スタートアップの資金調達の手段といえば、VCによるエクイティを利用した調達が主流でした。しかし最近では、通常の融資に加え、新株予約権と融資を組み合わせた「ベンチャーデット」が活用されるケースが増えています。
資金調達の選択肢を広げるベンチャーデットですが、スタートアップはどう活用するのがよいのでしょうか。2019年11月に国内初のベンチャーデットファンドを設立(プレスリリース)した、あおぞら企業投資の久保彰史さんに聞きました。
聞き手はCoral Capital創業パートナーの澤山陽平。
そもそも「ベンチャーデット」って何?
ーーそもそも、ベンチャーデットとは何なのでしょうか。
スタートアップが資金調達する方法としては一般的に、株式を発行することで資金調達を行うエクイティファイナンスと、銀行などから資金を借り入れるデットファイナンスの2種類があります。エクイティは「株式」、デットは「負債」という意味です。
ベンチャーデットは、エクイティとデットの両方の性格を持つ金融商品の総称で、転換社債や新株予約権付融資などが含まれます。スタートアップ企業は融資(※)を受けると同時に、自社の株式をあらかじめ定められた価格で購入できる新株予約権(ストックオプション、ワラント)を付与します。
最近、国内でのスタートアップ向けのデットニーズの高まりを踏まえて、スタートアップ向けのデットをすべて、新株予約権の有無を問わずベンチャーデットと呼んでいるケースも見られますが、欧米でのベンチャーデットの定義は、このエクイティとデットの両方の性格を持つ金融商品のことを指しますので、使い方には注意が必要です。
ベンチャーデットは、「保有株式シェアの希薄化をできるだけ抑えつつも成長資金を確保したい」というスタートアップならではのニーズに応えるもので、ベンチャーキャピタルによるエクイティ投資と、一般的な銀行融資との間を埋める資金提供と言えます。
※デット調達には大きく、①融資を受ける調達と②社債を発行して調達する2パターンがありますが、ここでは記載を“融資”に統一します。
ーー新株予約権はいつの時点で行使されるのでしょうか?
ベンチャーデット事業者は、新株予約権をそのまま売却する、もしくはIPOなどに際して新株予約権を行使し株式購入した後に売却することで、普通の融資の金利収益に株式売却益(キャピタルゲイン)を加えて、収益の最大化、つまりリスク・リターンの最適化を図ります。
ですので、一般的に新株予約権は、付与されてもそのほとんどがすぐには行使されません。上場の確度が高まって初めて、スタートアップが想定通りに成長したことが確認された時点で行使されるケースが多いです。
メリットは希薄化(ダイリューション)回避
ーースタートアップにとってのメリットは、ダイリューション(株式の希薄化)を防げることなのでしょうか。
スタートアップにとってのメリットは、大きく2つあります。1つ目は、一般的な融資(新株予約権のない融資)を受けづらいスタートアップでも、融資という手法を活用して調達金額を増やせることです。また、これと同じくらい大きな2つ目のメリットが、エクイティ単体で調達する場合と比べて、より株式の希薄化を抑えた調達ができることです。
原則としてエクイティファイナンスは株主への返済義務がない資金調達の手法ですが、株式を新たに発行することで既存株主の持ち分が希薄化します。それに対してベンチャーデットは、希薄化を抑えつつ成長資金や運転資金を確保することができます。
また、急速な成長曲線を描いているスタートアップであれば、デットファイナンスでランウェイ(会社のキャッシュがなくなるまでの残り時間)を延ばすことで、さらに事業を成長させることが可能です。そうすることで時価総額が上がり、次のエクイティラウンドでの希薄化をさらに抑えられます。
ベンチャーデットには、①転換社債(社債部分は償還せず、新株予約権を行使して全額エクイティに転換することをメインシナリオにしたベンチャーデット。よりエクイティに近いためダイリューションの防止効果は小さめ)や、②普通社債+新株予約権(社債部分はデットとして全額償還を行い、別途、新株予約権を付与する)などのパターンがあり、スタートアップの財務、事業の進捗状況に合わせて使い分けるのが理想です。
ーー資金調達が厳しい市況になってベンチャーデットの利用が増えている印象もあります。
そうですね。最近では、ダウンラウンド(前回を下回るバリュエーション)の調達を避けたいスタートアップからの相談も非常に増えています。「次の資金調達までに今よりも高いバリュエーションに到達できなかった場合に備えてベンチャーデットを使いたい」というニーズですね。
たとえば、少し前のSaaSの企業はPSR(株価売上高倍率。時価総額を年間売上高で割ったもの)を10倍で見ていた時期もありましたが、今では半分の5倍ぐらいですよね。そうした状況では、T2D3(ARRを年々3倍、3倍、2倍、2倍、2倍に成長させていくこと)のベンチャー企業でも1年間ランウェイを延ばして事業成長しても、ようやく前回のラウンドと同じバリュエーションが付くことになります。そういう状況を打開する手段として、融資でランウェイを伸ばしたいという需要が多いのだと認識しています。
ーー発行する新株予約権の比率、つまりベンチャーデットの際の希薄化の割合はどのぐらいになりますか?
