼくが調べたスウェーデンのスタートアップも本社だけニューヨークで、実質スウェーデンだよね、という会社もありました。
古賀:採用戦略上も有利だし、イグジットの選択肢も増えますよね。M&Aのオポチュニティーも圧倒的にありますよね。実際にDrivemodeでもそういうストラクチャーでやってみたら、現地採用のアメリカ人もすごく喜んで働いてくれたりして、会社のオペレーションはすごく楽しかったですね。
――米国本社だけどCEOや、中身がだいぶ日本という感じはアメリカでウケる?
古賀:例えばアメリカ人は日本出張をめちゃくちゃ楽しみにするんですよ。ご飯がおいしいって喜ぶ(笑)。日本出張に行くと、その後の1カ月ぐらいは、どこのレストランの何がおいしかったっていう話をずっと聞かされましたね。
投資家的な広い視野は、起業するとほぼ全部役に立たない
――起業家も投資家も両方やってみたほうがいいという意見がありますけど、どう思われますか?
古賀:その気持ちは分かりますね。投資家をやると、ものすごく視野が広がるんですよ。物事をすごく抽象的に考えるようになるんです。大きなトレンドとか、産業として何がどっちに向かっているかという全体感がすごく大事になってくるんですね。そういうところから投資判断をするし、LPの皆さんもそういうベンチャーキャピタルのナレッジをすごく期待してくれているところがある。VCは全体感を見るビジネス、というところがあるんですね。テクノロジーの最新トレンドがこうなっているから、こういう判断をしないといけないみたいなね。
米国のベンチャーキャピタルの社内投資ミーティングって、たぶん日本の皆さんが想像しているよりも、超インサイダーの最新情報がめちゃくちゃ行き交っているんですね。メディアが最新情報として発表した情報というのはパブリックにしてもいいやつだから、基本的にVC的には情報としては過去の話であることが多いんです。
アメリカのトップ企業のボードミーティングの意思決定をいっぱいやっていると、全体的なトレンドがすごく見えてくるんですね。今どういうことが起こっているのか良く分かる。そういうところは、すごく強力な武器だと思うんですよ。
ただ、起業家になると真逆なんですね。急激に視野が狭くなってくるんですよ。もうね、トレンドなんか知ったことではないんですね(笑)。基本的にはユーザーのことしか見ていないので。起業家は、ユーザーの問題をどうやってプロダクトで解決するかということに関する、すさまじく深い知識を持っています。それを追求しているわけですからね。
広い視点は、ほぼ全部役に立たない。「今、トレンドどうなってますか?」と聞かれても、「そんなこと、どうでもいいでしょう」と心の底から思うわけですよ(笑)
投資家のときは、それしか気にしていなかったのに、今となったら「そんなトレンドの話なんて知ってても、ユーザーは全く喜ばないでしょう」としか思わなくなるわけですね。
だから、広く浅くマーケットを見て、その全体感から「ここでスタートアップが勝利するとしたらそれは何だ?」ということを分析をする力と、その中に入っていって、具体的な顧客の問題が何で、どういうふうにスケールしていくのかを考えて実行する力というのは、全然次元が違う2つの独立したものなんですね。
――なるほど。
古賀:当然、両方できる人が最強です。ただ、起業家にとっては、事業に関するドメイン知識とか、経営の苦しみを分かっていることのほうがよっぽど重要なんですね。ビジネスにもよると思います。全体感が必要なビジネスであれば投資家になって、それを組み合わせて強みを発揮するというのはあるかもしれないですね。
――起業家の気持ちは起業家にしか分からない、というのも良く言われます。
古賀:起業家の気持ちは起業家にしか分からないし、起業家にしか分からない苦しみとか意思決定があって、それを分からない投資家に言われても支えにもならないし、響かない。ええ、それは一般論としては分かるんですよ。でも、それもほんとに人次第だと思うんですよね。自分が経験していなくてもサポーティブな人もいっぱいいるし、必ずしも投資家に起業経験がなきゃいけないわけでもないな、と。
一方で、全体感が把握できていて、どこどこの経営者を知っているからあそこの誰々を連れてきてあげるよ、という力が本当に大事なビジネスがいっぱいあるので、そういう投資家的なことができる起業家は最強になると思います。
投資家はセコンド、起業家はボクサー
古賀:投資家的な強みと、起業家の経験を組み合わせることができれば強いんだけど、僕の視点からすると、起業家から投資家になるというのは、ボクサーがセコンドになるというのと基本的に同じ話ですね。
――というと?
古賀:戦っているのはボクサーですよね。ボクサーをやった人がセコンドになったほうがいいという話は分かるけど、ボクサーをやったことがない人がいいセコンドになれないかというと、それはまた別問題だと言っているだけなんですね。
どちらかというと生き様の問題ですね。オレはセコンドにはならないで最後までリングに立っているというタイプの人もいるし、オレは苦労をしたから、もっとたくさんオレの経験をもとにボクサーを増やして強く育てるんだというタイプの人もいます。その価値観の違いについて、どちらか一方がいいとは僕は思わないんですね。そう思う人はそうやったほうがいいけど、そう思わない人はやらないほうがいいんじゃないのっていう。
自分で起業するのもつらくなってきたからリタイアして投資家やるわっていう人がいてもいいと僕は思います。自分の情熱があるところがそこなら、そうなったというだけですよね。
基本的に起業家って、ずっと戦い続けていくのが好きなタイプの人が多いと思うんですよ。なので、必ずしもスティーブ・ジョブズが投資家になったほうがいいとは思わないですよね。
――確かにジョブズが投資家というのは想像がつきません…!
