本記事は弁護士の山本飛翔(つばさ)さんによる寄稿です。これまで数多くのスタートアップを支援してきた山本さんは、2020年3月に「スタートアップの知財戦略」を出版、同月には特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門で奨励賞を受賞し、2022年には週刊東洋経済の法務部員が選ぶ弁護士ランキングの知的財産部門で1位を獲得しました。
また、大手企業とスタートアップの両方をサポートしてきた経験を生かし、特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」(いわゆるモデル契約)に事務局として関与しています。
本連載では「事業成長を目指す上で、スタートアップはいかに知財を活用すべきか」という点をご紹介していきます。
PMF(Product Market Fit)を達成したアーリー期以降、自社プロダクトのマーケティング活動に力を入れるスタートアップは少なくありません。そうしたフェイズのブランド戦略に大きく貢献してくれるのが、商標権や意匠権をはじめとする各種知財です。そこで今回は、本格的なマーケティングを始める前に抑えておきたい、知財の活用方法について解説します。「ブランド戦略の実行・策定」および「自社商標の普通名称化防止」という2つのテーマを深堀りします。
ブランド戦略を後押しする知的財産
ブランドに厳密な定義はありませんが、ブランドとはどのようなものかをあえて表現するとすれば、「ユーザーが企業の雰囲気やロゴ、商品やサービスに対して抱く何らかの印象」ということができます。数あるプロダクトの中からどれか1つを選ぶ際、そのプロダクトのパフォーマンスや価格のみならずブランドが影響することは、みなさんの経験からもイメージできるでしょう。
そのため、自社のブランドをユーザーに魅力的に感じてもらうためのブランド戦略の構築が重要なものとなります。なお、ブランド戦略といっても、いわゆる「高級品」のみが対象となるわけではありません。マス広告が必須になるものでもなく、BtoC企業に限られるものでもなく、等しく、どのスタートアップも取り組むべき戦略です。
ブランドや知財というと、ロゴやブランド名、および、これらについての商標権による保護のみを想起されるかもしれません。しかし、ブランド戦略の本質は、「ターゲットとなるユーザーにこう思われたら選ばれるであろう」という価値を決めたうえで、そのような印象が残るようにすべてのUX(ユーザーエクスペリエンス)や施策に一貫性を持たせることにあります。
そして、自社のプロダクトがユーザーに対して特定の印象を与えること、さらには、特定の印象を形成していくにあたっては、各種の知財が貢献できる余地が大きいのです。特に、デザインが重要視されている現在では、デザイン(物理的なデザインのみならず、UIのデザインを含む)を保護するための意匠権の重要性はますます高くなっています。また、ブランド・マーケティング領域の専門家である山口義宏氏が紹介する、以下のDysonの例に挙げられるように、特許権もブランド戦略には十分貢献できるのです。
上記のDysonの例に「特許取得の元祖サイクロン方式」とありますが、ブランドと知財の関係についてエビデンスを構築するにあたっては、技術的な性能、製法や提供方法などを示すこととなります。Dysonは特許権を取得したという事実をもって、エビデンスを構築しているのです。
Dyson以外で技術的な性能を示した事例として参考になるのが、マツダのディーゼルエンジン「SKYACTIV」です。同社はスポーツ性能と環境性能の高さを両立していることについて、エビデンスとして具体的な技術仕様を示しました。それと同時に、「SKYACTIV TECHNOLOGY」という名称を用いることで、具体的な技術仕様を示さずとも価値のイメージが伝わるように工夫しています。
製法や提供方法にまつわるエビデンスとしては、アサヒスーパードライが「できたて品質」をアピールするために、製造後短期間に工場から小売店に配送していることを示していることが参考になるでしょう。
技術的な性能をエビデンスとして使用する際には、特許権による裏付けが考えられます。また、ユーザビリティのためにデザインを工夫したということであれば、当該デザインについて意匠権を取得して裏付けすることも可能です。さらに、当該エビデンスを端的に示すキャッチフレーズのようなものを採用した場合(上記の「ダイソン。吸引力の変わらない、ただひとつの掃除機。」)には、当該名称について商標権を取得することも考えられます。
以上を踏まえて構築されたブランド戦略にもとづき、ユーザーに抱いてほしい特定の印象が残るようにすべてのUXや施策に一貫性を持たせるために、商標などの使用方法のルールを定める(経営陣・デザイナー・弁護士/弁理士と協議して定めることが理想)こと、および、それに反する使用や、自社のブランド形成を阻害する商標の使用に対し、自社のロゴなどの標章について取得した商標権にもとづき差止などを求めることは、ブランド戦略に大きく寄与することになるでしょう。