エクイティでは、その調達ラウンドで、新株を発行して資金調達します。その時の計算式は、調達額=発行株式数×株価(時価)です。
エクイティ調達での発行株式数を100とした場合、例えば普通社債+新株予約権のパターンのベンチャーデットでは、融資でエクイティ調達と同額の資金を調達するのに加えて、「調達額の25〜35%程度」の新株予約権を発行していただいています。つまりエクイティと比べると発行株式数換算では25〜35の発行で良い、25~35%の希薄化で済む、ということになります。
どんなステージのスタートアップが、どんなタイミングで利用する?
ーーどういったステージのスタートアップが対象になるのでしょうか。
まず、あおぞら銀行グループでは、ベンチャーキャピタル子会社である、あおぞら企業投資が運営する『HYBRIDファンド』を主軸としてベンチャーデット投資を行っています。
そして「どのステージが投資対象になるのか?」というご質問に対しては、「主にアーリー、ミドル、レイターのステージを対象としています」という答えになります。ただし、重要なのは、当該スタートアップのビジネスモデルがどの程度完成しているかです。
ベンチャーデットは、ざっくり言うと、相応にビジネスモデル、収益モデルが確立したサービスの横展開、事業拡大資金としての利用が最も適しています。具体的に言いますと、組織拡大のための採用費・人件費、新しい顧客を獲得するための広告宣伝費、営業エリアを拡大するための出店資金などです。これらの資金使途での利用ニーズのあるスタートアップが最も適した対象になると考えています。
ですので、まだ売上が立っていないシード期のスタートアップについては、ベンチャーデットの対象とするのは難しいのが実情です。ビジネスモデルができていない時期においては、融資可否を判断するポイントが「あなたは返す人だからお貸します」という人物評価しかありませんので。
こうやって見てくると、一般のベンチャーキャピタルさんとほぼ同じ基準ですね(笑)
ーー「アーリーステージ」以降のスタートアップが投資対象であることはわかりましたが、具体的な数値基準はあったりするのでしょうか?
あくまですべてこの限りではありませんが、MRR(月間経常収益)が500~1,000万円ぐらい出ていれば、「相応にビジネスモデル、収益モデルが確立したサービスに該当する」と言えるケースが出てくるため、ベンチャーデットの対象に入ってくる印象です。それよりも前のステージだと、少なくとも弊社では主たるベンチャーデットの対象には該当せず、よりエクイティでの調達が適したステージであると判断します。
ーー反対に、レイターでも上場直前のようなステージは投資対象になるのでしょうか?
投資対象にはなりますが、後ろすぎるステージだと逆にキャピタルゲインによる収益の最大化が見込めないことから、その会社が優れた会社であったとしてもお断りさせていただくこともありますね。このあたりがベンチャーデットのユニークな特徴だと思います。むしろ、このステージだと銀行に金利だけの融資検討を依頼するのが良いでしょう。
ーーエクイティファイナンスの前後など、ベンチャーデットがよく活用されるタイミングはあるのでしょうか。
特に多いのはエクイティラウンドと同じタイミングですね。例えば、10億円でエクイティ調達を実施するタイミングに合わせて、ベンチャーデットでも2〜3億円を調達して、合計12〜13億円とするようなケースですね。
そのほかには、エクイティラウンドの前に使われることもあります。
ーー「エクイティラウンドの前」というのは、ブリッジファイナンス的なイメージなのでしょうか。
おっしゃるとおり、ブリッジファイナンスの意味合いが強いですね。スタートアップは資金が一定金額を下回りはじめるとエクイティラウンドを開始しますが、「もう少しランウェイを確保できると大口取引先との契約が決まりそうなので、それまでブリッジファイナンスで繋いで、それからラウンドがしたい」というようなケースはよくある話です。Coralさんの投資先でも、まさにこのようなニーズでブリッジファイナンス的にベンチャーデットを利用されています。
そのスタートアップは大口取引先との契約がいくつも決まりそうというタイミングで資金調達の時期を迎えていました。そこでベンチャーデットを利用することでランウェイを延ばし、その間にしっかりとT2D3的に成長したうえで、万全の体制でエクイティラウンドを実施することができました。
銀行融資とベンチャーデットの審査方法の違いは?
ーーベンチャーデットの審査方法は銀行融資と異なるのでしょうか。
一般的な銀行融資は、会社の資産やそれまでの実績をもとに返済能力を予測して審査を実施しています。ベンチャーデットの審査方法は事業者によってさまざまですが、弊社ではVCに近い基準で審査をしています。ビジネスモデルの成熟度に加え、経営陣のバランスや資本政策なども含め総合的に評価して、適切なリスクに応じた金利や条件を設定するイメージですね。
ーーもっと一般的な銀行融資の審査に近いのかと思っていましたが、VCのような審査をしているというのは意外でした。
審査方法はベンチャーデットの事業者によって異なりますが、弊社ではVCや証券会社出身の社員が多いことも審査方法に影響しています。ベンチャーデット事業者でもカルチャーはそれぞれですので、どういう業態から派生してベンチャーデット事業者になったかによって審査方法も様々です。
立替融資を専門にする事業者や、担保をしっかり取る事業者も中にはいらっしゃいます。賛否のご意見などもあると思いますが、今はベンチャーデット事業者が増えて、スタートアップに融資という資金調達手段が増えた、多様化してきたことを良しとして、この先の進化に期待してもらって、ベンチャーデット業界全体を温かく見守ってもらえると嬉しいですね。
ーー金利水準はどのくらいなのでしょうか。
直球のご質問ですね(笑)
まずお話したいことは、我々は永続的に資金を提供し続けられるベンチャーデット事業者であるために、リスク・リターンが最適化された条件を強く意識して設定しています。そしてその条件は、金利水準および新株予約権売却によるキャピタルゲインを加えての総合的なものになります。
融資対象がベンチャー企業になりますので、一般の銀行融資と違って、全件回収可能というわけにはいきません。ですので、一定の回収不能分を織り込んでも、業として成立する条件がどれぐらいなのか、日々悩みながら進めています。審査方法と同じように、ベンチャーデットの事業者によって異なるところだと認識しています。
「どれぐらいの金利水準で融資するのか?」という話に戻りますが、私たちはスタートアップの事業性を評価したうえで、それに見合ったリスクとして金利と新株予約権を合わせて、年利換算でおおよそ10数%のリターンが出るように考えています。日本ではさすがに金利だけで10数%というわけにはいきませんので、5%以下の金利に新株予約権を組み合わせて、10数%のリターンに近付けにいっています。
これは、スタートアップの方々からは、一見非常に高いように見えるかもしれませんが、実は一般的なベンチャーキャピタルのエクイティ投資での期待収益率と比べますとかなり低い水準です。
ちなみにアメリカのベンチャーデットは金利だけで10数%の条件であるのに加えて、新株予約権も取得して、その水準でようやくベンチャーデットを取り組んでいます。利上げが進む米国とゼロ金利政策の日本とでは金利感覚が大きく異なるため、同じ基準では測りにくいですが、それでも総じては米国の方が条件は高めで、日本の方が安く調達できていますので、日米比較では日本はスタートアップにとっての環境が整っていると思います。
ーー本来、スタートアップは貸し倒れリスクがあるので金利は高いはずですが、日本は金利水準が低いので新株予約権で帳尻を合わせているわけですね。
その通りです。日本にベンチャーデットのエコシステムを根付かせるためには、ベンチャーデット事業者も一定の収支が合う状況にならないと長続きしない。このあたりのサジ加減が難しいところです。
ただ、日本のベンチャーデットにおいても、「金利水準をもっと上げるかわりに、新株予約権の比率を落としてほしい」というような条件を求めるスタートアップがいるかもしれない。このあたりは、より皆さまのご意見を伺いながら考えていきたいところです。
ーー金利が低いかわりに新株予約権を多めに取ったり、もしくはその反対だったりと、いろんなベンチャーデット事業者が出てくることで、より健全なマーケットになりそうですね。
はい。その通りだと思います。ベンチャーデット事業者の立場で考えると、スタートアップエコシステムに本当に貢献するためには、「業として成立させられるかどうか、長続きさせられるかどうか」にかかっています。
回収不能が発生する可能性が相対比で高いベンチャーデットにおいては、利用者であるスタートアップのニーズにしっかりと耳を傾けながら、最適な条件設定を模索する動きが当面続くと思います。
スタートアップが注意すべき点は?
ーーベンチャーデットを利用するにあたってスタートアップが注意すべき点はあるのでしょうか。
まず注意すべき点は、返済義務がないエクイティファイナンスと違って、原則、返済義務が発生することですね。ベンチャーデットはあくまでも“融資”ですので、想定通りに事業が伸びなかった場合でも、返済が発生します。
また、借り過ぎにも注意が必要です。企業規模に応じた適切な金額の融資を受けることがポイントです。例えば、エクイティラウンドで調達した資金をデット返済に充てること自体はおかしな話ではありませんが、デット返済に充てる金額があまりにも大きいとエクイティの投資家の立場からからすると、「そんな資金繰り計画を立ててしまう経営陣を支援しても良いのか」という話になりますよね。その結果、投資家がエクイティファイナンスに消極的になることも予想されます。そういった点でも、節度のある、身の丈に合った調達をしていくのがよいと思います。これは個人のローンの話と同じですね。
ーー回収期間や返済方法はどのような形態が一般的なのでしょうか。
普通社債+新株予約権のパターンのベンチャーデットでは、期間は2年から3年程度で、①社債期間中は利息のみをお支払いいただき、社債期限に元金を一括返済する形式、もしくは②社債期間中に毎月等決められた日に決められた金額を返済する約定返済をつけさせていただく形式が多いですね。
ただ、形式によってもそれぞれ特徴があります。例えば①元金一括返済型は、社債期間中の返済がないメリットはありますが、金額上限などでの審査ハードルは高くなる。②約定返済型は、(元金一括返済型と比較して)金額を借りやすいですが、社債期間の後半では返済が進んで借入残高が小さくなる特徴がありますので、当該資金をどのように使うかという「借入の狙い」をしっかり考える必要がありますね。せっかく借りたのに、使いたい時には「使えないお金」を借りていたということになっては意味がありませんので。
ーー銀行としては、返済期限のタイミングですべてを返してほしいのでしょうか。それとも、返済しきるのではなく、そこからさらに通常の借入をしてほしいのでしょうか。
一般論になりますが、銀行はお金を返す能力のある会社にお金を貸して利益を得るビジネスモデルです。だからこそ、「返してもらったら取引終了」というものではなく、借り続けてもらうのが理想ですね。
ーーエクイティだけで資金調達をしてきたスタートアップにとっては、急にファイナンスの「変数」が増えることで戸惑うこともありそうです。
事業計画の複雑性が増すというのはおっしゃるとおりです。ベンチャーデットについて相談をいただいたスタートアップの中には、「エクイティは返済義務がないので、デットよりも調達コストが安い」と勘違いされている方もいますが、一般的にはエクイティの方が調達コストは高いです。これらの資金調達の手法・考え方について、体系的に理解し、使いこなす時期に入ってきているということだと思います。
最近は投資銀行業界の出身者がスタートアップ業界に移籍して、CFOや財務の重要なポジションに付くことが増えています。そうした方々は、エクイティとデットの調達コストの違いについても詳しく、ベンチャーデットへの理解も早い。ファイナンスに精通した人材がスタートアップに増えたからこそ、日本でベンチャーデットの市場が立ち上がり始めたとも言えると思います。
ーー逆に言うと、財務担当者が不在で、CEOだけでファイナンスを見ているような会社にはハードルが高いのかもしれませんね。
ファイナンスに詳しい方がいるのが理想ですが、複雑ではないベンチャーデットもあるのでご利用いただくことは可能だと思います。複雑な特約条項を盛り込まず、シンプルな新株予約権付社債だけにするなどの商品設計にも対応しています。なお、弊社からお借入れいただくスタートアップの皆さまには、より理解いただけるように個別にレクチャーもさせていただきます(笑)
日本のスタートアップ業界に与える影響は?
ーー日本におけるベンチャーデットの利用状況は。
日本ではあおぞら企業投資が2019年に初めてベンチャーデットを開始しました。これまでに約30社、約50億円のベンチャーデットを提供してきました。現在は銀行や証券、独立系のベンチャーデットプレイヤーも参入し始めていて、徐々に市場が立ち上がりつつある状況です。
ーーベンチャーデットは日本のスタートアップ業界にどんな影響を与えると考えていますか。
多様化するスタートアップの資金調達ニーズに一定応えられると考えています。スタートアップはもちろん、そのサポートを行うベンチャーキャピタルの皆さまにも、ベンチャーデットという新しい選択肢があることを知っていただき、その上で、使うか使わないかを検討してもらえると嬉しいです。
新しい選択肢という点では、優先株やJ-KISSのような資金提供側のイノベーションが登場したことで、スタートアップ業界の調達手法、エコシステムが進化してきました。それと同様に、私たちもベンチャーデットでスタートアップ業界を盛り上げていきたいですね。
現在、米国ではスタートアップの調達額に占めるベンチャーデットの割合が10%に達しています。同様にインドでは7%、欧州では5%、中国では3%がベンチャーデットによる調達だと言われています。日本でもスタートアップ調達額の10%を目指していきたいですね。
ご参考)あおぞら企業投資ホームページ
(聞き手:澤山陽平/構成:増田覚)