起業家は、スタートアップの創業期には数え切れないほど多くの課題に直面するものです。プロダクト・マーケット・フィットを見つけることや、最初の一握りの顧客を獲得すること、投資家が自分たちに出資してくれるように説得することなど、何もかもが資金が尽きるまでの時間との戦いのように感じられるかもしれません。この多忙で混沌とした時期に見落とされがちなのが、会社の初期の基盤づくりに意識的に取り組むという視点です。実際、私はこれまで100社以上のスタートアップと仕事をする中で、「スピードを求めるあまり、人材やカルチャーを最初から十分に重視してこなかったこと」が多くの起業家にとって落とし穴になるのを見てきました。
ピーター・ティールも著書「ゼロ・トゥ・ワン」の中で、「創業時がぐちゃぐちゃなスタートアップはあとで直せない」という「ティールの法則」について語っています。間違った共同創業者を選んだり、間違った人材を雇ったりといった初期のミスは、あとから修正するのが難しく、倒産など極端な状況に追い込まれないかぎり変えられないケースが実際に多いのです。欠陥のある土台の上に偉大な企業を築くことはできないのですから、最初に正しい選択をして基盤を整えることが起業家の責任と言えるでしょう。
会社の基盤を構成する最初の要素は、言うまでもなく起業家自身です。投資を検討する際、私は創業チームについてよく調べるようにしています。技術的な能力や補完的なスキルセットだけでなく、共同創業者同士の関係性や連携力も重要なポイントです。そういった意味では、本当は会社を立ち上げる前からお互いによく知っている仲であることが理想的です。また、自社株をどのように分割するかを慎重に検討することや、誰かが辞めたときの方針を決めて契約に明記しておくことも大切でしょう。Coral Capitalでは、よくパートナーのKenが投資候補のスタートアップのテクノロジーやビジネスがいかに素晴らしいかを情熱的にプレゼンしてくれるのですが、「キャップテーブル(資本政策表)は?」と聞いたら、案の定調べていないというオチだったりするので、もはや内輪ネタのようになっています。Kenのようにスタートアップのアイデアそのものに夢中になるタイプに対しては、私のほうから基礎的な部分について徹底的に確認するようにしています。キャップテーブルについて問うのは、そこにスタートアップの初期の決断や創業者間の関係性、インセンティブなどが反映されているからです。それを見るだけで、その企業を知る上で重要な情報がわかったり、少なくとも今後確認するべき点について知るためのヒントになります。一方で、どんなにアイデアが素晴らしく見えても、それだけでは判断できません。創業時点の状況や条件はスタートアップによってまったく異なり、会社が成功するどうか、そしてどれほどの規模で成功するかは、創業時のそうした「土台」によって決定づけられるのです。脆弱な土台の上に高層ビルを建てることはできないのと同じです。
起業家の次は、最初に入社する10~20人が、企業カルチャーの8割程度を形成する上で重要な存在であると私は考えています。残りの2割は、起業家がミッションやバリューを通じて会社の行動基盤となる「OS」をどう組み込むかによって変わるでしょう。Khosla VenturesのKeith Raboisが以前、カルチャー形成を「コンクリート」に例えて表現していましたが、企業カルチャーは初期段階ならまだ生コンクリートのように柔軟なのです。しかしいったん固まってしまうと、それを変えるには電動ハンマーが必要になるため、多くの出費や辛い作業を伴います。
誰を雇うか考えるとき、つい立派な経歴の履歴書ばかりに目がいってしまい、チームのまとまりを十分に考慮せずに採用を進めてしまうこともあるでしょう。こうした採用の場面で起業家に求められるのは、組織を1つ1つのピースがうまくはまる「パズル」のように考えることです。そもそも、長期的なビジョンを共有しているわけでもなく、互いに好感が持てる相手でもない人と働くことには全く合理性がなく、仕事のやりがいにも悪影響です。いかに抜群に優秀なメンバーがそろっていたとしても、協力し合い、互いの強みを相乗効果で高め合えるチームでなければ、並外れた結果を出すことはできません。
また、起業家からの相談で、会社を速く成長させることを優先して採用の質(能力やカルチャーフィット)を妥協するべきか尋ねられることも珍しくありません。これに対する私のスタンスは、いつも決まって「ノー」です。質より速さを選ぶことは一見「近道」のように思えるかもしれませんが、実は長期的に悪影響を及ぼす可能性のある「遠回り」なのです。すぐ手に入る結果は、そのときは魅力的かもしれませんが、想定していなかった方向に長期的に影響が連鎖するリスクがあるということです。
カルチャーの重要性についても、カルチャーが会社から切り離せるものではなく、むしろ会社そのものであるという認識が必要です。社内のデザインを改善するためにインテリアデザイナーを雇ったり、ポリシーの見直しのために人事コンサルタントを雇ったり、バズワードの考案のためにブランディングの専門家を雇ったりしても、良質なカルチャーの醸成には繋がりません。カルチャーというのは、チームの内部から見て感じる「チームの姿」のことです。それ以外はすべてケーキの上のデコレーションのようなもので、本当に大事なのはケーキの味のほとんどを決める土台の生地なのです。
もちろん、間違った採用やカルチャーセッティングをしてしまったからといって、一巻の終わりというわけではありません。しかし、会社の「コンクリート」は時間とともに固まるので、迅速な軌道修正が必要なのは確かです。初期のミスを放置すれば、問題がさらに積み重なって深刻化し、それこそ取り返しがつかないような状況になりかねません。
会社の基盤は極めて重要です。初期の採用や、投資家や取締役、経営のOSの選択が今後の成功を左右する鍵となるのです。これらの初期の要素を慎重に決めることができれば、未来にわたって連鎖的に良い結果を生み出し続けることが期待できるでしょう。起業家への私からのアドバイスはシンプルです。会社の基盤づくりには真剣に取り組みましょう。それがその後のすべてを形作るのですから。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital