先週の記事では、ChatGPTをはじめとした言語モデルが日本のスタートアップエコシステムを根本的に変えてしまう可能性について書きました。言語モデルにより言葉や文化の壁が崩され、外国企業が日本の市場に参入しやすくなることが原因です。一方で、同記事へのコメントでは「逆に日本のスタートアップにとってもグローバル進出しやすくなる可能性がある」という指摘もありました。確かに市場参入の障壁が低くなることは日本のスタートアップにとってもチャンスであり、私自身も考察してきた点です。今回は言語モデルがもたらすこのもう一方の側面について、先週の続きとして書きたいと思います。
過去に別の記事でも書きましたが、スタートアップ機会を検討する際のポイントとしては「日本のプレイヤーだからこそ、国内のカテゴリーリーダーになれる根拠があるか」に加えて、「日本のスタートアップだからこそ、そのカテゴリーのグローバルリーダーになれる独自の優位性があるか」という点についても考えることが重要です。
優位性を獲得できるカテゴリーとして前回も例に挙げたのが、宇宙ロボット企業です。日本はロボティクスの研究の歴史が長く、高い技術力を有していることから、「GITAI」のような宇宙ロボット企業にとって有利な開発拠点になるのです。さらに、国の宇宙開発プログラムの実績や国際政治における中立的な立場という点でも、日本には宇宙関連事業に適した条件がそろっています。
特定の分野で日本のプレイヤーがリーダーになれる可能性を示すもう1つの例が、核融合スタートアップの「京都フュージョニアリング」です。日本はエネルギー自給率が低いことから、核融合テクノロジーがもたらすような安全かつ枯渇することのない、自給自足的なエネルギー源の確保は国としての最優先課題の1つです。同時に、日本は超電導コイルなど核融合に必要な技術力や製造力が高く、世界的な核融合プロジェクトであるITERにも参加しています。関連分野においてトップレベルの技術者が国内にそろっているということでもあり、核融合テクノロジーの開発に最適な拠点なのです。
このようなディープテックや科学系の分野では、言葉や文化の壁はさほど重要ではありません。革新的な技術の開発や科学的発見そのものが「ものをいう」分野だからです。
一方で、ソフトウェア系のプロダクトは言葉や文化の違いに大きく影響されます。インターフェースの構築からチームビルディング、チーム運営、マーケティング、販売やサービスの提供まで、あらゆる面で影響があります。また、短期間でプロダクトの開発サイクルを回していくイテレーションでは、顧客から継続的かつ迅速なフィードバックを得ることが非常に重要です。この点でも、言葉や文化の違いが大きな壁になるのです。
こうした前提を踏まえて、「言語モデルが障壁を取り除くことで日本のスタートアップがグローバル進出しやすくなるか」という当初の問いに戻りましょう。結論から言うと、個人的には「ソフトウェアのみに特化していない、特定の分野に限って言えばそうなる」と考えています。
まず、残念ながら今の日本はトップレベルのソフトウェアエンジニアに恵まれているとは言い難い状況です。優秀な人材はもちろんいますが、米国や中国を含むグローバルレベルの競争となると、日本は遅れをとっていると認めざるを得ません。たとえ言葉や文化の壁が低くなったとしても、改善できる程度は限られています。また、国内のスタートアップに対する投資額がここ数年で急拡大しているものの、他の市場、特に米国や中国、インドなどの規模にはまだ遠く及びません。人材面でも資金面でも不利な状況の中、ソフトウェアだけで勝負するタイプのカテゴリーで日本からグローバルリーダーが生まれるとは考えにくいのです(もちろん、不可能というわけではありませんが)。
とはいえ、その一方でAIの発展はソフトウェア開発自体のハードルも劇的に下げています。実際、GitHub CopilotのようなAI駆動のコード生成ツールの登場により、ソフトウェア開発のあり方はすでに変わりはじめています。以前は「ノーコード化」がゲームチェンジャーだと騒がれていましたが、これからのAI革命ではそれさえもマイナーチェンジに過ぎなかったと思うようになるでしょう。このパラダイムシフトが進めば、ソフトウェアはコモディティ化し、テック企業は競争力を保つための新たな戦略や参入障壁を探さなければならなくなります。もちろん、これは日本に限らず、世界中の企業に言えることです。
そしてこのようなAI革命は、日本のスタートアップにとってはなによりも「日本独自の強みを発揮する」ことの重要性を強調する結果になるのではないかと考えています。日本に独自の強みがある分野と言えば、例えば高度な技術力を必要とする製造業やグリーンテック、ロボティクス、ゲーム、ヘルスケアなどです。グローバル市場を目指すスタートアップがこれらの分野に取り組めば、今後はAIの力を借りて加速度的な成長が期待できるのです。言葉や文化の壁が劇的に低くなったことも加わり、グローバル市場に対するGo-To-Market(GTM)戦略をよりいっそう円滑に進められるようになるでしょう。
さらに、前述したソフトウェア開発におけるエンジニア不足の問題に関しても、海外パートナーとの提携やグローバル採用といった選択肢を増せるようになるでしょう。コミュニケーションツールやAIの発展、それに近年のコロナ禍におけるリモートワークの普及のおかげで、以前よりも国境を超えたパートナーシップやリモート人材を活用しやすくなってきています。つまり、これからの日本のスタートアップはグローバルな人材プールを活用することでソフトウェア開発力を強化し、世界で通用する競争力を手に入れられるようになるのです。
ChatGPTなどの言語モデルやAIツールは、日本のスタートアップがグローバル進出する際の障壁を取り除く可能性を持っています。日本がすでに独自の優位性を築いている分野においては特にその影響力が発揮されるでしょう。今後、日本のスタートアップはAIの力や恩恵を活用することで、グローバル市場で活躍する道を切り開くことができるかもしれません。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital