本記事は豊田菜保子さんによる寄稿です。豊田さんは、楽天をはじめ、国内外の企業で人材育成やダイバーシティ推進を専門としてきました。現在は、スタートアップや起業家人材の支援プログラムを主に自治体と協力して企画・運営する傍ら、スタートアップやテック企業向けに「人」「チーム」「コミュニケーション」に注目した研修やアドバイザリーを提供しています。
豊田菜保子さんによる他の記事の一覧は、こちら。
あなたのスタートアップでは、【オフィス】と【リモート】を、どのように組み合わせて働いていますか? 昨年7月にCoral Capital出資先に行ったアンケートでは、コロナ後は「リモート主体(週1、2回あるいは月1、2回だけオフィスに集まる)」の働き方が主流となる、と答えた企業が約61.5%を占めました。コロナが収束に近づきつつある今、自社のハイブリッド型ワークのあり方について、今後の方針は見えてきているでしょうか?
先日扱ったワークライフバランスと同様、リモート勤務とオフィス勤務を組み合わせる「ハイブリッド型ワーク」のあり方にも絶対的な正解はありません。SpaceX社CEOのイーロン・マスク氏をはじめ、「オフィスに集まらないとイノベーションなんて起こせない」という信念を貫こうとする起業家もいます。一方で、通信事業の国内最大手であるNTTグループが「原則リモート勤務」の制度を導入すると発表して話題になりました。
国内のリモートワーク導入企業は5割を超え(総務省調べ)、今年2月にパーソル総合研究所が実施した調査ではテレワークを続けたい正社員が8割を超えました。オランダやフィンランドのように在宅勤務の権利を法制化する流れが、日本まで到達するかは未知数ですが、ハイブリッド型またはリモート主体でない企業は、今後の人材の獲得競争で劣勢になるリスクがあります。重要なのは、自社の戦略や世界観と一貫性のある方針を作ること、判断理由をメンバーに説明してから実践すること、そして最初の判断に固執せず、アジャイルに継続的な修正を加えていくことです。
この記事では、自社のハイブリッド型ワークを分析するのに使えるフレームワークと、MAANG(Meta、Amazon、Apple、Netflix、Google)や世界のユニコーン企業の最新動向をご紹介します。自社のハイブリッド型ワークの最適解について、アップデートする際の参考にしてみてください。
ハイブリッド型を考えるフレームワーク:【同期↔︎非同期】【オフィス↔︎リモート】
ハイブリッド型ワークの研究で有名なハーバード・ビジネス・スクール経営学教授のセダール・ニーリー氏は、これまで経営の「場」であったオフィスを「ツール」と捉え直し、逆にZoomやSlackなどデジタルな「ツール」を「場」として機能させる視点の転換が大切だといいます。デジタルツール上で起こるリモートのコラボレーションと、オフィスを使った対面のコラボレーションを、意図的に使い分けることで全体の生産性が高まるとしています。
さらに、マイクロソフト社CEOのサティア・ナデラ氏は、組織心理学者のアダム・グラント氏との対談で、ハイブリッド型ワークを成功に導くには、下記の4象限全てで従業員体験を向上させるべきだと語っています。「リモートか、オフィスか」だけでなく、コラボレーションが「同期的(Synchronous)か、非同期的(Asynchronous)か」という点も、業務の遂行に大きく影響するからです。
例えば、「①リモート x 同期的」領域でのチームの生産性を分析したときに、ウェブ会議で動画・音声を両方オフにして、参加しているかわからないメンバーが複数いることが気になったとします。「やっぱり対面でないと…」と結論づける前に、「③オフィス x 同期的」との違いを考えてみましょう。
もしかすると、『中心メンバーしゃべりすぎ問題』のような状況があって、オフィスで会議をしていたときから低かった生産性が露呈しただけかもしれません。そうであれば、会議ルール(全員が発言する、発言を遮らないetc.)を設定することで、「①リモート x 同期的」だけでなく、「③オフィス x 同期的」の場合の従業員体験も向上させることができます。
同様に、「①リモート x 同期的」と「②リモート x 非同期的」の違いを比べてみると、どうでしょうか?複数のメンバーが意見を言わなくても成り立っているのなら、リモートかつ非同期(メール、Slackなどのメッセージ、資料の共有など)のコミュニケーションに切り替えてもいいかもしれません。特に、複雑な話ほど「顔を見て話せる場で」と考えがちですが、口頭で難しい話をされても、すぐには反応できない(=発言しない)人も多いのです。
一般的には、テレワーク重視の方が満足度が高く、社員同士の関係性も週1-2日の出社で十分維持できますが、若い世代や未婚男性ではオフィス出社の頻度を上げたい人も一定数いるようです。こうした意向を把握していれば、出社日に積極的に「③オフィス x 同期的」の状況を作り、若いメンバーとの1on1や、会議の冒頭や終わりに雑談(会議時間の10分の1程度でOK)を持つなど、交流を図ることをお勧めします。
また「④オフィス x 非同期」の良さは、「③オフィス x 同期的」への切り替えが気軽にできることです。出社日の会議の合間に、経験の浅いメンバーが作業をしていて、「そういえばこれ、やり方が合ってるか、いつも不安だったんだよな…」と思い出して、「すみません、質問してもいいですか?」と話しかけるような場面が起こりやすいのです。マネージャーは、出社日の最優先事項は人材育成と割り切って、その日はまとまった作業は進まないと想定して、タスクマネジメントをしておきたいものです。
こうして自社のハイブリッド型ワークを、象限ごとに分析してみると、全体的に漠然と考えるよりも、課題と対策が見つかりやすくなります。出社日に行うアクティビティとして、チームで振り返ってみても有意義かもしれません。
3種類の協業スタイル:テニス型、リレー型、バスケ型
生産的なハイブリッド型ワークには、同期的なコミュニケーションを行う頻度を適切に設定することが重要です。頻度を考える際には、自分のチームに必要なコラボレーションのスタイルが、テニス型、リレー型、バスケ型のどれにあたるかを考えてみましょう。
例えば、営業メンバーどうしは、テニスのような個人スポーツと同じように、通常は個々人が独立してプレーします。テニス型コラボレーションの場合は、「②リモート x 非同期的」な働き方で事足りることが多く、リモート主体で問題ないでしょう。実際、あとで紹介する世界のユニコーン企業の採用でも、日本支社のポジションは多くがオフィス勤務前提でしたが、数少ないリモート採用は事業開発や営業のポジションでした。
一方で、例えば、SaaS製品の営業担当者と導入・カスタマーサクセス担当者のように、前後工程のコラボレーションは「リレー型」と呼ばれます。リレー型のコラボレーションは、バトンタッチの際に、同期的なコミュニケーションをしておくのが生産的かもしれません。後工程の担当者からフィードバックを受けて、前工程を改善するPDCAを回すこともできるでしょう。
同期的なコラボレーションが最も重視されるのが、バスケのように常にパスを投げ合うことで展開するスタイルです。バスケ型のコラボレーションは、より同期的なツール(チャット、音声通話、ウェブ会議、対面など)で行うのが生産的です。例えば、週2、3日、同じ日にチーム全員がオフィス出社して、徹底的に「③オフィス x 同期」でバスケ型コラボレーションをする。他の日は、なるべく「④リモート x 非同期」でアウトプットを形にする時間をとる。こうしたメリハリで生産性が向上します。
注意したいのは、コラボレーションのプロセスに存在する欠陥を補うために、本来は不要な同期的コミュニケーションが増えてしまっていないか、という点です。例えば、本来は「リモート x 非同期的」な働き方で事足りるテニス型であるべきなのに、メンバーの育成が不十分でリレー型(大事な場面で経験者がサポートに入るetc.)になっていたり、リレー型であるべきなのに、どこかの工程の担当者の見通しが甘く、工程の最後の方でバスケ型のようになってしまうのが常態化することもあります。同期的なコミュニケーションはコストが高いので、むやみに増やすのは考えものです。
MAANGのグローバル・日本の採用
たしかに「ハイブリッド型ワークのあり方に、絶対的な正解はない」とはいえ、他社の動向は気になるものですよね。そこで、MAANG(Meta、Amazon、Apple、Netflix、Google)の採用情報(2022年6月21日時点)から、グローバル最大手テック企業各社の方向性を探ってみたいと思います。
各社の米国本社では、今年3・4月以降、週3日程度オフィスに出社し、残りをリモートにするハイブリッド型ワークを実践してきました。ただ、いずれの企業も現行ルールは「実験」であり、今後方針が変わる可能性があるとしています。LinkedInの求人情報は、「リモート」「オフィス勤務」「ハイブリッド」という3つからタグを選択できますが、各社の採用情報に「ハイブリッド」の求人はほとんどなく、「リモート」か「オフィス勤務」となっています。「オフィス勤務」の現状はハイブリッド型の働き方ですが、いずれ週5日のオフィス勤務に戻る可能性も視野にあるのかもしれません。
そんななか、リモートのポジションを数多く募集しているのが、Facebookの親会社であるMetaです。コーポレートサイトでは、「我々は、我々の規模でリモートワークに関して最も先進的な企業になることを目指す」というマーク・ザッカーバーグCEOの言葉が大きく掲載され、メタバース開発を主要事業と位置付ける同社の世界観と一貫性を感じます。実際、同サイトにある公開求人2,265件のうち、790件(約35%)がフルリモート採用となっており、この比率はMAANGのなかでも群を抜いています。
対照的に、AmazonとApple については、LinkedIn上の求人に占めるリモート比率はそれぞれ約6%、0%でした。Amazonは倉庫など現場系のポジションも多いですが、コーポレートサイトに載っているソフトウェアエンジニアの求人に限っても、リモート採用は約7%(2,270/32,462件)にとどまりました。中間的な位置にいるのがNetflixとGoogleで、コーポレートサイトの求人でのリモート比率が、それぞれ約14%(30/220件)、約13%(944/7482件)でした。
いずれの企業も、リモートは本社や欧米支社に属するポジションに限られているようです。日本支社にリモートポジションは全くないか極めて珍しく、Amazonのカスタマーサービス系職種や、GoogleのB2B営業やリサーチャー職などが唯一の例外のようです。
世界TOPユニコーン企業のグローバル採用
次に、ユニコーン企業で世界の時価総額TOP10(2022年6月現在)について、LinkedIn上(KlarnaはLBPO)の採用情報から、各社の動向を見ていきましょう。ちなみに、MAANG各社の採用情報では、「リモート」または「オフィス勤務」のタグがついていましたが、ユニコーン企業では「ハイブリッド」のタグ付けが多く見られます。ハイブリッド型を恒常的に続けていく前提・方針の表れかもしれません。
中国・北京に本社を置く世界1位のユニコーン企業・Bytedanceでは、リモート求人は 0.64%にとどまるものの、ハイブリッドのポジションがグローバルで約10%(196/2,021件)、日本支社の求人でも約14%がとなっています。同じく中国の深圳が本拠地のSHEINでは、リモートの求人は皆無ですが、ハイブリッドがグローバル求人の約24%(303/1,246件)を占めています。
米国のユニコーン企業は、2位のSpaceXだけは全て「オフィス勤務」でした。その他の3社では「ハイブリッド」は少ないですが、「リモート」求人の割合が高くなっています。4位のStripeでは約24%(303/1,246件)、8位のInstacartで約57%(97/171件)、9位のDatabricksで約26%(214/838件)を占めています。StripeとDatabricksでは日本支社でも、事業開発職でリモート求人が見られました。
特にリモート求人の割合が高いInstacart では、「仕事は人生を豊かにするための材料の一つに過ぎない」という信念に基づいて、組織・チームの文化や人間関係構築と、柔軟な働き方の両立を支援する「Flex First」という制度を導入しています。オフィスはチームビルディングやクリエイティブなコラボレーションを意図的に行う場所として、ラウンジ、料理教室エリア、ブレインストームエリアなどの設置を進めているそうです。
欧州勢は、さらにリモートワークにオープンな態度をとっています。5位のKlarna(スウェーデン)は、全ての求人に「オフィスで働くか、雇用国でのリモートワークか、あるいは雇用国以外でも年間20労働日以内であれば自由に選択できます」と記載されており、個々の社員の意思に委ねていることがうかがえます。
英国本社の7位Checkout.comは、365件ほぼ全ての求人がハイブリッド。同じく英国の10位Revolutは、リモート求人の割合が約63%(713/1,137件)にのぼり、日本支社も12件の求人のうち8件がリモートでした。オーストラリアに本社を置く6位のCanvaは、リモートが約22%(53/239件)、ハイブリッドが約16%(39/239件)でした。
高コストな経営ツールである「オフィス」を効果的に使おう
今年2月に米国で資金調達直後のアーリー期スタートアップ20社を対象とした調査では、20社のうち、フルリモートまたはリモート主体の企業が4分の1、ハイブリッド型が4分の1、残り半数の企業は、全員か大多数のメンバーにオフィス出社を指示していたという結果でした。特にハードウェア関連の事業では、出社が必要となる場合が多いでしょう。
繰り返しになりますが、リモート主体やハイブリッド型が良い、オフィス主体が悪い、ということはありません。ハイブリッド型にするにしても、月・週に何日オフィスに出社するのがいいか、絶対的な最適解はありません。ここに挙げた企業にしろ、求人情報から理解できることには限りがあり、実際にはより細かいニュアンスがあるでしょう。
重要なのは、オフィスには高いコストがかかっていることを意識し、コストが投資となるよう、それに見合う価値を引き出す使い方をすることです。コストには賃貸料はもちろんですが、自身や社員が通勤にかける時間や、それに伴う費用やストレスも含まれます。
コロナ「後」になりつつある今、あらためてメンバーの意見に耳を傾けながら、ハイブリッド型の4象限やコラボレーションスタイル、他社の動向や調査結果等を参考に、自社の働き方の最適解について、アップデートしてみてはいかがでしょうか?
Contributing Writer @ Coral Capital