最近、投資家ハワード・マークスが顧客向けに書き、多くの人が影響を受けた有名なレター「Dare to Be Great(高みを目指す勇気)」を読み返していました。改めて読んでも、時代を超えて通用する、投資の本質を捉えた彼の洞察からは学ぶものがあります。ちなみにマークスはベンチャーキャピタリストではありませんが、Oaktree Capital Managementの共同創設者であり、投資業界において最も広く尊敬を集めている投資家の1人です。また、私と同様に「よく書く」投資家でもあります。このレターも14ページにも及びますが、その内容を要約するなら以下のマトリックスおよび「人と同じ行動をとることで、人よりも良い結果は期待できない」という言葉でまとめられます。
「平均的な投資家は平均的なリターンを出す」という簡単な算数の話です。このベースラインを確保するだけなら、インデックスファンドなどのパッシブ戦略で十分でしょう。しかし平均を上回るパフォーマンスを出すためには、コンセンサス(大多数の投資家が納得する平均的な見解)を超えて冒険する必要があります。全体的な市場センチメントから乖離した「賭け」を意識的に行わなければならないということです。これは口で言うほど簡単ではなく、人と異なる見方をする勇気はもちろんのこと、自分は間違っているのではないかという疑念と長いこと向き合い続ける精神力も必要です。同時に、平均から外れるということは振れ幅もその分大きくなり、アウトパフォームする可能性も、逆にアンダーパフォームする可能性もあります。
人は誰もが「後知恵バイアス」を持っているため、こうした投資に対して「よく考えれば予想できたことだ」などとつい後付けで評価しがちです。私自身も例外ではないと自覚しています。ただし、SmartHRへの投資に関しては良い例を示せたと思います。当時、SaaSは決して市場からの期待度が高いカテゴリーではありませんでした。国内最大級のスタートアップ向けイベントである「B Dash Camp」に参加したときも、暗号資産やライブストリーミングなどのバズワードが議論の中心だったことを覚えています。「もうベンチャー投資の機会はないかもしれない」などと悲観するパネルもありました。つまり市場のコンセンサスから、非常に重要な投資機会が取りこぼされていた瞬間があり、そのチャンスを掴んだおかげでCoral Capitalは限られた資金でSmartHRの筆頭外部株主になれたのです。カミナシについても同様に筆頭株主になれました。そんなSaaSも、今では 「コンセンサスとは異なる、正しい選択」から「コンセンサスとなっている、正しい選択」へと市場の認識が変わっています。Coralはこのセクターに対して引き続き明るい見通しを持っていますが、こうした認識のシフトが起きた時点で以前より相場形成が効率化されるため、突き抜けたリターンを得る余地は減ったと考えられるでしょう。
京都フュージョニアリングへの投資についても同様です。「核融合はいつまでたっても30年先だ」という長年のジョークとともに懐疑的な見方が広まり、業界の展望に影を落とす中、Coralは逆張りのスタンスで同社のシードラウンドに投資しました。それが今では、同社が直近の資金調達ラウンドで105億円の調達に成功したことからわかるように、有望カテゴリーの1つとして市場に認識されています。
SmartHRや京都フュージョニアリングの成功談は、「コンセンサスと異なる、正しい選択を取ることに投資のスイートスポットがある」というマークスの哲学の中核をなす信条をまさに立証しています。しかしこの戦略を実践するのは簡単ではなく、市場がアセットの価値を見誤っている稀なタイミングを見極めるスキルが必要とされます。ベンチャーキャピタルが「サイエンス」より「アート」に近いのではないかと言われる所以です。だからこそ、私も自分の足元を見失ってしまったと感じるときはマークスのような業界の先輩の教えに立ち戻り、時代を超越した投資の原則を振り返るようにしています。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital