ウェブページのスクリーンショットを記録しておくサービス「ウェブ魚拓」。運営会社は創業17年目を迎えますが、ずっと無借金経営を続けているそうです。多くのユーザーに愛され、有料課金も好調ながら地道に歩みをすすめるその理由とはーー。
創業者の新沼大樹さんは、軽々とりんごを握りつぶしたり、重ねたトランプを素手で引きちぎったりするほどの握力の持ち主(前編記事参照)。「15歳の頃から、ひたすら筋トレをやってきた人生でした」と語る新沼さんに、スタートアップ観と筋肉の可能性について聞きました(取材場所は愛知県内にある、新沼さんの奥さんのご実家が経営されているレストラン)。
ーー新沼さんが株式会社アフィリティーを創業したのが2005年。その翌年に「ウェブ魚拓」を公開しました。起業当時は外部の出資は受けていたのでしょうか。
新沼さん:いえ、まったくないです。
ーー完全に自己資本で。
新沼さん:そうですね。17年間ずっと、完全に無借金経営です。「どこかからお金を集めてさらに大きくしよう」みたいな考えはなかったですね。自由にやりたいことをやりたかっただけなので。
私たちの会社設立はちょうど就職氷河期が終わった頃で、景気がちょっと上向きになったこともあったのか、銀行から「お金を貸すので何かやりませんか?」という話はありました。上場を狙っている企業やスタートアップのお手伝いもしていますが、スタートアップは壮絶ですよね。会社の存続としてはもちろん、一個の生物としてもデッド・オア・アライブ、死ぬか生きるか、というような戦いだと思っています。
その点、僕らは「上場しよう」なんて考えてもいませんでした。
当時は2人からスタートしたんですけれど、会社を作るずっと前から友人同士で、同人的に「ちょっと面白いゲームをつくろうか」くらいのノリだったんです。そもそも「ゲームといっても、何をつくるんだ?」というところからスタートでした。
最初に私たちがゲームを作り始めようとしたのは会社設立のはるか昔の学生の頃で、時代的にはプレイステーションが全盛期の頃です。今のようにインディーズもなく、家庭用ゲームは開発のハードルが高かった。なので楽にゲームをつくろうと、パソコンの同人ゲームを選びました。
そこから我々が続けられてきた理由の一つとして、致命的になるようなギャンブルを避けてきた、というところがあるんです。例えば何も考えずに、「ゲームをつくりたいからプレステ向けに新タイトルをつくるぞ」というギャンブルをしていたら、まずコケていたと思います。
うちはそういうこともなく、あくまで同人レベル、とりあえず安全に続けられる道を選びました。「ものすごいホームランを打とう」とか、「スマッシュヒットを当ててどうにかなろう」という考えはまったくなかったんです。
「会社としてある程度余力がある状態でゲームを回す」という、スタートアップとは程遠い思考でした。だからこそ会社やサービスを続けられているのだと思います。
いまは若い人が、莫大な資金を集めて、ドカンとヒットを生み出して会社を大きくする、みたいなことがたくさん起きていますね。
ーー当時は、同人ゲームをつくって、それが売れて黒字であればいい、みたいな感じだったんですね。
新沼さん:そうです。我々のバックボーンは、やっぱり技術。ということは、技術がある限りなんでもできるわけです。
ですから、ここで終わるか・終わらないか、というギャンブルを仕掛けて終わるというより、技術をつかっていろいろ続けていくほうが面白く感じました。
ーー技術に確固たる自信があるから、お金を集めなくても好きなことができる、という。
新沼さん:そうです。会社の運営においては、本当にお金には困ったことがない。いうなれば、ある程度の仕事を安定的に請け負う基盤があるので、それを維持しつつ、「あれも面白い」「これも面白い」「ちょっとやってみようか」というふうになるわけです。
ーーそうしてゲーム制作から、魚拓をつくったりしたわけですね。
新沼さん:そうですね。結果的に、ゲームよりも前に魚拓が出ましたけれど。
一つのゲームを完成させるには時間とお金がかかるんです。しかも自社オリジナルのゲームなんて、ほとんどの場合リターンは非常に小さい。安定した経営のためには優先順位はどうしても下がり気味になります。
もうすぐ新作のゲームを出しますけれど、それについてどこかのインタビューで弊社のエンジニアが「1年の予定が4年になった」と答えているんです。今まで何度も開発期間が大きく伸びるのを見ていた僕は最初に「1年? それじゃあ5年はかかるかな(笑)」と言ってたくらいですからね。でもありがたいことにゲームの中にはカルト的な評価を得たものもあって、ゲームメーカーの超大手さんからプログラムじゃない仕事が来たりするようになったりもしました。
ーーそれじゃあ今は、アフィリティーという会社の中のサービスとして魚拓もあるし、ゲームのタイトルもある、ということですか。
新沼さん:そうですね。おかげさまで魚拓の有料会員はけっこう増えています。月額300円を払うと魚拓を自分のサーバーに保存できるようになる。非公開で保存できるので、著作権的な問題もなく、技術的に問題がなければどんなページでも魚拓が取れます。
ーーそれはどういったニーズから使われているんでしょうか。
新沼さん:いろんな理由がありますが、代表的なのは証拠として使うパターンです。たとえば訴訟に関わる資料を確実に保存しておきたい、というところもあります。
ページのスクショを自分で撮って持っておくのではなくて、魚拓で撮っておいたほうが資料として有効とみなされるようです。弁護士の先生からもそういう理由で使っていて、「助かっています」とお聞きしました。
ーー収益という点では有料課金が伸びている。たとえばこれまで「魚拓を買収したい」とか、そういったお話は今までにあったりしたんでしょうか。
新沼さん:買収のお話はないですけれど、「同じものをつくってくれないか?」という相談は何件かありました。やっぱりこのサービスは営利目的でやるにはちょっと方向が違うようです。変わったところでは、アーカイブに関する専門家として国際裁判に使う資料を作成する仕事が来たりもしました。
ーーもしもいま20代で、もう1回会社をつくるとしたら、資金調達をしていると思いますか。
新沼さん:いまの交友関係があれば、やっているかもしれないです。僕はずっと地方に住んでいるんですが、交友関係ってなかなか生まれないじゃないですか。けれど、僕はなぜか運がよかったり、筋肉のおかげもあって面白がられたのか、地方にこもってるわりにはやけに交友関係が広い状態になりました。
ーーなるほど、筋肉もですか。
新沼さん:はい。なので、何かやろうというときは声をかけていただけるので、「いままでの経験と交友関係があれば、何とかなるのかもしれないな…」とは考えますが、実際はどうかわかりませんね。なにしろ20代の頃は本当に単に筋トレが好きすぎましたから。
偽らざる人生として、15歳の頃からひたすら筋トレをやってきました。そして私がやっていたような筋トレとスタートアップって相性がおそらく悪いんですよ。
ーーどういうことでしょうか。
新沼さん:特に私が好きだった筋力を伸ばすような筋トレは、短い時間でも集中してものすごく力を出します。ただ、多忙で寝不足になりすぎたりした場合、ものすごく力むような行為は危険なんです。20代や30代の若い頃はいいかもしれないですけれど、そもそも基本的に負荷が高い内容なので危ないですし、あまり人のやるものじゃないな、と思うんです。
実際、スタートアップあるいはそれに近い激務を要求されるような時期は、そういった内容の筋トレは何度か本能的に危険を感じ取ったこともあって控えています。特に激務と戦うような方にとって、仕事中やトレーニング中を問わず、呼吸が浅くなったり止まったりするようなことは、身体へのダメージも大きいので避けるべきでしょう。継続的なパフォーマンスを維持するためにも、「有害なだけの緊張は避けるべき」というのは人生の早い段階から身につけるべき習慣だと思っています。
ーーすごく忙しいハードワークの中で筋トレをすると、怪我をする。
新沼さん:特に血管とかへのダメージですね。本当に好きな仕事だけで忙しいという場合は、ハードトレーニングをやってもそんなに体にダメージはないかもしれないです。けれど、嫌な仕事とか、ストレスがものすごく溜まってしまう仕事ってあるじゃないですか。「やりたくもないことをわずかな睡眠時間で2カ月もやらされているな」みたいなことも絶対にある。
そういうときに過剰な筋トレに逃避するのは危ないと思うんです。運動自体は続けたほうがいいんですけれど、息を止めるようなトレーニングを2時間や3時間みっちりやるというよりも、30分や1時間でサッとやるほうがいいと思います。
ーースタートアップの経営者って、ハードワークの人も多いですし、精神的にもハードですよね。
新沼さん:あれほど精神的にきついものは、なかなかないですよね。
当社が無借金経営なのは、とにかく筋トレが好きで、穏やかな気持ちで筋トレを続けていたかったから、というのもあると思います。
※記事の前編はこちらです。
Contributing Writer @ Coral Capital