日本政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、同年夏にスタートアップ担当大臣を新設。11月にはスタートアップ企業を5年で10倍に増やす計画として「スタートアップ育成5カ年計画」を発表しました。
5カ年計画には、スタートアップの年間投資額を現在の約0.8兆円から10兆円へと10倍以上に引き上げることや、ユニコーン企業100社創出といった目標が掲げられています。計画の最初の案として公開された25ページのPDF文書を見ると、以下のように人材・資金・イノベーションという3本柱のもとに、広範な施策や取り組み、もしくは制度改革が検討されていることがわかります。
第一の柱:スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築
第二の柱:スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化
第三の柱:オープンイノベーションの推進
エンジェル投資向けの税制優遇、ストック・オプション制度の整備、M&A促進のための会計基準の任意変更といった経済的インセンティブに関わる資金面の施策もあれば、DXの妨げとなっている非デジタルを前提とした各業界の規制の緩和も含まれています。計画はきわめて網羅的で、従来の各省庁ごとのスタートアップ支援とは様相が異なります。
Coral Capitalでは計画の策定背景や全体像、今後の進め方について衆議院議員で自由民主党副幹事長の小林史明議員にお話をうかがいました。小林議員は現在、自民党のスタートアップ政策に関する小委員会で事務局長を務めています(聞き手・Coral Capital創業パートナー 澤山陽平/編集・同パートナー 西村賢)
衆議院議員、自由民主党副幹事長・小林史明(こばやし・ふみあき) 「テクノロジーの社会実装で、多様でフェアな社会を実現する」を政治信条とし、時代に合わなくなった規制の改革に注力。これまでにも漁業改革、公務員制度改革、デジタル規制改革に関連する法案整備に貢献。第一次・二次岸田内閣ではデジタル副大臣兼内閣府大臣に加え、デジタル臨時行政調査会事務局長も務め、現在は自民党の政務調査会の1つである新しい資本主義実行本部傘下のスタートアップ政策に関する小委員会で事務局長を務める。政治家以前はNTTドコモで法人営業・人事採用担当を務めた。上智大学理工学部化学科卒業。
Coral Capital創業パートナー・澤山陽平(さわやま・ようへい) 2015年よりファンドを組成し、シードステージ企業へ100社以上に投資。総額約350億円を運用(2022年1月現在)。それ以前は野村リサーチ・アンド・アドバイザリーでITセクターの未上場企業の調査/評価/支援業務に従事。さらに以前はJ.P. Morganの投資銀行部門で数千億円のクロスボーダーM&Aのアドバイザリーなどに携わった。東京大学大学院 工学系研究科 原子力国際専攻修了。早稲田大学非常勤講師。
日本の課題は、給料が上がらないこと
澤山 まず最初に全体的にぱっと見たときの私の印象としては、本当に多くのスタートアップ業界の人に話を聞いて検討を進められたんだなということです。かなり細かくさまざまな施策が盛り込まれていて、本当に素晴らしいなと思いました。一方で、項目数も多かったので、どのあたりが温度が高いのか、というところなどお聞きできればと思っています。
もちろん、ロードマップも出てはいましたけれども、報道を見ていると、ストック・オプションやSBIR制度辺りが熱いテーマなのかなとも思って見ています。
小林 今、この国の課題の一番のポイントが何かというと、やっぱり給料がなかなか上がらないことなんですよね。理由はいろいろあるんですが、各国と比較すると、人材の流動性が非常に低いことが挙げられます。
澤山 まったくもってその通りですね。
小林 人材の流動性を上げるには、リスキリングをして、社内で異動したり、成長分野や同じ仕事でもより給料の高いところに転職する人が増えることで、個人の所得が増えて、経済成長と社会課題の解決を同時に促そうと考えています。
今般発表したスタートアップ支援の政策は、スタートアップのためだけでなく、「新しい資本主義」で掲げている国全体の経済成長と社会課題の解決のために行うものです。そのためにスタートアップがもたらすイノベーションや新しい産業により、人材の流動性や新しい働き方がもたらされ、経済と社会が活性化することを期待しています。
例えば、この図(下図)でいえば左下のところですが、大学を中心にディープテックと呼ばれる領域で、新しいシーズから企業が多く誕生するようにしないといけません。
小林 ちゃんとスタートアップに資金が流れてくるようにならなければ。VCにもっと投資していただくのもそうですし、さらに図の右下のところですね、エンジェル投資家とか、起業で成功した人たちに再投資を促す優遇措置として米国のQSBS的にお金を流すということも重要です。
※QSBS制度:Qualified Samll Business Stcokの略で、スタートアップの起業家や従業員が自社株売却時に受けられる税制優遇のこと。日本版QSBS制度の議論が始まっている。スタートアップ先進国の米国では年間1,000万ドル(約13.5億円)まで非課税。またエンジェル投資家としてスタートアップへ再投資する場合には上限なしで課税が繰越される。成功したスタートアップで得られたキャピタルゲインによる資金をシード・アーリーのスタートアップに還流させ、経済成長を促進する制度。
必要な人材を確保するにも良い条件を提示するのが難しければ、ストック・オプションが強みになるはずなので、これを全部セットでやりたいと考えています。
税制改正の議論においては、澤山さんに触れていただいたように再投資のところに光があたっています。QSBSとストック・オプションは制度的には非常に重要なポイントで、今回は制度を触りたいと思っています。
すでにスタートアップは給料も高いが採用で課題
澤山 なるほど、なるほど。「給料を上げたい」という出発点が分かると、全体像が明確になりますね。よく理解できました。
実際、いまスタートアップに調査をすると社員の給与がけっこう上がってきているんですよね。「若者が安い給料で深夜まで働いてる」というイメージは過去のもので、今は30代40代が日本の伝統企業よりも高い給与と、高い裁量で活躍しているのが現状です。
一方で、いま私の中での一番の問題意識は、まさに人のところなんですよ。採用がもう限界に来ていると感じています。
今回のスタートアップ育成5カ年計画を見ていて、温度感が知りたいなと思ったのは、まさにそこです。起業家を生み出すところとか、企業を生み出すところにフォーカスが当たってるようにも見えていますが、スタートアップ界への人材の流入の手当てはどうかな、と。
例えば、いまCoral Capitalでは月に数百件くらいスタートアップから問い合わせが来るんですね。Coral Insightsというメディアで毎月10〜20万人ぐらいが見てくれているので、それだけ問い合わせが来ます。我々の考えとして、実はスタートアップ自体はかなり増えてきているのではないか、と。もちろん、ディープテックをもっと増やさないといけないという議論があるとはいえ、増えてきてる。
一方で、採用はもうとにかく限界だと感じています。スタートアップも資金も増えて、みんな大きくなれるようになってきたんですが、なかなか人が採用できません。
スタートアップそのものを知ってる人が少なくて、やっぱり大企業の方が安心と思っちゃう人が多いのかなと、そこの課題がまだまだ多いように思います。いま人材採用ではスタートアップ同士で取り合うというようなことも起こっていて、人材プールが広がってってないことに、すごく課題に感じています。Coral CapitalではStartup Aquariumという大きなキャリア・フェアを虎ノ門ヒルズを貸し切って2月に2,000人規模ぐらいでやろうと思ってるんですけれど。「スタートアップは怖い場所じゃないよ、意外と働きやすいし意外と給料も高いよ、しかもストック・オプションの夢もあるし、仕事も楽しいよ」みたいなところをアピールしているところですね。
省庁縦割りの壁の間で見逃されてきた制度
澤山 制度的なところで変わっていくのは素晴らしくて、例えば私の中では税制適格ストック・オプションの株式保管委託義務というのがあって、もうこれは撤廃が必須だと思っていているんですね。一方で、こういう制度は変わっていくのに時間かかるなというイメージがあるんですけれども。
※株式保管委託義務:ストック・オプションに関して租税特別措置法に定められる税制適格要件に、権利行使して取得した株式を証券会社などに管理を委託すること、とするものがある。
小林 これまではスタートアップの数を増やす、大きくする、ということにフォーカスしてたので、予算施策ものが中心でした。制度にほとんど触れていないんですね。
ストックオプション制度など、海外で成果を出している制度の研究も不足していた。これは政治側の反省でもあります。
海外の制度をちゃんと見ている人がいなかった
澤山 おっしゃる通りですね。特に海外のところですが、本当の意味で両方を知ってる人は少ないなと思っています。日本の制度をよく知ってる人はいます。海外の制度にすごく詳しくて海外を過度に美化する人も多いですが、両方をちゃんと知っている人は、実は結構少なくて、それでボタンを掛け違っちゃうことが多かったりするのかな、と。
スタートアップはシリコンバレーをお手本にしがちなんですけど、お手本にできる部分もあるし、ちょっとそぐわない部分もあるし、みたいなところがすごく難しいですよね。
小林 例えば、ストック・オプションの保管委託要件でいくと、年末調整や確定申告で、個人はちゃんと報告する機会があるわけですし、企業は企業でちゃんと報告する機会があるので、わざわざそれを保管委託する必要はないのではないか、とか。ここを変えるべきというのは提言に盛り込んでいて、必ず動かしたいと思ってます。
澤山 株式の保管委託のところだったり、今回の提言に盛り込まれているストック・オプションプールですね。
小林 ええ、国の大きな役割というのは、そうした制度インフラを整えることだと思っています。
スタートアップで働くインセンティブをどう作るか
小林 制度という意味では、セカンダリマーケットも作って「IPOしない限り、結局ストック・オプションって意味ないじゃん」ということにはならないように変えたいですけど、そこはどちらかといえば金銭的なインセンティブですよね。
