ガジェット好きなら常識と言われるかもしれませんが、最近の高性能スマートフォンが3Dスキャナとなることをご存じでしょうか? たとえば2020年以降に登場したiPhoneの上位機種では「LiDARスキャナ」が搭載されたことで、目の前の空間を3Dスキャンできるようになりました。こうした高機能スマホは、少しずつ流行の兆しを見せているVRやAR、そしてメタバースにおいて重視される、3Dモデリングツールとしても活用できるのです。
個人がスマホで手軽に3Dコンテンツを作成できる下地が整いつつある中、2021年1月に設立されたのが「3D制作の民主化」をビジョンに掲げる株式会社WOGOです。3月22日にはスマホでの3Dスキャンと3D編集が可能なアプリ「WIDAR」を正式リリースしました。これまでにも3Dスキャンアプリはありましたが、同社によれば、スマホの3Dスキャンアプリに編集機能を搭載したのは世界初といいます。
「誰もが3Dを作れるアプリ」を使うことで、どんなことが実現できるのでしょうか。「AR、VR、メタバース時代の3Dコンテンツを創出するハブを目指す」というWOGO代表取締役兼CEOの秦竟超さんにお話を聞いてみました。
なお、別記事では、WIDARでキレイな3Dモデルをコツを紹介しておりますので、合わせてご覧ください。
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※情報開示:WOGOはCoral Capitalの出資先企業です
▲WIDARで制作した3Dコンテンツ。食べ物やフィギュア、人間までスキャンできる
被写体を撮影 → たった数分で3Dモデルが完成
スマホを用いた3Dスキャン技術には、フォトグラメトリとLiDARスキャンといった2つの技術があります。
フォトグラメトリは被写体を撮影したさまざまなアングルの複数枚の写真を重ね合わせていくことで3D形状を復元し、写真をテクスチャーとして貼り込むことで1つの3Dモデルを生成する技術です。後者は「LiDARセンサー」という赤外線センサーを用いて被写体の造形を点で捉え、その集合体である点群データからメッシュデータを作成し、カメラで捉えたデータから表面のテクスチャーを生成します。
どちらも最終的なアウトプットのデータ形式は同じですが、スマホ3Dスキャンにおいては、前者のフォトグラメトリは高解像なデータが作りやすく、後者の3Dスキャンは広い空間の造形を即時的に捉えるのが得意、という違いがあります。WIDARは「Photoスキャン」および「LiDARスキャン」という名称でどちらの技術にも対応しており、被写体に合わせてタップ1つで切り替えられるのが特徴です。
実際にWIDARを使ってみると、どちらの方式のスキャンも簡単。「Photoスキャン」は写真を撮るといっても自分でシャッターを切る必要はありません。一定時間おきに自動でシャッターが切れる仕様となっているので、動画を撮影している感覚で全方位から被写体を捉えればいいのです。
「LiDARスキャン」も作業内容は同一で、被写体を余すことなく捉えます。その後、フォトグラメトリは撮影したデータをクラウドサーバーにアップロード。LiDARスキャンはスマートフォン内で撮影データをつなぎ合わせて、3Dモデルを生成します。
驚くべきは作業時間です。いずれのスキャン方法でも、数分ほどの待ち時間で3Dモデルが完成します。しかもフォトグラメトリそのものの作業はクラウドサーバー側が行うため、待ち時間に他の被写体を撮ることも、他のアプリを使うこともできます。
「従来のフォトグラメトリは、数十万円もする専用のPCアプリを使って、何枚もの写真を手動で重ね合わせていかねばならず、1つの3Dモデルを作り上げるのに数時間かかっていました。これに対してWIDARは、スマホで撮った数十枚の写真をクラウドにアップロードするだけ。自動で、人の手を煩わせず、3分くらいで3Dモデルが生成できます」(秦氏)
スマートフォン、タブレットの進化がビジネスに結びついた
もともと3Dグラフィックに興味があり、関連したプロダクトを作ってみたいと考えていた秦さん。ところが自分で3Dモデルを作るとなるとハードルが高いということに気が付きます。
「大学生時代はBlenderなどの3D CGツールで3Dモデリングをしてみようと思って解説書を読んでいたのですが、実際に作ろうとしたら、どこから手をつけていいかわからなかったんです。もともと2次元のイラストなどを描いてこなかった絵心がない人にとっては、自分で考えるぼんやりとしたイメージを3Dモデルに落とし込むのが難しかったんです」(秦氏)
しかし、LiDARスキャナを備えるiPad ProとiPhoneの登場が、秦さんにとっての転機となりました。
