エネルギー問題解決の切り札
わたしたちはエネルギー問題という大きな課題に直面しています。2050年までに世界の人口は100億人に達し、40兆KWhを超える新たな電力源が必要と言われています。2019年の世界の電力発電量が約27兆KWhですので、地球半個分の新たな電力源が必要となる計算です。火力発電に頼らないクリーンな世界を実現するためには地球丸1個分の新たな電力源が必要かもしれません。
この電力源をわたしたちはどうやって確保するのでしょう?水力発電や太陽光発電などのクリーンエネルギーでしょうか?または原子力発電でしょうか?発電量、環境負荷、コスト、安全性の観点からいずれも現実的ではありません。
そんな中、未来の新エネルギー源候補として核融合を用いたエネルギー供給が注目を集めています。核融合発電はエネルギー問題解決の切り札となり得るのでしょうか?その可能性と課題を探ってみたいと思います。
核融合の燃料は海水中から無尽蔵に取り出せる
核融合発電とは一言で言うと「地上に人工の太陽を作ること」です。つまり、太陽内部で起きている「核融合反応」を人工的に作り出しエネルギーを取り出す試みです。人類史上最大のプロジェクトの一つと言えるかもしれません。
核融合のメカニズムは太陽などの恒星ができるときと同じです。1,500万度以上で熱せられた空間に水素をたっぷり含んだガスを閉じ込め、ガスの中の水素原子核同士を衝突させます。この過程で大量のエネルギーが発せられるのでそれをエネルギー源として使うのが核融合です。日々太陽から地球に降り注ぐエネルギーも核融合によってできたエネルギーです。
核融合炉の燃料となるのは重水素と三重水素です。重水素と三重水素は海水中から取り出せるため事実上「無尽蔵」のエネルギー源といわれています。
原子力発電と核融合発電は違うもの
「核」と名前がついているので、よく核融合と原子力発電は混同されがちですが、核融合と原子力発電はその原理から実用における安全性まで大きく異なります。核融合は原子力とは違い安全で、環境負荷も小さいですが、技術がまだまだ確立されていないのが現状です。
原理は真逆
原子力発電の原理は核分裂です。ウランやプルトニウムなどの重たくて分裂しやすい物質に中性子をぶつけ、ウランやプルトニウムが分裂する際に発生する大量の熱エネルギーを利用して蒸気を発生させ、タービンを回して電気を作り出します。
一方、核融合は分裂ではなく融合です。重水素と三重水素という軽い元素の原子核同士を熱した状態で衝突させ、その際に発生するエネルギーを利用します。元素を分裂させる原子力発電とは逆の原理です。
どちらも原子核の分裂や融合によって生じる熱エネルギーを利用する点は同じですが、分裂なのか融合なのかという原理が異なりますし、スタートとなる物質がウランやプルトニウムなのか水素なのかという点でも異なります。
安全性の高い核融合
原子力発電では一旦核分裂反応が始まると次々と連続して反応が起こるので、この連続する反応を制御することが求められます。制御を失うとチェルノブイリや福島のように炉心溶融(メルトダウン)が起こり、人体や環境に甚大な影響を及ぼします。
一方、核融合発電では1億度という高温状態を作り出し、超高速に加速された原子核をピンポイントでぶつけないと反応が始まりません。つまり制御して状態を作り続けないと反応が止まってしまいます。原子力発電では反応を止めるのに制御が必要であったのに対して、核融合では反応を起こすために制御が必要となり、暴走を起こそうにも起こせない原理となっています。核融合では暴走は起こりません。
発電容量は既存の発電所と同程度
核融合は大量のエネルギーを発します。核融合施設はおおよそ一基100~500万KW 程度になると言われています。これは原子力発電所や大きな火力発電所と同じか少し大きい規模です。
核廃棄物処理が容易で環境負荷が小さい
原子力発電も核融合発電も発電において二酸化炭素や窒素酸化物、硫黄酸化物などが発生しないため大気汚染の心配がないクリーンなエネルギーですが、発電の副産物として放射性廃棄物が残ります。
原子力発電では、ウランやプルトニウムなどの高濃度放射性核廃棄物が大量に発生します。やっかいなことにこの高濃度放射性廃棄物は数万年経っても高レベルの放射線を発し続けます。数万年レベルで放射性廃棄物を管理・処理しなければいけないのが原子力発電です。
核融合発電でも初段階では放射性廃棄物が出てしまいますが、数十年経てば人体に全く影響のないレベルになるので、管理・処理が計画的に進められます。核融合は廃棄物処理が容易な環境負荷の少ないエネルギー源と言えます。
安全保障(軍事転用の恐れ)の問題がない
歴史を振り返ると核分裂は原子爆弾、核融合は水素爆弾への軍事利用を目的に研究が進められました。核分裂では平和利用(発電)と軍事利用の原理が同じであるのに対して、核融合では平和利用と軍事利用の原理が異なるため、発電目的の研究が軍事転用される恐れは少ないです。軍事転用の恐れが少ないことから安全保障上の制約も少なく国際協調が進んでいます。平和目的のための核融合研究を国際協力のもとで行うことが提唱され、日本や米国、欧州、中国などが参加するITER(イーター)計画が国家プロジェクトとして実施されています。
技術的完成度に課題
原子力発電は原子爆弾が完成した約10年後には発電できるようになっていました。安全性の問題はあるものの、その技術の多くは、すでに完成レベルに至っています。
一方核融合にはまだまだ多くの技術的課題が残っており、実用化は2040年とも2050年とも言われています。
核融合発電に必要な技術と技術的課題
核融合の技術的チャレンジを簡単に表現すると、「超高温で超高速な超ミクロの物質同士をぶつける」ことです。1億度以上に熱して原子を原子核と電子に分離し(プラズマ状態)、炉の外壁などに一切触れないように閉じ込めながら原子核を超高速(マッハ3の戦闘機の1500倍の速さ!!)に加速し、極端に小さい原子核(原子の10万分の1の小ささ!!)同士をぶつける、という離れ業を実現しなければなりません。
2人のピッチャーがお互いにボールを投げ合ってボールをぶつける事は難しいですよね。それを1億度以上の高温の中で、野球ボールより1兆分の1の大きさのものを、野球ボールより5万倍速い速度でぶつけなければいけません。原子核は人間のように暑いと文句は言いませんが。
ローソン条件
核融合反応を起こすには3つの条件を同時に達成しなければなりません。
- プラズマが約1億度以上の温度になること(温度)
- 1立方cmの中に原子核の数が100兆個以上あること(密度)
- プラズマ閉じ込め時間が1秒以上あること(時間)
です。この3つの条件をローソン条件といい、理論的には可能であるものの人工的に作り出すのが困難です。1つ1つの条件、例えば1億度のプラズマを作ったり、密度が1立方cmあたり500兆個閉じ込めたりという記録は達成できていますが、3つの条件を同時に達成するのが難しく、特に3つ目のプラズマ閉じ込め時間が1秒以上という時間条件は超高速で動き回っている原子核を1秒以上小さな場所に閉じ込めておかないといけないのでとても難しいとされています。
ローソン条件を満たすための超伝導
2)の密度と3)の時間の条件を実現するために用いられているのが超伝導技術(超伝導マグネット)です。
原子核はプラスの、電子はマイナスの電荷を帯びており、電荷は磁場の周りに閉じ込められるという性質を利用して、超伝導マグネットによって強力な磁力を発生させて閉じ込めようとしています。ちなみにリニアモーターカーでもこの超伝導の強力な磁力を利用しています。超伝導の強力な磁力により車体を浮かせて動かしているのがリニアモーターカーの原理です。
超伝導はマイナス269度まで冷やさないとその状態が発現しません。マイナス269度まで冷やすには大量の液体ヘリウムが必要となります。液体ヘリウムで冷やしながら一方で薄い壁を隔てた内部では1億度以上の高温状態を保ち続けなけれなりません。
高温超伝導や室温超伝導と呼ばれるわたしたちの日常生活の温度でも発現する超伝導の研究もされていますが、まだ時間がかかりそうです。
技術的課題とコスト:鍵となるのは超伝導マグネットの製造
核融合が商用発電炉として成立するためには高いエネルギー効率と経済合理性を達成することが必要です。その鍵を握るのが超伝導マグネットです。
前述の通り、超伝導マグネットにより原子核を高密度に長時間閉じ込めることが可能となり、結果高いエネルギー効率が実現できます。一方で核融合炉建設コストの中で大きな割合を閉めるのがこの超伝導マグネットです。
超伝導マグネットの製造コストが高くなる原因として製造の困難さが挙げられます。 超伝導マグネットを熱処理するための巨大な炉や、製作するための膨大な時間が製造コストの増大につながっています。また、一度組み立てられた超伝導マグネットは 移動や取り外しが困難であるためメンテナンスコストも増大します。マグネットの一部が損傷した場合には、マグネット全体を製造しなおさなければなりません。
つまり、核融合反応を起こすにはローソン条件を満たす必要があり、ローソン条件を実現するには超伝導マグネットが必要であり、超伝導マグネットを製造するのに技術的な課題とコストという問題が立ちはだかっているのです(当然そのほかにも技術的課題はあります)。
超伝導マグネット(Phys.org)
核融合発電の国際的取り組み:ITER計画
