7月末にGoogleを退職して、Coral Capitalにジョインした私に対して、似たような感じの質問がいくつもメッセで飛んできています。
「スタートアップへの転職を考えているのですが、ここの会社をどう思いますか?」
「スタートアップに転職するときに考えるべきことは何ですか?」
質問者の属性で共通しているのは、スタートアップ企業や、そのエコシステム一般について、あまり詳しく知らないということです。このまま大手企業にいていいのだろうか、もっと良いキャリア機会があるのかもしれないと漠然とした機会損失の不安を感じているようです。特に新卒5〜7年目で1社しか知らないという人で、まだリスクを取りやすいライフステージにある人に多いようです。
自ら起業するとか、共同創業者としてスタートアップする起業家ではなく、大手や中堅企業を辞めてスタートアップに社員としてジョインする人に向けて、いくつか考えるべきポイントをお伝えできればと思います。
いちばん大切なのは成功するスタートアップにジョインすること
これは私が以前ジャーナリストとしてインタビューしたことのあるY Combinatorの元パートナーであるHarj Taggart(ハージ・タガート)氏が最近ブログで書いていたことなのですが、スタートアップにジョインするときの判断基準でいちばん大切なのは「そのスタートアップは成功するか?」というものだと思います。
日本では年間のスタートアップ投資総額が過去6年で約6倍(2018年で3800億円規模)になりました。特にレイターステージの資金調達額が増加傾向にあることは、先日われわれCoral Capitalが公開した調査レポートで分析したとおりです。こうした傾向もあって、日本でも最近はしっかりと給料を出せるスタートアップ企業が増えつつあります。とはいえ、一般的にはスタートアップの給与水準は大手企業よりは低いと思います。特にアーリーステージのスタートアップ企業では、その傾向が強いでしょう。
では、向こう数年の給与水準を下げてスタートアップにジョインする見返りは何でしょうか?
1つはストックオプション(もしくは生株)によるキャピタルゲインです。これは日本ではまだ広く知られていませんが、大きく成功するスタートアップ企業に早い段階でジョインすれば、社員であってもイグジット時に数千万円から数億円のお金がゴロンと口座に振り込まれる可能性があります。そのスタートアップ企業がどの程度寛大に社員向けストックオプションをプールとして用意していて、実際に自分がどの程度の持ち分で、イグジット時にいくらになるのかを概算として知っておく、というのは重要な論点です。ですが、この話はいずれまた別の投稿としたいと思います。ストックオプションは絵に描いた餅と思えというのも一般的なアドバイスだと思います。これは日米ともに変わりません。
では、考慮すべき大切なポイントは何でしょうか? それは、将来に繋がる経験や人的ネットワークを得られるかどうか、です。
ここで、前出のTaggart氏が指摘するのは、キャリア上の良い経験も、人的ネットワークも、それらが得られるのは成功するスタートアップにジョインした場合に限るということです。何年も停滞するスタートアップ企業に在籍していても、どちらも得られないから、といいます。
実績・経験が足りていなくてもポジションがある
急速に成長する軌道に乗ったスタートアップ企業というのは、必要とされる役割・職種に対して採用が間に合いません。採用スピード的に追いつかないというよりも、優秀な人材や十分なスキルや経験がある人材は、すでにそれなりのポジション・待遇で仕事をしているもので、こうした人々が移籍しても良いと思うタイミングと、スタートアップに特定の役割が必要になるタイミングにはズレがあります。端的にいって、シニアなポジションにジュニアな人が入ってビジネスや組織とともに成長できるのがスタートアップ企業の良いところです。履歴書上のスキルや経験が多少足りなくても「やってみなはれ」となるのがスタートアップです。
例としてTaggart氏が挙げるのは、例えばGoogle創業の1年目にジョインしたエンジニアのJeff Dean(ジェフ・ディーン)です。Googleの分散コンピューティングの基盤を支えるソフトウェアの数々に携わった伝説的人物で、現在はGoogle AIのトップです。もともと天才だったのでしょうが、Googleの爆発的成長に合わせて必要となる技術を生む立場にいなければ、伝説といえるほどの実績を出せたかは分かりません。同様にFacebookのChris Cox(クリス・コックス)も初期メンバーから、そのままテックジャイアントのエグゼクティブになりました。あるいはMarissa Mayer(マリッサ・メイヤー)はGoogleの20番目の社員として1999年にジョインして、2005年には検索サービスやUIのVPに登りつめました。その経歴を買われて2012年にはYahoo!のCEOとして迎え入れられました。
彼らのように登りつめるというほどでなくても、比較的短期に実績を上げれば、一般企業に就職して上を目指すよりはるかに速いスピードでキャリアの階段を上がっていけます。同一企業内でなくても、高待遇で迎え入れたいというオファーが外部から来るようになるでしょう。日本だと個人名を出すのは少しはばかられるのでぼかして書きますが、上場したスタートアップ企業で数百億円の時価総額になっているところの初期メンバーや、中核社員などは、みなスタートアップの成長とともに個々のビジネスパーソンとしても成長していて戦闘力が高いように思います。大学生のときにインターンとして数人目でジョインして、凄まじく成果(と、それに伴う職責と待遇)を上げている人もいます。
逆に、企業の成長曲線に個人としての成長が追いつかずに「途中下車」という形になるケースも見聞きします。そのときにはつらい面もあるでしょうが、それでも本人の能力がマックスアウトするまで上昇気流に乗ったのだとすれば良いキャリアパスと言えるかもしれません。
成功するスタートアップを見分け、やばいところを避けるには?
