グローバルでヘルスケア領域のスタートアップへの投資が加熱しています。私は2018年から、この分野の資金調達を集計しているのですが、2021年は270社と前年の164社を大きく上回りました。ジャンル別ではそれまで主流だったデジタルヘルスケアでなく、バイオ系のスタートアップへの投資が顕著に増えたのが特徴でした。
今回の記事では、2021年に資金調達した海外のヘルスケアスタートアップの動向を振り返りつつ、2022年以降に日本でも盛り上がりが期待できるトレンドを紹介します。特に注目しているテーマは下記です。
①生殖医療の効率化
新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた当初は、日本国内でも不妊治療延期を推奨する動きも見られました。しかし、感染拡大が長期化するにつれ、不妊治療と感染防止の両立が必要になっています。
体外受精(IVF)の自動化支援
スペインに拠点を置く、IVFプロセスの自動化に取り組むOverture Lifeは2021年1月、 Octopus Venturesや既存投資家のGoogle Ventures等からシリーズBで1,500万ドルを調達しました。創業以来これまでに3,700万ドルを調達しています。同社は胚の検査、卵子の凍結、胚の凍結を自動化することで、医療従事者の負担を軽減することを目指しています。
同様の領域では、7月に1億ドル以上を調達したTMRW Life Sciencesもまた、IVFプロセス中に凍結卵と胚を保存、追跡、監視する方法に関する自動化ソリューションを展開しています。同社のプラットフォーム上では、RFID技術を活用することで、24時間年中無休のリモートモニタリングが可能になります。また昨年香港証券取引所に上場した中国のユニコーン企業、BasecareMedicalもまた中国国内でIVFにおける監視技術を提供しています。
これらの背景には、世界的なIVF需要の増加があります。 IVFの年間実施回数はアメリカ、中国の順で成長しています。日本においても全出生数のうち、およそ5%以上が体外受精等による出生というデータがあり、より安全に費用を抑えて実施できることが、先進国における少子化という問題事態にも大きな影響があることがわかります。
ユーザーペインの解決
コロナ禍で不妊治療を進めるにあたっては平常時以上の負荷が生じることもあり、不妊治療を受ける人の利便性を向上するプレイヤーが大型調達する事例が出てきました。自社クリニックと提携クリニックに、テクノロジーを活用した不妊治療サービスを展開するKindbodyは、昨年6月に6,200万ドルを調達しました。同社は、オンライン相談から実店舗での卵子凍結等の処置へのアクセスを改善し、より安価に利用できるよう支援しています。
日本でもFemtech(フェムテック)という言葉が近年急速に知られるようになりましたが、生殖医療(不妊治療)は女性のためだけではなく、男性にとってもまだまだユーザーペインは残っています。例えば日本においても、精子のホーム検査キットと精子凍結を提供するLegacyのようなプレイヤーが出てくることも期待されます。
②高齢者の健康増進
高齢者向け健康関連サービスも昨年大きく成長した領域でした。背景には、高齢者におけるネット人口の増加があります。これまで高齢者はITリテラシーの問題でテックアプローチが難しいとされていましたが、アメリカにおいては対面診療とデジタルの両方で患者をサポートするプレイヤーが出てきています。
高齢者に特化したプライマリケアクリニックチェーンModern Ageは対面診療のクリニックだけでなく、オンラインでもプログラムを提供しているのが特徴です。シリーズ Aで2,700万ドルを調達しました。同様のアプローチで高齢者医療を支援するPatinaも昨年、1万ドルを調達しました。Patinaは訪問診療とオンラインサービスで高齢者向けのヘルスケアサービスを提供しています。
そのほかにも、高齢者のためのオンラインフィットネスプログラムのBoldや、高齢者向けのサポートマッチングアプリのPapa、ケアマネジメントとコーディネートサービスのAllyAlign Healthなど、toCモデルも成長しています。日本でも特に前期高齢者のスマホ利用率が上昇していることから、高齢者の健康を増進するプレイヤーが今後出てくることが期待できるのではないでしょうか。
③遺伝子治療
2021年はバイオ企業への投資が非常に多い中でも、特に遺伝子治療関連のスタートアップへの大型出資の件数が目立ちました。その背景には、2017年に米FDAが遺伝性網膜ジストロフィーの治療薬で、最初の遺伝子治療薬を承認したことを皮切りに、これまでに4つの遺伝子治療薬が承認されたことや、2020年にはCRISPR/Cas9を用いた遺伝子編集技術がノーベル化学賞を授賞したこと、 新型コロナウイルス感染症のRNAワクチンが普及したことなどがあります。
遺伝子治療は大きく、ウイルスやプラスミドなどのベクターを用いて遺伝子治療薬を体内に投与する in vivoと、遺伝子を導入した細胞を投与するexvivoに分類されます。in vivoでは、悪性黒色腫治療薬を開発するObsidian Therapeuticsが1億1,500万ドルを調達したほか、黒内障治療のEditas Medicineが1億2,000万ドル、筋萎縮性側索硬化症治療のScribe Therapeuticsが1億ドルを調達しました。ex vivoでは肝臓、眼、造血幹細胞を対象とした、PrimeMedicineが3億1,500万ドルを調達しています。
また、創薬そのものだけではなく、周辺領域として遺伝専門医に相談できる遠隔医療のGenome Medicalや、製造支援のEQRx、ドラッグデリバリー技術のNodexusやCellini Biotech、SQZ Biotechといった会社も調達をしています。
遺伝子治療は期待が集まる一方で、ネガティブなニュースも出てきています。アステラス製薬が買収した遺伝子治療スタートアップであるAudentes Therapeuticsが行っている、先天性ミオパチーの一種に対する治療薬候補AT132の第1/2相臨床試験中に、2020年に3名、2021年に1名の小児が死亡したことが報じられています。
④医療機関向けSaaS
他の多くの業界と同様に、医療業界でも業務効率化を進めるためにDXの流れが加速しています。その背景には、コロナの感染拡大で医療機関の業務負荷が増えていること、医療機関同士の連携が進んでいること、さらには遠隔医療が成長したことなどがあります。
医療機関がSaaSを導入するメリットとしては、保守点検費用を削減できることに加え、常に最新の機能に保てることが挙げられます。さらに医療機関が扱うデータの保存方法や処理方法が標準化されることから、今後データを活用していく際の効率化につながることも期待されています。
昨年大型調達を行ったSaaSプレイヤーとしては下記があります。
・特定の診療科に特化し、医療現場向けの SaaSを展開するプレイヤーとして、精神疾患領域のQuartetや腎疾患領域のStrive Healthなど。
・AIの活用期待がヘルスケア領域においても同様に期待されており、診断の支援を中心に導入が進んでいる。脳血管疾患の検査画像から診断を支援する Vimなど。
・データ活用を支援するプレイヤーとしては、医師のデータ収集を一括で支援するRibbon Healthやリアルワールドデータの活用を支援するAetion、Premise Dataといった会社が大型調達を実施しました。
・既存の医療機関のオンライン診療を支援するプレイヤーとしては、在宅療養中の患者とのコミュニケーションを支援するPager。
・医療機関における、決済や予約などの患者体験の向上を支援するプレイヤーとして CedarやSyllableといった会社が調達しています。
・医療機関のファイナンスの課題を支援する、レベニューサイクルの自動管理 SaaSの AKASAもまた大型調達を実施しました。米国の医療機関は日本と同様に、患者が受診時に自己負担額を払い、残りは健康保険から遅れて支払われる仕組みになっています。AKASAは複雑で手間のかかる収益管理を自動化するバックオフィスサービスを提供しています
・医療機関同士の連携を支援するSaaSプレイヤーも出てきています。Aledadeは、プライマリケア医のためのACOネットワークを構築。診療をサポートするSaaSの提供により患者情報の連携やワークフローを自動化しています。
以上が、2021年に資金調達した海外ヘルスケアスタートアップのトレンドになります。
私は2018年以降、毎年この分野の資金調達リストを集計しています。この分野の資金調達動向についてもっと知りたい方は、以下のツイートをRTしていただければ2018年〜2021年までのリストをDMいたします。また、この領域で起業を考えている方とディスカッションできれば幸いです。
例年通り【2021年のグローバルヘルスケアスタートアップの調達リスト💉厳選270社】を公開します。RTしてくださった方に2018~21年分をDMします。
注目のテーマは、①遺伝子治療、②高齢者医療DX、③医療機関SaaS、④生殖医療DXです。日本でこの領域で起業を考えている方とディスカッションしたいです🙇♀️ pic.twitter.com/tycUR4bViJ
— 吉澤美弥子🤿Coral Capital (@miyakomx) January 11, 2022
Senior Associate @ Coral Capital