なお、商標などの使用方法のルールを定めるにあたっては、Appleの「Apple Identity Guidelines」や、東京都の「東京ブランドロゴのデザインマニュアル Ver.02」が参考になります。
商標登録の効力がなくなる? 自社商標の「普通名称化」とは
自社の商標を出願するまでの間、または出願後においても、その商標が日常的に使われると「普通名称」として認識されてしまうことがあります。未登録の商標であれば、登録が困難となり(商標法3条1項1号)、登録後においては、後述のように当該商標権の権利行使が困難となります。ここからは、そもそも普通名称化とは何なのか、また、自社商標の普通名称化を防ぐにはどうすればよいのか、という点について解説します。
普通名称化とは、ある商標がその商品をあらわす普通名称のように使われることで、実質的に商標の効力がなくなってしまうことです。例えば、ラッパのマークでおなじみの「正露丸」は大幸薬品が商標を登録していましたが、世の中に普及すると、「クレオソートを主成分とする整腸剤」を指す言葉として「正露丸」が使用されるようになりました。
また、SONYが「ウォークマン」を発売した頃は、画期的な製品であったこともあり、他社が出したポータブルミュージックプレイヤーも「ウォークマン」と呼ばれることがありました。ウォークマンは普通名称化してしまった事例ではありませんが、普通名称化のリスクは、先駆的なプロダクトを手がけるスタートアップにも当てはまります。
登録商標が普通名称化してしまうと、当該商標の識別力が減殺され、顧客吸引力を失い、当該商標のブランド価値が毀損することはもちろんですが、法的にも次に述べるような問題が生じます。
すなわち、商標登録後に当該商標が普通名称化した場合、当該商標登が無効になることはないものの、商標法26条1項は、普通名称(同項2号、3号)慣用商標(同項4号)については、商標権の効力は及ばないとします。また、普通名称または慣用商標となった商標は、識別力が減退しているため、不正競争防止法2条1項1号・2号に基づく保護を受けることも難しくなります。このことが何を意味するかと言うと、他社が同一または類似の商標を後から使用してきたとしても、当該商標の使用を差し止める術を失うリスクが出てくることになるわけです。
それでは、普通名称または慣用商標となってしまうことを防止するためには、どんな方法があるのでしょうか。
自社で商標を使用する際は「Rマーク」や注意書きを
普通名称化および慣用化を防止するためには、その商標が登録商標であることを事業者や一般需要者に認識させ、当該商標の識別力を保つことが重要となります。そのため、自社で当該商標を使用する際には、それが登録商標であることを示す「Rマーク(Rをマルで囲んだマーク)」を付けたり、「○○は××株式会社の登録商標です」といった注意書きを記載するなどして、当該商標が登録商標であることを明示することが考えられます。
なお、商標権をまだ取得していない場合や、国際展開しているプロダクトで一部の国で商標未登録の場合には、上記の表記の代わりに、「TM」(trade mark)や「SM」(service mark)を用いることが望ましいでしょう。
他社が自分たちの商標を使っている場合の対策は?
他社が当該商標を使用している場合には当該登録商標が一般名称的に使用されているか否かを定期的にウォッチングしていく必要があります。例えば、自社の登録商標で定期的にウェブ検索などを行うことも有用かもしれません。
そして、当該登録商標が、自社の登録商標としてわからないような形で(一般名称的に)使用されている場合には、当該商標が自社の登録商標であることが分かる態様で使用されるよう、訂正を求めていくことが望ましいです。また、当該商標が他社に商標的に使用されていると評価できる場合には、商標権侵害を理由として当該使用の中止または表現の修正を求めることも効果的でしょう。
なお、Amazonや楽天市場のようなECモールに出店する事業者が、自分たちの登録商標を一般名称的に使用している場合には、当該事業者に直接連絡することも考えられますが、ECモールの運営者に通報・連絡することも効果的です。モールの運営者を通じて、当該事業者に対応を求められるためです。
今回は、アーリー期におけるスタートアップと知財の関係のうち、ブランド戦略に関する留意点、特に「ブランド戦略の策定・実行」および「自社商標の普通名称化防止」についてご紹介しました。
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Contributing Writer @ Coral Capital