変化の速いスタートアップの世界では、資金調達が「成功の物差し」とまでは言わないまでも、1つの重要なマイルストーンとして捉えられることが多いです。「キャッシュ・イズ・キング(現金が何よりも重要)」という格言が、それこそ創業したばかりのスタートアップのオフィスの通路からピッチミーティングの会議室まで響き渡るかのように浸透しているのです。同様にベンチャーキャピタルに関しても、大きければ大きいほど良いという考えが起業家の間で広まっているようです。シードからアーリーステージであっても、大きな資金力をもつ「ディープポケット」の投資家と組めば、スケーラブルな成長への道が開け、資金に困ることもないと期待されているからです。
業界におけるVCの1人として意見を述べるなら、非常に興味深い視点であると同時に、若干誤った理解が含まれている点が気になります。確かに、VCを取り巻く環境としてはファンドの大型化がますます進んでいて、競争力を維持するために多額の運用資産(AUM)を集めなければならないプレッシャーもあります。しかし、実際に多くの起業家が想像しているほど、VCのファンド規模は重要なものなのでしょうか。
「ディープポケット 」の魅力
ファンドの規模が大きい投資家と組みたいと考える起業家は多いです。理由はシンプルで、 そうした投資家のほうが投資先企業のライフサイクルにおけるあらゆるステージで継続的に多額の資金を投入することができるからです。その資金力から連想する将来的な「安定」や「成長」の期待により、魅力的に感じるのは当然のことでしょう。しかし、実際のところファンド規模はどの程度重要なのでしょうか。
会社の「良いとき」と「悪いとき」
ケースごとに分析してみましょう。
会社が好調なとき
会社の業績が好調であれば、既存投資家であるかどうかにかかわらず、喜んで投資してくれる投資家が後を絶たないでしょう。この場合は資金源を確保できるかどうかは問題ではなく、それよりも各投資家の出資割合をいかに賢く配分するかという点に悩まされるかもしれません。大型のファンドなら出資額を以前よりも大幅に増やすことに意欲的かもしれませんが、これが場合によっては非常に難しい問題をもたらすのです。もっと投資したいという既存投資家の投資意欲と、新規の投資家がもたらすかもしれない戦略的価値を天秤にかけて判断しなければならないからです。
業績が悪化しているとき
逆に会社の状況が厳しい局面では、大型のファンドであっても資金を投入し続けてもらえる可能性は低いでしょう。一般的にもたれているイメージとは異なり、VCファームでは業績が悪化しているビジネスに対してその存続のためだけに投資することは基本的にありません。LP投資家の資金を預かる受託者として、その資金の使い道を慎重に決めなければならない責任があるからです。損失を取り戻すためにさらに資金を注ぎ込み、損の上塗りをするわけにはいかないのです。
「良くも悪くもないとき」にはファンドの規模が重要になるかもしれない
VCファンドの規模が実際に重要になる可能性がある唯一のケースが、会社の状況がどちらとも言えない中間的な状況にある場合です。好調とは言い切れないけれども、明らかに悪化しているわけでもない、そんな状況です。例えば、四半期の成長指標が冴えないときや、重要なチームメンバーを失ったときなどが挙げられます。そのようなときにこそ、自分たちのビジネスに対する深い理解があり、追加投資をしてくれるかもしれない既存投資家の存在が重要になるのです。
Coral Capitalでも、投資先であるからこそ知り得た様々な非公開の情報のおかげで、一般の市場がまだ気づいていない段階で将来性の高い企業に投資できることがあります。ただし、これは極めて重要な点ですが、決してそれらの企業を「救済」するためだけに投資したわけではありません。信頼性の高い情報や知見に基づき、未開拓のアップサイドがあると判断したからこそ投資したのです。
たとえこの中間の状況にあったとしても、荒波を乗り切るために必要な資金は実はそれほど高額ではないことが多いものです。ランウェイがあと数ヶ月あれば再び「良い状態」まで回復できるというなら、投資家の「ポケット」もそこまで「ディープ」である必要はありません。しかも、たとえ資金力に優れた投資家と組めたとしても、会社が明らかに好調でない限り多額の出資が行われることはまずないでしょう。実際、将来的に多額の出資を見込んで規模の大きい海外投資家を選んだにもかかわらず、その後の資金調達ラウンドでは明らかに好調な業績を示せなかったため、全く出資してもらえなかったというケースを私はいくつも見てきました。
大型のファンドにアクセスできることは心強いかもしれませんが、VCを選ぶ際の決定打にするべきではないでしょう。あくまでも数ある様々な要素のうちの1つです。資金以外で何を提供してくれるか、評判はどうか、人間的に好きかどうかなど、他にも考慮すべき点はたくさんあります(特に最後の点に関しては、今後何年も協力していくことになるにもかかわらず、驚くほど軽視されがちです)。
投資額だけではなく、もっと広い視点で考えることが重要です。パートナーとなる投資家の規模はある程度の規模があったほうが良いですが、巨大である必要はありません。ビジネスの長期的な成功のために何が本当に必要なのかを考え、総合的に判断しましょう。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital