現在、Coral Capitalの投資先企業の1つが、ある問題に直面しています。社外取締役を派遣している投資家の一社が最近、競合する可能性のある別のスタートアップへの投資を決定したのです。その投資家側の主張としては、両社が狙っている市場は巨大であり、現時点では市場の異なる部分をターゲットとしているため、互いに競合することはないと判断したとのことです。
しかし、両社の現在のプロダクトロードマップや事業拡大計画を考慮すると、実際にはやはり競合関係にあると、投資先企業のCEOは主張しています。
同投資家はこの見解に基本的には同意していませんが、両社の担当者を別にすることや、両社に関する情報が社内で共有されないようにファイアウォールを設けることを約束し、同CEOを安心させようとしています。
この解決策に、投資先企業のCEOは完全には納得していません。彼らの状況や、ステークホルダー全員が直面しているジレンマについて私も話を聞く機会があったのですが、確かに難しい問題です。そこで、この問題についてはオープンに書くことで議論を呼び起こす価値があるかもしれないと考え、今回の記事を書きました。
誤解のないように言いますが、私はこの「VCは競合他社に投資すべきか問題」について特定の立場を取っているわけではありません。そもそも、答えは白か黒かではなく、それぞれのケースの具体的な内容によって視点も異なります。今回のケースでは、すでに出資している企業が関わっていますので、その起業家の肩を持つ立場であることは否めません。しかし、当事者にとって非常に複雑なジレンマとなる問題であることも理解しています。
また、忙しくて記事の全文を読む暇がない方も多いと思いますので、先にCoral Capitalのポリシーを明確にしておきたいと思います。私たちは、検討中のスタートアップが、すでに投資しているスタートアップと直接競合する可能性があるとわかった場合、まずは既存投資先の起業家にどう思うか尋ねることにしています。もし彼らが強く反対すれば、私たちは投資を行いません。彼らの意見に同意できない場合もあるかもしれませんが、この問題は感情的な要素が強すぎるため、単純に論理だけで決めるのは難しいのです。ですから、私たちはシンプルに「起業家の承認」を基準に判断することにしています。
それでは、議論の本題に入りましょう。
まず、「What」と「How」を分けて考える必要があると思います。つまり、スタートアップ投資家はまず、競合する可能性のある企業への投資を検討するかどうかを決める必要があります。これが「What」です。次に、競合する企業に投資した場合に、どのように対応するかを決める必要があります。これが「How」です。
「What」に関しては、「いや、スタートアップ投資家が競合他社に投資していいわけがない」とすぐに結論を出すのは簡単かもしれません。そのような明確な結論に至った方は、次の質問についてぜひご一考ください。
- 最初は2つの異なるスタートアップに投資したはずが、その後、そのうちの1つがピボットしたり、新しいビジネスを始めてもう1つのスタートアップの市場に進出した場合はどうでしょうか?これは、起業家がまだ何を作るべきかを模索しているシードステージでは特によくあることです。
- 2つのスタートアップが現在は競合していないものの、一方が今後3~5年の間にもう片方の市場に参入する予定だと主張している場合はどうでしょうか?その市場が現在の分野とはかけ離れていて、まったく現実味のない話だとしたらどうでしょう。あるいは、5年前にそう言ったものの、まだそれに近いことすら実行していない場合はどうでしょうか。
- 7年前にあるスタートアップに投資し、今でもその会社の株主ではありますが、その会社が成長しておらず、もはや株主としてそれほど関与もしていない場合はどうでしょうか?それでも、投資後10年はその会社と同じ市場には投資ができないなどと自らにルールを課すのでしょうか。どれくらいの期間を置けば十分なのでしょうか。
最も「起業家に優しい」投資家なら競合他社には投資しないから、と結論づけるのは簡単です。しかし実際には、Y Combinatorやa16zのような最も「起業家に優しい」ブランドでさえ、競合他社に何度も投資したことがあります。特にY Combinatorは、同時期のプログラムに複数の競合他社が採択されることが知られています。
以下はY CombinatorのFAQページから引用し、翻訳した内容です。
- YCはすでに私のアイデアと似たようなことをする会社に出資しています。これは合否に影響しますか?
- 影響しません。他の多くの投資家とは異なり、YCでは似たアイデアに取り組んでいる会社にすでに出資しているかどうかを選考の際に考慮しません。
仮に競合する企業を受け入れないようにしたとしても、スタートアップのアイデアは大きく変わることが多いため、いずれにせよ競合する企業が出てきてしまうでしょう。そのかわり、YCでは早い段階から対策を取っています。2つのYCスタートアップが関連するアイデアに取り組んでいる場合、私たちは片方に対し、もう片方が何をしているかについて話すことはしません。
今後、日本の市場にスタートアップの数が増え、それぞれの志が大きくなるにつれて、レガシー企業を覆すための競争だけでなく、スタートアップ同士の競争も避けられなくなってくるでしょう。
同様に、ファンドの規模が大きくなれば、その資金をより多くの企業に投資しなければなりません。さらに運用期間が10年以上にも及ぶことを考えれば、投資先間の対立がいずれ生じることは避けられないでしょう。ファンドの投資モデルも影響します。リスクが著しく高い、シードからアーリーステージを対象としたファンドの場合、少なくとも25社からなる十分に分散されたポートフォリオを持つことが望ましいとされています。シードステージに特化したファンドの中には、50~100社に投資するものもあります。ちなみにCoralでは、マルチステージ投資家として1つのファンドにつき30~40社に投資し、それぞれのファンドで5~10社に主に資金を集中させています。この投資先の数と運用期間では、いずれ投資先間の市場の重複が生じることになるでしょう。
十分な経験を積んだ投資家の多くは、これらの要素をすべて考え抜いた結果、「いずれは競合する企業に投資することになるかもしれない」という、より正直な結論に最終的に到達します。特に長く続くファームであれば、この展開は避けられないものです。
この結論が出たとして、次に考えなければならないのが「How」です。つまり、「どのように対処するか」ということです。これに関しては、以下の2つの問いが重要になると私は考えています。
- ファームの誰かが、その企業の取締役を務めていますか?取締役になることで、より緊密な関与や、より多くの情報へのアクセスが可能になります。また、LP投資家だけでなく、投資先企業に対しても取締役として受託者責任を負うことになります。
- その企業の業績は、妥当なイグジットに到達するのに十分ですか?(ゾンビ企業になっていないか)。
今回のCoralの投資先に関して言えば、どちらの問いに対しても答えは「イエス」です。ですから、今回の件では、個人的にはこの投資先の起業家の肩を持つ立場にあります。この投資家の提案した「ファイアウォール」ですが、これが解決策として十分だと言えない理由は、実際にはVCファームはチームメンバー間で情報を自由に交換することで機能するからです。特定のファイルへのアクセス権を閉ざしたり、チームのオフサイトで特定の投資先企業に関するブレインストーミングを禁止するのは、あまり現実的ではありません。情報共有は行われるものと考えておいたほうが良いのではないでしょうか。
ただし、公平を期すために言えば、ちゃんとした投資ファームであれば、ある投資先企業に関する情報を他の投資先企業の不利益になるような形で共有することはありません。完全に信用を失うリスクがあるからです。また、両方の会社の株式を保有しながら、そのような行動を取るインセンティブもほぼないでしょう(もしこのようなことが起こったという話をご存知でしたら、投資先の起業家たちに警告したいのでぜひ教えてください)。
Coralでもこの問題に直面したことがあります。以前、他の投資先とは競合しないとの理解のもと、あるスタートアップにシード投資を行いました。実際、もう1つの投資先とのやりとりでも、そのスタートアップが競合ではなく、むしろ協力し合える可能性があることを話していました。しかし、私たちの知らないうちに、そのスタートアップはその後1年間で、もう1つの投資先にどんどん似てきたのです。そして、私たちが投資してからだいぶ経ったタイミングで彼らは新たな資金調達を発表したため、もう1つの投資先からは私たちが追加投資をしたと勘違いされてしまいました。もちろん、私たちは追加投資をしていませんし、すでに投資した後に起こったことでしたので対処のしようもありませんでした。私たちはどちらの会社の取締役でもありませんし、両社間で情報を共有したことも一度もありません。この事態に私たちも慎重に対応しようとしましたが、感情的になりやすい問題であるため、当時は投資先企業との間に一時的に摩擦が生じてしまいました。
ありがたいことに、今は良好な関係ですが、この経験により私たちはより慎重になりました。「ファイアウォール」があろうがなかろうが、起業家が「裏切られた」と感じた時点で、どんな論理的な正当化もあまり意味がないのです。ですから私たちはシンプルに、競合する可能性のある投資先企業にまず彼らがどう感じるかを尋ねることを方針としました。投資後にスタートアップがピボットする可能性は依然としてありますが、少なくとも私たちが対策できる範囲内でのリスクについては多少和らげられます。ただし、スタートアップに投資する際には、同分野の別のスタートアップへの投資が今後制限されることによる機会損失も考慮しなければなりません。
非常に複雑な問題だと思います。今回のケースでは、私は起業家の肩を持つ立場ですが、さまざまな見方があることも理解できます。完全に避けるのは現実的ではないので、問題が発生した際に慎重に対応するしかないでしょう。例えば、競合する可能性のある会社の取締役にはならないことなどが、合理的な妥協点となるかもしれません。情報請求権で差をつけるのも1つの方法です。このような細かな点が、たとえ論理的でなくても、少なくとも起業家から見れば感情的な違いをもたらすことがあるのです。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital