Square、Nelnet、Varo、Brex――、これらには共通点があります。フィンテック企業であることは言うまでもなく、4社ともユタ州で認可・設立された企業であることです。同州では近年、フィンテック企業の流入が続いており、過去5年間で、SoFi、Plaid、Carta、Brex、Affirmなどの企業が同州にオフィスを開設しています。SoFiは2016年に、ユタ州に支社を開設し、地域に400人の雇用を増やしました。ゴールドマン・サックスのような伝統的な金融業でさえ、ユタ州に大きいオフィスを構えています。ユタ州の支社は世界で4番目に大きなオフィスであり、Appleカードを支える支店でもあります。この地域はスタートアップ業界も勢いがあり、大規模な資金調達やユニコーンの成功事例が生まれています。ユタ州のスタートアップ、特にフィンテック分野での成功は、有利な規制や税法、豊な資本と人材の4つが主な要因です。
規制
デラウェア州が企業の法人設立のホットスポットとなったように、ユタ州は銀行業でそれに相当する存在になっています。ユタ州は、ILC(Industrial Loan Company)銀行憲章がある7つの州のうちの1つです。この銀行憲章により、ノンバンクの事業会社であっても、銀行持株会社として連邦準備銀行(FRB)の規制を受けることなく、顧客に様々な預金や融資サービスを提供することができるようになりました。連邦準備銀行は、銀行持株会社法に基づいて産業銀行を規制しておらず、その代わりに、設立した州およびFDIC(連邦預金保険公社)の規制対象となっています。現在、米国の産業銀行の3分の2はユタ州に本社を置いていて、全米の産業銀行の総資産の93.5%を占めています。最近の産業銀行の例としては、Squareが挙げられます。カードリーダーやPOS決済システムのプロバイダーとして知られていますが、彼らは2021年に産業銀行の認可取得に成功し、Square Financial Servicesを設立後、貸金業や預金業務への事業拡大が可能になりました。楽天も同じことを手がけており、昨年初めにユタ州で3回目のILCの認可を申請しています。日本と同じように、楽天のクレジットカードやポイントと連動したECサービスを提供することを目指しています。しかし、過去2回の申請は、銀行業界の反対で取り下げています。この背景には外国企業の参入に対する反感ではなく、Amazonに代表される大手EC企業の参入の前例ができるのではないかとの懸念から反発する声があります。議会は、連邦準備制度による連結監督を受ける銀行持株会社(BHC)でなければ、営利企業が産業銀行を所有することを認めていないのです。ILCの認可制度は、このルールの抜け道となっています。小売大手のウォルマートは2015年、同様の申請を取り下げています。
税法
ユタ州は法人税の優遇措置も手厚く、州内に進出する企業には州税の最大20%を還元しています。SoFiやCartaといった企業は、それぞれ5年にわたって約170万ドル受け取る予定です。さらに、日本が2018年に規制のサンドボックスを導入したのに続き、ユタ州もフィンテックに特化したサンドボックスを設立しました。参加企業は、州法に基づく免許や認可を受けることなく、革新的な金融商品やサービスを2年間、試験的に運用することができます。今年5月、政府はブロックチェーンとフィンテックに関する政策をさらに促進させるため、ブロックチェーンと仮想通貨のイニシアチブを監督するタスクフォースを設立する法案に署名しました。また、デジタル資産を財産権として認める「改正デジタル資産法」も可決されました。
資本
ユタ州のフィンテック業界は、潤沢な資金に支えられています。2021年11月時点で、一人当たりのベンチャー資金調達額は全米第7位、総資金調達額は34億ドルを超えています。これは2020年の数字のほぼ2倍で、2021年の日本のベンチャーキャピタル投資総額33億ドルをわずかに上回っています。これは、GDPで29位、人口で30位の州であることを考えると、驚くべきことです。
フィンテックに着目すると、ユタ州は複数の成功企業を生み出しています。2019年のVC大型調達の40%はフィンテック企業関連で、調達額が一番大きかったDivvyの2億ドルのシリーズCラウンドも含まれます。Divvyはその後、Bill.comに20億ドルで買収されました。
人材
産業銀行とフィンテックの両方の拠点であることが相乗効果となって、ユタ州は自然と金融系人材が集まる地域となりました。ユタ州の産業銀行全体では6,500人を雇用しており、さらにフィンテック企業がこの地域に進出したことで、金融関連のキャリアを目指す学生も増えています。ユタ大学やブリガム・ヤング大学(BYU)を含む、この地域の大学は、ユタ州の教育を推進する重要な教育機関となっています。これらの大学では、「ブロックチェーンと暗号通貨法」や「Fintech Projects Lab」といった最先端のコースを提供しています。その努力が実を結び、BYUは、全米のどの大学よりも多くの卒業生をゴールドマン・サックスに送り出しているのです。ユタ大学もトップ5に入っています。ユタ州は物価が安いので、シリコンバレーやニューヨークよりはるかに安いコストで従業員を雇うことができるのも企業側のメリットとして挙げられます。
ユタ州は、シリコンバレーの本拠地さえ脅かすようなフィンテックのエコシステムを作り出すことに成功しています。カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事は、フィンテック企業の囲い込みを声高に主張し、企業がユタ州に集結しないように州内でのILCの設立を容易にする法律を提案するなど施策を打っています。今後、シリコンバレー以外の都市にテクノロジーやベンチャーキャピタルの資金がどのように分散していくのか、また、他の都市や国がユタをモデルにして自国のフィンテック産業をどのように盛り上げていくのか、注目されるところです。日本のフィンテック規制や市場構造については、今後の記事で紹介する予定です。もし、読者の中にフィンテックのスタートアップに携わっている方がいらっしゃいましたら、お気軽に声をかけてください!
Associate @ Coral Capital