では、成功するスタートアップかどうかは、どう見分けるのでしょうか? そんなことができるのであれば、ベンチャー投資をやればいいと思いますよね? Taggart氏の回答は、まさにそれです。投資家のように考えて、成功しそうなスタートアップを選べといいます。
となると、これは大変に難しい。一般的には狙う市場の大きさ(TAMと呼びます)、チームの強さ、参入タイミングなどを見るわけです。結構ふつうのアドバイスに思えますが、逆に、資金調達の総額とか、メディアでよく取り上げられていて有名だといった理由で選ぶなというアドバイスとして見れば重要な指摘だと思います。もう1つ、「このジャンルが好きだから」という理由だけで選んではいけない、ということも言外に含まれているのではないか、と個人的には思います。
Y Combinatorで多くのポートフォリオ企業をみてきたTaggart氏による興味深い指摘は、直近の売上実績やユーザー数は無関係だというものです。月次売上1億円で過去1年間ほとんど成長していないスタートアップよりも、半年前にゼロだった月次売上が1000万円まで成長しているスタートアップのほうがポテンシャルがあるからです。2006年にFacebookにジョインするほうが、当時は圧倒的に巨大サービスだったMySpaceにジョインするよりより良い選択だった、といいます。
創業メンバーの関係性に黄色信号がないかを見る
もう1つのTaggert氏の実践的アドバイスは、共同創業者たちの実績や成果を見ろというものです。学歴や職歴ではなく、あくまでも実績です。会社を作って成長させるのに必要な個人の資質は実績をあげる実力であって、特定の学校や大企業でうまくやっていくことではないという指摘です。
Taggart氏は避けるべき創業メンバーについても言及しいてます。まず創業メンバーにたくさん質問をして、なぜその市場で勝てるのかを教えてもらうことだと言います。どんな問題を解決しようしていて、どんな意思決定をしてきたのかを聞きます。これはVCが起業家に聞く質問でもあります。このとき、いちばん良いのは「初期の想定と違っていて、もっとも驚いたことは?」と聞くことといいます。「すべて想定通り」という回答だとしたら黄色信号です。他人の意見を取り入れる柔軟さや、多くのユーザーに直接聞いて回る行動力、とりあえず仮説検証のために実際に何かを出してみるスピード感などがあれば、想定通りということは考えづらいからです。
創業メンバー間の関係性に黄色信号がともっていないかを見るのも大切だとTaggert氏はいいます。スタートアップ企業が高いポテンシャルを持っていながら失敗してしまう最大の理由は「人間関係に起因する問題」、特にチームメンバー間のトラブルという研究データがあります。Taggart氏も、Y Combinatorでも共同創業者の揉め事こそがスタートアップが死ぬ最大の理由だったと振り返っています。
どのスタートアップにジョインするべきか、何を判断基準にするべきかは、常識的に考えて唯一の答え方などない問いです。しかし、何よりも大切なのは、そのスタートアップが成功する確度であるというのは同意する人が多いのではないかと思います。
Coral Careersについて
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