AIによって、会社経営の「正解」が短命になっています。半年前まで有効だった戦略が、技術の進歩によって突然意味を失う。逆に、数年前には現実的ではなかった事業が、急に可能になる。では、正解そのものが変わり続ける時代に、会社はどうあるべきなのでしょうか。
このところ考えている問いに、ひとつのヒントをくれたのが、生成AIスタートアップRunwayの共同創業者兼CEO、クリストバル・バレンズエラ氏です。Runwayはテキストや画像から動画を生成するAIで世界的に知られていますが、今では動画生成にとどまらず、現実世界の動きを理解する「ワールドモデル」を開発し、ロボティクスへの応用も進めています。動画を作ってきたAI企業が、今度はロボットの「頭脳」になり得る技術を作り始めているのです。
バレンズエラ氏は、Coral CapitalのYouTubeで公開した対談で、こう語っていました。以前は社内に「4〜6か月ごとに別の会社になるくらい変わろう」と伝えていた。しかし今では、それすら遅い。「2〜3か月に縮めるべきかもしれない」と。
Runwayでは、その考え方が市場への入り方にも表れています。
ベストプラクティスが、むしろ邪魔になる
バレンズエラ氏は長い間、日本でエンタープライズ事業をやるなら、日本法人を作り、カントリーマネージャーを置き、何年もかけて顧客との関係を構築する必要があると言われ続けてきたそうです。確かに、これは日本進出の「定石」です。
ところがRunwayでは、日本にオフィスもカントリーマネージャーもいない段階から、すでに複数の大企業と、継続取引の土台となる基本契約(MSA)を結んでいました。ヤマハやソフトバンク、NHNなどが顧客となり、日本は今やRunwayにとって世界第3位の市場です。同社は今年5月、アジア初の拠点を東京に開設し、日本市場への4,000万ドル(約63億円)の初期投資を発表しました。6月末には、MIXIとの戦略的パートナーシップも発表されています。MIXIでは「モンスターストライク」の映像制作工程が、約21日から約3日に短縮されたそうです。
なぜ定石を踏む前に、ここまで来られたのか。日本のクリエイターやプロシューマーが以前からRunwayを使い、その人たちが勤務先にプロダクトを持ち込んだからです。Runwayはもともと、映画やVFXの現場で早くから使われ、クリエイターの世界で長く支持されてきました。その利用者たちが、日本の代理店や制作会社の中にもいたのです。ユーザーから会社へとボトムアップで浸透し、そのうえで経営層とのトップダウンの関係構築を重ねる。バレンズエラ氏はこれを「ハンバーガー」のような構造だと表現していました。
Runwayの事例が示しているのは、定石が間違っているということではなく、定石とは別のルートもあるということです。日本で採用するカントリーマネージャーについても、バレンズエラ氏はこう語っていました。定石にほとんど頼らず成長してきたので、ゼロから考え抜ける人が必要だ。世の中の定石は、たいていただの推奨にすぎないのだから、と。
なぜ別のルートが成立したのか。プロダクトが十分に強ければ、営業が壁を越えるのではなく、プロダクトが壁を越えるからです。私は以前、「ジャパン・アドバンテージ」という投資テーマについて書きました。日本のスタートアップが世界に出るなら、ディープテックやIPのように、プロダクトの力で勝てる領域が有望だという話です。営業やマーケティングへの依存度が高いほど、言語や文化の壁は重くなります。一方で、技術やコンテンツそのものに競争力があれば、その壁を越えやすい。この構図は、出ていく側だけでなく、日本に入ってくる側にも当てはまります。
「動画生成会社」では、もう説明しきれない
定石を疑うこの姿勢は、日本市場への入り方だけの話ではありません。Runwayは、自分たちが何の会社かという定義そのものも書き換えようとしています。
もともとRunwayは、映画制作者やクリエイター向けのAIツールとして広がりました。しかし高品質な動画モデルを作り続ける中で、彼らはあることに気づきます。動画モデルは、単にピクセルを生成しているだけではない。大量の動画を学習する過程で、「物体はどう動くのか」「世界では次に何が起きるのか」といった現実世界のダイナミクスそのものを学習し始めていたのです。この延長線上でRunwayが開発しているのが、映像を作るだけでなく、世界のふるまいそのものをシミュレートする「ワールドモデル」です。クリエイティブを中核に据えたまま、同社はその応用先をロボティクスへと広げつつあります。
動画生成であれば、主な用途は映画や広告、コンテンツ制作でしょう。しかし世界の動きを理解できるモデルは、ロボットが現実を認識し、次の行動を決めるための「頭脳」になり得ます。現在のロボットは、工場のように環境やタスクが決まった場所では高い性能を発揮します。しかし現実世界はもっと混沌としていて、見たことのない物体や、昨日とは違う状況に絶えず直面する。この「決まった型のない環境」に対応するには、世界がどう動くのかを理解しなければなりません。動画を通じて世界の物理を学んだワールドモデルが、その頭脳になり得るというのがRunwayの仮説です。
もしこれが正しければ、「Runwayは動画生成の会社です」という説明自体が数年後にはかなり時代遅れになっているでしょう。それでいいのだと思います。
そしてこの構想まで視野を広げると、Runwayにとって日本という市場には、単なる事業拡大とは別の可能性も見えてきます。日本では産業用ロボットの年間設置台数が中国に次ぐ世界2位、稼働台数は約45万台にのぼります。そこに人手不足による自動化需要が重なる。ワールドモデルを、研究室のベンチマークではなく、実世界に投入して鍛えられる環境が豊富にあるのです。バレンズエラ氏も、ロボティクスの性能を測る最も明確な方法は「実世界で機能しているか」だと話していました。
競争優位は、学習速度にある
対談の中でバレンズエラ氏は、Runwayという会社そのものを「ニューラルネットワーク」に例えていました。社員一人ひとりがニューロンで、市場や顧客から新しいデータが入り、それに合わせて組織や戦略という「重み」を更新し続ける。「5年後のRunwayがどうなっているかは分からない」と彼は話していました。見ているのは、この組織がこれからどこまで学び、賢くなれるかです。
彼が作ろうとしているのは、5年間通用する正しい戦略ではなく、5年間学習し続けられる会社なのだと私は解釈しています。戦略も、市場の予測も外れるでしょう。しかし、顧客から学び、技術から学び、失敗のたびに自らを更新できる会社であれば、予測を外したこと自体は致命傷になりません。
スタートアップの強みは、昔からスピードだと言われてきました。ただ、AI時代に問われているのは実行の速さだけではなく、学習の速さです。速く作る。速く市場に出す。速く間違える。そして、速く会社そのものを書き換える。Runwayが2〜3か月ごとに違う会社になろうとするのは、市場そのものが、それ以上の速度で変わっているからです。
AIによって企業の生産性がどこまで上がるのか、ロボットがどこまで人間の仕事を担うのか。答えはまだ誰にも分かりません。だからこそ、今もっとも危険なのは「間違った答えを持つこと」ではありません。答えが変わったのに、会社が変われないことです。
対談の全編は、以下からご覧いただけます。