「LiDAR搭載端末で被写体を3Dスキャンすることで、誰でも簡単に3分くらいで3Dモデルを作れるようになりました。今後LiDARのようなセンサーがすべてのスマホに搭載される時代となったら、これからのVR、AR時代にとってインパクトがあることなのかなと思って、アプリ開発をはじめました」(秦氏)
かつて、LiDARスキャナは1台数百万円と高価で、個人ではなく建築業界や土木業界などのプロ向け機材でした。しかし、LiDARスキャナを備えるiPad ProとiPhoneが登場したことによって、誰でも気軽に3Dスキャンができる時代となったわけです。
そうした中、秦さんは自身も所属していた東京大学情報理工学系研究科のメンバーとともに株式会社WOGOを2021年1月に設立。同年11月には3Dスキャン機能を実装したベータ版アプリの日本語と英語バージョンをリリースし、公開から2カ月後には口コミだけで1万ダウンロードを突破しました。
アプリに3D編集機能を実装、世界で戦える手応え
3月22日に公開したWIDAR正式版では新たに「3D編集機能」を搭載し、複数のデータが配置できるようになったほか、背景変更や動画出力などが可能となりました。
これらの3D編集機能によって、Blenderなどの従来の3D制作ツールでは数時間かかっていた「ゼロから形状を構築する作業」が、WIDARでは10分程度に短縮できるようになったそうです。「フォトグラメトリ、3Dスキャンをベースとすれば、80%くらいは完成した状態からモデリングを進められます」。
Android版もリリースしたことで、「3D制作の民主化をさらに進めていきたい」と秦さん。Android市場は低価格モデルを含めて各社が多数の端末を販売していますが、WIDARでは今後、市場に出ているAndroid機種の8割以上をサポートすることを目指しています。
WiDAR正式版リリースとあわせて、Coral Capitalから1億1,000万円の資金調達を実施したことも発表しました。
競合としてはPolycamやMetascanといったアプリがありますが、「競合2社はスキャンがメイン。WIDARはスキャンだけでなく編集機能が強みなので、劣っているところはない」と秦さん。昨年公開して1万ユーザーを獲得したベータ版は「マーケティングを行っていないにもかかわらず半数以上が海外からのダウンロードだった」と言い、海外展開にも手応えを感じています。
WOGOでは調達した資金をもとに3Dモデルの編集機能を強化し、最終的なデータ量削減に効果的なポリゴンメッシュ削減、ポリゴンメッシュの表面に貼るテクスチャー(画像データ)の圧縮、ポリゴンメッシュの表面を塗るペインティングや、ポリゴンメッシュを自由に造形したり、不要なポリゴンメッシュを削るスカルプトといった機能を追加していく考えです。
クリエイターが稼げるデジタル経済圏も
フォトグラメトリ、3Dスキャンには全体としてのデータ量が大きくなってしまうというネガティブな要素があります。そのため、今まではSNS上で作品をシェアしにくい状態でした。しかしWiDARは不要な場所の削除やデータのダウンサイジングを行うことでデータ量を抑えた3Dモデルを成型しています。
さらに、今後の機能強化で3Dモデルの曲面や歪みを容易に編集できるようになれば、被写体をよりリアルに3Dで表現できるようになります。見栄えの良い作品を披露したいユーザー心理を満たし、SNS投稿を後押しすることにもなりそうです。
「いろんな人たちのお話を聞いていると、子供の成長記録に使いたいとか、かけがえのないシーンを3Dでアーカイブしたいという声が多く寄せられます。例えば、引っ越すときにWIDARで3Dモデル化した家を作っておけば、メタバース内で遠く離れた家族と思い出の詰まった家に集まることも可能です。もしくは、大切な人を3Dモデル化することで、その人が亡くなった後もAIを通じて喋れるようになるかもしれません」(秦氏)
正式版アプリではこのほか、ユーザーが自身の作品を投稿できるコミュニティも用意しました。今後はユーザーが許諾した3Dデータを再利用できるようにすることで、あるユーザーがシェアした素材を使って、ゲーマーがキャラやアイテムを制作したり、アーティストが作品を手がけたりすることが可能になるそうです。その先には、ユーザーが作成した3Dデータを売買する場も用意したいと、秦さんは語ります。
「WIDARは3Dモデルを0から作るのではなく、80%の段階からはじめて100%を目指すということをコンセプトとしています。たとえば、他のユーザーが作った3Dモデルを『あつまれ どうぶつの森』みたいに自由に並べて自分の理想の家を作る、といった楽しみ方もしてほしいんです。そこでいつかは、ユーザーのみなさんが作り上げた作品を販売できる機能をつけたいと考えています。将来的なデジタル経済圏も見据えて、WIDARを取り巻く環境を充実させていきたいですね」(秦氏)