若手投資家? もうじゃんじゃんやったほうがいいですよ
――逆に新卒からVCになるのはありかなしか、というのが定期的に議論になるのですが、何かご意見はありますか。
古賀:僕はありだと思いますね。投資家だって大体うまくいかないので、いっぱいいたほうがいいんじゃないっていうだけですね(笑)。その中で一定割合の人が成功してほしいわけですよ。すごくいい投資家として成功してほしいんですね。日本はエコシステムとしてずいぶん良くなってきているとはいえ、GDP比でみてベンチャーキャピタルというアセットクラスがアメリカと比べて大きいかというと、めちゃくちゃ小さいわけじゃないですか。
国として高齢化も進んでいるし、成長領域はどこなんだというネガティブな議論がありますよね。厳しい現実がある。いやいや、それはそうだけど、だから諦めましょうという話にならないわけじゃないですか。国として取るべきリスクレベルを、ちょっとコンサバに取りすぎている現状の中で、やっぱりアセットクラスとしてのベンチャーキャピタルファンドは、僕はもっと育ってほしいと思うんです。ベンチャーキャピタルファンドも育って、起業家も育って、エコシステムも育ってというふうに、全部チェーンとしてつながっていると思うんですね。
僕が個人的に最大のボトルネックだと思っているのは、日本の雇用の流動性の低さなんですね。そういうことも含めて全部を強化していかないと、日本の次の産業を担っていくような会社は作れないと思います。それに対して取るリスクとして、VCファンドに出資するLP投資家のみなさんがリスクを取ってくれるんだったら、いや、もうどんどんやったらいいじゃないですか、と思います。その中からスーパースターVCが生まれるかもしれないわけです。小規模のファンドだったらそんなにリスクもないわけだから、いろんな若い起業家にチャンスをあげるのと同様に、若い投資家にチャンスをあげるというのも、僕はありだと思います。
VCもね、かなり運ですよ。起業家もめちゃくちゃ運じゃないですか(笑)
だから、数が必要なんだと思うんですね。単にボール数がもっと必要。だから、あまりキャリアがどうとか、経歴が役に立たないんじゃないですかとか、そういうことを言わなくてもいいじゃないですかって思うわけです。いや、スタートアップ側のみんなだってそんなに大したことがない人がいっぱいいるわけですしね。なぜ、そんなに若手投資家に厳しくするのかってね、そんなにお高くとまらなくてもいいのにと僕は思いますね。
エンジェル投資が薄い日本では新卒VCが活躍すべき
古賀:アメリカだとエンジェル投資家ももっと多いわけですよ。お金を持って投資する人が多い。でも日本はエンジェル層がめちゃくちゃ薄いじゃないですか。そこに対してエンジェル投資家をどうやって増やすんだ、という話ですよね。
そこまで急にエンジェル投資家が増えないのなら、日本なりに増えるエコシステムを考えるんですよね? といったときに、若いVCが小規模のファンドで投資するのは、これってエンジェル投資家の代替をしていますよね。だったら、それに対して何を厳しく言う必要があるのかということです。言っとくけど、アメリカのエンジェル投資家なんか、みんな道楽でやっているだけですらね(笑) おもしろそうだなと思って1,000万円入れてるんですよ。お金の使い道もないし、いい感じに人の役に立ちたいと思っているから、というエンターテインメントとしてやっている人ばっかりなんだから! 本当にお金が余っている人たちがいっぱいいて、社会貢献だと思ってやっているタイプの人もぶっちゃけ多いわけですよ。アメリカは道楽的側面が大きいからエンジェル投資家のIRRというのはいつもネガティブ、基本はね(笑)
――エンジェル投資では資産を減らす人が大半というのは、数字で見ると、その通りですよね。
古賀:そう、アメリカのエンジェルのほとんどがジャンジャンお金をすっているのに比べたら、小さなファンドでも日本の若手投資家は真面目にやっているんだから、いいじゃないですか(笑) しかも、ファンド運用責任者の建て付けでリスクと義務を負ってやっているんですからね。
――独立系VCでいえば、VCファンドの組成では運用責任者であるGP(General Partner)は個人資産から一定割合の出資も求められるので、若手VCは個人で大きな借金をしている人も少なくないです。覚悟を決めてコミットしている立派な人はいくらでもいます。
古賀:そう、それを「やる気あるのか」「意味あるのか」とか外野から言うことはないですよ。そんなことを外野から言うなら、まずお前らが投資しろよという話でしかないわけだから。アーリーステージの投資家を増やす、エンジェル投資家を増やす、というのはとても大事なことです。
エコシステム全体で考えたときに、エンジェル分野が抜けている日本で、経験不足の若手とか新卒VCはどうなんだって、偉そうに理想論を吐くのはやめてくれる? というふうに思いますね。若いVCを育てないんだったら、もっとエンジェル投資を税制優遇するとか、お金持ちはスタートアップに投資して当たり前だというぐらいの政策を取らないと。
本記事は古賀氏へのインタビュー記事のうちの1本目です。
- シリコンバレー起業でイグジット、米Drivemode創業者の古賀氏に聞く(1)※本記事
- ホンダをシリコンバレーのスタートアップ化していく、米Drivemode創業者の古賀氏に聞く(2)
- 海外での起業はできない理由を潰すこと、米Drivemode創業者の古賀氏に聞く(3)
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