核融合発電はその技術の軍事転用の恐れがないことから、国際協調での開発が進んでいます。世界で現在最も先進的で巨大なプロジェクトを行っているのが「International Thermonuclear Experimental Reactor (国際熱核融合実験炉:通称ITER(イーター)」です。ITERは人類初の核融合実験炉を実現しようとする超大型国際プロジェクトで、フランスのサン・ポール・レ・デュランスで実験炉の建設が進んでいます。ITER計画は2025年の運転開始を目指し、日本・欧州・米国・ロシア・韓国・中国・インドにより進められており、約2兆円の建設費がかけられていると言われています。日本も費用の一部を負担しています。
2020年8月、以下の動画にあるように実験炉の組み立てがスタートし、世界でも大きく報道され、各国の首相や大臣も以下のコメントを発表しています。
安倍総理大臣:「気候変動という地球規模の課題に立ち向かい、脱炭素社会を実現するには、革新的なイノベーションの創出が必要です。強固な国際的連帯により引き続きITER計画が力強く進展していくよう祈念いたします」(文部科学省)
ブルイエット 米エネルギー長官:「核融合エネルギーは未来への興奮と希望です。ここ数年北米ではいくつかの核融合関連のスタートアップが出てきています。共に取り組み、世界を変えましょう!」(ITER)
中国 習近平国家主席:「科学技術に国境の壁はない」と述べ、中国は核融合開発を宇宙・AI等の次世代R&Dのコアとし、またエネルギー安全保障戦略における重要な一手として集中投資していくとしています。(CGTN)
在日フランス大使館:「無尽蔵、無公害、無炭素で安全なエネルギーをめざすITER計画。科学のおかげで明日は昨日よりも良くなり得ます」(フランス大使館)
このようにITER計画は世界各国が核融合技術の平和利用を目的に国際協調の下に進められています。
核融合のスタートアップ
核融合発電はITERを中心とした国際機関が開発をリードしています。一方、最近では核融合発電領域でスタートアップも出てきています。核融合エネルギーの業界団体「Fusion Industry Association」に加盟するスタートアップは21社に上り、数十億円以上の出資を受ける企業も複数社存在します。2019年には7社に総額約200億円、2020年でも、すでに5社に対して約190億円のベンチャー投資が行われています。
核融合ベンチャーへの投資件数と投資金額(Cleantech Group)
世界の核融合スタートアップ
General Fusion
2002年設立のカナダを本拠地とするGeneral Fusionは2019年にAmazonのジェフ・ベゾス率いるBezos ExpeditionsやシンガポールのTemasekなどから110億円の出資を受けて世界を驚かせました。
Commonwealth Fusion Systems
マサチューセッツ工科大学(MIT)から2017年にスピンアウトしたCommonwealth Fusion Systemsは、ビル・ゲイツ率いるBreakthrough Energy Venturesから支援を受けています。2020年5月にはBreakthrough Energy Venturesなどから総額約90億円の資金調達を行いました。
TAE Technologies
カリフォルニアに拠点を置くTAE Technologies社は1998年に設立され、設立当初からマイクロソフト共同創業者である故ポール・アレン等の支援を受けていました。これまでに700億円以上の資金調達を行い、3,000億円を上回る時価総額に達しています。
京都フュージョニアリング
京都大学発のスタートアップでArthur D. Little Japan出身の長尾氏や京都大学エネルギー理工学研究所教授の小西氏らによって2019年10月に設立されました。
中国の習近平国家主席が宇宙・AIと並ぶ次世代R&Dのコアと位置付けているように、核融合エネルギーはベンチャーキャピタルも注目する領域となっています。
エネルギーの未来を変えよう
これまで見てきたように核融合は発電容量、安全性、環境負荷、安全保障などの観点から未来を変えるエネルギーとして期待されています。一方でまだまだ技術的な課題が山積しており、日々技術開発が進められているのが現状です。
実は日本の大学や研究機関、大企業の核融合関連の技術力は高く世界でも戦える領域です。京都フュージョニアリング社のように日本発の核融合スタートアップが出てくることを期待しています。
核融合スタートアップに興味のある研究者・起業家がいらっしゃれば、ぜひCoral Capitalまでご連絡ください!