本記事は豊田菜保子さんによる寄稿です。豊田さんは、楽天など国内外の企業人事で人材・組織開発に従事したのち、フリーランスを経てスタートアップ支援プログラムの企画・運営に携わりました。現在は、グローバルテック企業の人事で組織文化の醸成を担当する傍ら、スタートアップの経営者やメンバー向けに人事領域の課題解決に役立つ記事を執筆しています。
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あなたのスタートアップでは、人事評価をやっていますか? 人事評価制度は、会社と社員が長期的にいい関係を築いていくための必須ツールです。
今回の記事では、人事評価の基本編として「人事評価制度って何だっけ?」「目標管理とは違うの?」「いつ導入すべき?」「実際の運用って、どんな感じ?」といったところを簡潔にご紹介します。
では、さっそく1つ目のトピックから始めましょう。
人事評価制度とは何か?
様々な定義がありますが、ざっくりと下記のようなプロセスを指します。
(1)インプット=社員の仕事ぶりに関する情報
(2)プロセス=インプットを「評価項目」ごとに「評価基準」に照らし合わせる
(3)アウトプット=評価結果とフィードバック
人事評価のアウトプットは、人事管理を最適化する起点となります。評価結果は、他の人事制度(報酬制度・等級制度など)のインプットとなって、各社員の待遇や人材配置を更新します。フィードバックは、マネージャーと社員本人の両方に、今後の能力およびキャリア開発の方向性を与えます。また、評価の項目・基準・結果を共有することで、「この会社では、こういう成果・能力・行動の人が、高い/低い評価を受ける」という共通理解を促し、一人ひとりの行動だけでなく、組織全体のカルチャーを形作ることになります。
評価項目としてよく使われるのは、①業績(パフォーマンス)、②能力(コンピテンシー)、③態度(バリュー)の3つです。営業であれば、顧客獲得数や売上などが「業績」、傾聴などのスキルや製品・業界に関する知識は「能力」、誠実さや会社の価値観に沿った行動様式が「態度」にあたります。この3つは相互補完的な関係で、多くの場合に同時並行で使われます。
例えば、営業担当者が2人いて、評価サイクルの開始時点で、どちらも10件中1件ほどの確率で契約が取れる能力だとします。うち1人は能力を高める努力をして、もう1人は「数打ちゃ当たる」戦法を続けたとしたらどうでしょうか?
前者の方は、当初は試行錯誤で伸び悩んだものの、営業成功率が上がった中盤以降に急速に業績を伸ばしました。後者は、潜在顧客リストを片っ端からあたったため、後半以降リストの限界が近づいて業績ペースが落ちていきました。ただし、今期の業績だけを見ると、どちらも同じだとしましょう。
あなたの会社の事業・業界・カルチャーなどを考慮して、この2人の評価に差をつけたいでしょうか? それとも、同じ業績であれば同じ評価が妥当でしょうか? この例は担当者レベルでしたが、マネージャーだとしたら評価したいポイントは変わるでしょうか? また、業績や能力は高いとしても、不誠実だったり、カルチャーを乱したりする場合はどうでしょうか?
こうした質問に対する答えは、会社ごとに異なります。だからこそ、人事評価制度に絶対的な正解はありません。プロセスやインプットを設計するには、アウトプットを想像することが大切です。社員の仕事ぶりに対して、「これなら昇給・昇格・昇進が妥当」といえる条件は何でしょうか? また、フィードバックの場で、お互いの今後のためにどんな話をしているのが理想でしょうか? そこから逆算して、評価の項目や基準を考え、必要なインプットを集める経路を設計していきます。
目標管理制度との違いとは?
目標管理制度というのは、全社的な目標と、個々の社員の目標との整合性を確保するシステムです。人事評価が過去に焦点を置くのに対して、目標管理は未来志向の取り組みです。
代表的な目標管理制度の考え方は、「MBO(Management by Objectives)」と呼ばれます。その特徴は、目標の達成度が人事評価に紐づくことです。今でも多くの会社で、評価サイクルの始めに目標管理制度に従って目標を設定し、サイクルの最後に目標の達成度を数値化して、それを人事評価のインプットにするMBO連動型のやり方を実践しています。
スタートアップ経営者の中にも、自身が会社員だった頃の経験から、目標管理制度を人事評価制度の一部として考えたり、「目標達成度が評価や報酬に直結するのは当たり前」と捉える人がいるようです。しかし、実はそうとも限りません。むしろ目標管理と人事評価をしっかり分けようとするのが、米国を中心にした昨今のグローバルな潮流なのです。
というのも、目標管理と人事評価、ひいては報酬や等級が紐づいていると、目標達成度を上げるために、最初から達成できそうな目標ばかり掲げる人が増えてしまいます。また、評価サイクルのはじめに立てた目標は、いくら環境が変化しても、サイクルが終わるまで変更できません。変化の激しい時代となり、特に野心的な目標設定やアジャイルな方向修正が求められるスタートアップにとって、従来のMBO型の目標管理制度は最適解とはいえません。
そこで、MBOに代わって、Googleやメルカリをはじめ数多くのテック企業で導入されているのが、「OKR(Objectives and Key Results)」という目標管理制度です。特徴は、目標管理と人事評価(と、それに紐づく報酬・等級制度)の運用を切り離していることです。
MBOの場合、1on1面談は評価サイクルに合わせて、始めと終わりの2回、もしくは中間を含めて3回程度でした。一方、OKRでは、上長とメンバーが頻繁に1on1を行い、お互いに情報共有やフィードバックをします。また、目標を変更・更新する必要が生じたら、1on1を通じてアジャイルに反映できます。人事評価において、当初の目標達成度はあくまで参考程度で、上長は社員の仕事ぶりを総合的に判断します。
ここでお伝えしたいのは、目標管理制度と人事評価制度は、本来別々のものであり、紐づけることもできれば(MBO型)、切り離すこともできる(OKR型)ということです。そして、MBOからOKRへの変化に見られるように、人事管理にも様々な潮流や考え方があるため、以前に勤めていた会社など他社のやり方に縛られる必要はないということです。
いつ導入すべきか?
人事評価制度の導入は、30〜50人くらいで本格的に取り掛かるスタートアップが多いようですが、私は早ければ早い方がいいと思います。というのも、共同創業者以外のフルタイム社員を雇った時点から、組織づくりは始まっているからです。人事関連の意思決定に合理的な説明ができず、リーダーの主観で決まる印象を与える状況が続くと、透明性や公平性が損なわれて、組織のカルチャーに悪影響が出かねません。
評価制度を作ろうとすると、報酬制度、等級制度、カルチャーやバリュー(行動指針)の明文化、目標管理制度など、同時に作るべきものが見えてきます。これらは全て、組織の基礎的な枠組みです。早いうちから評価制度を運用すれば、経営チームや初期メンバーの人材マネジメントスキル向上にもつながります。プロダクト開発と同じように、組織開発も仮説をもとにシンプルに作って、運用し、改善していくサイクルを回しましょう。
どう運用すべきか?
運用の流れについて、一般的なモデルケースは次の通りです。
評価サイクルの始まり
- 評価面談①:評価項目と基準の合意
評価サイクルの途中
- 評価面談②:進捗確認(OKRの場合、月1回〜)
評価サイクルの終わり
- インプットの収集:上長による評価、自己評価、360度評価など
- キャリブレーション:多部署間でのすり合わせ
- 評価面談③:上長からのフィードバック
- 人事考課面談:賃金・等級に関する変更の通知と合意
新しく評価制度を導入する際には、まず社内のハイパフォーマーでテストをして、高い結果が出るか確認しましょう。評価項目や基準を必要に応じて調整したら、就業規則、賃金規程、人事評価規程を作成または内容を更新します。
最後に繰り返しになりますが、人事評価制度に絶対的な正解はありません。どの企業の制度にも、うまくいっている部分とそうでない部分があり、時代の流れも変わっていきます。大切なことは、あなたがせっかく創業した会社で、どんな人たちと一緒に、どんな働き方をして、世界を変えていきたいか考え、評価項目や基準に反映していくことです。そうすることで、人事評価制度は、会社と社員が長期的にいい関係を築いていくツールになります。
Contributing Writer @ Coral Capital