それに加えて、働き方のインセンティブとか、いわゆるスタートアップにいるからこそ得られるサポートが大切だなと思います。若干スタートアップだと福利厚生が弱いということがあるのかな、と。そういう面での転換は、むしろVCの皆さんがリーダーシップをとってやっていただきたいなと思います。人材を採っていくために何が今スタートアップに足りないのか、というのを集合知として集めてノウハウを共有したりですね。さきほどの採用イベントもそうかもしれません。国の制度設計と同時に、そうした民間の取り組みを両輪としてやっていけるのじゃないかと思います。
テクノロジーを使った福利厚生というのもあるかもしれませんよね。スタートアップだからこそできることをやってもらえると、社会全体の空気を変えていけるんじゃないかと思うんですね。
澤山 なるほど。
小林 国としてはリスキリングに5年で1兆円を投資することを発表していますが、これもスタートアップと関係します。スタートアップは新しい知識や能力、スキルが必要とされることが多いと思うんですね。だから、むしろスタートアップ側からも、「このスキルセットを持ってもらえたら、全然地方からでも参画してもらえますよ」といった要件も出していただけると良いと思います。リスキリングによって、政府は人材移動してほしいと思ってますから、そこは連動が取れるんじゃないでしょうか。
澤山 確かにそれはありますね。スタートアップの世界だと、今までとはまた違う職種が生まれがちなんですよね。わかりやすいところで言うと、クラウドサービスにおけるカスタマーサクセスという職種ですが、多分これは10年前には誰もそんな職種は聞いたことがなかったと思うんですけど、今では非常に重要な職種になっています。
カスタマーサクセスという職種には、経験が十年ある人がいないわけなので、皆さん各社で育成しているんですね。ポテンシャルのある人をマーケから取ったり営業から取ったりして。
スタートアップは新しい職種や機能が生まれる場所だからこそ、リスキリングの場所になるという面はありますよね。
小林 「みんなゼロからスタートしているので、良かったらどうですか」というと、すごく心理的ハードルも下がりますよね。このスキルだと政府のリスキリングのプログラムがあるので、これだけ学んできてくださいというふうになると、すごくいいなと思うんですね。
澤山 そうですよね、だから我々コンテンツの力で頑張ってるんですが、なかなか伝わっていかないところもあって…(笑)
老舗うなぎ店のタレも良いが、別の壺で新しいタレを
澤山 働き方のインセンティブで話をしたいのが、社内の制度の話です。例えば、Coralの出資先には女性起業家もけっこう多いんですが、子育て中の方だと、今はもう大企業よりスタートアップのほうが働きやすいこともあるようです。スタートアップのほうが自分たちで制度をゼロから作れるからですね。
スタートアップの方がダイバーシティを受け入れる枠組みがあったりすることも少なくないです。すでに決まったオペレーションや制度がある大企業の中にダイバーシティを受け入れる枠組みを新たに作るって結構大変じゃないですか。でも、スタートアップはそこから全部作っていくので、実はダイバーシティの観点でも、すごくいろいろな人たちが働きやすい場所になるのかな、と思ったりします。
小林 そうですね、スタートアップってハードに働いて、めちゃくちゃ大変だけどお金はたくさんもらえるというイメージがつきすぎちゃってるかもしれませんよね。
先日、安宅さん(慶應義塾大学環境情報学部教授の安宅和人氏)とパネルディスカッションをやったんですけど、安宅さんは「野田岩のタレ」と言っていました。鰻屋の野田岩のタレって、もう何百年も繰り返してますみたいな話で、ここに新しいソースを入れても結局は野田岩の味になる、と。
だから別の壺を作って、そっちに新しいソースを作りましょうと(笑)
澤山 分かりやすい(笑) 僕も壺のたとえ話を使おうかな。スタートアップがイノベーションを生み出せるのも、まさに新しい壺だからですね。だから小さな壺で新しいものを作って、それが伸びてきたら社会や、別企業が取り込むという流れが加速するといいですよね。
Coral Capital創業パートナー澤山陽平
ディープテックは、数を大きく増やす制度に変える
澤山 大型M&Aの話題に合わせてお話を続けさせてもらうと、もう1つ、いま私がすごく危惧しているのがディープテックの盛り上がりが加熱しすぎていることだと思っています。
ディープテックは、日本の柱として立てていくべきなので、そこに対して政策として重点的にやるのは素晴らしいことだと思うんです。ただ、特に昨年顕著だったわけですけど、未上場であの手この手でいろんなところでサポートして、育てて育てて……、でも、最後に上場するときには市場の洗礼にあって一気に株価は下がる、みたいな。
ディープテックではなくても事業会社中心のファイナンスで大きく伸ばしてきて、ものすごいダウンラウンドの上場になるというケースが2022年はいくつもあったので、ディープテックもそうなってしまうのでは、という危惧をすごく感じてるんですよね。
そうなってくると対策としてはM&Aですね。上場とはまた違う評価軸で、イグジットを作っていくとか、もしくは市場の参加者からもちゃんと評価されるような形で明確な売上・利益をバーンと作って上場するというところ、そこを何かやっていく必要があるんじゃないかと。そのためのSBIR制度なのかな、とか思ってるんですけど。
ディープテックは大事だけれども加熱しすぎるのも危険だし、出口をちゃんと作らないとまずいよなという課題意識なんです。小林先生として、この辺りは、どういうふうに見られてますか?
小林 まずディープテックのところですが、まだ数が少ないと思っています。数少ないスタートアップを、みんなで手取り足取りみたいな感じになっていますよね。なので、数を増やすのは、すごく大事と思っています。ここは、SBIRで日本の制度を大きく変えたいと思ってるんですね。日本のSBIRは公共調達で何とかしようという感じがすごく強かったんですね。海外を見ると、100%補助を出して、だからといって別に調達になるかどうかはまた別という形でやっていたりする。その代わり、補助は数百万円という規模。むしろ、たくさんのチャンスをシーズを持つ人たち渡すということを日本では実はあまりやれていないんですね。
澤山 確かに、確かに。
小林 日本では経産省とか中小企業庁の補助金とかもですが100%ではなく、2分の1の補助ですとか、すでに完成した技術を少し改善するというところに補助がつく形なんですね。全く新しいアイデアに対しては、ほとんど補助金はついてないですね。
澤山 確かに、本当に最初期のところで出してもらえるのはSTART(大学発新産業創出プログラム)ぐらいでしょうか。 NEDOのSTS(研究開発型スタートアップ支援事業)もそうですけど、結構ハードルは高いですね。採択されるのもですけど、採択後の書類仕事がものすごく大変だというのも良く聞きますね。7,000万円の助成金に対して書類仕事のコストを割り引くと実質4,000万円ぐらいの価値だと言っていた起業家もいました(笑)
小林 大きな成功を作るためには、数を増やし裾野を広げることが重要ということがわかる事例として、サッカー界の取り組みが良い事例ではないでしょうか。
先般のサッカーW杯で日本がすごい活躍をしましたし、欧州リーグでも活躍する選手が数多く誕生しています。その背景には各地域に根差したJリーグや地域リーグの存在があり、全国各地で地道に選手育成に取り組んできた結果、大きな成果を出すことができています。
そういうことが起こらないと、なかなかレベルが上がってこないかなと。SBIRを抜本改革するというのは、そこが狙いです。
澤山 ああ、私は勘違いしてたかもしれないです。SBIRは、どちらかと言えば結構大きなスタートアップに売上をつけて育てて行くという印象だったんすけど、そうではなく、ボトムで、しっかり数を増やしていくところですね。
小林 政府調達につなげていくのも重要ですが、党側として出した提言や、私の思いとしては、広く薄くチャンスをたくさん作るやり方も考えています。
研究とビジネスを繋ぐ拠点として大学にダイバーシティを
澤山 Coral Capitalでは累計105社ぐらいに出資してきていて、最近のキャッチコピーは「SaaSから核融合まで」というもので、幅広い領域に投資してきています。良い企業はどこから出てくるのか分からないので、あらゆる領域で大きい素晴らしい会社が日本から生まれるなら投資していく、というのがファンドの戦略です。
結果として10%ぐらいがディープテックになっています。そこで感じている課題は、やっぱり人なんですね。私たちが投資したディープテックの会社は、大体素晴らしい研究者と素晴らしいビジネスマンの2人組なんですよ。やっぱり研究者だけとか、教授だけとなると、なかなか難しいということをすごく感じています。
私たちも、こういうコンビが作れるのかどうか、マッチングを試みてるんですけど、なかなか難しくて試行錯誤中なんですね。ここもディープテックでは課題です。
小林 大学側にダイバーシティが必要だろうなと思っています。日本は社会人の学び直しで大学に入る人の比率がものすごく低いんですね。その結果、世の中でビジネスを経験した人と、大学の中で研究してる人の接点が、すごく少なくなっています。ここは文科省の大学改革の方で徐々に増えてきていますが、提言の中には「スタートアップキャンパス構想」もあります。
スタートアップキャンパス構想は今年、具体的な動きが出てくると思うんですけど、グローバルな大学の研究室を日本に呼び込んでくるということもやりますし、各大学の拠点の中にVCも含めて民間の人たちがいて、という状態に集積させるというのを、いくつか全国でやりたいと思っています。出会う機会を日常に作っていく。
澤山 そうですよね、やっぱり大学の中の人の多くは大学の中の世界で閉じちゃってますよね。私はもともと理系の研究室にいて、原子力国際専攻なんですけれど、修士とか学士で卒業して就職する奴は裏切り者、みたいな扱いもあるんですよね。なんでお前は大学に残らないんだ、みたいなですね(笑)
大学の研究室も、もっと出たり入ったりが当たり前の世界になるといいですよね。文科省がかかわってくると難しいでしょうけど、研究室の評価基準をいじれると本当はいいんでしょうね。
小林 研究室に出す研究の補助があると思うんですけど、場合によっては大学への交付金で、ビジネス領域との繋がりとか、その大学からスタートアップが生まれてるかですね。そういう観点も入れていけるんじゃないかと思います。大学は学術だけやっていれば評価される場所ではないですよ、ということで、そこは切り替えたいと思っています。
澤山 それは素晴らしいですね。
東京だけでなく地方に眠るシーズを掘り起こす
小林 大学の話で、もう1つ課題なのは東京への集中ですね。これが地方の大学とかにもけっこう研究シーズで眠っていて、面白いものがあります。バイオとか、地方に多いんですよ。
澤山 まさに。うちで最近投資した先が北海道大学のシーズですね。ここは結構やりたいものの難しくて、なかなか情報が出てこないんですね。ただ、教授が大学を離れるのは大変なので、そのちょっと下のポスドクとか、もしくは博士課程学生ぐらいが良い気がしてるんですが、そこに向けた起業家教育とかキャリア教育を重視できないかなと。北海道大学のシーズも、ベテランの教授と、もともと北海道大学の理工学部にいて学生ベンチャーを立ち上げた経験がある、若い経営者の2人組なんですよ。2回めの起業のシーズを探しに大学に戻ったというのがきっかけです。
小林 いいですね、いいですね。ポスドクの方々などにトレーニングの機会を提供し、給与も出すので、シーズを探してね、ということができると本当はいいのかなと思いますね。
澤山 ですよね。私たちも、ちょっとずつ余裕ができたら大学行脚も初めて行きたいんですけど。
小林 そう、そこもダイバーシティかなと思っています。どうしても自分たちの目の前にある景色の中で考えることになりますから、東京にいると東京の景色がよく見えるんですね。地方に行くとまた違う景色が見えると思っています。
地方都市にも、そこそこの資本家の方もいます。
澤山 わかります、中小企業のオーナーの個人ですごく裕福な方がいますよね。
小林 どうですか、Coral Capitalさんも福山市にサテライトオフィスを出しませんか? 福山市にはCVCとしてスタートアップとオープンイノベーションに取り組める企業も、有望なスタートアップもいます。ボーナスを14カ月も出すような半導体装置メーカーもあります。
澤山 すごいですね(笑) 日本の底力ってそういうところにありますよね。
小林 そうしたローカルの雄を、どうやって巻き込んでいくか。かつ大学とか地域を巻き込んでいくか。そこが日本のこれからの面白いところになるんじゃないかと思うんですけど、意外とできてないんですよね。
M&Aで成長を目指す大企業側に求められるダイバーシティ
澤山 ちょっと先ほどの話に戻りますが、新しい壺を作って、そこでで出てきた制度やイノベーションを取り込むという文脈で話をすると、M&Aを増やすのが大きな課題だと感じています。
今回の提言だと、M&A時の減税措置、のれん償却を行わない国際会計基準(IFRS)の任意適用の拡大などといった話も出ていましたが、まだ弱いかなと感じてます。
最近は数億円規模のM&Aは増えてきましたし、数十億円もたまにある。でも必要なのはビリオン規模、つまり1,000億円から数千億円のM&Aです。いまは数百億円とか1,000億円のM&Aというと、歴史的快挙だというのが現状です。ここが変わらないと日本のスタートアップエコシステムは次のステージに行けないという課題ですね。
小林 ここは買う側のノウハウが相当に求められると思っています。ここは大企業側の組織のダイバーシティをどう実現するかがポイントだと思うんですね。
最初はノウハウを持つ人に来てもらって任せる、と。それが、どこまでやれるか。しかも、国籍にこだわってるとマーケットが狭まるので、国籍を問わずM&Aのノウハウがある人を採用してきて、その人に任せて、新しい壺の中でガンガンM&Aをやってもらう。そういう意識になれるかどうかが第一かなと思います。
澤山 経験は間違いなくありますね。私も最初のキャリアはJ.P. Morganという投資銀行でM&Aのアドバイザリーとかだったんですけど、外資系投資銀行から見ると、日本企業はM&Aの頻度が低いんですね。突然、10年に1回のどデカい買収をするんですが、それだと経験が蓄積しません。だから、どっちかいえば小さな買収をコツコツやっていって経験を積んで、それでたまに大きいM&Aをするという形にできるいいと思ったんですけどね。
小林 慣習的には買収すると「自分たちのマネジメントを入れたくなる」というのがありますよね。
澤山 買収後の企業統合、いわゆるPMI(Post Merger Integration)は、そこで失敗しがちですよね。
小林 買収した企業の良いところを吸収するならいいと思うんですけどね。大きいM&Aをするのであれば、むしろ自分たちの事業の軸を新しい被買収企業のほうに移していくぐらいの感覚でやるか、全く別の取り組みとして成長させて行くのかというくらい考えていかないと、今のままの意識でやるのは結構きつい気はしています。
政府としてM&Aの税制優遇を作るので制度上はインセンティブを付けますが、こういったところはノウハウの世界と人材のダイバーシティの話なので、皆さんと一緒に取り組みたいですね。
澤山 確かにプラクティスの話ですからね。例えば、いまおっしゃったように全く別の取り組みとして成長を見守るとしたとき、買収後に、どのくらい放置するのかもポイントです。完全な放置は、それはそれで上場企業だったりすると難しいですから、取締役を送るのか、どうモニタリングするのかといった論点は大事です。
それと、被買収企業の社長って起業家なので、そんなに長くはとどまってくれないことが多いと思うんですね。その期待値調整で良くあるのがあのロックアップ期間を設けることですね。やめちゃいけない期間を企業は3年と言ってくることが多くて、一方の起業家は1年でもしんどいな、というギャップがある。そこをどう埋めるかで、だいたい2年くらいで合意するんですね。個別性が大きすぎるかもしれませんが、こうしたノウハウの共有は、国と民間でもっと一緒にやれるといいですね。
従業員側への配分比率を高める
澤山 別の論点として、日本だとM&Aで株式交換という方法が、あまり使われていないということもありますね。米国だとGoogleに買収されたスタートアップの創業者、社員の株式がGoogleのものになって、喜んでGoogleのために一生懸命に働くということがあるものの、日本だと上場企業の株価が上がり続けるケースも多くないので、現金の方がいいと思う人が多いですよね。
小林 そこはVCの皆さんに期待したいところで、上場ゴールとかスモールに上場して終了、ということにならないようにしていただきたい。
特に今回QSBSの再投資のところに関係するんですが、今後ストックオプションプール制度も使えるように、そこは我々のほうで頑張るので、それができた前提で、従業員側へのストックオプションの配分比率を大きくすることを考えていきたいです。そうすると創業者だけじゃなくて、創業メンバーがキャピタルゲインで、またスタートアップを作るっていうエコシステムが回り始めるので、短期的にたくさん投資側が取るよりも、将来を育てる意味で従業員側のストックオプションの比率を高めてもらうというのも同じ歩調で合わせてやっていってもらえるとありがたいなと思っています。
澤山 おっしゃる通りですね。私が見ている日本の現状のマーケットの感覚としては、従業員向けストック・オプション比率は引き続き10%前後というのがスタンダードになっているかなと思います。
ただ一方で、うちの投資先を見ると15%ぐらいまで上げさせてくれと言って、我々としてもいいよと言ってるケースは、ちょこちょこ出てきていますね。
元SmartHR代表で株式報酬特化SaaSスタートアップ、Nstock創業者の宮田さんと話してたのは、段階的に作るのがいいかもしれないね、ということです。
小林 段階的ですか?
澤山 例えば、1,000億円の会社になるならVCも全然大きなリターンになるので、別に15%でも20%でも、どんどん出せばいいんですが、もしそれがまだ見えてないタイミングだったら、いったん10%ぐらいにしておいてということですね。この辺はストックオプションプールの制度がどうなるかによってまた全然変わってくると思いますけど。
もう1つ、これはポジション・トークが入るのですけど、ストック・オプションについてVC側から指摘をしておきたいことがあります。
投資家としてその会社の投資をするときの評価は、ストック・オプションの部分って評価額に織り込んじゃうんですね。なので、ストック・オプションって何だか投資家が認めるかどうかみたいに感じている方もいるかもしれませんが、バリュエーションの観点からいうと、実は経営者の持分を減らしてその分を従業員に出していると捉えることもできると思っています。
だから実は経営者の方の意識改革も重要なのかなという感じはしていますね。実際、先ほどのうちの投資先の中で、一部15%にしたいと言ってきてる経営者がいるって言ったんですけれども、逆に言うと大半は10%でいいやと思っているというか、10%から変えようと別に言い出してこないんですね。もしくは結構ステージが進んでくるまでストックオプションの制度をぜんぜん整えていないという会社もあって、それはちゃんとやった方がいいんじゃないのということを我々からけっこう言ってるんですけれどね。
個人資産2,000兆円から資金をスタートアップへ向ける流れを
小林 今回QSBSで再投資を増やしていこうともしています。日本の個人の金融資産が約2,000兆円と言われていまして、この個人の金融資産がVCに流れて、それがスタートアップに行くという流れを作りに行きたいと思っています。これは提言の中には書いてあるのですが、政府はまだ検討するという状態なんですね。今は個人が企業に投資をしようとすると、基本は1対1対応です。間にVCが入ったとしても、1対1対応で明確になってないとエンジェル税制も受けられないのですが、個人投資家の保護を考慮しつつ、これを多数の一般個人がVCファンドにお金を入れて、そこがまた複数のスタートアップに投資をすることができるようにしたいんです。
衆議院議員、自由民主党副幹事長・小林史明氏
小林 これができるようになると、個人資産が成長スタートアップに相当な額で流れ込んでくる。しかも、それを目利きができるベンチャーキャピタルが差配をして大きな金額でマーケットを大きくしていくことができると思っています。ここは、こだわってやりたいなと。
最初は政府系から大きく資金をスタートアップに入れたいと思っていますが、制度設計がうまく行けば、いちばん大きいお金は個人の金融資産ですからね。
澤山 そうですよね。実際、Coral Capitalでも少しエンジェル投資家にも入っていただいています。ただ、やっぱりエンジェル投資家の出資をVCファンドが受けるのは金商法の制限的にかなり大変なんですね。手間もかかりますし、なかなか難しいところです。
それでいうと、個人的には野村とスパークスが合弁でやろうとしている個人投資家が非上場企業の株式に間接的に投資できるファンドには注目しています。実現すると面白いし、野村がやるのは意義があるなと思います。
小林 野村證券などもそうだと聞いていますが、ローカルのネットワークってかなり証券会社が持っていて、ここが個人資産に接続していますから、そこからスタートアップに流れる道ができると一気に日本のスタートアップの投資額の桁が変わると思っています。
VCファンドの客観的評価を制度として整備する必要
澤山 政府からの直接のVCへの出資ということでいうと、やっぱりINCJ(旧産業革新機構)の果たした役割って大きかったと思うんですね。特に2010年代のスタートアップエコシステムの急成長ってINCJの影響が大きかったと思います。ここはぜひもっともっとやっていただきたいなと思っています。
あと、これは一部VCさんからもお話が出てるかもしれませんが、中小機構さんが今まで対象とするのが日本の有責法(投資事業有限責任組合)のVCだけが対象だったことも変えていただけると嬉しいなと。Coral Capitalのようにケイマン・ファンドを使っていると、ほぼ日本で投資をしているのに、中小機構から出資を受けられなくて門前払いなんですね。今後、海外VCも日本市場に入れていくという話になっているのであれば、この辺も道が開けるのかなと思っています。
小林 そうですね、VCの皆さんにも競争があった方がいいと思うので、多様なプレーヤーがいていただいた方がいいですよね。そういう意味で、変に制限をかけることなく積極的に投資ができるよう働きかけたいと思っています。
澤山 あまり緩和してやりすぎると変なことが起こるからバランスはあるでしょうけどね。
小林 あとはVCファンドの評価ですよね。
澤山 あ、ええ。はい、間違いなく必要ですね。
小林 国内でも、ちゃんと各VCファンドのパフォーマンスなどの評価を、みんなで見ていきましょうということですね。そういう制度を入れていく。同じ評価基準の中で見ていくと、ファンドの皆さんも資金を募りやすくなるでしょうし、評価をされやすくなると思うので、情報公開をしてわかりやすくすることで安全性を高めるということは当然あると思っています。
澤山 おっしゃる通りです。ただ、政策からどこまで制度づくりができるのか……、やっぱり会計基準の問題が大きいなと感じています。我々は1号ファンドは米500 Startupsとやっていたので、そこからずっと米国の会計基準でやってるんですね。なので、公正価値評価を取り入れていまして、体制側も結構しっかりとやってきています。創業2年目かな、3年目かな、比較的早い時期から年金基金も含めて機関投資家から出資していただいています。
一方で監査となると、金融会計基準が日本だと公正価値評価に追いついてないのですね。いま、日本ベンチャーキャピタル協会の村田さんが企画部長として公正価値評価のところを取りまとめてらっしゃると思うんでんすけど、そこがもうちょっと進んで使いやすくなるとな、と思います。今は各ファンドが手探り状態のところがあって、勉強会もやってるんですけど、ファンドごとにやり方が違っていて悩ましいというか。
小林 その辺は、ぜひ実態を踏まえて制度をどう使っていくかというところで参画してもらえたら嬉しいです。
VC側の資金受け入れ体制のアップデートも必要
澤山 制度設計のところに加えて、VCのGP(General Partner;ファンドの運用責任を担う無限責任組居合員)の教育、育成も必要です。これは民間のベンチャーキャピタル協会などで、やっていくべきところかもしれませんが、機関投資家のお金を受け入れるための体制づくりができるかは課題な気がしています。
大きなお金を受け入れるということは、それだけの責任を伴うので、コンプライアンスとかガバナンスも含めてですけど、体制づくりが欠かせません。そこのところが今は結構ボトルネックになってるような印象があります。
ひと口にベンチャーキャピタルといっても、出資者によって実は色が変わるなと私は思っています。ファンド規模が10億円ぐらいまでのサイズだと基本はLP出資するのはエンジェル投資家の個人なので、ほとんど何も言わないみたいな感じですね。
ファンド規模が数十億円のVCだと、出資者は事業会社が中心です。事業会社だとリターンは特にそんな気にしないんですけど、その代わりにオープンイノベーション的なところでいろんな情報とかサポートをしてくれという形で、コンサルっぽいことを求められることが多い。
それで、WiLさんのような超例外はありますけど、100億円以上のファンドになろうとすると、基本的には機関投資家からの資金を50億円とか100億円といった単位で投資していただかないといけないので、急にレポーティングやガバナンスも含めて金融っぽいところを求められるようになるんですね。VCの成長にも、ものすごいギャップがあるんですね。
どこまで政策の範囲でカバーできるか分からないですけど、いま我々の業界の課題として、ここをどうレベルアップしていくかというのも大きいです。
小林 ありがとうございます。そうした実態もいろいろと教えていただいて一緒にやれるとありがたいです。
脱ハンコだけじゃない、規制改革も横断的にやる
小林 最後にもう1つ、横断的な規制改革についてもお話できればと思うんですが。
澤山 はい、ぜひお願いします。
小林 いまこの国の一番の問題は給料上がらないことで、給料を上げていくには人材の流動性が必要ですね、そのためにリスキリングしていきましょうというパッケージがありますよね。新しい産業を牽引する人たちも必要ですよね、ということでスタートアップ政策に取り組んでいるわけですが、これに合わせて全ての人たちがもっと自由に社会経済活動ができるようにしていくことも必要だと思っています。それで今、横断的な規制改革も同時並行で進めています。
例として、デジタル臨調(デジタル臨時行政調査会)というところの取り組みをご紹介します。日本って、アナログな手段を前提にした法律がたくさんあるんですね。一昨年に各種手続きや契約における押印の廃止を推し進めましたよね。
澤山 はい、一気に進みましたね。
小林 その応用編のようなところで、アナログな手段に限定した法律を変えようとしています。日本という国はアナログな手段に限定した法律が実はものすごく多くて、1万の法律と3万の通知・通達・ガイドラインの中の約9,000項目で「目視規制」「実地監査」「定期検査」「書面掲示」「常駐専任」「対面講習」「往復閲覧」というアナログ7項目だけで約1万条項が該当したんですね。
このうち99%を2年以内に見直すということを決めています。今年から70本ぐらいの法律をまとめた一括改正が進んでいくので、この2年でこの国のアナログなルールが一気にデジタルのテクノロジーで代替できるようになる。
澤山 おお、なるほど。
小林 それで何が起こるかというと、例えば川ですね。全国の河川の堤防の点検は、目視点検が必要なんですね。だから土手を軽トラが走って目で見ているわけですが、これがいきなりドローンを飛して点検することができるようになります。
澤山 うんうん、そういうことですよね。
小林 規制改革によって新しい産業が生まれるんです。例えば、ハンコの廃止だけで電子契約のマーケットは3倍に成長してるんですね。これがあらゆる分野で起こる。スタートアップをはじめ、既存企業にとってイノベーションを起こしやすくする、そういう日本社会を作るというのは、すごく重要なインフラ改革だと思っているんです。
今日のお話をまとめると、まず人材やお金まわり制度が変わりますと。リスキリングについても支援策も出てきます。そして日本社会全体が、より自由な発想で新しいビジネスを起こしやすくなる。それが全体パッケージなんです。だから、これからスタートアップ業界も面白くなりますよ、ということですね。
澤山 いやー、いいですね! スタートアップが新しい何かを仕組みを作り出す上で、「ここがハードルになっていて、ここだけ仕方なくこうする」というようなケースはすごく多いんですね。
今日は、お時間をいただきありがとうございました。私の中で気になっていたことが聞けたのと、いろいろ項目についての温度感とか、取り組みの順序が理解できて、今回の提言について深く理解できる貴重な機会でした。
小林 こちらこそ、ありがとうございました。こちらも澤山さんにいろいろ教えてもらって勉強になりました。またぜひご一緒しましょう!